決済市場を考えてみる
昨今、決済市場ではクレカ、コード決済、ポイント等、ユーザー目線で何を使ったらお得か? という記事や話題に事欠かない。それらを踏まえ、本質的に決済市場(B2C)をどうとらえておくべきなのかということを、決済事業者目線でまとめてみた。
決済市場(B2C)の概観
決済市場(B2C)の概観は以下のとおりとなる。取引における債権/債務を、金銭のやりとりで相殺することを「決済」という。これを対象とする決済市場には、都度払いをする「随時決済市場」と、定期的支払いをする「定期決済市場」の2つがある。加えて、別の観点では、労働に対する対価(債権)としての給与支払いもあり、こちらは「給与決済市場」と定義できる。随時決済市場の取扱高、定期決済市場の取扱高、さらにその取扱いの原資となる給与決済市場はそれぞれ数百兆円と言われている。随時決済市場ではキャッシュレスの取扱高が拡大し、約3割、100兆円を超え、大まかにいうと、そのうち9割はクレカ、1割はコード決済である(年平均1割程度で拡大中)。カード決済、コード決済ともに、特定の事業者のシェアが高く、他事業者との差は大きいと想定される。定期決済市場では口座振替が大半を占めるが、キャッシュレスではクレジットカード払いが増加していると想定される。一方で、給与決済市場は、銀行口座が大半を占める市場である。これらの決済市場のトレンドとしては随時決済市場を中心にキャッシュレス化の進展が数字からも確認できる。
キャッシュレス決済市場成長の特徴
キャッシュレス決済市場の成長の特徴としては大きく2つがある。①「利用者が増える⇔加盟店が増える」という相乗効果による取扱高拡大、と②ネットワーク効果である。①については、決済事業者は利用者を増やすため魅力度アップ施策(ポイント付与、UI改善、サービスラインナップ拡充)を、決済代行事業者は加盟店を増やすため決済会社と「連動」して営業活動を展開し、相乗効果で取扱高を拡大させる。つまり、利用者増、加盟店増が取引高拡大のためのドライバーである。②については、①での相乗効果で取扱高が増えると、決済事業者は胴元として、手数料収入の獲得(加盟店から)や、ビックデータビジネス(例:正確なレコメンドによる集客)、規模の経済(割り勘効果)のメリットを享受できる。一方で、一定規模以上にならないと、利益創出とはならず、自然退場になる危険性もある。現状は、随時/定期決済市場ともに、市場でやりとりされる金銭は銀行口座を中心とした「給与決済市場」からの流入による。流入のためには、口座からの引き出し・引き落とし、口座への振込、カード利用等の処理(手間)が必要である。
決済市場における変化として、デジタル給与払いが解禁
2023年4月「資金移動業者の口座への賃金支払」が解禁された。これにより、銀行口座がほぼ独占していた給与の振込先として、コード決済のチャージ口座を利用することが可能になったのである。後段でも言及するが、給与としてチャージされた額はそのまま取引額となるため、給与口座でのシェア拡大がコード決済事業者の経済圏拡大の新たなドライバーになると想定される。資金移動業者(決済事業者)として、4社が指定資金移動業者の申請を既に済ませており、決済代行事業者も当該事業へ参入すると想定される。指定資金移動業者の条件としては、口座残高を100万円以下にするための措置[1]、破綻時等の資金保全の仕組み[2]等が必要である。現在、ユーザーの利用意向、企業の利用意向は一定程度あるが、コード決済事業者の誘因策次第では、利用意向は拡大すると想定される。またベースとなるコード決済全般の利用率は高く、高齢者でも比較的高めの傾向にあり、給与全額をチャージ化したい人も一定程度いるとの調査結果もある。既に、資金移動業者は厚労省に申請済みであるものの、まだ認可は下りておらず、詳細の仕様、運用方法については、不確定要素がある。そのため、給与振り込み企業とコード決済事業者間のやりとりについてのAPIを含む処理フロー、ビジネスモデルの確定には至っていない。
ステークホルダー別のデジタル給与払いの影響
デジタル給与払いの想定される影響をステークホルダー別にまとめると以下のとおりである。
