2022.12.13 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

仮想空間における意匠保護:意匠に係る物品の類否判断に関する日米裁判例

1.はじめに

本稿では、意匠に係る物品の類否について争われた日本の裁判例と、米国特許法における意匠特許に関する裁判例とを比較して、仮想空間における意匠保護について、若干の検討を行う。本稿において、「仮想空間」とは、現実とは異なる世界を構築するものと、現実世界をデジタル空間で再現する「デジタルツイン」の両方を含むものとして用いるものとする。なお、本稿における「仮想空間」は、「メタバース」と言い換えることもできると考えるが、「メタバース」には様々な定義があり、混乱を避けるため、本稿では先に定義した「仮想空間」という用語を用いる。また、「意匠に係る物品」とは、意匠法(昭和34年法律第125号)6条1項3号において、願書記載事項の一つに挙げられているものであり、「意匠を現す具体的な物品のこと」と解されている[1]。「類否判断」とは、意匠審査基準において、「意匠が類似するか否かの判断」とされている[2]

仮想空間、特にデジタルツインは、現実空間の情報を「双子」として再現するものであることから、現実空間において意匠権が取得されている意匠が、仮想空間で再現(模倣)されることが生じ得る。自民党のデジタル社会推進本部が2022年4月26日に公表した「デジタル・ニッポン2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~」では、意匠権は原則として仮想空間内でのデザインの模倣に対して保護が及ばず、国際的にも十分な保護を与えている例は見られないとして、将来的な法改正による意匠権の保護範囲の拡大の検討が提言されている[3]。しかし、仮に仮想空間において意匠が保護されないとしても、そのことで直ちに法改正が必要であるか否かは、意匠権が絶対的独占権であることから、慎重に検討されるべきものである。現行の意匠制度において、仮想空間にどこまで意匠保護が及ぶ可能性があるのかを検討することは、今後の改正の必要性の有無を含めた制度設計に資するものになると考えられる。

本稿では、「意匠に係る物品」に係る類否判断に着目している。意匠の類否判断においては、物品が同一又は類似することが要件とされ、その際には、物品の用途(使用目的、使用状態等)・機能に基づいて判断がなされるという考え方が、特許庁の審査において採用されている[4]。しかし、学説上では、「物品の類似」を意匠の類否判断の独立の要件とする必要性について疑問を呈するものがあり、独立の要件とするとしても「用途・機能」を基準として捉える必然性についても疑問を呈するものがある[5]。仮に、物品が類似しない場合にも意匠が類似するとすれば、現実世界を想定した意匠権が、仮想空間で再現された意匠にも及ぶ可能性がある。そこで、本稿では、日米の裁判例における「意匠に係る物品」に係る類否判断に着目し、若干の検討を行う。米国の裁判例を取り上げる理由は、日本の意匠制度と米国の意匠特許制度とが、国際的に見れば、比較的類似する制度であると考えられるためである。特許制度では、特許権の設定登録にあたって、審査主義を採用することが国際的なコンセンサスとなっている。しかし、意匠制度では、審査主義(新規性等の実体的な要件の審査を行うもの)を採用するか、無審査主義(書類の形式的なチェックである方式審査のみを行う場合を含む)を採用するかという制度の根幹においてでさえ、国際的に統一されていない。日本の意匠制度は審査主義を採用しているが、意匠制度においては、審査主義を採用しない国も多い[6]。意匠分野での国際協力を推進するための知財庁間の枠組である、意匠五庁(ID5)[7]を構成する日本、米国、EU、中国、韓国においてでさえ、統一が図られていない状況である。そのような状況において、日本と米国の意匠制度は、ともに審査主義を採用し、新規性や創作非容易性(米国では「非自明性」と言われる)、工業上利用可能性(米国では「実施可能性」と言われる)を意匠の登録にあたって要求しており、世界的に見れば比較的類似した制度を採用していると言える。また、米国には、登録意匠の物品等が明らかに異なる場合における意匠の類否を判断した裁判例が複数あり、現実空間の物品等の意匠権が仮想空間にも及ぶか、という本稿の主題を検討するにあたっての参考になると考えられる。以上から、本稿では、米国特許法における意匠特許に関する裁判例を取り上げる。

