モバイルインフラシェアリングの国際動向

はじめに
「MWCバルセロナ2023」(以下、「MWC」)での基調講演で、OrangeのHeydemann CEOは、PwCの調査結果を引用して、「通信事業者各社のCEOの46%が、自社はあと10年は続かないと考えている」と述べた。同氏は、その原因として「過去10年間で約6千億ユーロに上る大規模なネットワーク投資が行われたが、その収益化が困難である」ことを指摘した[1]。MWCでは、ネットワークコストの最適化がホットトピックの一つであり、その対策として、基地局のサイト(場所)や設備を他社と共用するインフラシェアリングの活用に関する議論がなされた。
これまでは、モバイル通信事業者(MNO)各社が個別にネットワークを構築することで、設備競争が促進されてきた。5Gの展開においては、利用電波の特性等から高密度の基地局整備を要するため、設備投資の効率化、設置場所の制約などの観点でMNO間のインフラシェアリングの必要性が高まる。諸外国では、従来、収益が見込めない低人口地域(ルーラル地域)における通信用タワー・サイトなどの共用が中心であったが、近年は、通信需要が高い都市部でのサイト共用や、アンテナ・無線機器などの共用に至るまで範囲が広がりつつある。
日本でも、総務省が5Gエリア拡充に向けたインフラシェアリングを推奨し、インフラシェアリング事業者を補助金対象に追加するなど、その活用が活発化する兆しがある。本稿では、欧州を中心としたモバイルインフラシェアリングの動向を概観し、インフラシェアリング拡大に向けた日本の役割について考察する。
低人口地域のカバレッジ確保
欧州などのMNOは、モバイルネットワークのコスト低減などに向けて、インフラシェアリングを推進している。前述したOrangeのCEOであるHeydemann氏は、MWCの基調講演で「おそらくインフラシェアリングは、ネットワークを重複展開することなく、競争を低下させずに、カバレッジを拡大する最良の方法だ」と述べ、インフラシェアリングの有用性を強調した。
欧州各国の規制当局は、BEREC(欧州電子通信規制者団体)が策定した欧州共通の評価基準に基づいて、MNO間のインフラシェアリング協定を審査している。BERECは、インフラシェアリングの利点として、コスト・エネルギー消費削減、消費者の選択肢拡大、環境・景観保護を挙げ、懸念点として、投資意欲・競争力低下、参加者間の要調整、ネットワークの回復力低下を列挙している[2]。
欧州主要国(英国、フランス、ドイツ)の政府および規制当局は、周波数割当条件としてMNOに課している通信カバレッジ義務達成のため、補助金や規制緩和等によりインフラシェアリングの活用を促進している。欧州主要国のMNO各社は、各国の政策を踏まえて、通信需要の低い低人口地域を中心に、インフラシェアリングを広く活用している。
また、韓国でも、MNO3社がインフラシェアリングにより、低人口地域への5Gカバレッジ拡大を進めている。
英国
英国政府は2020年に、MNO4社とインフラシェアリングによる4Gカバレッジ改善(2025年末までに国土の95%に拡充する法的義務)に合意した(Shared Rural Network)。
MNO各社は約5億ポンド(約925億円[3])を投資して、少なくとも1社がサービス提供しているエリアをMNO全社がカバーする。英国政府は、1社もカバーしていないエリアを解消するために最大5億ポンドを投資するとともに、政府所有のインフラ資産をMNOに提供する[4]。英国政府はまた、通信用タワーの高さ制限などの規制緩和により、MNO間のサイト共用を支援している。
フランス
フランスでは、周波数(900MHz、1800MHz、2.1GHz)の再割当に向けて、2018年にフランス政府、規制当局Arcepおよび各MNOが、4Gカバレッジの改善に合意した(New Deal for Mobile)。同合意に基づいて、MNO各社は2027年までに全国5,000カ所(ホワイトエリア:未カバー地域)以上に新しい基地局を整備し、その一部をインフラシェアリングする。Arcepは2023年7月、同計画に基づく2,500番目の4Gタワーが稼働を開始したことを発表した[5]。フランスでは、2021年5月の「郵便・電子通信法典」改正により、ルーラル地域において、ArcepがMNOにインフラシェアリングを通じたサービス提供を義務付けることが可能となっている[6]。
ドイツ
ドイツでは、2019年の周波数(2.1GHz、3.6GHz)オークションで、規制当局BNetzAがMNOに対して、2022年末までに98%の世帯(州単位)と主要道路で100Mbpsを提供するカバレッジ義務を課した[7]。ドイツ政府は、低人口地域で費用対効果のあるネットワーク整備が可能となるとして、インフラシェアリングによるカバレッジ義務達成を許容している。同政府は、「ホワイトスポット」(未カバー地域)を解消するために、モバイル通信インフラ会社(MIG)を設立し、補助金を活用してMNOにパッシブインフラ(通信用タワーなど)を提供する。
