ペットの「家族化」で成長するペットテック
ドイツの調査会社Statistaによると全世界には飼い犬が4.7億頭、飼い猫が3.7億頭いるという[1]。犬・猫それぞれの飼育数は米国がトップであり、上位には中国やブラジル、ロシア等がランクしている。このランキングには各国の経済状況や国民の生活水準の改善・向上などが大きく関わっていると考えられる(図1)。
ペットやペットケア製品は食品・飲料などの生活必需品ではない裁量品と位置付けられるため、生活費に余裕ができて初めて支出が可能となるものである。国の経済が成長することで中間層が拡大し、可処分所得が増加する。このことによりペットの飼育数が増加し、ペットの家族化、さらには家族の一員であるペットに対する消費が拡大するという流れにつながる。
ペットケア製品の高品質化
「ペットヒューマニゼーション(=家族化)」とは従来のペット用品の品質を、ペットだけではなく人が使うレベルまで上げようという、マーケティングにおける考え方だ。かつての「愛玩動物」にとどまらず、「コンパニオン・アニマル」と呼ばれるようになった現在、ペットは単純な愛玩対象としてではなく、あたかも1人の人として一緒に暮らすコンパニオン(家族や友人)のように存在感を増し、飼い主との関係が強調されるようになってきた。これに伴い、ペット用品も、従来の「エサ」である飼料中心の品揃えに、おやつ、トイレシート、首輪、ベッド、クレート(ケージ)などペットの日々の生活に欠かすことができないものが多く追加されるなど製品が多様化してきた。
また、飼料についても、原材料にはすべて人が食べる水準の食材を使い、「ヒューマングレード」に見合う水準、各ペットのライフステージ(幼年期・少年期・中高年期等)に見合った栄養や品質を求める飼い主が増えているため商品の多彩化・高額化につながっている。
食事内容に配慮し、ペットの年齢層にあった栄養価の高い飼料を与えるとともに、医療機関の診察内容を反映して飼育環境を整えるようになったことで、ペットの高齢化も進行中だ。犬・猫ともに平均寿命は15歳前後(飼育環境が屋内か屋外により寿命が異なる場合もある)であり、人に比べると短命であるペットに、充実した良い生涯を送ってもらうための健康関連の商品やペットの医療保険等のケアの利用が増えており、高齢化した体に合った環境を整えてあげたいという飼い主側の思いが透けて見える。
こうしたなか、テクノロジーを活用してペット飼育者を支援するペットテックの市場が世界的に活況を呈し始めているが、ペット大国である米国をはじめ日本でもまだペットテックについては確固とした市場区分や定義づけはなされておらず、研究者や調査会社でも様々な分類で整理が行われているところだ。
本稿では主に米国と日本のペット市場とペットテックの製品やサービスを通じて、米日それぞれで注目される製品や技術を紹介しつつ、各国で求められているペットテックの違いを見ていく。
なお本稿最後では、世界中で課題として認識されている捨て犬や捨て猫の殺処分にも触れ、遺棄された後にやむを得ず殺処分される動物を減らための取り組みについても紹介したい。
世界のペットケア市場
グローバルのペット市場は1,250億ドル(約13兆円)の規模で推移している。その中でも米国は全世帯の68%(8,500万世帯)がペットを飼育するなど[2]、2025年に25兆円規模に成長するとみられている北米のペットフードやペット用品などのペット関連市場の55%を支える巨大市場である[3]。
米国のペットケア市場
上述のとおり、多くの世帯がペットを保有していることもあり、米国内のペットケア市場は990億ドル規模に達している。米国ではペットは家族の一員という認識が浸透しているため、2001年や2008年など経済面で打撃を受けた年でもペット向けの支出はそれぞれ7%および5%の増加を記録したという(図2)[4]。
日本のペットケア市場
日本国内で飼育されている犬・猫は2021年末時点では犬が710万6,000頭、猫が894万6,000頭を数え、2019年と比べ新規の飼育者数が増加している[5]。コロナ禍ではステイホームが求められ、在宅での生活時間が増えたことで、人々は寂しさの解消や癒しを求めてペットに関心を注ぎ始め、リモートワークの普及も飼いやすさを後押ししたことが背景にあると考えられる。
経済産業省が発表した「ペット産業の動向 - コロナ禍でも堅調なペット関連産業 -」によると、ペット・ペット用品については、様々な業態から購入する機会があるが、品目を限定して商品販売額の動向を確認できるホームセンターでの販売額を見ると、近年、増加傾向を示しており、特に新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年の増加額が大きく、前年比8.2%増と大幅に増加したとされている(図3)。
四半期別の動向を見ると、緊急事態宣言がはじめて発令された2020年第2四半期に前年同期比8.2%増、第4四半期に同13.8%増と大幅に増加するなど、2020年以降、8期連続の増加となってる。ペットやペット用品はコロナ禍においても飲食料品小売業などと同様に販売額が増加した業種の一つだったとのことだ[6]。
