中堅中小DXの今(2)東京商工会議所
はじめに
本誌2023年9月号では、中小企業のDXの実態と課題、今後の展望について中小企業のDXを現場で支援しているITコーディネータ協会へのインタビューにて伺った内容を「中堅中小DXの今(1)」として取り上げた。
インタビューでは、第1に、中小企業は大企業に比べ、DXの進展が遅れているものの、コロナ前に比べ着実に進展していること、第2に、経営とIT両方の知識を備えているITコーディネータは、ITの知識やノウハウが不足している中小企業に対して知識やノウハウの共有等によるDX支援の役割を担っていること、第3に、中小企業は大企業に比べ意思決定が早く、試行錯誤を重ねながらITツールの利用を進めており、取引先を含めたサプライチェーン全体の連携によるデジタル化の対応が中小企業のDXを進展させていること、第4に、産業界の自らの取り組み、具体的には中小企業共通EDIのような業界連携が今後より重要になってくること、第5に、生成AI技術は業務効率化と人手不足への対応として有効な手段であり、手軽に導入・活用ができるため、中小企業と大企業の間のDXへの取り組みのギャップを縮小する可能性があると期待されていることが明らかとなった。
そこで、中小企業の経営課題の解決に向けたIT活用の現状を把握すべく、東京商工会議所中小企業部副部長ものづくり担当課長、兼調査・統計担当課長、兼IT活用推進担当課長の長嶋収一氏、主任松浦啓志氏、副主査山口あかり氏にインタビューを行った。その内容を本稿「中堅中小DXの今(2)」として紹介する。
中小企業の景況感
東京商工会議所が四半期に1度行っている東京23区内の中小企業の景況感に関する調査「東商けいきょう」の集計結果[1]によると、2023年4~6月期の業況DI(「好転」の回答割合-「悪化」の回答割合。前年同期比、全業種)は7.7となり、前年同期と比べ20.2ポイント改善し過去最高となった(図1)。インタビューでは「コロナ後の景況感はかなり良くなっている。ただ、人手不足でお客さんが来ても対応できないという課題は、業種問わずに多い。建設業でも職人を確保できない。人手不足でビジネスのチャンスを見逃している」とコロナ前からの人手不足が景気回復の過程で課題として再び浮上しているとの指摘があった。
特に人手不足については「同じ業種でも、大企業、中小企業の差が出る。賃上げも大企業のほうが有利で、人が集まる。中小企業も賃上げを頑張っているが、その規模は大企業と異なる」と解決が難しい点にも言及された。
さらに、新たに顕在化する課題として「コロナの中でゼロゼロ融資を国が実施していたが、その返済が7月から本格化する。返済で資金繰りがうまく回らなくなる懸念が出てくる」との指摘もあり、中小企業の業況は全体としては回復傾向にあるものの、労働力や資金繰りの課題を抱えている企業も存在している状況である。
IT導入の状況
このような中、東京商工会議所では都内中小企業におけるIT導入の実態について調査を実施している。2021年度の調査では、7割の中小企業が何らかのITを導入しているという結果だったが、2023年7月に東京商工会議所が実施・公表した「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」によると、レベル2(紙や口頭でのやり取りをITに置き換えている)、レベル3(ITを活用して社内業務を効率化している)、レベル4(ITを差別化や競争力強化に積極的に活用している)を足し合わせたおよそ8割の中小企業でIT「導入」が広がりを見せていることが示された(図2)。背景には、コロナ禍における非接触対応や社会的なデジタル化の動き、コロナ関連の補助金・助成金の充実によりIT導入が促進されたことなどが挙げられている。
一方でインタビューでは課題も指摘された。「コロナ後、ITを導入したが、未導入の状態に戻った企業もあり、例えばFAXが一番安心という声も聞く。また、IT導入が業務効率化や売上拡大、競争力強化につながっていない企業も依然として多い。我々の支援の目的は、ITを導入した後その活用にシフトすること、活用のレベルを上げること」だという。
東京商工会議所の取り組み
インタビューでは東京商工会議所の中小企業の経営課題解決のためのICTに関する取り組みについても伺った。その内容は下記のとおりである。
IT導入・DX事例の共有
東京商工会議所では、各種アンケート・調査への回答結果や相談、現場からの声をもとに、デジタルシフト・DXに成功している企業に対しヒアリングを実施し、会員企業へ共有している。成功事例を積極的に発信することで、自社の取り組みに活かしてもらうことを狙う。
「デジタルシフト推進サポート」事業
東京商工会議所は、2019年11月から3カ年にわたり、企業のIT導入・活用を支援する「『はじめてIT導入』1万社プロジェクト」を行ってきた。その課題を踏まえて、2022年11月、事業のリニューアルを図り、中小企業のデジタルシフト・DXを支援する「デジタルシフト推進サポート」(ぴったりDX)事業を実施開始している(図3、4)。実態調査などで浮き彫りとなった、デジタル人材不足などの課題を踏まえて新たな支援策を展開するものだ。
