AI-RANの導入は世界の通信業界に新たな変革をもたらすか
要旨
ソフトバンクが、AIを活用した次世代の無線アクセスネットワーク「AI-RAN」の導入に向け、2024年10月にEricsson、11月にNVIDIAとの協業を相次いで発表[1]。国内外の通信事業者を巻き込む新たな動きを示している。一方、米T-Mobileも2024年9月にEricsson、Nokia、NVIDIAとの共同研究を開始し、5G設備にAIを活用するための実験を進めている[2]。
この動きは、5Gインフラへの投資が低調な中で通信業界の新たな収益源となるか否か、という観点で注目されている。ただし、AI-RANの導入には高い技術力と多額の投資が必要であり、大手通信事業者と小規模事業者との間で格差が広がる懸念が指摘されている。なお、通信インフラが分散型データセンターとしての機能を持つことで、NTTが提唱するIOWN構想にも好影響を与える可能性がある。
【通信ネットワークとAI:導入が進む背景と現状】
近年、通信ネットワークにおけるAIの活用が急速に注目を集めている。2024年2月には「AI-RANアライアンス」が設立され、通信ネットワークそのものにAIを統合する構想が本格化した[3]。
AIをネットワークに組み込むことで、従来の通信技術だけでは対応しきれなかった複雑な運用やサービス提供が可能になる。もっとも、通信事業者自身も、また通信事業者へ提案するベンダーも積極的にその機会を探ってきており、既に現場対応業務の効率化など、人による作業支援の領域でAIの導入が進みつつあった。通信ネットワークにAIを内在させる考えのもとに設立されたAI-RANアライアンスだが、AI活用については3つのコンセプトが提示された後、大きな動きは見られなかった。
しかし、ここにきてにわかにニュースが相次いだ。2024年9月、米T-MobileがNVIDIAとの提携を発表したのである。同社は大手設備ベンダーのEricsson、Nokiaとともに研究施設を設置し、5G設備へのAI展開のため実証実験を進める模様だ。発表の場でT-Mobileのマイク・シーベルトCEOは「T-MobileのAI-RANは、顧客がモバイルネットワークにますます求める膨大な容量とパフォーマンスを解き放つ」と語り、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは「AIは、音声、データ、ビデオを超えて、生成AI やロボティクスなど幅広い新しい用途をサポートし、ワイヤレス通信ネットワーク、ワイヤレス通信業界を再発明する」と語っている(写真1)。
これと同時に、NVIDIAは通信ネットワーク向けのAIプラットフォーム「AI Aerial」を発表した。AI Aerialとは、同社によると「AI時代のワイヤレスネットワーク向けの無線アクセスネットワーク(AI-RAN)テクノロジーの設計、シミュレーション、トレーニング、展開のためのアクセラレーテッドコンピューティングのソフトウェアおよびハードウェアのスイート」ということだが、ひと言で表現するなら、通信ネットワーク設備にGPUを載せるということだ[4]。
そして2024年11月、ソフトバンクはAI-RAN統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」の本格開始を発表した。既存の通信ネットワーク設備は、計算処理をASIC(特定用途向けチップ)などでRAN専用に行うが、通信設備は需要のピーク時に合わせて設計されているため、設備容量は多くの場合で余っている。AITRASはこの余力をNVIDIAの技術を活用したうえでAIサービスの処理に活用する仕組みだ。同社は海外を含め他の通信事業者への外販も視野に入れているが、すでに、実際の通信ネットワーク上でAIを動かしており、米T-Mobileよりも先行していると説明している。2024年10月には富士通と覚書を締結し、vRANソフトウェアや無線機の提供を受けて実証実験を進めており[5]、AI-RAN技術の実用化に向けて着実に準備を進めている(図1)。
【AI-RANの経済的インパクト】
NVIDIAとソフトバンクは、「通信事業者は新しいAI-RANインフラに投資する設備投資コスト1ドルごとに約5ドルのAI推論収益を得ることができる」としている。また、ソフトバンクは「運用コストと設備投資コストを考慮すると、インフラに追加する AI-RANサーバーごとに最大219%の利益率を達成できる」と見積もっている。そして、NVIDIAは汎用サーバーの余剰計算資源を使って生成AIのAPI経由でのサービスを提供した場合に、400個の5Gアンテナを収容できる規模の設備では年間で400万米ドル(約6億円)の収益になると試算しているようだ。これらの収益性は、AI-RANが通信事業者にとって新たな収益源となる可能性を示唆している[6]。