ペット保険シェアトップのアニコム損害保険会社は、2021年のペット関連年間支出調査を行っている[7]。金額ベースでは「フード・おやつ」が犬・猫ともに多く、「ケガか病菌の治療費」が後に続いた。1年間を通じた全体的な費用では、犬が345,572円、(前年比102.1%)、猫が169,247円(102.7%)と犬・猫ともに微増傾向という結果になった(表1)。
犬の支出において増加が顕著なのは「サプリメント」である。増加理由として、加齢によるもの、老齢の関節炎等によるもののほか、「腸内フローラ環境を改善するためのサプリを与えるようになった」という回答もあり[8]、飼い主自身の健康に目を向ける際に話題に上がる腸内環境を改善するものを犬にも意識して与えるような風潮があることがわかる。
次に、ペットテックについての調査結果を見てみると、新たに購入した品目のうちIoTアイテムで多いのは「見守りカメラ」という結果だった[9]。ペット関連のIoT機器では、カメラの他にも自動給餌器・給水機、ウェアラブルデバイス(首輪やハーネス)、スマートトイレなどもあげられた。
同調査では、ペットを家族や友人のように捉えていると印象づける調査項目があるため、ここで紹介したい。
自分自身よりもペットに費用をかけたい項目を尋ねる問いに対する回答として、30.4%が「美容院(理髪店)」、続いて28,7%が「医療費」と回答したという。人よりも短い生涯を送り、言葉を話すことができない動物に、外見を整え、健康な日々を送ってもらいたいという飼い主の願望や義務感が表れた意見が寄せられたことが窺える(表2)。
ペットテックとは?
ペットテックとは、現在のペット製品・サービス市場にICT等の技術を組み合わせて、従来にはなかった便利さや価値をもたらす商品やサービスを指す。ペットテックは主に5種類に分類できる(表3)。
1つ目はオンラインコマースだ。飼料やおやつ、トイレシートなど消耗品のオンライン購入である。これらの消耗品はホームセンターでまとめ買いをするにも車がないと不便だが、オンラインでは成分や品質、口コミの評価、価格を比較しながら最適な商品をいつでも購入することができる。
2つ目はハードウェアだ。これは見守り用の専用カメラが最もなじみ深い。外出先から留守宅にいるペットの様子をスマホで確認したり、ペットに声をかけたりすることもできる。また、内部に餌を隠したおもちゃをスマホで操作しながらペットにおやつの場所を探させ、遠隔にいながらペットと遊んだりコミュニケーションを図ったりすることも可能だ。
こうした家庭用見守りカメラとは異なる見守りサービスが、米国で導入が進むDogSpotだ。これは犬と外出中に買い物をしたいが店舗に入れない場合に一時的に犬を預かってもらうスマート犬舎だ。木やガードレールなどにリードをつないでおくと、場合によっては連れ去られてしまったりするケースもあり、犬の防犯システムともいえる製品だ。飼い主は買い物中に犬をケージに入れておくことができ、遠隔で内部の空調を管理することもできる(図4)。
3つ目は健康管理だ。トイレシートの排尿状況から健康をモニターするもののほか、運動量の測定ツールや衛星位置確認システム(GPS)など首輪に装着して使用するものがある。この他、愛用のトイレを変えることなく、体重や排せつ物の量や回数、トイレの滞在時間などの情報を自動で記録するデバイス「Catlog Board」もあるが、これは日本のRABO社の製品だ。同社は米国で開催されたハイテク技術見本市「CES 2023」にも出展した(図5)。
4つ目の自動化用品には、自動給餌器や給水機だけでなく、ペット用の自動ドア、ネコ砂掃除用品、自動便器洗浄機などもある。
5つ目のプラットフォームサービス(ソフトウェアサービスを含む)には、ペットホテル、散歩の代行や留守宅での見守りスタッフの派遣を手配するマッチングアプリ、獣医師との相談アプリなどがある。
獣医師がオンラインでの相談対応や診断ができるプラットフォームが「FirstVet」で米国や英国、スウェーデン等欧州で提供されており、1回単位の診察(65ドル)のほか、6カ月90ドルで上限なし、年間利用(135ドル)などのプランもある(図6)。
ペットや飼い主の行動パターンの多様化により、様々なペットテック製品やサービスが登場している。これにより、将来新たな雇用創出の可能性が広がることも期待される。
遺棄ペットの保護・救済に向けて
飼い主とペットが平穏にそして良好な関係を保ちつつ暮らせる持続可能な環境の維持が求められていることを考えれば、ペットテックの成長領域はまだまだ広がる余地がある。例えば、欧米主要国で課題となっている遺棄・保護されたペットの救済問題は日本でも最近注目されている。
