2024.6.13 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ICT雑感:ランニングウォッチとランニングSNSに走らされるランナー

Image by Nam Nguyen from Pixabay

No Run, No Life.お気に入りのランシャツに刻まれた言葉のとおり、筆者にとってランニングは生活の一部だ。走り始めた頃は家の周りを数キロ走るだけで息が上がり、足が痛んだ。それでも繰り返し走るうちに、走れる距離が徐々に伸び、大人になっても成長できることを実感、ランニングを通じた友人との出会いや、大会へのエントリーを重ね、どっぷりはまってしまった。強度の高いトレーニング中は苦しいこともあるが、総じて走ることは楽しみになっている。「タイムはお金で買うもの」と言い訳しつつトップアスリートが使用するランニングシューズを履き、昨シーズンは目標だったサブスリー(フルマラソンを3時間以内で走り切ること)を達成することもできた。充実感とともに、これまでのランニング人生を振り返ってみると、ランニングウォッチとランニングSNSの影響が大きい、というか、これらに走らされてきたような気もしている。

ランニングブーム

世界中でランニングがブームである。RunRepeatのレポートによると、過去10年間で世界のランニング人口は57%増加し、そのうち、コロナ禍の活動自粛期間中に走り始めたランナーは28.7%に上るとのことだ[1]

日本におけるランナー人口やマラソン大会数の推移からも同様の傾向が見られる(図1)。公益財団法人笹川スポーツ財団の隔年調査によると、2022年のジョギング・ランニング推計人口は877万人。運動意識が高まったコロナ禍初期の2020年に記録した1,055万人からは減少してコロナ前の水準に戻ったものの、2002年と比較して1.8倍に増加した。この推計人口は、20歳以上のジョギング・ランニング実施率(年1回以上)から算出されたもので、2020年と2022年の比較では、年1回以上の実施率は減少しているが、週1回以上の実施率は横ばいで推移とのことだ。少子高齢化社会において、ランニング習慣がある人数が維持されているのは、根強いランニングブームを裏付けるものであろう[2]

2007年に始まった東京マラソンの成功をきっかけに、全国各地でも多数のマラソン大会が開催されるようになった。多くのランナーが大会エントリーに使用するポータルサイト「RUNNET」で検索が可能なマラソン大会は、2008年時点でハーフマラソン:299件、フルマラソン:94件であったのに対し、2018年にはそれぞれ929件、467件まで増加し、地域の活性化にも一役買ってきた。ただし、大会の飽和感は否めず、2019年からは減少に転じ、2020年以降のコロナ禍には多くの大会がキャンセルせざるを得ない状況となった。最近は、活動制限の緩和もあり、開催されるマラソン大会数が再び増加する兆しがある[3]。ランナーの1人としては、今後の開催数の回復に期待したい。

機能豊富なランニングウォッチ

筆者は、ランニングを始めた当初、アナログ式の腕時計を着けて自由気ままに走っていた。しかし、ランニングクラブに加入し、友人達がランニングウォッチの様々な機能を駆使して、走るペースやトレーニング強度を調整しながら練習する姿を見ているうちに、時刻しか分からない状況が耐えられなくなり、数年前に1台目のランニングウォッチを購入。その後、センサー技術の進化をPRするメーカーの広告に惹かれ、昨年2台目の時計に買い替え今に至っている。

ランニングウォッチ市場は、世界で12億ドルを超える市場規模ともいわれている[4]。Garmin、COROS、SUUNTOといった欧米専門メーカーや、Apple、Google、Huawei(華為技術)、Xiaomi(小米科技)などITベンダーの存在感が強く、ランニングを楽しむ上で人気のアイテムとなっている。

多くのランナーがランニングウォッチ機能の中で最も重視するのは、走りながらペースや距離を把握するのに必要な位置計測であろう。カーナビやスマホの地図アプリでお馴染みのGPS(Global Positioning System)は、人工衛星から発信される電波を利用し、受信機の位置を割り出すシステムで、最低4つの衛星から電波を受信すれば3次元の位置(緯度、経度、高度)と時刻を定めることができる[4]。位置計測の精度向上には、使用する衛星群を増やすことに加えて、GNSSマルチバンドといわれる複数の周波数帯を用いた測位技術も有効だ。測位衛星はL1(1575.42MHz)、L5(1176.45MHz)など異なる波長の無線信号を送信している。従来のランニングウォッチは、L1信号のみを受信して位置を計測していたが、高層ビルや森林などの周辺環境によって電波干渉が生じると測位精度が低下することが課題となっていた。GNSSマルチバンド技術では、L1信号よりも波長が長く、透過力の強いL5信号を同時に受信することで、安定した測位性能が期待される。

これらの技術は、ランニングログの正確性にどの程度の改善を生むのだろうか。筆者が使用する2台のランニングウォッチを用いてログの精度を比較してみた(図2)。上段は2020年発売モデルで、3種類の衛星群を用いたもの、下段は2022年発売モデルで、4種類の衛星群と2つの周波数信号を用いたものである。2年間の技術進歩は大きく、同じ周回コースを走ったログを見比べると、曲がり角の軌跡のばらつきから、後者の精度が向上しているのが一目で分かる。特にばらつきの大きなコース北側(拡大した部分)は建物の影になる場所であり、マルチバンドの効果が大きかったのではと推測される。レース中は目標タイムに合わせて一定のペースで走る必要があるため、ばらつきの少ない位置情報から算出される正確なペースは非常に有用だ。やはり新しい時計を購入して正解だったと、家族の冷たい視線に負けなかった自分の判断を肯定しておきたい。