【中国移動のComputilityコンセプト】
AI-RANは、通信ネットワークをAIインフラにするというものであるが、そのためにはNVIDIAが提供するような強力な計算能力が必要である。通信ネットワークに計算機能を具備するというコンセプトは、実はAI-RANアライアンスが設立される前から、中国移動が自社の通信ネットワーク戦略として発表している。彼らの戦略は、クラウドで提供される高度な(そして高価な)計算能力を、電気や水道のようなユーティリティと同様に一般の市民にも広く提供するというコンセプトのもと、「Computility」と名付けられている。
通信ネットワークの価値を計算能力で上積みするという意味で、NVIDIAやソフトバンクの取り組みと共通している(写真2)。
【エッジコンピューティング(MEC)との違い】
通信ネットワーク上で計算機能を、という発想は数年前に盛り上がったエッジコンピューティング(MEC)をめぐる議論と似ている。NVIDIAもAI-RANについては、それぞれ個別の設備で構成されてきたMECとvRANを「単一のプラットフォームに統合する」ものだとしている[7]。
MECで通信事業者は一定の成果を得ている。国内通信大手も、MECを活用した低遅延・高セキュリティなソリューションを、建設業界や医療業界などの法人向けとして提供しており、また遠隔での技術指導などにも導入している[8]。
今回のAI-RANは従来のMECと比較して、取り巻く環境の違いが明らかである。通信ネットワークの機能をAPIを通じて開発者に開放しようという世界的な動きが2年前から再燃しているからだ。直近では2024年9月、Ericssonが世界の大手通信事業者12社と共同で、ネットワークAPIを世界規模で組み合わせて提供する新しいベンチャー企業の設立を発表した[9]。
インターネット上の各種アプリケーションは、その機能の構成・高度化に向けてAPIを活発に利用しているため、クラウド基盤の上で主に使われている。そのクラウド大手も通信ネットワークのAPIには注目している。AWSが示すいくつかの事例(自動運転、産業向けXR、金融サービス、ゲーム)では、Quality on Demand API、番号認証APIなどが活用されている[10]。
AI-RANの導入で、AIの推論機能やAI活用アプリケーションの機能が、APIを通じて外部に提供されることになる。既存のインターネット上のAPIエコシステムに、これまではなかなか入り込むことができなかった通信ネットワークだが、AIインフラになることで、いよいよネットワークAPIの利用が本格化するのではないか。
【各国通信市場への影響】
通信ネットワークをAIインフラ化する動きが加速すると、NVIDIAやソフトバンクの試算通りのROIが実現した場合に、通信事業者は基幹設備を活用した新たなビジネスモデルを構築できる可能性がある。これにより、低迷する通信事業者の設備投資が活性化する期待もある。
しかし、AIインフラへの投資は高価なGPUを必要とするため、資本力のある大手事業者が有利となる。一方、小規模事業者は競争で不利になる可能性が高い。特に、設備の性能差がサービス品質や収益規模の違いを生むため、小規模事業者が大手と同じ戦略で対抗するのは難しい。結果として、通信ネットワークの連携や統合を促すことになるかもしれない。
国内では、第4位の楽天がそもそもクラウド向け設備で通信ネットワークを構築していることから、収益規模の違いを技術面で補うかもしれないが、通信事業者の合併に慎重な姿勢を見せ続ける欧州の規制当局などは、競争への影響の観点からこうした動きを意識しているだろう。
【Open RANへの影響】
AI-RANの進化の流れはOpen RANの動向にも影響を与えている。Open RANは、異なるベンダーの機器を柔軟に組み合わせて通信ネットワークを構築するモデルとして注目されているが、AI-RANの高度な要求に応えるためには統合的なソリューションが求められる場合もある。米T-Mobileは、EricssonやNokiaとの提携の中で、AI-RAN開発におけるマルチベンダー環境の課題を指摘している。
一方で、ソフトバンクのAITRASやNVIDIAの取り組みは、Open RANとAI-RANの融合を可能にする方向性を示している[11]。例えば、富士通製の無線機を活用したvRAN構成の実証実験が進められているが、これらの取り組みはAI-RANとOpen RANの両方の発展を促す可能性がある。
【通信業界の未来:固定通信網、省電力性、IOWN】
