2021.9.30 イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

ハイパースケーラーのクラウド技術がもたらす 通信業界の変革 ~MWC21バルセロナを振り返って

はじめに

世界の通信業界関係者が待ちに待ったMWC21バルセロナが2021年6月に開催された。本イベントは例年、世界の通信業界の最新トレンドを占う場となってきたが、2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により開催が急遽中止された。そのため、今回はMWC19バルセロナ(2019年2月)から約2年4ヶ月ぶりの開催となった(開催概要は表1を参照、筆者はオンライン参加)。

【表1】イベント開催概要

【表1】イベント開催概要
(出典:GSMA公式サイトの内容に基づき筆者作成)

本稿では、本イベントで話題となったトピックの中でも、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft、Googleといったハイパースケーラーと通信キャリアの協業に注目する。通信キャリアにおいて、5Gを含むモバイルネットワークを、ハイパースケーラーのクラウド技術を用いて構築する取り組みや検討が加速している。クラウド技術を用いたモバイルネットワークの構築は、2019年10月[1]に第4の通信キャリアとして日本のモバイルサービス市場に参入した楽天が切り開いてきた領域である。そこに対し、ハイパースケーラーは、通信キャリアがクラウド技術を用いた通信ネットワークを構築するためのインフラを提供する側として、名乗りを上げている状況だ。この動向は通信キャリアの事業構造を変え、業界全体に変革をもたらす可能性がある。次節からAWS、Microsoft、Googleの順に取り上げて紹介する。

複数キャリアと取り組みを進めるAWS

AWSは、本イベント内で多くのセッションを開催し注目を集めた(10 セッション以上、多くは現地参加者向け)。セッションでは通信キャリアのDish、Telefonica、Swisscom等との取り組みが紹介された。

<Dish>

米国のDishは、2020年のT-Mobile US(当時業界3位)とSprint(当時業界4位)の統合の流れの中で誕生した第4のキャリアだ[2]。2021年内の商用5Gサービス開始に向けてモバイルネットワークの構築を進めている段階である。同社は通信ネットワークの構築にあたり、AWSをパートナー企業に選定したことを2021年4月に発表していた。

Dishの取り組みが特徴的と言えるのは、モバイルネットワークをいわば「AWSの上に」構築しようとしている点である。これまでモバイルネットワークはHuawei(華為技術)、Nokia、Ericsson、Samsung、NEC、富士通等のモバイル通信機器メーカーの製品を用いて構築されるのが一般的だったが、近年では楽天が自社のクラウド技術を活用した「完全仮想化ネットワーク」を作り上げて業界に一石を投じたところだ。対して、Dishのアプローチは、既に米国内でスケールしている、パブリッククラウドで世界第1位のAWSをインフラに用いてモバイルネットワークを作ろうというものだ。

モバイルネットワークの構成は、中核部分である「コアネットワーク」[3]と、全国に張り巡らされる「無線アクセスネットワーク(Radio Access Network: RAN)」[4]に大別される。Dishはその両方においてAWSの技術を活用する計画であり、ネットワーク構成がセッション内で紹介された(図1)。

【図1】AWSを用いた5Gネットワークの構成

【図1】AWSを用いた5Gネットワークの構成
(出典:Keynote: Reinventing 5G cloud-native networks, together(https://village.awsevents.com/Experience)の動画からキャプチャー)

コアネットワークの各機能は、AWSリージョン(大規模な集約DC、図の左側)と、AWSローカルゾーン(特定地域向けのローカルDC、図の中央)に役割に応じて配置される。RANの各機能は、AWSローカルゾーンとAWS Outposts(AWS顧客のオンプレミス向け設備(後述)、図の右寄り“CSP Network”内)に役割に応じて配置される。つまり、モバイルネットワークを構成する主要機能が複数のAWS設備に分散して実装される。なお、端末と無線通信を行うアンテナユニット(図の右側)は、AWS Outpostsから接続される構成として描かれている[5]。

AWS Outpostsについて補足すると、元々はオンプレミス環境(企業の自社DC、工場等)でもAWSを使いたいという顧客企業向けに提供が開始されたサービスである。当初のOutpostsは42U(高さ2m程度)の1ラックサイズだったが、小型の1U(同4.5cm程度)や2U(同9cm程度)のサーバーサイズも開発されている。RAN用の設備が配置される場所は一般的にスペースに制限があるため、通信キャリアは小型のOutpostsの方が採用しやすい。なお、小型のOutpostsに搭載されるAWS自社開発のプロセッサー「Graviton2」は、x86ベースのインスタンスと比較して、20%のコスト低減と、最大40%のコストパフォーマンス向上を達成しているという。