2.日本と米国の裁判例

本節では、意匠に係る物品等の類否が争点となった日米の裁判例を複数取り上げる。

2.1.日本の裁判例

本項では、意匠に係る物品等の類否が争点となった日本の裁判例3件について、その概要を簡単にまとめる。

2.1.1.増幅器付スピーカー事件

増幅器付スピーカー事件[8]は、原告が販売する増幅器(アンプ)の意匠が、被告の有する意匠に係る物品等を「増幅器付スピーカー」とする意匠登録第1276011号に類似するか否かが争われた裁判例である。主な争点は、原告の「増幅器」と被告の「増幅器付スピーカー」とが、類似する物品であるかという点である。

裁判所は、増幅器付スピーカーと増幅器とは、同一ではないものの、増幅器付スピーカーは、増幅器とスピーカーの2つの機能を有する多機能物品であるとして、「増幅器の機能において、原告製品と機能を共通にするものであり、両物品は類似すると解される」と判示した。

原告は、増幅器付スピーカーにおける増幅器は、増幅した信号を出力する端子がないことから、増幅器単体の機能を使うことは予定されておらず、原動機付自転車や太陽電池付時計において、原動機や太陽電池が主たる製品(自転車や時計)の一部品となっていることと同様に、増幅器は一部品であり、多機能物品とは評価できない旨主張していた。裁判所は、原動機付自転車における原動機、太陽電池付時計における太陽電池、そして増幅器付スピーカーにおける増幅器は、いずれも「独立して不可欠な機能を有するものであって、前者が後者の一部品となるものではない」として、本件登録意匠の願書や図面等に増幅器単体での機能が発揮されないことを示す記載は認められないことから、意匠登録第1276011号は、増幅器の機能も有する多機能物品であると判示した。

2.1.2.カラビナ事件

カラビナ事件[9]は、意匠に係る物品名を「カラビナ」とする意匠登録第1156116号(図1参照)と、「アルミニウム、メタル製のハート型の形状をしたアクセサリー」と裁判所が認定したハートカラビナキーチェーン(図2参照)等が類似するか否かが争われた裁判例である。主な争点は、意匠登録第1156116号の「カラビナ」が、岩登り用具ないし登山用具のみに意匠権が及ぶのか、アクセサリーにも及ぶのかという点である。

【図1】意匠登録された「カラビナ」の正面図

図1】意匠登録された「カラビナ」の正面図
(出典:意匠登録第1156116号)

【図2】ハートカラビナキーチェーン

【図2】ハートカラビナキーチェーン
(出典:知財高判平成17年10月31日・平成17年(ネ)10079号)

意匠権者は、願書の「意匠に係る物品の説明」の欄において、「本願意匠に係る物品は、登山用具や一般金具として使用される他、キーホルダーやチェーンの部品等の、装飾用としても使用されるものである」と記載していることから、キーホルダーなどのアクセサリーにも権利が及ぶ旨主張していた。しかし、裁判所は、意匠法施行規則の記載などを参照した結果、「物品に関する願書の記載は、願書の『意匠に係る物品』に記載された物品の区分によって確定されるのが原則であり、『意匠に係る物品の説明』の記載によって物品の区分が左右されるものではない」として、「意匠に係る物品の説明」の欄の記載は、「例えば、登山用具のカラビナがキーホルダーやチェーンの部品等の、装飾用として使用されることがあるとの意味のない説明をしているにすぎないものと理解するほかない」と判示した。

そして、意匠権の効力を定める意匠法23条について、「23条本文は、意匠権の効力が、『登録意匠及びこれに類似する意匠』についてその『登録意匠に係る物品と同一又は類似の物品』に及ぶことを定めたものというべきであり、意匠権の効力が及ぶ『登録意匠に係る物品と類似の物品』とは、登録意匠又はこれに類似する意匠を物品に実施した場合に、当該物品の一般需要者において意匠権者が販売等をする物品と混同するおそれのある物品を指すものと解するのが相当である」として、「本件において、本件登録意匠に係る物品は、……、岩登り用具ないし登山用具として使用される『カラビナ』であるのに対して、被控訴人商品は、……、アルミニウム、メタル製のハート型の形状をしたアクセサリーである。」「そうすると、被控訴人商品と本件登録意匠に係る物品とは、物品の使用の目的、使用の状態等が大きく相違していることが明らかであり、たとえ、被控訴人商品の形態と本件登録意匠の構成態様とが似ているとしても、被控訴人商品の一般需要者が具体的な取引の場で被控訴人商品と本件登録意匠に係る『カラビナ』とを混同するおそれがあるとは認め難いから、被控訴人商品は、物品の類否の観点からも、本件登録意匠の権利範囲に属するとはいえず、本件意匠権の効力は及ばないものというべきである」と判示した。

