2023.5.30 DX InfoCom T&S World Trend Report

カーボンニュートラルに向けたデータ連携

2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言した。「排出を全体としてゼロ」の意味は、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、植林、森林管理などによる「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることである。その達成のためには、温室効果ガスの排出量の削減並びに吸収作用の保全および強化をする必要がある。

本稿では、政府が2023年2月に提示した政策方針を概観し、「Green of ICT」(もしくはGreen of Digital、ICT(デジタル)産業のグリーン化)に関する今後のロードマップの内容を捉える。その後、「Green by ICT」(もしくはGreen by digital、ICTを活用した(デジタル化による)グリーン化)で重要となる二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」のデータ連携に関する取り組みに焦点をあて、その意義と今後を展望する。なお、データ連携の取り組みについては、JEITA Green x Digital コンソーシアムに参画者へのヒアリングを行った。

「GX実現に向けた基本方針」

政府は、2023年2月に、「GX実現に向けた基本方針」(以下、「基本方針」)を閣議決定した。これは、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー安定供給の確保が世界的に大きな課題となる中、GX(グリーントランスフォーメーション)を通じて脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現するため、GX実行会議や各省における審議会等での議論を踏まえ、2022年末に取りまとめられたものである。今後10年を見据えたロードマップの全体像が提示されている(図1)。

【図1】今後10年を見据えたロードマップの提示

【図1】今後10年を見据えたロードマップの提示
(出典:経済産業省「GX実現に向けた基本方針 参考資料」(2023年2月10日))

この閣議決定とあわせ関連法案(「GX推進法」)が国会に提出され、審議されている。基本方針で提示された取り組みは、主に以下2点である[1]

  1.  エネルギー安定供給の確保に向け、徹底した省エネに加え、再エネや原子力などのエネルギー自給率の向上に資する脱炭素電源への転換などGXに向けた脱炭素の取組を進めること。
  2.  GXの実現に向け、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシング[2]によるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現・実行を行うこと。

上記2について、政府は今後10年間で官民あわせて150兆円超の脱炭素分野への投資が必要と試算しており、脱炭素社会に移行するために新たに発行するGX移行債で、先行して20兆円規模を調達する方針を示している。償還財源として、CO2の排出に金銭負担を求めるカーボンプライシングを考えており、その議論が開始されている。

150兆円の内訳としては、再生可能エネルギーの大量導入に31兆円超、次世代自動車に17兆円超、住宅・建築物に14兆円超、脱炭素目的のデジタル投資に12兆円超、鉄鋼、化学、自動車など排出が多い製造業の省エネ・燃料転換に8兆円超、蓄電池に7兆円超、水素・アンモニアに7兆円超などの官民合わせた投資を見積もっている。

脱炭素目的のデジタル投資

基本方針では、【今後の道行き】として22事例のロードマップが提示されており、その事例の中には水素・アンモニア、蓄電池産業、鉄鋼業等、注目分野や業種が含まれている。情報通信に関連する事例としては「事例10:脱炭素目的のデジタル投資」がある(図2)。

【図2】脱炭素目的のデジタル投資

【図2】脱炭素目的のデジタル投資
(出典:経済産業省「GX実現に向けた基本方針 参考資料」(2023年2月10日))

なお、脱炭素とICTとの関係を捉える際には、概念上「Green of ICT」と、「Green by ICT」の2分類に整理される。

「脱炭素目的のデジタル投資」は前者の「Green of ICT」に分類されるものである。

事例10では、「半導体産業の成長に向けて、2030年代にかけて、GX実現に向けた半導体および関連サプライチェーンへの継続的な投資を実施し、次世代半導体や光電融合をはじめとした将来技術の社会実装を進める。さらに、こうした技術も活用しながらデータセンター(DC)のCN(カーボンニュートラル)化も推し進める」とされている。

この分野のGX投資として、今後10年間で約12兆円以上の追加投資を実施と記載されており、その内訳は、先端半導体や不可欠性の高い半導体および関連SC(Supply Chain)の強靭化に約5兆円~、次世代半導体や光電融合等の研究開発や社会実装に約6兆円~、省エネ性能の高いDCの普及に約1兆円とされている。内訳として2点目に記載の「光電融合」とは、NTTが開発したもので、チップ内の配線部分に光通信技術を導入して低消費電力化を行い、さらには光技術ならではの高速演算技術を組み込んだ、光と電子が融合した新しいチップを実用化する技術である。省エネ化・大容量化に加え、低遅延化も実現する[3]。高速大容量通信・ネットワークの高度化が求められる中で、消費電力が電気より小さく、高速化しやすい光をあらゆる部分のデータ伝送に取り入れることで問題の解決を図ろうとする取り組みである。脱炭素を切り口にした国際競争力強化の視点が含まれている点が特筆される。

