はじめに
他国と比べるとDX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れていると言われる日本だが、決済の世界でも、様々な理由から現金至上主義の考え方を持つ消費者は多い。数年前からスタートしたスマホコード決済(バーコード/QRコード決済)は、顧客囲い込みを図る多くの事業者の参入と、国や地方自治体のキャッシュレス推進事業に支えられ、着実に市場に浸透してきた。加盟店と消費者の囲い込みを狙って頻繁に行われる還元キャンペーンやマス広告で、認知度も大きく向上し、一度は試したことのある人も多いのではないだろうか。キャッシュレス決済事業者は、新たなサービスによる付加価値の提供および各社のポイント経済圏への囲い込みと、決済量の拡大を目指す方向に舵を切り始めている。
こうした状況において、新たに広がってきたサービス動向をまとめつつ、キャッシュレス決済の将来について考えてみる。
キャッシュレス決済の現状
(1)市場全体の状況
政府は、キャッシュレス決済の普及によって利便性・効率性の向上を目指し、経済の発展に不可欠なFinTech が付加価値を生み出すためには、キャッシュレス化の推進が不可欠であるとし、2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略 2017」において、2027年までにキャッシュレス決済比率を4割程度とするKPIを設定している。
2015年時点の日本のキャッシュレス決済比率は18.4%で他の先進諸国と比べると極端に低く、少子化や高齢化社会の中での生産性や利便性の向上のため、キャッシュレスを推進すべき、とのことだったが、現状はどうであろうか。
キャッシュレス決済拡大の推進役となっているスマホコード決済事業者は、多種多様なサービスと利便性、そして、継続的に実施する還元キャンペーンを通じて新たな顧客獲得と利用促進を図っている。結果として、延べ利用者数は順調に拡大し、決済件数、決済金額とも、2018年以降激増している(図1)。加えて、当初大規模に繰り広げられた単純な還元策ではなく継続できるビジネスモデルも広がってきており、そうした新たな取り組みについては次節で紹介する。

【図1】スマホコード決済の店舗利用金額および件数の推移
(出典:一般社団法人キャッシュレス推進協議会
コード決済利用動向調査(2021年11月12日公表)に基づきICR作成)
キャッシュレス決済で一番大きな比重を占めるクレジットカード決済は、日本クレジット協会の日本のクレジット関連統計(図2)によると、2020年はおそらくコロナ禍の影響で横ばいであったが、それまでは順調に利用が拡大してきている。

【図2】日本のキャッシュレス支払額および比率の推移
(出典:一般社団法人日本クレジット協会、クレジット関連統計に基づきICR作成)
デビッドカードは、国際ブランドカードの普及により利用が急速に拡大し、日本銀行が昨年末に発表した決済動向(2021年11月)によると、2016年以降平均して、決済回数は年率46%、決済金額は年率25%の勢いで成長している。
電子マネーについては、同じく日銀の決済動向によれば、やはり2020年はコロナ禍の影響か決済回数は微減したが、決済金額は2018年以降、年率5%前後で拡大している。
全体的には拡大傾向にあるのは間違いないのだが、経済産業省によると、2020年時点のキャッシュレス支払い比率は29.7%(図3)で、急速に拡大し2025年に4割という前倒しした目標はなんとか達成できそうな勢いではあるものの、他国に比べるとまだまだ低い。G7の中では、ドイツとイタリアは日本よりもキャッシュレス比率が低いのだが、他は40%を超えており、英国やカナダは5割を超えている。中国も5割を超え韓国では9割を超えているというのも有名な話だ。

【図3】日本のキャッシュレス支払額および比率の推移
(出典:経済産業省「中間整理を踏まえ、令和3年度検討会で議論いただきたい点」2021年度第1回、キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会資料4(2021年8月27日))
なぜ日本では、キャッシュレスが広まるのに時間がかかるのか、いろいろな調査・分析がされているが、理由として多いのが、どうしても現金を使いたいという層が一定数おり、彼らは、現金の方が使いやすい、管理しやすい、キャッシュレスだと使い過ぎるのが心配、などを挙げている。加えて、伸びが著しいスマホコード決済も、月間アクティブユーザー数をみると、4,200万程度で頭打ちとなっている(図4)。これ以上の大幅な増加が見込めないとすると、キャッシュレス比率を上げていくには、導入店舗を増やして決済量を上げていくことがポイントになると考えられる。