MNO3社は共同で、最大6,000カ所のホワイトスポットの解消を進めるとともに、MNO2社間で協力し、「グレースポット」(2社の内1社のみがカバーする地域)をインフラシェアリングでカバーすることに取り組んでいる[8]。
韓国
韓国の科学技術情報通信部(MSIT)とMNO3社(SK Telecom、KT、LG Uplus)は、2021年4月、ルーラル地域への5Gサービス早期提供を目的に「ルーラル5G共同利用計画」を発表した。同計画は、人口密度、トラフィックなどを考慮した131の地域を対象とする。対象地域では韓国全人口の約15%が居住し、1k㎡当たりの人口数が約92人であり、MNO各社が個別に基地局を構築する地域(全人口の約85%、1k㎡当たりの人口約3,490人)に比べて、人口密度が低い。
MNO3社は、ルーラル地域での通信網の共同利用に関する契約を締結し、ネットワークの構築を進めている。MSITは、2022年7月に同5G共用ネットワークの第1段階の商用化を発表、2024年上半期までに段階的に商用化を完了する計画である[9]。
都市部における高密度化
近年、欧州では、低人口地域に加えて都市部においても、MNO間のインフラシェアリングの動きがみられる。都市部では、MNO間の競争確保のため、各社による独自のネットワーク展開が原則とされるが、基地局の高密度化に向けた機器設置スペースの制約などのため、共用の必要性が高まっている。
英国・ロンドンでは、2022年12月、英国MNO4社が共用可能な屋外スモールセルの実証ネットワークが稼働を開始した。街路柱などの既存の道路資産を共用し、アンテナ等を設置することで、環境負荷の低減を図る。ロンドン市は、ユーザーのデータ需要が高まる中、都市の魅力向上のため、この取り組みに協力している。同実証が成功した場合、ロンドン市全体で200以上の共用スモールセルが展開される[10]。
オフィスビルや地下鉄構内など、屋内における通信環境の整備に向けたインフラシェアリングも進展している。英国MNO4社は2022年1月、ロンドンの中心部に位置する超高層ビル「22 Bishopsgate」内に、各社が共用可能な屋内基地局(DAS:基地局の電波を光ファイバーで分配し、通信可能エリアを拡張するシステム)を構築した[11]。同様に、英国MNO4社は2024年末までに、ロンドン地下鉄内のすべてのトンネルと駅内で4G・5G接続を提供する[12]。
フランス・パリでは2025年までに、パリ地下鉄の15号線(新線)全体に、MNO全社が共用可能な5Gの屋内DASネットワークが構築される[13]。新戦略計画の一つとして「インフラの活用」を掲げるOrangeが、タワー子会社であるTOTEMを通じて、同取り組みを主導する。
アクティブ共用の活用
インフラシェアリングは共用範囲に応じて、サイト・タワーなどを共用する「パッシブ共用」と、無線機器などを含めて共用する「アクティブ共用」に分類される。世界的にはパッシブ共用が中心であるが、近時、欧州・中国などでアクティブ共用の活用もみられる。
アクティブ共用の形態には、無線機器などを共用し、MNO各社が個別の周波数を利用する「MORAN」、周波数を含むRAN(無線アクセスネットワーク)の全要素をMNO間で共用する「MOCN」がある(図1)。
欧州では、西欧を中心に、MNO間の合意により無線機器を共用するMORANが展開されている。周波数を含めて共用するMOCNについても、北欧・東欧を中心に利用されている。英国では、Vodafone UKとTelefonica UK(O2)が2012年に合弁会社Cornerstoneを設立し、2G/3G/4Gをアクティブ共用(MORAN)で展開してきた。両社は2019年に、英国での5G推進においても、アクティブ共用を活用することに合意した[14]。
中国では政府主導で、通信事業者間の大規模なアクティブ共用が進められている。中国電信(China Telecom)と中国聯通(China Unicom)はアクティブ共用による5Gネットワーク構築を進め、2022年12月までに約100万基地局を構築した。両社は、5G基地局の共同構築により、設備投資額400億米ドル(約6兆円[15])の節約、炭素排出量1000万トン/年の削減、電力使用量100億kwh/年の削減を達成したと主張している。GSMAは、MWCで、両社の共用取り組みを成功事例とする「5Gネットワーク共同構築・共用ガイド」を発表した[16]。
