2022.1.28 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

防災・減災対策における情報通信技術の活用

Venita Oberholster(Pixabay)

近年、日本では地震、豪雨、洪水などの自然災害が多く発生している。その中でも台風や梅雨前線による河川氾濫や浸水の被害が毎年のように発生し、私たちの日常生活を脅かしている。全国にある1,741市区町村のうち、2009年から2018年までの10年間に1回以上の水害が起きた市区町村は1,693市区町村(97.2%)となっており[1]、水害は身近な災害のひとつだと言える。令和3年には、大雨によって静岡県熱海市伊豆山地区で土砂災害が発生したことが記憶に新しいところである[2]。以下では、近年の豪雨災害を振り返った上で、情報通信技術(ICT)を活用した防災・減災の取り組みについて展望する。

近年の豪雨災害の発生状況

気象庁の観測データ[3]によると、1日の降水量が200ミリ以上の大雨を観測した日数は、統計を開始した最初の10年間(1976~1985 年)と比べて最近10年間(2011~2020年)では約1.7倍に増加しており、豪雨災害の危険を及ぼす大雨の発生頻度が増加していることが分かる。このように大雨が増えている原因として、地球温暖化やそれに伴う水蒸気量の増加等が挙げられることが多い。最近の研究として、気象庁気象研究所らの研究チームは最新の数値シミュレーションを用いて、平成29年7月九州北部豪雨および平成30年7月豪雨に相当する大雨の発生確率に地球温暖化が与えた影響を定量的に評価している。その結果、50年に一度の大雨の発生確率は、地球温暖化の影響を受けている現在と地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合とで比較して、平成29年7月の九州北部においては1.5倍に、平成30年7月の瀬戸内地域においては3.3倍になっていたと推定されている。これらのデータを踏まえると、今後も豪雨災害が頻発する可能性が高いと言わざるを得ない。

自然災害の中でも災害規模が特に甚大であり国民生活に著しい影響を与えたものは激甚災害[4]として指定され、国が地方公共団体や被災者に対する復興支援を行っている。以前は、激甚災害の指定は、復旧・復興費が被災自治体の税収の5割に達するかなど指定基準が厳しく、指定される災害は限られていた[5]。1999年に指定基準が大幅に緩和された結果、近年はほぼ毎年、激甚災害の指定がなされるようになっている(表1)。

【表1】近年の主な激甚災害

【表1】近年の主な激甚災害
(出典:各種公開情報をもとに作成)

水害対策に向けて

以前は水害は防ぐものと捉えられ、ダムや堤防の建設、様々な治水対策が行われてきた。しかし、平成27年9月関東・東北豪雨災害では、鬼怒川において越水や堤防決壊等が発生し、浸水戸数は約10,000棟、孤立救助者数は約4,000人となる等、甚大な被害が発生した。これを踏まえ、国土交通省では「施設の能力には限界があり、施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの」へと意識を変革し、社会全体で洪水に備える必要があるとし、平成27年12月に「水防災意識社会再構築ビジョン」が策定された(図1)。いわゆる防災から減災への意識の転換である。ビジョンでは、これまでのハード対策中心ではなく、ソフト対策が前面に打ち出され、その中で、行政目線から住民目線へと転換し、利用者のニーズを踏まえた真に実戦的なソフト対策の展開を図ることを目的としている。具体的には、住民にとって「使える」ハザードマップにすることや、スマートフォン等を活用し、避難行動のきっかけとなる情報をリアルタイムで提供することなどが挙げられている。

【図1】水防災意識社会再構築ビジョンのポイント

【図1】水防災意識社会再構築ビジョンのポイント
(出典:国土交通省「水防災意識社会 再構築ビジョン」https://www.mlit.go.jp/river/mizubousaivision/point.html)

また、洪水や高潮等の水害を警戒・防御し、被害を軽減することを目的とした法律として「水防法」がある。水防法は1949年に施行され、その当時の水害被害に即して、改正が進められてきた(表2)。各河川では河川整備計画を作成しており、一級河川では概ね100~200年に1回、二級河川以下では概ね10~100年に1回程度の確率で発生する大雨でも耐えられるよう治水対策が進められている。しかしながら、各地で想定を超える浸水被害が発生している現状を踏まえ、2015年の改正では想定し得る最大規模(1,000年に1回程度の確率で発生する大雨)における浸水想定区域図の公表も行われるようになった。これは、堤防等の施設では防ぎきれない場合があり得ることを住民に意識してもらうためでもある。

【表2】主な水防法の改正

【表2】主な水防法の改正
(出典:各種公開情報をもとに作成)

住民の意識改革

このように豪雨被害を最小限にするための取り組みが進められているが、行政側の対応だけでは真の減災は実現しない。住民が豪雨災害を自分事として捉え、日ごろから備えをするとともに、適切な避難行動をとれる準備をしておく必要がある。例えば、洪水ハザードマップは約98%[6]の市区町村で公表されているものの、ハザードマップを見たことがない人が約2割、ハザードマップを見ても避難の参考にしていないという人も約2割となっているのが現状である(図2)。

