2024.9.27 DX InfoCom T&S World Trend Report

産業機械のDX動向について

少子高齢化および労働力人口減少への対応、そして生産性の向上がわが国にとって喫緊の課題とされ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれて久しいと言えます。最近では生成AIの急速な展開が加わり、その動きがさらに加速している状況です。さまざまな場面でDXの導入が求められていますが、中でも製造現場等における生産性向上はわが国にとって極めて重要で、そのカギを握っているのが産業機械と言えます。産業機械に関して明確な定義はなかなか見当たらないのですが、ここでは建設機械、工作機械、農業機械、医療機械など工場や事業所等で使用される機械全般と定義しようと思います。

産業機械によるDXを進め、製造業等の生産性の向上を実現することができれば、わが国のさまざまな課題を解決することにつながると言えます。そこで今回は産業機械に関する政府の動き、およびDXの先進事例を概観し、産業機械産業のDX動向について考察したいと思います。

<政府の動き>

経済産業省はロボットを導入しやすい環境(ロボットフレンドリー(ロボフレ)環境)を実現するため、2019年度に「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース(TF)」を設置するとともに、2020年度から「革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」等の予算事業を進めています。ロボットの未導入分野への導入促進に向けては、ロボットフレンドリーな環境の実現[1]が不可欠であり、またその実現のためには、ロボットユーザー企業とロボットSIer企業等による連携が重要と捉えています。こうした中で、経済産業省では、「施設管理」「食品」「小売」「物流倉庫」の4分野を重点分野として、ユーザーとロボットSIer企業らが参画するTFでの検討や予算事業等を通じた支援措置を進めています。

また、中小企業等の売上拡大や生産性向上を後押しするため、人手不足に悩む中小企業等に対して、IoT、ロボット等の人手不足解消に効果がある汎用製品を導入するための事業費等の経費の一部を補助することにより、簡易で即効性がある省力化投資を促進し、中小企業等の付加価値額や生産性の向上を図るとともに、賃上げにつなげることを目的として、カタログにある製品を購入する際に半額を補助する「中小企業省力化投資補助事業」を創設して支援しています[2]。

経済産業省はさらに、産学官で構成する「医療機器産業ビジョン研究会」(座長:妙中 義之、国立循環器病研究センター名誉所員)を立ち上げ、医療機器産業の劇的な変化の中で国内企業が目指すべき方向性および経済産業省として必要な支援策と実施に向けた戦略的取組について議論を重ね、その結果を「医療機器産業ビジョン2024」(以下、「ビジョン2024」)として取りまとめました。ビジョン2024によれば、医療機器産業は、グローバルでは高い成長が期待されている分野ですが、国内市場はグローバル市場と比較して成長の伸びは低いと見込まれています。日本の医療機器産業は国内市場に依存した成長から脱却し、グローバル市場の獲得による成長が必須の状況にありますが、いまだ国内市場に依存した産業構造となっているとされています。

ビジョン2024では、このような国内医療機器産業の背景を踏まえ、医療機器産業が高付加価値産業として成長していくための方向性として、イノベーション創出のための研究開発投資とグローバル展開による投資回収の 2 つが循環することによる産業成長を掲げています。さらに、この実現に向けた戦略的取組として、グローバル展開に向けた米国市場への展開の戦略的重要性を指摘し、米国展開の成功事例の創出のため、米国展開へ踏み出す企業に対して米国市場獲得に必要な臨床試験等を補助金等で支援することが必要であり、加えて、海外展開に必要となるネットワーク構築支援が必要であるとしています。また、国内におけるイノベーションを生み出す研究開発環境の構築に向けて、AI 等のデジタル技術を用いた医療機器の開発および市場形成の重要性並びにスタートアップによるイノベーションの創出の重要性を指摘し、医療データ利活用基盤の構築や臨床的・経済的な有用性の実証支援および大手企業とスタートアップの連携強化が必要であるとしています[3]。

国土交通省は建設現場の生産性向上や業務、組織、プロセス、文化・風土や働き方の変革を目的として2016年からICT施工をはじめとする「i-Construction」の取組を進めてきましたが、その取組をさらに一歩進めるべく本年4月に「i-Construction2.0」を取りまとめて公表しました。

i-Construction 2.0においては、2040年度には生産年齢人口が約2割減少する一方で災害の激甚化・頻発化、インフラの老朽化への対応増加が見込まれるため、インフラの整備・管理を実現可能なものとするには、より少ない人数で生産性の高い建設現場の実現が必要という問題意識を示しています。その上で、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割、すなわち生産性を1.5倍向上することを目指し、「施工のオートメーション化」、「データ連携のオートメーション化」(デジタル化・ペーパーレス化)、「施工管理のオートメーション化」(リモート化・オフサイト化)を3本の柱として、建設現場で働く一人ひとりが生み出す価値を向上させ、少ない人数で、安全に、快適な環境で働く生産性の高い建設現場の実現を目指して、建設現場のオートメーション化に取り組むとしています[4]。

農林水産省においては、農業の担い手の減少・高齢化への対応を目的として、ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業として「スマート農業」を定義し、その実用化を加速させようとしています。具体的には、生産から加工・流通・販売・消費に至るスマート農業に必要なデータを連携させた上で、作業の自動化、情報共有の簡易化、データの活用を実現することを目指しています。ロボットトラクター、スマホで操作する水田の水管理システムなどの活用により、作業を自動化し人手不足を解消することが、また、位置情報と連動した経営管理アプリの活用により、作業の記録をデジタル化・自動化し、熟練者でなくても生産活動の主体になることが可能になるとしています。さらに、ドローン・衛星によるセンシングデータや気象データのAI解析により、農作物の生育や病虫害を予測し、高度な農業経営が可能になるとしています[5]。