2.1.3.箸の持ち方矯正具事件

箸の持ち方矯正具事件[10]は、意匠に係る物品名を「箸の持ち方矯正具」とする意匠登録第1406731号(図3参照)と、練習用箸(図4参照)が類似するか否かが争点の一つとなった。

【図3】箸の持ち方矯正具

【図3】箸の持ち方矯正具
(出典:意匠登録第1406731号)

【図4】練習用箸

【図4】練習用箸
(出典:特許第3766831号)

結論として、裁判所は、これらの意匠は異なる美観を生じさせており、類似しないものと判示しているが、本稿の検討では、その点は重要ではない。本稿の検討において重要なのは、意匠に係る物品の類否についての判示内容である。裁判所は、「本件意匠の物品は、『箸の持ち方矯正具』であり、引用意匠1及び引用意匠2の物品は、『練習用箸』であるが、ここでいう『練習』とは箸の持ち方の練習、すなわち、箸の持ち方の矯正にほかならないから、本件意匠の物品と引用意匠1及び引用意匠2の物品は、箸の持ち方を矯正するという限度において用途及び機能を共通にする。そうすると、これらの意匠の物品は、類似すると解される。」「したがって、審決が、引用意匠1及び引用意匠2の物品を、単に、飲食用の道具である『箸』と認定した上、『意匠の類否判断が不能といえるほどに,両意匠を対比する前提となる用途及び機能において全く次元が異なる』としたことは、引用意匠1及び引用意匠2の特徴的部分の用途及び機能を十分に考慮していないといわざるを得ず、物品の類似性について誤った評価を加えたものである」と判示した。

2.2.米国の意匠特許に関する裁判例

本項では、米国の意匠特許(design patent)に関する3件の裁判例を取り上げる。それらは、いずれも日本の意匠制度における「意匠に係る物品等」に相当するものである、「意匠の名称」(title of the design)としてクレーム(特許請求の範囲)に記載された物品とは異なる物品等との間における類否が争点となった裁判例であり、現実空間を前提として登録された意匠が、仮想空間にも及ぶものであるかを検討するにあたって、参考になる事例と考えられる。

裁判例の概要をまとめる前に、米国の意匠特許制度における「意匠の名称」に関する概要をまとめる[11]。米国には、意匠法が単独では存在せず、米国特許法(35 U.S.C.)[12]の第16章171条から173条に、意匠権に係る規定が置かれている[13]。172条は意匠特許における優先権について、173条は意匠特許の存続期間を定めているが、本稿と特に関連するのは171条である。171条は、「意匠に関する特許」というタイトルの下、「製造物品〔an article of manufacture〕のための新規、独創的かつ装飾的意匠を創作した者は、本法の条件及び要件に従い、それについての特許を取得することができる」(171条(a)項)と定めている。これに関連して、米国特許審査便覧(MPEP)[14]の1502条は、「意匠の定義」というタイトルの下で、「意匠は、当該意匠が適用された物品から切り離すことができず、単に表面装飾の方策として単独で存在することができないものである」と説明している。また、米国の意匠特許制度は、特許法において定められているため、出願にあたっては、通常の特許出願と同様に明細書の提出が必要になる。明細書の項目として、米国特許規則(37 CFR)[15]の1.154条は、明細書の項目の一つである前文に含まれるもののとして、「意匠の名称」等を要求している。また、1.153条は、「意匠の名称は、特定の物品を指定しなければならない」と定めている。さらに、明細書には、単一のクレームの記載も求められており、「クレームは、示される、又は示されかつ説明される物品(名称を特定する)の装飾的意匠について正式用語により記載しなければならない」(米国特許規則1.153条)とされている。そして、MPEPは、意匠の名称はクレームの範囲を限定することに寄与するものであることや、前文に記載した意匠の名称とクレームに記載する正式用語とは対応しなければならず、対応しない場合には拒絶されることを説明している(MPEP1503.01条I)。これらの内容から、意匠特許には、製造物品との結びつきが要求されており、その物品は明細書に記載されることが分かる。