ランニングウォッチには、GNSSセンサーの他にも、心拍計、血中酸素計、気圧高度計、コンパス、加速度計、ジャイロセンサーなど多数のセンサーが組み込まれており、身長、体重、年齢といった使用者のパーソナルデータと組み合わせて様々なデータを算出してくれる(表1)。ランニング中は、ペースや距離を把握するのはもちろん、ピッチや心拍数を確認しながら、「もう少しゆったり走ろう」などとフォームを意識することもある。ランニング後にも、データを見直して練習を振り返る。予想タイムに一喜一憂し、VO2 MAX(最大酸素摂取量)が下がってしまった時には、ランナーとしての戦闘力が低下したような焦りを感じる。その結果、数値を上げるために次の練習で無理に苦しいメニューを行い、時計に走らされている気分となることも1度や2度ではない。このように、ランニングウォッチを使用する一番のメリットは、走るという単調になりがちな運動を、データ分析することで科学的に楽しめる点だと感じている。今後も、どのような機能を搭載した新製品が発売されるのか楽しみである。

仲間とのつながりを感じるランニングSNS

ひとりでも気軽に始められるランニングだが、黙々とひとりで走り続けるのはモチベーションを保つのが難しいものである。筆者の場合、アスリート向けのSNS「Strava」でランニングを通して出会った友人達とのつながりを感じられることがモチベーション維持に役立っている。

Stravaは2009年にサンフランシスコで創業したスタートアップで、フィットネスアクティビティを共有するSNSを運営している。SNSの主な機能は、スマートウォッチやサイクルコンピューターの走行ログ、写真およびコメントの投稿、友人の投稿に対するKudos(称賛)とコメントの送信といったシンプルなものである。有料会員となると、アクティビティの詳細な分析などの追加機能も利用できる。これまで順調に会員数を伸ばし、世界195カ国、1億2千万人が利用する一大スポーツコミュニティーを形成している。地図情報を共有することには留意が必要で、過去には兵士のランニング記録から軍事基地の所在が推測される事案が問題となったこともある。個人が使用する場合も、自宅周辺でのログを投稿する際にはプライバシーへの配慮が必要だろう。

同社はユーザーのスポーツに関する動向を分析するYEAR IN SPORT THE TREND REPORTを毎年発行している。最新の2023年版は、2022年10月1日から2023年9月30日までの1年間を対象とし、世代間の運動習慣の違いや運動を実施する上での課題などを紹介していた。興味深かったのは、孤独感を解消する上で運動習慣を通じたつながりが有効であることを指摘している点だ。多くのユーザーがStrava内でコミュニティーを作ることで友人や家族の運動履歴から刺激を受けており、1人で行うエクササイズであっても孤独感を解消することに役立っているとの回答は84%にも達した[6]

筆者の場合も、友人達と形成したコミュニティーの中で、日々のランニング結果に対してKudosやコメントを送りあうのは率直に楽しく、地理的に離れた友人達との関係維持にも役立っている。ライバル視する友人のハードなトレーニング実績を見た後に同様のトレーニングを行う時には、1人で走っていても友人と一緒に走っているような不思議な感覚となることもしばしばで、この調査結果を見て妙に納得してしまった。

おわりに

運動会で良い思い出のない子供時代を過ごしたにもかかわらず、中年に差し掛かってからランニングに目覚めるとは、人生分からないものである。ランニングウォッチに表示されるデータやSNSを通じて伝わる友人達の頑張りは良い刺激である一方、時としてオーバーワークを引き起こし、右膝半月板断裂というトラブルを抱えた苦い経験もある。もちろん、悪いのは身の程をわきまえない走り方をした自分自身だ。走れない日々はランナーにとって辛いもので、思わずランニングウォッチやSNSの情報に無理強いをさせられた気にもなった。しかし、辛い状況を救ってくれたのもまたSNSやランニングウォッチであった。励ましのコメントに支えられ、月間走行距離や練習強度のデータを確認して練習量を抑えながら普通に走れるまでに回復することができた。世の中には60歳を超えても練習を積み自己ベストを更新し続けるランナーもいる。これからもランニングウォッチから得られるデータとランニングSNSコミュニティーとのつながりを大切に、楽しく走り続けたい。

[1] RunRepeat,“120+ Running Statistics 2021/2022 [Research Review],” https://runrepeat.com/running-statistics

[2] 笹川スポーツ財団「ジョギング・ランニング人口 2022年ジョギング・ランニング推計実施人口は877万人。前回調査は1,055万人。コロナ禍前の水準に戻る。」

[3] アールビーズ RUNNET WEBサイト中の大会検索機能より調査。https://runnet.jp/

[4] Business Research insights「ランニングウォッチの市場規模、シェア、成長率、業界の成長、タイプ別(歩数計ウォッチ、GPSウォッチ、心拍数ウォッチ、GPS +HRMウォッチ)、アプリケーション別(ランニング、サイクリング、登山、カーディオトレーニングなど、地域別2031年までの予測」(2024年4月29日) https://www.businessresearchinsights.com/jp/market-reports/ running-watches-market-100526

[5] 電波を受信できる衛星が多いほど精度が向上するため、現在は、米国が運用するGPSに加え、ロシアの「GLONASS」、欧州宇宙機関の「GALILEO」、日本の「みちびき」、中国の「BDS」といった衛星システムを組み合わせて、GNSS(Global Navigation Satellite System)として運用されている。

[6] Strava, “Strava Year In Sport Trend Report: Insights on the World of Exercise,” Jan. 3, 2024 https://stories.strava.com/ja/articles/strava-year-in-sport-trend-report-insights-on-the-world-of-exercise

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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