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欧米におけるニュートラルホストの動向
ニュートラルホストのアセット拡大、多様化
日本の動向
インフラシェアリングの拡大に向けて
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] https://www.mwcbarcelona.com/agenda/session/ keynote-1-vision-of-an-open-future
[2] https://www.berec.europa.eu/en/document-categories/berec/regulatory-best-practices/common-approachespositions/berec-common-position-on-infrastructure-sharing
[3] 1ポンド=184.91円で換算。
[4] https://srn.org.uk/about/
[5] https://en.arcep.fr/news/press-releases/view/n/ new-deal-for-mobile-2.html,
https://en.arcep.fr/news/press-releases/view/n/new-deal-mobile-130723.html
[6] https://www.soumu.go.jp/g-ict/country/french/ pdf/033.pdf
[7] https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/ Pressemitteilungen/EN/2019/20190904_5Gspectrum.html
[8] https://www.telekom.com/en/company/details/ joining-forces-to-combat-dead-spots-585428,
https://www.telekom.com/en/media/media-information/archive/cooperation-deutsche-telekom-and-telefonica-616090
[9] https://www.msit.go.kr/bbs/view.do?sCode=user &mPid=112&mId=113&bbsSeqNo=94&nttSeqNo=3180142,
https://www.msit.go.kr/bbs/view.do?sCode=user&mId=113&mPid=238&pageIndex=96&bbsSeqNo=94&nttSeqNo=3181939&searchOpt=ALL&searchTxt=
[10] https://freshwavegroup.com/case-studies/city-of-london/
[11] https://freshwavegroup.com/freshwave-delivering-enhanced-mobile-phone-coverage-throughout-22-bishopsgate/
[12] https://www.baicommunications.com/ mediarelease/bai-communications-awarded-20-year-concession-to-deliver-high-speed-mobile-coverage-across-the-london-underground/
[13] https://newsroom.orange.com/totem-will-provide-mobile-coverage-for-the-forthcoming-15-sud-line-of-the-societe-du-grand-paris-subway/?lang=en
[14] https://www.vodafone.com/news/services/ vodafone-and-telefonica-to-strenghten-their-network-partnership-in-the-uk-with-5g-sharing
[15] 1ドル=150.76円で換算。
[16] https://www.gsma.com/futurenetworks/ resources/5g-network-co-construction-and-sharing-guide-whitepaper/
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