【図4】スマホコード決済の月間アクティブユーザー数の推移
(出典:一般社団法人キャッシュレス推進協議会
コード決済利用動向調査(2021年11月12日公表)に基づきICR作成)
(2)スマホコード決済事業者の動向
キャッシュレス決済において、利用者数、決済金額とも最も成長が著しいスマホコード決済は多くの事業者が参入している。以下モバイル通信事業者系(d払い、au Pay、PayPay、楽天ペイ等)、銀行系(ゆうちょPay、J-Coin Pay等)、流通系・その他(FamiPay、メルペイ等)に分けて考察してみる。
モバイル通信事業者系のサービスは、モバイル通信サービスやその他のサービスを軸にして、各社のポイント経済圏に利用者を囲い込む戦略で積極的に事業推進を行っており、他のスマホコード決済サービスと比較して、利用者、決済金額、利用できる店舗の観点で最も普及していると言える。利用者数が最多とみられているPayPayは、登録ユーザー数が4,500万を超えており、2020年度の決済取扱高は3.2兆円で決済回数は20億回を突破、2021年9月時点の加盟店数は344万カ所と発表している。
銀行系のサービスは、開始当初こそは話題になったものの、利用者や加盟店の開拓で後れを取っていることもありモバイル通信事業者系のサービスに比べると存在感が薄い。もともと顧客向けにはクレジットカードを提供しており、さらにクレジットカードを持てない層、持ちたくない層には、デビットカードという選択肢も提供する中、さらにスマホコード決済を使わせようとするターゲットとしてどのような顧客を想定しているのか、今ひとつはっきりしない。無料で送金できる機能を提供しているサービスもあるが、サービスの利用率自体が低ければ利用価値は限定されてしまう。
流通系のFamiPayは、2019年7月にサービスを開始したが、不正利用問題で早々に決済サービスから撤退したセブンイレブンとは対照的に、利用者、加盟店開拓を進め、2021年11月にはアプリが1,000万ダウンロードに達したと発表している。利用者の購入データを活用した効果的なアプリ通知やクーポンの配布などで着実に利用を増やしているものと考えられ、商品の回数券をアプリを使って販売するなど新サービスの提供も積極的に行っている。
スマホコード決済事業者の新たな取り組み
数年で一気に存在感を増したスマホコード決済サービスだが、ここにきて新たな動きが出てきているので紹介する。
(1)決済手数料の有料化
MPM方式(Merchant Presented Mode:利用者が加盟店のバーコードをスマホのカメラで読み取る方式)であれば、決済手数料を無料にするという点を訴求して加盟店を広げてきたPayPayだが、2021年10月1日から有料化に踏み切った。一部、PayPayの利用を取りやめた加盟店もあったようだ(実際筆者も支払いのステッカーがある店舗で、いざ支払いの段階で断られたケースがあった)が、利用者の利便性を考えそのまま利用を継続している加盟店が多いと思われる。さらに有料化に合わせて、加盟店向けに、既に始めていたクーポンの発行などがPayPay上ででき、決済手数料が1.6%になる「PayPayマイストア ライトプラン」(月額1,980円)のプロモーションを始めた。クーポンだけではなく、店舗スタンプカードの発行もできるようになり、スマートフォンを使った決済方式の利点を十分に活かした付加価値サービスと言える。ただ、その付加価値が、支払う利用料に見合うと加盟店が判断するかどうかがポイントなので、今後の状況を見守っていきたい。
PayPayの決済手数料有料化に呼応して、楽天ペイは、年商10億円以下の新規加盟店に対して2022年9月末まで決済手数料を実質無料にするキャンペーンを始め、au PayもMPM方式の決済手数料無料を同期間延長すると発表した。PayPayと比べて加盟店開拓で出遅れた両者が、新たな加盟店の開拓を進めるための施策と考えられる。
どの事業者も赤字の状況で、利用者に対してなんらかの還元施策を継続している以上、決済手数料有料化の動きは避けられないと考えるが、電子マネーやクレジットカードの手数料が概ね3%前後であることを考えると、PayPayのようにそれよりも低い金額に落ち着くのは自然な流れであろう。ただ、規模の小さい食料品小売店舗などは売上高利益率が一桁%のところも多いので、2%でも費用としては大きく、決済手数料分を値上げできる環境にない限り、現金に戻ってしまう加盟店もどうしても出るとは思われる。手数料以上の集客効果や販売単価を上げられるメリットを提供していかないと、どこでもキャッシュレスを利用できるような社会になるのは難しいだろう。
(2)マーケティングツールとしての活用
「PayPayマイストア ライトプラン」もそうだが、加盟店によるスマホコード決済のマーケティングツールとしての活用は利用促進には不可欠と考えられる。PayPayに限らず、ほとんどのスマホコード決済事業者は、決済額に応じた単純なポイント還元策は徐々にトーンダウンし、特定の加盟店で一定額を割り引くクーポンの配布にシフトしている。事業者が利用者に事前にエントリーさせてメール配信を行ったり、特定の企業の商品のみポイント還元したりするなど、販売促進にかかる費用負担を減らしながらマーケティングツールとして活用し、決済量を増やすには効果的な施策である。
さらに、還元したポイントを運用させる仕組みや、オンラインショップとの連携強化など、利用者の囲い込み、利用促進を一層進めている。
ただ、こうしたマーケティングツールとしての活用も、加盟店や利用する企業にコスト負担が生じるため、利用者の属性と合わせた決済データの活用などにより付加価値を高めていかないと利用拡大に結び付けるのは難しくなってくると考えられる。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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(2)マーケティングツールとしての活用
(3)BNPLの拡大
(4)自治体のキャッシュレス推進施策との連携
キャッシュレス決済を取り巻く環境変化と求められる未来
まとめ
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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