2022.3.30 地方創生 InfoCom T&S World Trend Report

ポストコロナと地方創生 ~居住地の選択とテレワークが地域にもたらす影響について

1.はじめに

新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認されてから約2年が経過した。コロナ禍により、人々の移動や旅行が制限され、オリンピックのような国際的なビッグイベントもフルスペックでの開催は実現しなかった。

しかしながら、コロナ禍は、新しいビジネスの出現や、これまでなかなかできなかったことで、新しくできるようになったことなど、我々の社会にもたらしたものも、実は多いと思う。例えばテレワークは、コロナをきっかけに、私たちの生活の一部となった。そしてこうしたテレワークの浸透は、人々の住まい方や働き方、ひいては生き方にも、新しい変化をもたらしうる。

2.ワーカーの住まい方、働き方に変化

これまで、日本は「地方創生」の旗印のもと、地方に仕事をつくったり、人々を住まわせたりすること、これにより地域の活気を取り戻すことに力を入れてきた。具体的には、移住定住、観光施策、インバウンド政策といった多くの取り組みを行ってきた。にもかかわらず、東京一極集中傾向は2019年まで続くことになる。これが、奇しくも、新型コロナを機に、東京都内に住んでいた人々が東京を離れる、という現象を生んだ。このところ東京都から他県への人口流出が続いている。

企業の「従業員の働き方」にも変化がみられるようになった。2021年9月、NTTグループは「転勤、単身赴任を原則廃止」「32万人のグループ社員の働き方を『リモート』で」としていくことを、方針に掲げ[1]、今後は、居住地の制限もなくなる。

若年層の就職観にも大きな変化が起きている。「オンライン就活」により、地方企業にも気軽にアクセスできるようになった。働く場所を気にする必要がなくなっていくと、自身の地元を含め地方への就職に関心を持つ学生も多くなるだろう[2]。さらには、企業自身にも、「脱・東京」の動きがみられるようになった。これまでのロケーションの移転では、「経営コストの削減」「BCP対策」「従業員のワークライフバランス」等が背景にあったが、これらに加え、テレワーク、ウェブ会議の活用といった、働くスタイルの変化によって、企業自身の移転のハードルも低くなっている[3]

3.首都圏ワーカーのテレワーク実態

こうした背景のもと、テレワークと居住の関係、これにより、地域にどのような影響がもたらされるか、という観点から、「コロナ禍とテレワーク、オフィスの実態」について、首都圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)に在住、勤務するワーカー、約900人へのウェブアンケート調査を行った。なお、本調査では、テレワークに「賛成、ポジティブ(ポジティブ派)」といった意見を持つ人々と、テレワークに「反対、ネガティブ(ネガティブ派)」といった意見を持つ人々が、ちょうど半分ずつになるように、調査対象者を選定している。

(1)テレワーク、経験者ほど強い支持傾向

まず、「テレワーク経験者ほど、テレワークという働き方を強く支持する傾向」が確認できる。ほとんどの業務をテレワークで実施している人々は、自身の働き方としても、「テレワークのみ」もしくは「テレワークを主として、時々通勤」といったスタイルを希望している。それに対し、勤務先の制度上、テレワークが認められていなかったり、テレワークの経験がなかったりする人々ほど、自身の働き方としても、「通勤のみの働き方」を強く支持する傾向が確認できる(図1)。

【図1】テレワークの実施頻度と希望する働き方

【図1】テレワークの実施頻度と希望する働き方
(出典:情報通信総合研究所調査)

(2)サービス業にも「テレワーク」と「非テレワーク」

業種別にみてみると、テレワークのポジティブ派が多い業種は、「ソフトウェア・情報サービス業」「金融、保険業」「放送業」「情報通信業」、一方、テレワークネガティブ派が多い業種は、「運輸、輸送、郵便、旅行業」「不動産業」「出版・印刷業」といった傾向がみられる(図2)。

【図2】業種ごとのテレワークの感度

【図2】業種ごとのテレワークの感度
(出典:情報通信総合研究所調査)

これらの業種は、これまで「第3次産業」「サービス業」という、同じ括りでみられることが多かった。しかし、コロナ禍以降の働き方でみると、「ソフトウェア」「情報サービス」といった「情報」の取り扱いが中心の業務を担う産業と、「運輸、輸送」「旅行」「印刷」といったヒトやモノ等、物理的な移動を下支えするような産業とでは、「テレワーク」のとらえ方にも違いがあるのが分かる。

(3)15%のワーカーがオフィスの縮小を経験

コロナ禍のオフィスの在り方について概観してみると、「首都圏勤務のワーカー、約14.5%」が、コロナ禍によるオフィスの廃止や縮小を経験している。なかでも、「ソフトウェア、情報サービス業」「情報通信業」「金融保険」等、テレワーク頻度の多い業界ほど、オフィス廃止・縮小などの割合は高めなのが分かる(図3)。

【図3】コロナ禍における業種ごとの「オフィスの廃止・縮小」

【図3】コロナ禍における業種ごとの「オフィスの廃止・縮小」
(出典:情報通信総合研究所調査)

4. テレワークと人々の移住

ここからは、テレワークと地方移住の関係についてみていきたい。

(1)ワーカーが移住で重視すること

前述のアンケート調査によると、人々が、「移住」を検討しようとした場合、「自治体」に対する期待としては、転居時や通勤費の補填、家屋補修等の費用補填など、「金銭的な補填」を期待する傾向が高いことが確認できる(図4)。

【図4】コロナ移住と自治体への期待

【図4】コロナ移住と自治体への期待
(出典:情報通信総合研究所調査)