排出量の見える化

一方、「Green by ICT(Digital)」は、ICTを用いて(デジタル化)、CO2排出量の計測および予測を行いつつ、エネルギー利用効率の改善、物の生産・消費の効率化・削減、人・物の移動の削減につなげることで[4]、CO2の排出量を削減することが可能となることを意味する。

【図3】Green of ICT・Green by ICT

【図3】Green of ICT・Green by ICT
(出典:総務省『平成23年版 情報通信白書』第3部 第5章 図表5-4-7-1より作成)

基本方針の22の事例では、CO2排出量の可視化、削減について言及されているものは、表1のとおり多分野にわたる。こうした現状把握においてCO2排出量の見える化ツールは重要な手段となる。

【表1】基本方針におけるCO2排出量に関する記述

【表1】基本方針におけるCO2排出量に関する記述
(出典:経済産業省「GX実現に向けた基本方針 参考資料」(2023年2月)より作成)

排出量の削減については、日本を含む世界各国がカーボンニュートラルの実現に向けて取り組む中、企業にとっては従来の自社の事業活動に伴う排出量(Scope1,2)の削減だけではなく、サプライチェーン全体でのCO2排出量の削減が重要となっている(図4)。

【図4】GHGプロトコルにおけるサプライチェーンCO2排出量の考え方:Scope1,2,3

【図4】GHGプロトコルにおけるサプライチェーンCO2排出量の考え方:Scope1,2,3
(出典:環境省「排出量算定について」https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate.html)

 

各国の動向やステークホルダーからの要請もあり、多くの企業がGHGプロトコル[8]に基づいてサプライチェーン全体からのCO2排出量を算定・開示し始めている。サプライチェーン全体でのCO2排出削減を進めるために、企業は、見える化したCO2排出量を基に、サプライチェーンの川上・川下企業との協働を行う。ただし、現時点では業界平均値や統計データに基づく排出原単位[9]を用いてCO2排出量を算定している。そのため、課題としては、サプライヤーが効率化をしてCO2排出量を削減しても、業界平均値や統計データに基づく排出原単位には反映されないため、川下企業にとってScope3上流排出量を減らすには、取引金額や取引量などを減らす以外の方法がなくなってしまうことがある。

具体的には、Scope3のカテゴリ1(購入した部材・製品・サービス)での算定方法は、一般的に採用されている調達金額や調達量に業界平均値等のCO2排出原単位を乗じるものであり、実態が反映されにくかった。業界平均値や統計データの代わりにサプライヤーのリアルなCO2排出量データを活用する上での課題として①サプライヤーからデータを提供することを前提とした共通的なCO2排出量算定の方法論がなく、データの品質にばらつきが生じること、②「CO2見える化」のソリューションが数多く開発される中、異なるソリューション間でデータ連携を行うための共通的なデータフォーマットや接続方式等がなく、サプライチェーンの中で異なるソリューションを使用している場合には、一気通貫でのCO2排出量把握が難しくなることが指摘されていた[10]

JEITA Green×Digitalコンソーシアム

そこで、2021年10月にJEITAが事務局を務めるかたちで発足した「Green x Digital コンソーシアムの見える化WG(ワーキンググループ)」(以下、「見える化WG」)では、CO2排出量データに関する算出方法、共有方法、データフォーマットの統一化や海外企業も含めたグローバルでのデータ連携等が検討され、2022年3月には議論の成果や今後の検討事項などをまとめた「一次レポート[11]」が公開されている。

さらに2023年2月には、異なるソリューション間でのCO2データ連携の技術実証を目的とした見える化実証フェーズの成果報告書[12]が公表されている。

データ連携に関する特徴

JEITAの取り組みについて、NTTデータ グリーンイノベーション推進室立開さやか氏、伊藤諒氏にその特徴を聞いたところ、下記3点が指摘された。

第1に、民間主導の取り組みである点だ。欧州のデータ連携基盤GAIA-Xは政府が主導し企業が参加している。JEITAの取り組みは民間企業初の自主的な取り組みである。また、米国では、欧州のGAIA-X、日本のJEITAの取り組みと似たようなものはなく、個別のサプライヤーであるApple社などは独自の方針で推進している。