2.2.1.P.S. Products事件

P.S. Productsは、「スタンガン」(stun gun)と題された意匠特許D561,294S号及びその継続出願による意匠特許D576,246S号(以下、まとめて「249特許」という)の権利者である。P.S. Productsは、Activision Blizzardらが開発・販売したビデオゲームに登場する武器が、249特許を侵害するものであると主張した(P.S. Products事件[16])。

アーカンソー州東部地区連邦地方裁判所は、ビデオゲームに登場する武器は249特許を侵害するものではないと判示した。その理由は次のとおりである。

裁判所は、249特許を、その図面からスタンガンの装飾的意匠であると解釈し、ビデオゲームに登場する武器との比較を行った。裁判所は、ウィングナットの形をした帽子であるノベルティハットの意匠特許について、そのノベルティハットの写真と思われる画像を使ったTシャツとボトルキャップが当該意匠特許を侵害するか否か争われた裁判において、合理的な人は、Tシャツやボトルキャップを購入することで、ノベルティハットを購入したと考えることはなく、混乱を招くことはないことから侵害が否定された事例[17]や、ホッケースティック形状のダックコールの意匠特許について、ホッケースティック形状のキーチェーン等が意匠特許を侵害するか否か争われた裁判において、両者はホッケースティックの形状で類似しているのみであり、外観の単なる類似は意匠特許侵害を主張するのに十分ではないと判示された事例[18]を挙げた。そして、本件の意匠特許権者の主張はそれらの事例以上に説得力がなく、合理的な人は現実のスタンガンを購入していると信じてビデオゲームを購入するようなことはないであろうとして、意匠特許の侵害を否定した[19]

2.2.2.Curver事件

Curverは、「椅子のパターン」(pattern for a chair)と題された意匠特許D677,946号(以下、「946特許」という。図5参照)の譲受人である。946特許は、クレームにおいても、「以下に示されかつ説明される椅子のパターンのための装飾的意匠」と記載されている。Curverは、Home Expressionsが製造・販売するバスケット(図6参照)が、946特許を侵害するものであると主張した(Curver事件[20])。

【図5】意匠特許D 677,946号

【図5】意匠特許D 677,946号
(出典:Curver, 938 F.3d 1334, 1337.)

【図6】Home Expressionsのバスケット

【図6】Home Expressionsのバスケット
(出典:Curver, 938 F.3d 1334, 1338.)

Curverの訴えに対して、ニュージャージー州連邦地方裁判所は、意匠特許の範囲は、特許に記載されている「製造物品」に限定されることから、946特許は椅子のパターンのみを保護するものであり、バスケットにおける同一のパターンを保護するものではないとして、侵害を否定した21]。Curverはその判決を不服として上訴した。

連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、クレームの文言である「椅子のパターンのための装飾意匠」が、クレームされた意匠の範囲を制限するという地裁判決に同意するとした[22]。その理由は次のとおりである。

Curverは、地裁の解釈は、椅子の図示がない図面ではなく、「椅子のパターン」と記載したクレームに頼った不適切なものであると主張していた。しかし、CAFCは、裁判所はこれまで抽象的な表面装飾の意匠のための意匠特許の付与を認定したことはなく、意匠特許の範囲を広く解釈することを拒否するのは、製造物品が図面ではなくクレームで表現されているからであると述べている[23]

また、CAFCは、過去の裁判例においては伝統的に図面に焦点が当てられてきたが[24]、過去の裁判例はいずれも本件のように図面に製造物品が表されていないという状況ではないとする。そして、本件は、図面に製造物品が表されていない場合に、製造物品を明示するクレームの文言が意匠特許の範囲を限定するものであるかを初めて検討するものであるとし、これまで意匠特許は製造物品に適用される意匠に対してのみ付与され、意匠自体には付与されないという解釈がなされていることから、クレームの文言が図面に表れない製造物品を例示するものとして意匠特許の範囲を制限する可能性があるとする[25]。加えて、Gorham事件で連邦最高裁は、「意匠特許の付与を承認する連邦議会法」は、「抽象的な印象や絵ではなく、当該法で言及された対象物に与えられた側面」を意図していると述べたほか、「特許が与えられる発明または製造されたものは、製造物やそれが適用される可能性のある、あるいはそれが形を与える物品に、特殊または特徴的な外観を与えるものである」と判示しており[26]、最高裁は意匠が適用された「製造物品」の概観をどのように変化させるかに着目しているとCAFCは述べている[27]