全国の自治体はこれまでも、移住定住に関する多くの施策を実施してきた。例えば、「他地域からの定住者に対して奨励金」を交付する施策や、地域からの人口流出を防ぐことを目的として「首都圏への通学を支援する」ために、特急料金を自治体が工面するといった施策など、様々な施策が行われてきている。自治体による「費用面での補填」が展開されてきたにもかかわらず、コロナ禍以前の状況では、地方への移住は増えず、東京一極集中傾向が続いてきた。

そして、今回のウェブアンケートでは、「ワーカーが、自身の移住を検討する」際、最も重視する要素として、「勤務地、業務エリアにアクセスしやすいこと」を最も重視していることが確認できた。コロナ禍以降、テレワークが容易になったことをうけ、「仕事を続けたままでも、移住が可能」になっていることがうかがえる(図5)。

【図5】「自身の移住」の検討する際の要素

【図5】「自身の移住」の検討する際の要素
(出典:情報通信総合研究所調査)

かつて全国の自治体が志向した地方移住では、「仕事」と「住まい」の両方をリセットして考える必要があった。一般的に、住む場所は、一度選択をすると、それなりの長い期間、住まうことになる。コロナ禍のテレワークが、人々の「通勤」という物理的な制約を取り払ったこと、それにより、仕事を続けながら、「住みやすいところ」を選べるようになっていくものと考えられる。

(2)移住定住の実態-埼玉県A市の例

移住定住を受け入れる側の実態をみていきたい。埼玉県A市は、コロナ禍による移住定住者の増加という点で、著しい増加傾向をみせている。A市は特急等を利用することにより、都心にも比較的容易にアクセスできる。A市への移住希望者で、最も多いのが、30~40代の子育て世帯で、コロナ前後と比較すると、市への問い合わせは3倍に増えており、実際の移住者も増加している。

コロナ禍以降の移住者、移住希望者の傾向をみると、移住を機に仕事を変える例はほとんどない。すなわち、「仕事は変えずテレワーク」「住まいのみを郊外に移す」「時々首都圏に通勤」が可能となっている。

移住を希望する人たちには、ログハウスを建てたり、庭でバーベキューをしたり、キャンプやアウトドアをしたりといったアクティビティを期待する家族が多い。現在は、コロナ禍により、多くの活動は制限されているものの、移住を志す人々は、町内会活動やPTAなど、地域とのつながりにも積極的で、また、自らも、移住を機に副業等、新しいチャレンジをする人々が多い、という。

(3)テレワークが地域にもたらす変化

A市のような直接的な移住定住者の増加だけではなく、テレワークはあらゆる地域に変化をもたらしうる。

オフィスワーカーが家で仕事をするということは、日中の時間帯に、その地域に「働き手」が増えるということになる。ベッドタウンなど、通勤する人々が多い地域では、必然的に昼間人口が増加することになる。このことで、地域の生活者のニーズは、少しずつ変化するだろう。そしてこれまで、消防団のような地域活動の担い手は、自営業、公務員、そして高齢者が中心だったが、ワーカー自身も地域活動への参加がしやすくなるのではないだろうか。

また、Uターン移住という選択も再度注目されると考える。東北地方のある自治体では、この数年は、地元の若者に地域の良さを知ってもらうための活動に力を入れている。人々の通勤や居住地という制約が取り払われれば、全国どこでも仕事をすることが可能になる。その際、「ゆかりのある場所」は候補のひとつとなりうる。中学、高校まで過ごした地元から、進学のためにいったん離れ、就職をする……。仮にテレワークが可能なのであれば、就職後に「地元に戻る」という発想も、当然の選択肢となろう。若い世代ほど、スマホ、SNSを駆使することで、地元を離れても、地域と継続してつながることができる。先々、彼らの世代が、完全にテレワークが可能になって、住まう場所が仕事と関係なくなれば、当地に戻ることも十分考えられる。テレワークが地方都市人口の「社会増減」「自然増減」の改善につながっていく可能性に、大いに注目したい。

5. 結びに替えて~ワーケーションの可能性

ウェブアンケート調査によると、先々、日本のオフィスについては、27.6% のワーカーが「不要になる」と回答している。全体的にみても、地域への移転、もしくは、地方都市への分散など、オフィス自身も、必ずしも東京にある必要はない、という意見が多いことが確認できる(図6)。

【図6】日本のオフィス:将来的な姿(予測)

【図6】日本のオフィス:将来的な姿(予測)
(出典:情報通信総合研究所調査)

オフィスそのものの意味合いにも変化がみられるようになった今、例えば、テレワークの延長上として、地方に滞在しながら仕事も行う「ワーケーション」は、地域にも新しい付加価値を生みうる可能性があり、ひいては新しい地域活性化の在り方の一助にもなりうる。地域の側からみると、オンラインであれ、一時滞在であれ、地域の活性化に向けた「関係人口の構築」こそ重要な意味を持つ。テレワークを積極的に推進させながら、通勤を前提としない従業員の働き方を志向することにより、地域側にも新しい付加価値をもたらしうる。技術的には多くのことが可能になった。実現に向けては、企業側の制度設計によるところも多い。

引き続き、テレワーク、住まい方・働き方、地域にもたらしうる変化についてウオッチしていきたい。

[1] 転勤・単身赴任を原則廃止へ NTT、32万人リモート基本 https://news.yahoo.co.jp/articles/78d8c239e18203f9c96393bc6c855b36417dae40

[2] コロナ禍で地元志向の就職が増加 https://dot.asahi.com/aera/2022011100043.html

[3] 企業の「脱・東京」は結局進むのか https://news.yahoo.co.jp/special/corporate-relocation/

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



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