第2に、対象がCatena-Xのように自動車産業などの特定産業ではなく全産業であり、加えて、データ連携の目的が、カーボンニュートラル達成に向けた仕組み作りにある点だ。一方、GAIA-Xでは、セキュリティとデータ主権の保護、Catena-Xでは自動車産業全体のバリューチェーン効率化にその目的がある。

第3に、算定対象が製品レベルのみではなく、製品レベル・組織レベル両方の取り組みである点だ。グローバルに見ても非常に先進的な取り組みである(表2)。

【表2】欧州と日本のデータ連携基盤の比較

【表2】欧州と日本のデータ連携基盤の比較
(出典:デジタル庁等公表情報、ヒアリング情報より筆者作成)

今後

Green x Digital コンソーシアムでは、ユーザー企業が加わり、CO2算定実務を含めた検証を行う「フェーズ2」を2023年6月末までに完了することを目指している。見える化WGが策定した「CO2可視化フレームワーク」と「データ連携のための技術仕様」を改善し、企業間データ連携のユースケースとして、国内外の産業界との連携や官民協力を推進していく方針である[13]

まとめ

カーボンニュートラルの実現に向け、2023年2月には政府の基本方針が提示されており、実現に向けた政策が開始される。現状把握の手段としてのCO2排出量の見える化については、国内ではデータ連携に向けた取り組みが行われており、今後は社会実装の段階に入る。この先進的な取り組みが民間企業による点は非常に評価されるべき点であり、今後の動向が注目される。

社会実装をしていく上では、第1に、国内では大企業に加え、企業数の多くを占める中小企業にも参加してもらうようにすることが求められる。また、第2に、グローバルな取り組みであるため、ルール作りの議論では、国外の他の機関との連携も重要になる。中小企業に対しては、地方金融機関等が融資先にCO2排出量見える化ツールを提供・支援するような動きもでてきており、今後広がりがでてくることが期待される。サプライチェーンのCO2排出量見える化のルール作りについては、国内外の複数機関でも検討されていることが明らかにされており[14]、他機関との連携動向も含めて今後の展開が注目される。

[1] 経済産業省「『GX実現に向けた基本方針』が閣議決定されました」(2023年2月10日)https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002.html

[2] 炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法。具体的には、炭素税(CO2排出量に比例した課税を行うことで炭素に価格をつける仕組み)、国内排出量取引(企業ごとに排出量の上限を決め、上限を超過する企業と下回る企業との間で排出量を売買する仕組み)、クレジット取引(CO2削減価値を証書化し取引を行うもの)、国際機関による市場メカニズム(国際海事機関(IMO)では炭素税形式を念頭に検討中、国際民間航空機関(ICAO)では排出量取引形式で実施)、インターナル・カーボンプライシング(企業が独自に自社のCO2排出に対し価格付け、投資判断等に活用)がある。(出典:環境省「カーボンプライシング」https://www.env.go.jp/earth/ ondanka/cp/index.html)

[3] 経済産業省商務情報制作局「『次世代デジタルインフラの構築』プロジェクトに関する研究開発・社会実装計画(案)の概要」(2021年7月)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/003_04_00.pdf

[4] 総務省『平成22年版 情報通信白書』第1部第2章 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/ whitepaper/ja/h22/html/md211100.html

[5] LCA:Life Cycle Assessment。資源の採取から製品の廃棄・リサイクルに至るまで、ライフサイクル全体における環境負荷を定量的に評価する考え方。

[6] SAF:Sustainable Aviation Fuel。持続可能な航空燃料。

[7] GHG:Greenhouse Gas。温室効果ガス。

[8] 温室効果ガスの排出量を算定し、報告する際の国際的な規準。

[9] 経済活動量や物量1単位あたりのCO2排出量を指す係数。

[10] JEITA「Green×Digital Consortium 見える化WG実証実験フェーズ1 成果報告書」(2023年2月15日)

[11] https://www.gxdc.jp/pdf/achievement_report.pdf

[12] https://www.gxdc.jp/pdf/report.pdf

[13] https://www.gxdc.jp/pdf/press_release230215. pdf

[14] JEITA Green×Digitalコンソーシアム「サプライチェーンCO2の“見える化”のための仕組み構築に向けた検討」2022年3月31日https://www.gxdc.jp/pdf/achievement_report.pdf

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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