<DX先進事例>

次に産業機械のDX先進事例を見てみたいと思います。

遠隔操作可能なコマンドステーション(キャタピラージャパン合同会社)

現場から離れた場所に配置したオペレーターステーションから、油圧ショベルやブルドーザーを遠隔で操縦できるシステムです。

最新型の中・大型油圧ショベルや小型ホイールローダー、中型ブルドーザーを対象として、災害現場のように作業者の立ち入りが困難な場所での遠隔操作のほか、オペレーターを疲労、危険から解放したい場所での利用を想定しています。

産業機械に後付け可能なキットとコマンドステーションにより、遠隔操作や自動化が実現できるため、建設機械の再購入等を行わずに作業効率が向上します。また、遠隔操作が可能となることにより、操作する作業者は屋内にて建設機械の作業が可能になる上、過酷な労働環境や危険な環境から離れた場所で操作することが可能です。操作効率だけでなく、作業者の保護や身体的・心理的な負担軽減にも貢献するシステムです(図1)。

【図1】遠隔操作可能なコマンドステーション

【図1】遠隔操作可能なコマンドステーション
(出典:キャタピラージャパン, https://www.cat.com/ja_JP/products/new/technology/command/command/108400.html)

熟練技能継承を目的としたAIによる生産用機械の高度化(株式会社マクニカ、芝浦機械株式会社)

工作機械の加工状況の管理や工具の摩耗管理等は、従来、ベテラン職人の知見に依存した作業であったため、工作機械高度化の課題の一つでしたが、加工オペレーターが経験や感覚で行っていた工作機械の操作情報を詳細にデータ化し、判断や操作量をAIで最適化することで職人の技の継承・自動化を実現しました(図2)。

【図2】熟練技能継承を目的としたAIによる生産用機械の高度化

【図2】熟練技能継承を目的としたAIによる生産用機械の高度化
(出典:マクニカ, https://www.macnica.co.jp/public-relations/news/2022/141339/)

ピーマン自動収穫ロボット「L」(AGRIST株式会社)(第10回ロボット大賞(2022年農林水産大臣賞))

このロボットは、ビニールハウス内に張り巡らされたワイヤーにロープウエーのように吊り下げられながら空中移動し、AIで収穫適期のピーマンを判定・収穫します。人の作業負荷の一部をサポートする「人と共存するロボット」をコンセプトに、安価・簡単操作を実現しました。また、ロボットの動力源には4つのバッテリーを搭載する形式を採用し、バッテリー交換を行うことで8時間以上の連続稼働を可能とします。ロボットがビニールハウス内を巡回することで集めたデータを栽培管理へフィードバックすることでデータ農業を可能にしました(図3)。

【図3】ピーマン自動収穫ロボット「L」<br />

 【図3】ピーマン自動収穫ロボット「L」
(出典:AGRIST, https://agrist.com/archives/6505)

手術支援ロボットシステム用ネットワークサポートシステムを複数社で開発(株式会社オプティム、株式会社メディカロイド、シスメックス株式会社)

手術支援ロボットシステムの運用・活用支援、手技の伝承や継承支援を目的としたネットワークサポートシステムのプラットフォームを、AI・IoTプラットフォームサービスを強みとする会社を含む複数社で共同開発することで、あらゆるデータへのAI活用を可能にしました。新たに開発したプラットフォームは手術支援ロボットのセンサーや手術室全体の映像等をリアルタイムに取得・解析が可能であり、またロボットの動作や術者の操作がサポートセンターにて把握可能となっています(図4)。

【図4】手術支援ロボット用プラットフォームによるデータ活用

【図4】手術支援ロボット用プラットフォームによるデータ活用
(出典:オプティム, https://www.optim.co.jp/newsdetail/20201026-pressrelease-03)

<まとめ>

各省庁がそれぞれの分野でDXによる生産性向上を後押しし、先進的な企業がそれぞれ取り組んでいることを紹介してきました。わが国は少子高齢化の進展によってマーケット自体が縮小しており、建設機械、生産機械、農業機械、医療機械とも国内需要だけではなく、海外市場を視野に入れていかないと価格面を含め競争力が確保できない可能性が高いと言えます。日本における課題を解決するために官民が連携して産業機械のDXを推進することは重要ですが、世界への展開を常に念頭に置いて検討することが必要だと思います。人口動態の変化スピードは国・地域ごとに異なるものの少子高齢化自体は世界的な流れですし、製造現場等での生産性向上についても世界共通の課題と言えますので、世界を意識した動きは今後ますます求められていくと思います。産業機械はそれぞれの現場を陰で支える黒子的な存在とも言えますが、製造業等全体のDXを推進するにあたっては不可欠な存在であり、わが国の産業の競争力を大きく左右する存在と言えますので、今後も引き続き注目していきたいと思います。

[1] ロボットフレンドリーな環境の実現とは、ロボット導入にあたって、ユーザー側の業務プロセスや施設環境をロボットを導入しやすい環境へと変革することを指します。https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/robot/230929_robotfriendly.html

[2] https://shoryokuka.smrj.go.jp/

[3] https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/iryoukikisangyou vision2024/iryoukikisangyouvision2024.html

[4] https://www1.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_001085.html

[5] https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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