<Telefonica>

世界大手のキャリアであるTelefonicaは、まずはコアネットワークでのAWS活用を検討している。2021年5月、Telefonicaがサービス提供国のひとつであるブラジルにおいて、AWSリージョンおよびAWS Outpostsを活用した5G SA[6]コアネットワークのテストを実施したことが発表された。5G SAコアのネットワーク機能はMavenir、Nokia、Oracleが提供した。

本イベントで公開された動画の中でTelefonicaのCarbajo氏は、改善点はあったもののテスト結果は全体として非常に満足のいくものだったと述べた。また、我々はまだ決めたわけではないと前置きしたうえで、AWS上にパブリックサービス[7]のコアネットワーク機能を構築するのは飛躍した話ではないとした。さらに、Telefonicaがパブリッククラウド、特にAWSについて多くを学んだこと、またAWSもコアネットワークに関する通信キャリアの要求条件について多くのことを学んだことにも言及した。

<Swisscom>

Swisscomも、Telefonica同様、コアネットワークをAWS上に配置することを検討しているようだ。本イベントの基調講演[8]に同社CEOのUrs Schaeppi氏とAWS次期CEO(当時)のAdam Selipsky氏が登場し意見を交わした。Swisscomは、IT領域だけでなくネットワーク領域でもAWSとの協業が重要だと述べ、AWSはSwisscomがハイブリッドクラウドプロバイダーになる助けとなるとした。AWSではスイスにおける新たなAWSリージョンの開設を2022年下半期に予定しているという。

AT&Tの技術を引き継ぐMicrosoft

パブリッククラウドで世界第2位のMicrosoftは、本イベントへの出展はなかったものの、会期に合わせて米AT&Tとの新たな協業を発表した。Microsoftは、AT&Tが開発した「Network Cloud Platform技術」を引き継ぎ、通信キャリア向けAzureソリューションである「Azure for Operators」に統合する。AT&Tが提供する5GサービスのコアネットワークはNetwork Cloud Platform上で稼働していることから、この協業によってAT&Tの5GコアネットワークがAzure上に移行することとなる。AT&Tはこの協業について、すべてのAT&TのモバイルネットワークのトラフィックをAzure技術によって管理することへの筋道を提供すると評しており、まずは5Gコアから取り組みを開始するとしている。

Ericssonとの協業を拡大するGoogle

Googleは、Microsoftと同様にMWC21バルセロナへの出展はなかったが、会期に合わせてEricssonとの協業拡大について発表した。両社は5Gとエッジクラウドのソリューションを通信キャリアに提供する。Ericssonが提供する5Gネットワーク機能を、Googleが提供するハイブリッド/マルチクラウドを一元管理するためのプラットフォーム「Anthos」に対応させることでソリューションを実現している。イタリアの通信キャリアTIMが自動車、物流等の企業ユースケース向けにソリューションを試験運用しているという。

このように、海外の様々なキャリアにおいて、ハイパースケーラーのクラウド技術をモバイルネットワーク構築に活用する動きが進展している状況だ。

ハイパースケーラー躍進の背景

COVID-19の影響でMWCバルセロナの開催がなかった2年4ヶ月の間に、モバイルネットワークインフラ(特にRAN)を取り巻く環境が大きく変化したように見受けられる。ハイパースケーラー躍進の背景は何か。ここでは次の3点を挙げたい。

1.RANの仮想化(virtualized RAN: vRAN)の進展

従来はハードウエアとソフトウェアが一体化した専用設備が一般的だったRANにおいて、楽天が世界をリードする格好で、ハードウェア/ソフトウェアの分離と仮想化が進展。ハイパースケーラーが有するクラウド設備もRANインフラの選択肢になり得る状況に。

2.RANのオープン化(Open RAN)の進展

従来は通信設備メーカー1社で構成することが一般的だったRANの各種設備を、異なるメーカー間でも接続できるようオープンで標準化する取り組みが進展(代表的なものとして、通信キャリア主導で2018年に結成されたO-RANアライアンスよる、オープンで標準化されたインターフェースを用いる仮想化ベースのリファレンスデザイン規定など)。ハイパースケーラー設備と他社のRANソフトウェアやアンテナ等の物理設備を組み合わせやすい状況に。