【図2】ハザードマップ等の資料の認知

【図2】ハザードマップ等の資料の認知
(出典:内閣府「令和元年台風第19号等による災害からの避難に関するワーキンググループ」(第2回)資料http://www.bousai.go.jp/fusuigai/typhoonworking/pdf/dai2kai/siryo5.pdf)

また、岩崎他(2018)[7]では、大学生へのアンケート調査をもとに、防災・減災に対する「意識」と「行動」の関係性について分析している。その結果、意識と行動には相関があるとは言えない結果となり、減災教育によって「意識」が高まっても、それが食料や飲料水の備蓄や減災対策を行うなどの「行動」に結びついているとは言えないと結論付けている。つまり、学生は「行動していても、その意味を理解して危機感を持って行動しているわけではない」と推察され、いざという時に正確な判断に基づく行動ができないことも想像される。

このように、災害に対する住民の意識改革とそれに伴う行動がまだ不十分な状況にあり、今後の改善が求められる。

ICTを活用した取り組み

住民の防災・減災行動をサポートするために、ICTを活用して遠隔地の情報をリアルタイムに伝えたり、防災・減災に関する情報を発信したりする取り組みが進んでいる。例えば、国土交通省「川の水位情報」[8]では全国約6,000カ所の河川カメラの映像をスマートフォン等で確認できるようになっている。

また、災害時に位置共有ができるスマートフォンアプリも多く登場している。「ココダヨ」は災害時にグループ内で位置情報を共有したり、震度5弱以上の緊急地震速報をトリガーに災害発生直前の位置情報を設定されたメンバーに自動で通知したりする機能を備えている。さらに現在位置から近い順に避難所を表示したり、地図アプリと連携して避難所へナビゲートしたりすることが可能で、現在全国約17万世帯で活用されている。

ヤフー株式会社が提供するスマートフォンアプリ「Yahoo!防災速報」は、事前に自宅や周辺環境、世帯構成などを登録しておくことで、災害警戒時に行動開始のタイミングを知らせるプッシュ通知が届く新機能「防災タイムライン」を2021年8月30日から提供している[9]。ハザードマップ等の情報をもとに自宅の想定危険度を把握でき、それらをもとに避難行動を開始するタイミング(警戒レベル)を推奨してくれる。自らハザードマップを見るだけでは避難のタイミングまでは分からないため、適切な避難行動をサポートする機能になっている。

福岡市が提供するスマートフォンアプリ「ツナガル+」は、位置情報を活用した近隣の避難所への案内機能が利用できるほか、避難所コミュニティに参加することで被災状況や支援情報が共有できるようになっている。避難所の備蓄物資や混雑の状況等が把握できるようになれば、避難を迷っていたり、避難先を迷っていたりする人にとっても手助けになると考えられる。

まとめ

近年、豪雨災害が増えており一人ひとりが自分事として意識する必要がある。国土交通省は、住民一人ひとりのタイムライン(防災行動計画)である「マイ・タイムライン」[10]の大切さを指摘している。大雨によって河川の水位が上昇する時を想定して自分自身がとる標準的な防災行動を時系列的に整理しておくことによって、緊急時でも適切な行動がとれ、「逃げ遅れゼロ」に向けた効果が期待される。

しかしながら、豪雨の規模や自宅の立地、建物種別、階数、同居者の有無などによって適切な避難行動は異なり、必ずしも事前に決めた行動が最適であるとは限らない。また、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、全員が避難所に避難することが必ずしも適切とは言えない状況にもなっている。内閣府が公表している「避難行動判定フロー」[11]では行政が指定した避難場所だけでなく、安全な親戚や知人宅も避難場所の候補になっており、また、自宅が比較的安全な場所に立地している場合は、自宅にとどまり安全を確保する屋内安全確保(自宅避難)が推奨されている。豪雨の状況は刻々と変化するものであり、最新情報を一人ひとりにカスタマイズし、きめ細かく避難行動をサポートしていくことが今後の課題になると考えられる。カスタマイズについてはICTの得意領域でもあり、ICTを活用することによって誰一人取り残さない対応が期待される。

[1] https://www.gov-online.go.jp/useful/article/ 201507/1.html

[2] 静岡県熱海市で発生した土石流などを含む7月の梅雨前線による大雨被害は激甚災害に指定された。

[3] 気象庁「大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化」https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ extreme/extreme_p.html

[4] 「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」に基づき、政令で指定される。

[5] 1990年代に全国規模の激甚災害(本激)に指定されたのは1995年の阪神・淡路大震災のみである。

[6] 令和元年10月末時点で、公表対象の1,356市区町村の内、1,332市区町村が公表している。https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001330092.pdf

[7] 岩崎裕, 能條歩, 佐藤玲奈(2018)「東日本大震災以降の学生の防災・減災意識の変化と減災教育」北海道教育大学紀要(教育科学編), 69(1), pp.205-214.

[8] https://k.river.go.jp/

[9] https://about.yahoo.co.jp/pr/release/2021/08/ 30a/

[10] https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/ tisiki/syozaiti/mytimeline/index.html

[11] http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinanjouhou/ r3_hinanjouhou_guideline/pdf/point.pdf

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