久米島モデル ~カーボンニュートラルと産業振興を同時に達成するエコな地域経済社会システムの実現
那覇空港から約30分のフライト。着陸態勢に入った飛行機から、島の全容が見えた。「美しい!」息をのんだ。真っ白な砂とコバルトブルーの砂州(シュノーケリングで有名なハテの浜)、そしてすぐに深海になっていることがわかる美しく濃いブルーの海(冒頭の写真:久米島ハテの浜(出典:久米島町))。沖縄本島から西へ約100㎞(東京から宇都宮までの距離とほぼ同じ)、人口約7,500人の久米島に着陸した。
空港から出発したバスは延々と続くサトウキビ畑の中を走り抜けていく。とても野性的で生命力を感じるサトウキビは主要産業として、この島を支えてきた(写真2)。島を横断すると、海辺に立つ「沖縄県海洋深層水研究所」に到着した。
入り口にある複数の蛇口からは水が流れている。「オー! 冷たい」と思わず声が出てしまうのが海洋深層水、「こちらは温かいぞ」と言ってしまうのは南国の海の浅い場所で温められた表層水だ。これから「久米島モデル」の見学が始まる。
「久米島モデル」とは、海洋深層水と表層水の温度差を利用し、CO2を排出することなく発電できるクリーンな「海洋温度差発電」と、その発電で使用した後の海洋深層水を農業・水産業・製造業・観光業等で活かす産業振興がセットで行われている社会システムのことだ。また、冷たい深層水はオフィスや家庭の冷房にも直接利用可能だ。この「久米島モデル」の担い手は「沖縄県海洋深層水研究所」、「海洋深層水関連企業」18社、自治体(久米島町・沖縄県)、大学等である。既に深層水関連ビジネスの生産額は年間25億円とサトウキビの生産額を抜き、新規雇用者数では140名(関連企業雇用者全体で300名)の雇用や移住者を生み出し、久米島における一大産業として、更なる成長が期待されている。
このモデルの素晴らしい点は、石油・天然ガス・石炭などの化石燃料を使わず、海洋深層水という海からの再生可能な資源を利用し発電を行うことと、冷房に直接活用することによる省エネ化でCO2の排出量削減に貢献できること。また、「低温性」「清浄性」「富栄養性」の特徴を有する海洋深層水を第一次産業から第三次産業までが上手に活用することで、低コストでエコな生産システムを実現していることである。これらにより、エネルギー自給率の向上や産業振興が図られ、継続的補助金に頼らないエコ地域経済社会システムが実現する。
海洋温度差発電
発電の仕組みは、蒸発器に入れた沸点の低い媒体(アンモニアや代替フロン)を温かい表層水(21.5℃(冬)~30.1℃(夏))で蒸発させ、その蒸気でタービンを回し発電する。そしてその蒸気を冷たい海洋深層水(常時9℃)で冷まして、液体にもどし、再度蒸発器に送り込む。この繰り返しである。この発電設備が沖縄県海洋深層水研究所に設置され、「海洋深層水の利用高度化に向けた沖縄県の発電利用実施事業」として安定した発電の実施に向けた研究が進んだ。現在は、深層水の取水量は1日に1.3万トン、発電量は100kW、発電した電力は研究所内で利用している段階だ(写真3)。久米島町が策定した「久米島エネルギービジョン2020」では、目標として「2040年までに、島内で消費されるエネルギーの100%を再生可能エネルギーによって自給する」としており、太陽光発電、定置型蓄電池、EV・V2H、エネルギーマネージメントシステム(EMS)等の整備とセットでの実現を目指しているが、台風の被害にも強い、この海洋温度差発電で約50%をまかなう目標だ。当面は、現在の海洋深層水の取水量の10倍の取水(世界最大級)を目指し、1MW発電、久米島全体で必要な電力の約15%を担いたいと考えている。取水設備への投資額の調達が課題だが、このような前向きで地域経済の自立化が期待できる社会システムへの補助金であるならば意味があり、望ましいと考える。