コード決済利用者(労働者)にとっては、チャージ・銀行振込の手間/手数料が、低減/不要になる。さらにコード決済事業者の誘因策としてのキャンペーンポイント付与等のメリットを享受することにもなると想定される。現在、都度チャージの際、少額(数千円)で何度もチャージしているユーザーも存在しており、大きな手間ではないが、手間を抑えるという観点で、デジタルペイロールを利用したいと考えるユーザーは多いと想定される。
コード決済事業者にとっては、銀行振込・クレジットカードからのチャージによるトランザクションコストが改善される。また、既述のとおり、給与チャージが自社経済圏の拡大に直結することとなり、加盟店の広がりによる手数料収入増が期待できる。コード決済事業者にとっては、取引額拡大、収入拡大、コスト削減の大きなチャンスである。
企業(自治体含む)にとっては、給与の銀行振込手数料等のコスト改善も可能と想定される(ただし、個人レベルで振込口座がチャージに完全代替された場合に限る)。また、従業員への福利厚生の充実にもなる。自治体にとっては、コード決済事業者との連携により職員給与の一部を地域通貨の類似手段としても利用可能であり、地域振興策の後押しにもなりうると想定される。
取引(支払)先企業にとっては、手数料次第では、代金回収手数料等のコスト改善となりうる。
従来の仕組みでは給与の銀行口座から支払い先の銀行口座まで、銀行等複数の決済手段を経由した金銭のやりとりが必要であったが、デジタル給与により、コード決済だけでの金銭の還流が可能となり、ユーザー、取引先企業、コード決済事業者は手数料/手間の軽減につながる(ただし、コード決済での手数料設定に左右される)。
結果として、デジタル給与は給与決済市場でのシェアを拡大し、既存の金融インフラを侵食、一部代替する可能性をも秘めていると想定される。
金融決済事業者にとってのデジタル給与払いの意味
金融決済事業者にとって、デジタル給与払いはどういう意味があるのだろうか? 現状、決済市場、特に随時のキャッシュレス市場における成功モデルは、取引高拡大のドライバーとなる利用者増と加盟店増の相乗効果を最大限に生かし、胴元としての手数料収入獲得や、ビックデータビジネス、規模の経済のメリットを享受することであったが、今後は、これまでのドライバー(ユーザー数、加盟店数)の強化は継続しつつ、取引額に直結する給与決済市場におけるシェア拡大が必要と考える。
したがって、これまでのドライバーである「決済会社と決済代行事業者の連携による利用者増と加盟店増の相乗効果」とは異なるドライバーでの戦いであるため、新たな成功のモデルを構築する必要がある。
給与決済市場は、数百兆円のマーケット規模と想定され、許認可の条件に左右されるものの、決済事業者にとっては、ブルーオーシャンである(現在はほとんどが銀行口座への振込であるため)。しかも、既述のとおり、デジタル給与としてのチャージ額は、決済市場における当該決済会社の取扱高拡大に直結することになり、現在キャッシュレスの萌芽期となっている定期決済市場でも、デジタル給与からの引き落としを推進することで、これまでの競争のフィールドであった随時決済市場に加え、定期決済市場での競争も加速すると想定される。金銭の流れという観点では、デジタル給与払いを活用し給与の財布のシェアをとることが、定期決済の引き落としの財布、随時決済の財布のシェアを拡大することに直結する。キャッシュレスの競争は、随時決済市場のみでの戦いから、厚労省の許認可等の条件に左右はされるものの、給与決済市場、定期決済市場も含めた、戦いの第二幕になりうると想定される。
[1] 100万円を超えるチャージになる場合は銀行口座等への資金移動が必要。
[2] 当該指定資金移動業者が経営破綻した場合、チャージ全額をユーザーに返還しなければならない。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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