3.ハイパースケーラーのオンプレミス向け設備・ソリューションの進展

AWS Outpostsに代表される、パブリッククラウドと同様の環境を通信キャリアのオンプレミス環境に実現する取り組みが進展。コアネットワークからRANまでをクラウド技術を活用して一元管理しやすい状況に。

これら複数の要素が進展したことにより、ハイパースケーラーにとって通信キャリアにサービスを提供しやすい状況が生まれてきたものと思われる。

通信キャリアがハイパースケーラー技術を活用するメリット

これまで通信設備メーカーから調達した設備を用いて通信ネットワークを構築してきた通信キャリアにとって、ハイパースケーラー技術を活用することで得られるメリットは何か。本イベントや関連のニュースリリースで語られた内容をまとめると以下の3点と言えそうだ([]内は発言・発表の主体)。

  • コストの削減(TCO)
    従来の通信ネットワーク設備の構築には多額の投資と時間を要し、通信事業者が扱うことのできるプロジェクトや試験の数にも制約があった。新たにクラウドのモデルを適用することで、通信キャリアは本質的にはCapExをなくしてOpExを持つようになる。[AWS]
  • クラウドイノベーションの享受
    5Gアプリケーションの開発者は、Dishの提供する様々なデータを用いて細やかなサービスを構築するために、機械学習、アナリティクス、セキュリティ等におけるAWSサービスやパートナー企業の能力をレバレッジすることができる。[Dish]
  • ビジネス俊敏性の向上
    他の業界の多くの企業が実施してきたように、新しい機能やアプリケーションの導入を迅速化できる。[AWS]

これらは通信業界にとって大きな変革となり得るもので、また業界にゲームチェンジを起こす可能性を秘めている。そうした変革やゲームチェンジとしては以下が想定されるだろう。

  • サービス料金競争の激化
    ハイパースケーラーの技術や規模の経済を生かすことによって競合キャリアがより安いコスト構造を達成することができれば、市場におけるサービス料金の引き下げにつながる可能性がある(この点では、引き続き楽天と日本市場の動向にも注目したい)。
  • 5Gサービス競争の激化
    5G SA時代に期待されるネットワークスライシングなど、新たな顧客価値につながるサービスの実現において、ハイパースケーラーのクラウド技術の強みが生かされる可能性がある。Dishにおいてもネットワークスライシングのユースケースが検討されている(図2)。グローバル企業顧客が通信キャリアに対し複数の国・地域で同様のネットワークスライシングによるサービス提供を期待するなど、顧客の要求条件が他国のキャリアに波及することも考えられる。

    【図2】Dishによるネットワークスライシングのユースケース例

    【図2】Dishによるネットワークスライシングのユースケース例
    (出典:Cloud automation and its importance for 5G
    (https://village.awsevents.com/Experience)の動画からキャプチャー)

  • 通信ネットワークの考え方の変化
    ハイパースケーラーのクラウド技術を用いたモバイルネットワーク構築においては、従来の専用設備での構築とは異なり、いわば「クラウドを使ってどのようにネットワークを作るか」(例えば、ネットワーク機能ソフトウェアとAWSが提供する機能群をどのように組み合わせてモバイルネットワークを作るか)という考え方に変化し、通信キャリアに求められるスキルセットも変化すると思われる。

おわりに

ハイパースケーラーのクラウド技術を用いた通信ネットワーク構築はまだ世界では検討が始まった段階ではあるものの、今後の展開によっては通信業界に変革をもたらす可能性がある。MWC21バルセロナはNokiaやEricssonといった大手通信設備メーカーが不在の中、AWSが存在感を示す場となった。次回のMWC22バルセロナは、現在のところは例年どおり2022年2月の開催が予定されているが、ハイパースケーラーが存在感を示す場となるのか、関連の動向に引き続き注目したい。

[1] 楽天は、2020年4月に一般提供を開始する前に、2019年10月から「無料サポータープログラム」の提供を行った。

[2] T-Mobile USとSprintの合併に際し、DishはSprintが保有していたプリペイド事業(Boost Mobile等)と周波数帯(800MHz帯)を買収した。

[3] 主にRANや加入者情報等の管理、インターネット接続等に関連する機能群。

[4] 主に端末(スマートフォン等)とアンテナ設備との無線通信に関連する機能群。

[5] アンテナユニット(Radio Unit)は富士通等からの調達が予定されている。

[6] スタンドアローン(SA)は、4Gをアンカーとせず5G単独で通信を行う5Gの構成。

[7] 全国カバレッジのサービスを指す。個別企業向けのプライベートサービスとは分けて発言がなされた。

[8] セッションタイトル「Future is Digital」

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



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