そして、CAFCは、「意匠特許の発明を定義するために、裁判所が通常は図面に着目することには同意するものの、意匠特許の図面に示されているのではなく、意匠特許のテキストに記載されているという理由のみで、製造物品の唯一の特定情報を無視することは不適切である」[28]と判示した。

結論として、CAFCは、意匠特許の範囲は、特許に記載されている「製造物品」に限定されるため、椅子のパターンの意匠特許はバスケットの意匠には及ばないとした地裁の判断を是認した。

2.2.3.SurgiSil事件

医療機器会社であるSurgiSilは、自身の意匠特許出願No. 29/491,550(以下、「550出願」という。図7参照)について、審査官の拒絶査定を肯定した特許審判部の決定に対して、CAFCに上訴した(SurgiSil事件[29)。550出願は、図7の図面で表される意匠特許出願であり、クレームには「以下に示されかつ説明されるリップインプラントの装飾的意匠」と記載されている[30]

【図7】意匠特許出願No. 29/491,550

【図7】意匠特許出願No. 29/491,550
(出典:SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1381.)

審査官は、550出願は、Dick Blickカタログ(Blick)により開示された擦筆(stump)の意匠(図8参照)によって予期できるものであるとして、550出願を拒絶した。Blickの擦筆は、しっかりと螺旋状に巻かれた柔らかい灰色の紙でできており、パステルや木炭の広い領域を滑らかにして馴染ませるために使用されるアートツールである[31]

【図8】Blickの擦筆

【図8】Blickの擦筆
(出典:SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1381.)

特許審判部は、クレームされた意匠とBlickの擦筆との形状の違いは軽微なものであり、「Blickの擦筆とリップインプラントとは全く異なる製造物品であって、予期できたものではない」という旨のSurgiSilの主張を却下した。特許審判部は、「クレームの文言における製造物品の特定は無視することが適切である」とした[32]

CAFCは、特許審判部の法解釈には誤りがあると判断し、その理由を次のように述べた。

CAFCは、「意匠クレームは、クレームで特定された製造物品に限定され、抽象的な意匠を広くカバーするものではない」として、米国特許法は「製造物品のための」意匠に保護を与えており、Curver事件においても、クレームで特定される製造物品である椅子にクレームは限定されると判断していることを確認した。また、MPEP1502条においても、「意匠は、当該意匠が適用された物品から切り離すことができず、……単独で存在することができないものである」と記載されていることを確認した[33

そして、CAFCは、550出願はクレームにおいて「リップインプラント」と特定しており、特許審判部も出願図面がリップインプラントを表したものであると判断したことを理由に、クレームはリップインプラントに限定されており、他の製造物品を対象としていないと判示した。したがって、Blickの擦筆はアートツールであって、リップインプラントではないことから、特許審判部による、クレームされた意匠はリップインプラントに限定されないとした予期性に関する認定は、クレームの範囲に関する誤った解釈に基づくものであるとして、特許審判部の決定を取り消した[34]

3.若干の検討

カラビナ事件では、構成態様が類似するものであっても、物品が異なるものであれば、意匠としては非類似となることが示されていた。米国のCurver事件とSurgiSil事件も、意匠権は抽象的な意匠を保護するものではないとして異なる物品間の類似を否定しており、カラビナ事件と同様の考え方と言える。一方、箸の持ち方矯正具事件では、登録意匠は「箸の持ち方矯正具」であり、矯正具は単体では箸としては機能しないことから、引用意匠である「練習用箸」とは、用途・機能が異なり、物品としては類似しないと考えることも可能と考えられる。しかし、裁判所は、「箸の持ち方の矯正」という用途・機能に着目し、両物品は類似するものと判断した。増幅器付スピーカー事件において、登録意匠が複数の物品の機能を有する場合(増幅器とスピーカー)、物品が類似するというためには、複数の機能のすべてを備えている必要はなく、そのうちの一つの機能を備える物品であれば、物品として類似することが示されていたことと同じく、「練習用箸」が「矯正具」としての機能も有する物品であると捉えたものと言えよう。全体としては異なる物品であっても、部分的に用途・機能が共通する場合には、類似する物品として判断される可能性があることが示されていると考えられる。これらから、仮想空間においても現実空間と同じ用途・機能を持つものであれば、物品が類似すると言える可能性は残ると考えられる。例えば、テレビの意匠について、仮想現実内でもテレビ番組を映すためのオブジェクトとして、現実のテレビの意匠を模したデザインが用いられるのであれば、用途・機能が共通すると言え、物品が類似する可能性は否定できないように思われる。