なお、これらの動きは世界的には無線通信である5Gの文脈での動きとなっているが、固定通信事業者も設備の構築・整備に際して同様の選択肢を検討できる。AI-RANのコンセプトが増収につながるとなれば、当面はこの領域で様々な動きが見られるのではないか。また、ソフトバンクはAI-RANの導入で、電力消費も抑えられると見込んでいる。AITRASの実証実験では、1Gbps当たりの消費電力はASICを使う専用機器と比べ、40%程度の低減が見込めるとしている[12]。
このように、通信ネットワークがAIインフラ化していくと、通信ネットワークは分散型のデータセンターとしての特徴を持つことになる。現在の通信ネットワークは、通信処理のためのネットワークトポロジーであるが、AIインフラになることで、そうしたトポロジーもAIが設計する、または、需要に応じて柔軟にトポロジーを変更する、という将来が想像できる。その場合、通信ネットワーク機器をつなぐ中継回線には物理的に固定化された回線設備に加え、フレキシブルに経路を変更することが可能なIOWN APNが採用されるかもしれない。現在はモバイルフロントホール向けでの開発が進んでいるが、ミッドホール、バックホールでの活用も近い将来、大いに見込めると思われる。
[1] ソフトバンク報道発表(2024年10月7日、
11月13日)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2024/20241007_03/ https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/ 2024/20241113_06/
[2] NVIDIA公式ブログ(2024年9月30日)https://blogs.nvidia.co.jp/2024/09/30/ai-aerial-wireless-networks/
T-Mobile報道発表(2024年9月18日)https://www.t-mobile.com/news/business/t-mobile-launches-ai-ran-innovation-center-with-nvidia
[3] AI-RANアライアンス(2024年2月6日)https://ai-ran.org/news/industry-leaders-in-ai-and-wireless-form-ai-ran-alliance/
[4] NVIDIA公式ブログ(2024年9月30日)https://blogs.nvidia.co.jp/2024/09/30/ai-aerial-wireless-networks/
[5] 富士通報道発表(2024年11月13日)https://pr.fujitsu.com/jp/news/2024/11/13.html
[6] NVIDIA報道発表(2024年11月13日)https://www.nvidia.com/ja-jp/about-nvidia/press-releases/2024/nvidia-and-softbank-accelerate-japans-journey-to-global-ai-powerhouse/
日経XTECH記事(2024年11月21日)https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02997/111800010/
[7] 『テレコミュニケーション』2024年12月号p.15
[8] NTTドコモ「docomo MEC」導入事例https://www.mec.docomo.ne.jp/portal/case/index. html
[9] Ericsson報道発表(2024年9月12日)https://www.ericsson.com/ja/press-releases/ 2024/9/global-telecom-leaders-join-forces-to-redefine-the-industry-with-network-apis
[10] AWS公式ブログ(2024年5月24日)https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/opening-the-power-of-telecom-networks-to-aws-developers/
[11] NVIDIA公式ブログ(2024年7月19日)https://developer.nvidia.com/blog/boosting-ai-driven-innovation-in-6g-with-the-ai-ran-alliance-3gpp-and-o-ran/
[12] 『テレコミュニケーション』2024年12月号p.17
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