こうした課題を解決する「殺処分ゼロ」の保護施設の取り組みとして有名なのがドイツの「ティアハイム(Tierheim)」だ。ドイツ語で「保護施設」を意味し、全国に500カ所以上の施設があり、年間で1万頭以上の動物を引き取っているが、譲渡率は90%を超えるという[10]。なお、保護施設は寄付金や遺贈金で運営されている。日本とドイツのペット流通の仕組みは大きく異なるため、一概に比較はできないが、ドイツではペットの流通には厳しい規制が課されており、保護施設からの譲り受けが90%を超えるという点があることは留意しておきたい。
日本では2022年6月から、ブリーダーやペットショップ等で販売される犬や猫について、マイクロチップの装着が義務化された。さらにマイクロチップが装着されていない犬や猫を譲り受けた場合や、拾った犬や猫にマイクロチップを装着した場合にも、飼い主の情報登録が必要となった。
国によってはまだ義務づけられていないところもあり、マイクロチップの装着に代わる個体識別に役立ち、ペットを救済するための技術開発も進んでいる。
日本国内では、殺処分や多頭飼育崩壊などの社会問題が顕在化し、動物を救済するために里親探しの活動が活発になっている。その一つが、株式会社PETOKOTOが運営する「OMUSUBI(おむすび)」だ。OMUSIBIは保護した犬・猫と里親を結びつけるプラットフォームで、用意された質問に答えるだけで回答者は自分と相性の良い犬・猫を紹介してもらうことが可能だ(図7)。
また、ケガや病気を抱え、心身のリハビリの支援が必要な人に寄り添うセラピードッグの存在も注目される。前述した、一般社団法人ペットフード協会の調査結果によると、ペットを飼うことは、家族にも良い影響をもたらすという効果の報告がある[11]。犬と猫、それぞれについて同居する家族からの効用が伝えられている。犬については、子供への良い影響として、「家族の絆が強まった」「気持ちが明るくなった」という評価があり、猫については、「子供の気持ちが明るくなった」という効果が伝えられている。
一方、動物の体の特徴に注目した個体識別を試みた企業もある。韓国のスタートアップ企業Petnowは人の指紋と同様に犬や猫の個体ごとに異なる「鼻紋」に着目。スマホで鼻を撮影し、自分のペットを特定することができる技術を商用化した。認識率を高めるためにスマホに3つのAIを搭載したという。この技術により同社は「CES 2022」で最高革新賞を受賞した経歴を持ち、2023年も続けてCESへ出展している(図8)。
ペットの命と安全を守るためにも、ペットテックでは既存の飼料や製品を中心としたペット市場を越え、さらに技術開発が進む。スマート首輪、スマートベスト、スマートハーネス等でペットの迷子や遺棄を減らせるようになれば、今後も関心を集める分野となりそうだ。
[1] Statista, Number of dogs and cats kept as pets worldwide 2018(in millions), Published by Nestlé Purina pet care.
[2] アメリカペット製品協会(APPA)、2019-2020 National Pet Owners Survey
[3] https://www.prnewswire.com/news-releases/pet-tech-market-to-surpass-usd-20-billion-by-2025-global-market-insights-inc-300892272.html
[4] https://medium.com/lerer-hippeau-ventures/ whats-happening-around-the-future-of- pet-tech-drivers-trends-and-opportunities-e3ac09a44440
[5] 一般社団法人ペットフード協会(2021年(令和3年)全国犬猫飼育実態調査結果)
[6] https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/ minikaisetsu/hitokoto_kako/20220311hitokoto.html
[7] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000068. 000028421.html
[8] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000068. 000028421.html
[9] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000068. 000028421.html
[10] https://pedge.jp/reports/tierheim/
[11] https://petfood.or.jp/data/chart2022/2.pdf
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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