一方、P.S. Products事件では、現実のスタンガンとビデオゲーム内の武器を混同して購入することはないことから、スタンガンの意匠特許権の効力はビデオゲーム内の武器には及ばないとされており、このような考え方を採用するならば、現実空間の意匠と仮想空間の意匠とを混同することは現時点では考えにくいため、現実空間の意匠と仮想空間の意匠とは物品が類似するとは言えないという結論になると考えられる。日本の意匠法においても、意匠法の目的を競争秩序の維持を重視する混同説あるいは意匠の持つ需要増大機能を産業的価値と見る需要説のいずれかを採用する場合には[35]現実空間と仮想空間の意匠を混同することはないであろうし、仮想空間の意匠が現実空間の意匠の需要を減らすとは考えにくい。したがって、P.S. Products事件と同様に、現実空間の意匠と仮想空間の意匠とは類似しないという結論になると考えられる。もっとも、P.S. Products事件で争われたスタンガンは、現実空間と仮想空間とで同一の用途・機能を持つものではないから、先に挙げたテレビの意匠のような現実空間と仮想空間とで用途・機能が共通する意匠であれば、仮想空間で日常生活を過ごすことが一般的になった場合には、従来とは異なる判断がなされる可能性は否定されないと考えられる。

以上から、用途・機能の共通性を重視する立場を採れば、将来的に仮想空間で日常生活を過ごすことが一般的になった場合には、物品が類似すると判断され、現実空間を想定した意匠権の効力が仮想空間の意匠にも及ぶ可能性は否定できないと考えられる。しかし、2022年11月現在の仮想空間を巡る状況においては、仮に用途・機能が共通するとしても、現実空間の意匠と仮想空間の意匠とが市場で競合するとは考えにくい。したがって、物品が類似しないと判断されることになり、現実空間を想定した意匠権の効力を仮想空間に及ぼすことは難しいと考えられる。

もっとも、意匠に係る物品の類否判断を、どこまで意匠の類否判断にあたって考慮するかは議論があり、解釈により仮想空間に意匠権の効力を及ぼす可能性も、完全に否定されるものではない。では、仮に物品の類否を考慮せずに意匠の類否判断を行うとした場合に、どのような検討が必要になるのか。まず、物品の類否を考慮しない場合、意匠登録の審査においても、物品の類否を考慮せずに新規性等の判断を行うことになると考えられる。そうしなければ、例えば、玩具の自動車の意匠を実際の自動車の意匠に置き換えて出願されたものが、審査では新規性要件では拒絶されずに登録されるにもかかわらず、権利の効力は玩具の意匠にも及ぶことになり、不合理であるためである。なお、玩具のデザインを実際の自動車のデザインに置き換えたようなものは、創作非容易性の要件により拒絶される場合も多いと考えられるものの、創作非容易性の要件は厳格に判断されているため、仮に物品等が類似していれば新規性要件で拒絶されるようなわずかな相違を持つ意匠であっても、それを引例として創作容易と言うことができずに登録され得る。したがって、意匠権の効力が物品等によらずに及ぶという制度設計をする場合には、審査時にも物品によらずに類否判断を行う必要がある。しかし、物品によらずに類否判断を行うことが必要になるとすると、あらゆる物品の先行意匠を調査する必要が生じる。日本の意匠法では、新規性について、日本だけでなく、外国における事実も含めて判断する世界公知を採用している(意匠法3条1項)。また、仮想空間においても権利を及ぼそうとするのであれば、当然あらゆる仮想空間における意匠も調査する必要が生じる。そうすると、調査対象となる意匠は極めて膨大な数となることが予想される。2021年度の特許庁の意匠審査官の定員が50名であることからすると[36]、出願から一次審査通知までの期間(FA期間)である平均6.5カ月(2021年度)[37]を保ちながら十分な審査を行うことは難しいと考えられる。近時の機械学習技術などの急速な発展からすると、将来的には、調査対象となる意匠をある程度自動でスクリーニングすることができる可能性もあるかもしれないが、現時点では困難であろう。そうすると、実体審査を行うことを前提とした制度において、物品の類否を全く考慮せずに意匠の類否判断を行うことは、権利の安定性という観点から、採用することは困難と考えられる。