「デジタル人材育成」の分野では、民間企業が提供するリスキリング(デジタル分野での学びなおし)支援サービスに、東京商工会議所の会員を対象とした優待を付して提供しているほか、社内デジタル人材育成を応援するサービスをまとめたナビサイトを運営している。また、短期集中でのデジタル人材・DX人材育成を図る研修講座の提供も行っている(図3)。
また、ツール・サービスの選定を支援する仕組みとして、様々な業種・経営課題に合わせたITツール・サービスを会員優待付きで提供するスキームを用意する。他にも100を超えるITツール・サービスを検索できるナビサイトも提供しており、企業のツール選定時の一助となっている。
さらに、「デジタルツール・サービス導入相談窓口」も設けている。世の中に数多のサービスが溢れる中、何を導入すればよいか分からないという悩みに対し、ITコーディネータとの相談の機会を提供するもので、利用ニーズが高まっているという。
サイバーセキュリティ対策の支援としては、「サイバーセキュリティコンソーシアム」を設置し、連携する5社のサービスを会員企業に提供している。さらに、セキュリティリスクを懸念にIT活用が進まない事例もあることから、サイバー攻撃の実態や対策の必要性を啓蒙するセミナーも企画する(図4)。
また、他の商工会議所との連携も進めており、各商工会議所会員に向けたツール・サービスの横展開やセミナー情報の共有などを実施している。
中小企業DXの展望
中小企業DXの今後の展望を伺ったところ、「昨今のクラウドサービスの普及等に伴うITサービスのコストの低下、コロナ禍をきっかけとして創設された国・自治体等による支援、経営者・従業員の世代交代に伴なって、中小企業のDXは徐々に進展していくであろう」とのことだった。
条件は揃いつつあるが、DX・デジタル化の必要性・有用性が中小企業経営者に十分に浸透していないという課題があり、「DX・デジタル化が業務効率化や競争力強化などの経営課題の解決の糸口になることを訴えかけていきたい」という。
ベンダーとの連携
ITベンダーは、中小企業との接点が少ないものの、中小企業のDX支援に意欲的であり、中小企業とのルート作りのニーズが高い。そうした中、「デジタルツールの事業者として登録しているベンダーが増えている。ただし、サービスを使っている中小企業がまだ少ない」と現状が示された。
「今年5月末に初めてITに特化した商談会を開催した際には、ITベンダーのツールに興味を持つ企業がベンダーのブースに行って、相談をしていた」とのことで、商談会が中小企業とベンダーをつなげる役割を担っている。
中小企業のニーズは売上拡大をはじめ多様
中小企業のニーズについては「会員企業が求めているものは売上拡大につながるものであり、その点を理解してもらえると新規取引につながる。中小企業の特徴は、個別の企業のニーズが違うことである。地道に話を聞いていく必要があり、あわせてサポートを丁寧に行うことが求められている」と丁寧な個別の対応が求められている点への言及があった。
導入が期待される生成AI
前述の「東商けいきょう」によると、5.7%の企業が「ChatGPT」を含む生成AIを活用していると回答し、今後活用を検討している企業も約3割にのぼる。生成AIの活用は業務効率化の一助となり得ることから、東京商工会議所は生成AI活用の研究会を設け、7月には「中小企業のための『生成AI』活用入門ガイド」も発行した。「このような業務に使える、という具体的な情報提供とあわせて、個人情報や著作権の扱い等のリスクも解説し、中小企業における生成AI活用を後押ししたい」とのことで、生成AI活用に向けた具体的な取り組みが既に始まっている。
まとめ
中小企業のDXは、新型コロナによるDXの必要性の高まり、人手不足の解決の必要性、ITツールの低廉化、補助金等の政策支援等を背景に着実に進んでいる。
東京商工会議所は、中立的な立場で、中小企業から経営課題の相談を受け、解決手段としてICTを紹介しており、ユーザー調査による現状把握を行い、施策の評価をしながら新たな施策をたてるというPDCAサイクルを回して対応している。
インタビューでは、現状を捉えた上で、熱意をもって柔軟に丁寧に対応している姿勢・取り組みを窺うことができた。
中小企業のDXについては、経営課題を的確に捉えた上で手段としてのICTを導入・定着する取り組みが求められている。東京商工会議所は、生成AIをはじめ新たなICTが経営課題の解決手段として認識されるように中小企業に働きかけ、導入・利用の定着を促しており、その役割は一層高まっていると言えよう。
【調査要領】
▽期間:2023年5月15日(月)~5月25日(木)
▽対象:東京23区内の中小企業2,847社(回答数:1,096社(回答率38.5%))
▽項目:業況、売上、採算(経常利益)、資金繰り、民間金融機関の貸出姿勢
▽方法:WEBおよび経営指導員による聴き取り
▽従業員規模構成:5人以下:420社(38.3 %)、6~20人以下:287社(26.2%)、21~100人以下:270社(24.7%)、101人以上:119社(10.9%)
[1] https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1034372
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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