ドイツのモバイル新規参入事業者1&1、5G網建設スケジュールを再延期

1&1はドイツ第4のモバイル事業者である。同社は2019年の5Gオークションで初めて周波数を獲得した。現在の1&1は1997年Drillischというサービスプロバイダーとして出発し、2014年TelefonicaによるE-Plusの買収時に当該合併会社から設備容量を譲渡されて以降、MVNOのステータスで活動していた。1&1の網展開は難航続きで、オークション後の5G網の進捗ははかばかしくない。以下では未だにMNOとしての自立へ向けた挑戦が続く同社の経緯を概観する。
ちなみに同社は楽天と提携して、欧州初となる完全仮想化Open RANによるネットワークの構築を目指している。5G事業者として新規参入し、既存3社と競合する市場ポジションも楽天と似通っている。Open RANを網全体に取り入れて、果たしてメリットはあるのか――同社の実験結果の行方には欧州業界も注目している。
1&1のモバイル事業 ~サービス・プロバイダーからMNOへ
1&1は上述のTelefonica-E-Plus合併時の合併当事者・当局間合意条件として、①Telefonicaからの設備容量提供のほか、②周波数資産のリース/国内ローミング提供についてもTelefonicaと合意していた。ただし、具体的なローミング提供を巡る交渉は難航が続き、締結は2019年にずれ込んでいた。この間、欧州委員会、国内当局BNetzAが介入、交渉を支援しなければならなかった。
5Gオークションは2019年に実施され、1&1は2.1GHz 帯(免許期間2026-2040年)、3.6GHz帯(免許期間2023-2040年)を獲得した。同社が自らこれらの周波数を利用開始できるのは、3.6GHz帯では2023年1月、2.1GHz 帯では現行利用者が帯域を空ける2026年以降(Telefónicaの現行免許失効以降)である。
一方、Telefonicaとの国内ローミング契約に含まれるのは、Telefonicaの2Gおよび4Gネットワークでのローミングのみとなっており、1&1は2Gおよび4GサービスをTelefonicaの設備および周波数を通じて提供している。他方、1&1は5G提供において初めて完全に自社のネットワークを利用する。
5Gカバレッジ義務不達成
5Gオークション条件では2022年末までに基地局1,000を建設とされているが、同時点において既存の他事業者(DT、Vodafone、Telefonica)が建設をほぼ終えているのに対し、 1&1の建設は5基にとどまり、これによりフランクフルトなど一部エリアにおけるFWAを運営するのみだった。同社のカバレッジ義務が不履行となったことから、2022年10月BNetzAは、1&1に2023年末までにMVNOとしての新規顧客の獲得を停止し、2025年末までに全既存顧客を自社ネットワークへ移行させるよう命じた。今後、ドイツではサブギガ帯周波数の競売を控えており、参加事業者はMNOとして競争上の独立性を備えるべきとの原則からである。このままでは1&1のオークション参加資格に影響がでる可能性を匂わせた形となった。
2014年の参入以来、周波数およびネットワークの制約のため、1&1が相当期間にわたり、直接的な競争相手からの支援がなければ事業を行えないということは既定路線であった。だが、業界からの需要の高いサブギガ帯の競売を前に、BNetzAは同社への圧力を高めざるを得なかったと見られる。
独禁当局への提訴とVodafoneとのローミング協定
1&1は現在、Telefonicaのネットワークを通じたサービスの提供と並行して、独自の5Gネットワークの立ち上げを準備している。現在の国内ローミング協定(2021/2締結)では、ローミング対象は2Gおよび4Gネットワークであり、5Gでは完全に自社のネットワークに頼るほかない。自社の5G網カバレッジが不完全ななか、建設期間を通じたサービス提供に不安が残る状況だった。現状において1&1は5Gサービスを提供していない。
規制当局BNetzAでは1&1に対する制裁金について審議が行われた(2023/4)が、制裁金を科すか否かの決定は出されていない。他方、2023年2月、1&1はネットワーク展開が大幅に遅れているのは基地局サイトを提供するパートナー企業のVantage Towersが原因であるとして、国内競争当局のカルテル庁に訴えた。
これを受け2023年6月、カルテル庁はVodafoneとVantage Towersよる反競争的行為の可能性について調査を開始したことを発表した。
カルテル庁は報道発表で
- Vantage TowersはVodafoneの子会社であり、株式の一部が上場されているものの、Vodafoneは過半数株を支配している
- VodafoneはVantage Towersのサイトを通信事業者としての継続的に利用している
- Vantage Towersは基本的にVodafone以外の他事業者にも、アンテナ設置用のスペースを貸し出すビジネスを運営している
- 2021年Vantage Towersは1&1との間で多数のロケーションでのサイト共用を契約したものの、その提供は大々的に遅れ、改善が見られない
などと指摘し、「1&1のアンテナ設置ロケーションの提供遅れに正当な理由があるか否かを精査する」ことを明らかにしている。
2023年8月2日、新規参入の1&1と既存移動体通信事業者のVodafoneは、2024年下半期からVodafoneのネットワークで1&1のローミングを行うことで合意したと発表した。この協定において1&1は、Vodafoneの2G、4Gだけでなく5Gネットワークでローミングできるようになる。紛争相手との電撃合意である。
国内ローミングパートナーをTelefonicaからVodafoneに移行するために必要な変更を考慮し、1&1はBNetzAに、2023年末にはMVNOであることを止めよとする上述の命令の修正を求めた。1&1はBNetzAが2023年11月にも求めに応じた決定をすることを期待している。BNetzAがこの要求を認めた場合、1&1は2023年12月にスマートフォン向け料金プランの提供を開始する。1&1はTelefonicaの国内ローミングによる4GサービスとVodafoneのMVNOサービスを利用した5Gサービスを提供する。
2024年7月1日(遅くとも2024年10月1日)までに、1&1は国内ローミングホストネットワークをVodafoneに切り替え、並行して自社の5Gネットワークを稼働させる。1&1はその後、MVNOサービスの販売を停止し、5Gネットワークが利用可能な場所では自社の5Gネットワークを使用し、ドイツのその他の地域ではVodafoneのネットワークを使用することになる。
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当局への訴えとその後の展開の素早さが印象的な一幕であった。
2023年9月18日の1&1プレスリリース[1]によると、新しいコア・ネットワークは既に完全に稼働しており、国内外のネットワークと相互接続され、関連スマートフォン・メーカーの認証を受けている。1&1は、2023年9月末までに110の最先端データセンターと約500のアンテナロケーションを持つ見込みである。1&1は、2025年末までに7,000カ所のアンテナを設置し、ドイツの世帯の25%をカバーしたいと考えている、とのことである。
1&1のMNOとしての自立は2024年7~10月へとまた1年延期となった。規制当局では、結局、上述のサブギガ帯のオークション案は見送り、周波数のスワップなども視野に入れ、引き続き検討が進んでいる。こちらも漂流状態である。
[1] https://unternehmen.1und1.de/corporate-news/2023/11-mobilfunknetz-smartphone-tarife-ab-dezember-2023/
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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