また、仮に物品の類否を考慮せずに意匠の類否判断を行うとした場合、創作者や事業者は、あらゆる意匠権との関係について、事前の権利調査が必要になる。そのような調査が大きな負担になり、かえって新たな意匠の創作が妨げられる可能性もある。

仮に物品の類否を考慮せずに意匠の類否判断を行うとする場合には、これらの課題についても事前に十分な検討を行い、弊害に対する対応を講じる必要があるだろう。

4.おわりに

本稿では、比較対象として米国の意匠特許の裁判例のみを取り上げたが、無審査主義を採用する点で日本の制度とは大きく異なるものの、意匠権の効果が物品に左右されないと言われている欧州の事例との比較も必要と考えられる[38]。また、学説についてはごくわずかに取り上げたにとどまり、詳細な調査・検討ができていない。加えて、本稿では意匠に係る物品の類否に焦点を当てて検討したが、間接侵害や画像の意匠による仮想空間における意匠の保護も考えられる。さらに、不正競争防止法による仮想空間におけるデザインの保護も既に検討が始まっているところである[39]。加えて、著作権や商標権による保護も考えられるところであり、今後の議論の蓄積が待たれる。

 

[1] 特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説』1268頁(発明推進協会、第22版、2022年)。なお、特許庁「意匠審査基準」凡例1頁(2020年3月19日改訂、2021年3月31日一部修正)では、「意匠に係る物品又は意匠に係る建築物若しくは画像」を指す略語として、「意匠に係る物品」(下線強調筆者)という用語を使用している。本稿では、建築物や画像は検討の対象外とするため、「意匠に係る物品」という用語を用いる。

[2] 意匠審査基準・前掲注1)第III部第2章第1節2.1。

[3] 自由民主党政務調査会デジタル社会推進本部「デジタル・ニッポン 2022~デジタルによる新しい資本主義への挑戦~」62頁(2022年4月26日) https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/ news/policy/203427_1.pdf(2022年10月31日最終閲覧)。

[4] 意匠審査基準・前掲注1)第III部第2章第1節2.2.2、2.2.2.2。大阪高決昭和56年9月28日・昭和55年(ラ)第542号〔薬品保管庫事件〕は、「物品の類否の判断は物品の用途と機能を基準としてすべきであつて……物品の用途と機能が同じものは同一物品であり、用途が同一であるが機能に相違のあるものは類似物品であると解するのが相当である」と判示している。

[5] 青木大也「意匠法における物品の類似性について」論究ジュリスト7号171頁(2013年)、寒河江孝允=峯唯夫=金井重彦編著『意匠法コンメンタール(新版)』169-170頁〔峯 唯夫〕(勁草書房、2022年)。

[6] 特許庁「諸外国・地域・機関の制度概要(一覧表):意匠制度」 https://www.jpo.go.jp/system/ laws/gaikoku/document/mokuji/3isyou.pdf(2022年10月31日最終閲覧)。

[7] 特許庁「意匠五庁(ID5)」(2022年9月8日更新) https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/id5/ index.html(2022年10月31日最終閲覧)。

[8] 東京地判平成19年4月18日・平成18年(ワ)19650号。

[9] 知財高判平成17年10月31日・平成17年(ネ)10079号。

[10] 知財高判平成29年1月24日・平成 28年(行ケ)10167号。

[11] 米国意匠特許制度の詳細は、吉田親司『外国意匠登録出願の実務』第2章「I.米国意匠特許出願の実務」(経済産業調査会、2020年)を参照。

[12] 本稿における米国特許法の日本語訳は、特許庁「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等:アメリカ合衆国 特許法(2015年第7改正版、2015年10月施行)」 https://www.jpo.go.jp/ system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-tokkyo.pdf(2022年10月31日最終閲覧)によった。

[13] 171条から173条以外の意匠特許に特有の規定としては、289条「意匠特許の侵害に対する追加的救済」、第V部「意匠の国際登録に関するハーグ協定」がある。