海洋深層水を利用した産業振興
海洋深層水とは太陽の光が届かない200mより深い場所の海水だ。久米島の場合、島から約2.3㎞の沖、612mの深海から取水している。この海水が持つ特徴は以下のとおりである。
(1) 低温性
太陽の光が届く表層の海水に比べて、年間を通じて水温が低い(水深600mで8〜10℃、1,000mで4℃程度)。
(2)清浄性
細菌類が少なく、陸水や大気からの化学物質や病原性微生物などによる汚染の恐れも極めて少ない。
(3) 富栄養性
植物の成長に欠かすことのできない無機栄養塩類(硝酸塩、リン酸塩など)が豊富に含まれる。
これらの特徴を活用した産業振興のための研究や民間企業によるビジネス化が進んでいる。漁業では生産量日本一の車エビをはじめ、海ぶどう、カキ、トラウトサーモン、青のり等の養殖が行われている(写真4、5)。それぞれには、養殖に適した温度があるので低温性を活用し、適温への温度調節を行うことができる。例えば北の海にいるトラウトサーモンもこの南国で養殖できる。また、清浄性の特徴を利用して、例えばカキでは「あたらないカキ」ができあがる。そして栄養に富んだ深層水により生育スピードが飛躍的に向上するのである。また一方で、栄養が多すぎると雑藻が発生するが、それを嫌う海ぶどうやサンゴの育苗等では、深層水だけではなく発電で利用後の表層水の活用も行われている。深層水も表層水も活用できるのだ(写真6、7)。
農業では冷たい深層水を地中のパイプに通し、地面の温度を引き下げることにより、この南国でイチゴの栽培まで行われている。
製造業では、例えば様々な種類の藻類を培養し、化粧品原料やサプリメントの開発が進んでいる。藻類の培養は光合成によりCO2を取り込む効果もある(写真8、9)。また、深層水を利用し、久米島の海と同じ青色のビールも製造されている。これはとても美味しかった。
そして何よりも、それぞれの研究やビジネスに取り組んでいる皆さんの顔つきが素晴らしい。説明にも力が入り楽しそうに話をしていただく。新しい社会システムの構築に参加してビジネス拡大にチャレンジしていることが心から楽しく、そして充実度を感じていることが伝わってくる。県外から移住してきている方も多くいる。この美しい久米島が大好きだと皆が話してくれる。
おわりに
この久米島では、2012年の発電開始以降、世界69カ国から約12,000名の視察の受け入れを行ってきた。この社会システムは熱帯や亜熱帯にある世界各国・島嶼部において間違いなく真似すべきモデルであり、パッケージとして輸出することができるモデルになるであろう。規模の拡大やICTの更なる活用等により生産性・品質を更に向上させるなどのチャレンジを続けて成功していただきたい。
夕方に街の居酒屋でいただいた地元産の魚と泡盛も美味しかったが、昼ご飯にいただいたあの車エビのてんぷらや海ぶどうも格別であった。ホテルに帰り海洋深層水の風呂に入った。観光業にまで活用できている。朝、空港に向かうタクシーの運転手さんが、「私はサトウキビの栽培とタクシーの運転手で生計を立ててきたが、海洋深層水で雇用が生まれ、本当に島として助かるし誇らしい」と話してくれたことは本音であろう。島の高校を通りかかった時は、「離島留学制度を利用して県外からの多くの高校生が久米島で学んでいる」と嬉しそうに語った。島の小学生が資源エネルギー庁「『わたしたちのくらしとエネルギー』かべ新聞コンテスト」で2年連続の全国3位「日本エネルギー環境教育学会特別賞」を受賞(2018、2019)した。未来の久米島を支える人材もすくすくと育っている。綺麗で、美味しくて、エコで、最先端で、皆が楽しそうな久米島、注目していきたい。
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