[14] 本稿における米国特許審査便覧の日本語訳は、特許庁「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等:アメリカ合衆国 特許審査便覧(MPEP)第1500章 意匠特許」(2018年1月版) https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-shinsa_binran1500.pdf(2022年10月31日最終閲覧)によった。

[15] 本稿における米国特許規則の日本語訳は、特許庁「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等:アメリカ合衆国 特許規則(連邦規則法典第37巻、2018年1月16日改正)」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-tokkyo_kisoku.pdf(2022年10月31日最終閲覧)によった。

[16] P.S. Prods. v. Activision Blizzard, Inc., 140 F. Supp. 3d 795 (E.D. Ark. 2014).

[17] Kellman v. Coca-Cola Co., 280 F. Supp. 2d 670, 679-80 (E.D. Mich. 2003).

[18] Vigil v. Walt Disney Co., 1998 U.S. Dist. LEXIS 22853 (N.D. Cal. Dec. 1, 1998).

[19] P.S. Prods., 140 F. Supp. 3d 795, 802-803.

[20] Curver Luxembourg, SARL v. Home Expressions Inc., 938 F.3d 1334 (Fed. Cir. 2019).

[21] Curver Luxembourg, SARL v. Home Expressions, Inc., No. 2:17-cv-4079-KM-JBC, 2018 U.S. Dist. LEXIS 3792 (D.N.J. Jan. 8, 2018).

[22] Curver, 938 F.3d 1334, 1336.

[23] Curver, 938 F.3d 1334, 1339.

[24] Pac. Coast Marine Windshields Ltd. v. Malibu Boats, LLC, 739 F.3d 694, 702 (Fed. Cir. 2014)(「意匠特許では、実用特許とは異なり、クレームの範囲は言語よりも図面によって定義される」); In re Daniels, 144 F.3d 1452, 1456 (Fed. Cir. 1998) (「発明の内容を説明するのは、意匠特許の図面である」); In re Klein, 987 F.2d 1569, 1571 (Fed. Cir. 1993)(「意匠出願では通常、図面以外の説明はない」); In re Mann, 861 F.2d 1581, 1582 (Fed. Cir. 1988)(「本件のクレームは、他の意匠事件と同様に、出願図面に表されたものに限定される」).

[25] Curver, 938 F.3d 1334, 1339-40.

[26] Gorham Co. v. White, 81 U.S. (14 Wall.) 511, 524-25 (1871).

[27] Curver, 938 F.3d 1334, 1340.

[28] Curver, 938 F.3d 1334, 1341.

[29] In re SurgiSil, LLP, 14 F.4th 1380 (Fed. Cir. 2021). SurgiSil事件を日本語で紹介するものとして、河野英仁「米国意匠における先行技術の範囲 ~図面ではなくクレームの文言により先行技術の範囲は限定される~ 米国特許判例紹介(154)」知財ぷりずむ20巻232号45頁以下(2022年)。

[30] SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1381.

[31] SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1381.

[32] SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1381.

[33] SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1382.

[34] SurgiSil, 14 F.4th 1380, 1382.

[35] 混同説、需要説の概要と物品の類否判断との関係については、青木・前掲注5)168-169頁参照。

[36] 特許庁「特許行政年次報告書 2022年版」253頁(特許庁定員推移表)(2022年7月)。

[37] 特許庁・前掲注36)76頁。

[38] 森綾香「メタバースと意匠法」早稲田大学知的財産法制研究所(2022年9月1日)https://rclip.jp/2022/09/01/202209column/(2022年10月31日最終閲覧)は、欧州の事例の紹介も含めて、メタバースと意匠法の関係について、幅広い観点から検討している。

[39] 産業構造審議会知的財産分科会不正競争防止小委員会では、2022年2月28日開催の第15回(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/015.html(2022年10月31日最終閲覧))において、「デジタル時代における2条1項3号の課題」として、形態模倣を定める不正競争防止法2条1項3号のデジタル領域への適用が論点の一つとされている。同年10月18日開催の第18回会合(https://www.meti.go.jp/shingikai/ sankoshin/chiteki_zaisan/fusei_kyoso/018.html(2022年10月31日最終閲覧))でも、「デジタル時代におけるデザインの保護について」が議題の一つとして挙がっている。

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