2021.1.28 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

教育×テクノロジー ~アジアにおけるEdTechの動向

1.はじめに

教育は、社会の発展にとって非常に重要であり、社会の変化に合わせて常にその形を変え、進化してきた。特にここ数十年では、科学技術や経済の飛躍的な進歩に伴い、格差拡大や資源枯渇など世界が困難な課題に直面し始めたこともあり、教育の重要性がますます増してきた。

一方で、2020年初頭に始まった新型コロナウイルス感染症の世界的大流行によって、社会はあらゆる側面で打撃を受けた。教育についても、ユネスコのデータによると感染が急拡大した2020年4月の段階で、既に14億人以上の就学者に影響が出ていた[1]。現在でも一部の国では休校が継続されている。このような状況下では、各国の発展レベルによって、教育が長期的に中断され、ますます課題が深刻化する恐れがある。こうした危機的状況を打開するために、今まで以上の国際協力が求められるとともに、テクノロジーの活用が期待されている。

これらの時代的背景の下、近年では、最新のテクノロジーで教育に纏わる様々な課題の解決を図る新しいビジネス分野EdTechが注目を集めている。本稿ではこのEdTechの概要を解説しながら、各国の取り組み事例を紹介し、今後の展望について言及していきたい。

【図1】TechnologyとEducationの融合

【図1】TechnologyとEducationの融合
(出典:各種公開情報をもとに筆者作成)

2.EdTechとは

(1)EdTechが普及した背景と定義

まず、EdTechが普及した背景、その定義と市場規模について見ていきたい。

今日、科学技術の進化の加速によって、我々の生活はますます便利になり続ける一方、社会そのものの進化も加速している。人々は生まれてから社会に出るまでに、今まで以上に多くの知識を限られた期間で吸収する必要がある。そのため、各国は教育システムを盛んに改革している。例えば、基礎教育において、米国や中国は国策としてITに力を入れ、プログラミング教育を2015年から基礎教育の必須科目として定めた[2]。日本においても2020年から小学校でプログラミング教育を必須科目とし、教育現場のICT化に向けた環境整備を2022年までに完成させる計画を立てている[3]。こうした中では、良質な教育資源が必要不可欠であり、教育資源の合理的かつ効率的な分配が非常に重要となる。また、目まぐるしい社会の発展の中、個々人が変化に追従するためには、常に新しい知識を効率的に学習し続ける必要があり、教育現場においても、様々な特性を持つ学習者を対象にすることもあり、学習方法の多様化が求められている。

こうした様々な社会的ニーズに対応するため、近年、教育領域におけるテクノロジーを活用したイノベーションが数多く現れ始め、10数年前に米国の大学が授業のビデオをインターネット上で公開したのを機にEdTech(EducationとTechnologyを組み合わせた造語)という新たなビジネス領域として世間に認知されるようになった。EdTechの目指す方向性については、いまだに様々な議論が展開されているようだが、筆者は、前述のような社会的背景に鑑みて、「教育資源利用の効率」と「学習方法の多様化」であり、その行く先には教育格差の解消と生涯学習の促進があると考えている。

EdTechの形は多様多種であるが、様々な特性を持った人が、いつでも、どこでも、自分に合った学習ができるようにするために、総じてテクノロジーを駆使し、プラットフォーム、アプリケーションとコンテンツという3つの柱からなるサービスを提供している。また、その対象には、就学前から高校までの基礎教育を始めとして、大学以上の高等教育やスキル取得を目標としている技能教育も含まれており(図2)、これらの教育現場に存在する様々な課題の解決を目指している。

【図2】EdTechの提供モデル

【図2】EdTechの提供モデル
(出典:各種公開情報をもとに筆者作成)

(2)市場規模

国の状況によってEdTechの発展状況も異なる。教育市場を専門とする大手調査会社HoIonIQによると、2019年のEdTechの世界市場規模は約17兆円だったが、2025年までにはその2倍となる約38兆円に達すると予測されている[4]。なお、この数値には新型コロナウイルス感染症拡大の影響は考慮されていないが、考慮した場合の市場規模は2025年で42兆円に達する可能性があるとも推測されている[5]。日本の2020年の市場規模は2,403億円であり、世界規模で見るとその割合は決して大きいとは言えない状況である[6]。

各国のEdTechに対する関心度もここ数年で大きな変化が見られる。投資規模で見ると、2010年では米国が世界全体の73%を占めていたが、2020年では中国が全体の63%を占めるようになり、最大となった。また、インドが3番目で、欧州を凌いだ(図3)。

【図3】EdTechのグローバル投資規模と国別比率

【図3】EdTechのグローバル投資規模と国別比率
(出典:https://www.holoniq.com/notes/16.1b-of-global-edtech-venture-capital-in-2020/)

このように近年、著しい経済成長を遂げているアジアでのEdTechの進展には目を見張るものがあり、次項では、この点に注目し、その動向を紹介したい。

3.アジアでのEdTech動向

アジアには世界最多の人口が集中しており、その白熱化する人材獲得競争の煽りを受け、教育に対する需要が今まで以上に高くなっている。ここでは、世界的に有名なEdTechユニコーン企業を輩出している中国やインドの状況、そして近年その取り組みが盛んになってきているシンガポールやベトナムの状況を紹介していきたい。

(1)最新技術で加速する中国の基礎教育

世界一の人口大国中国では、急速な経済成長に伴って就職競争が激化するとともに格差が広がり、超学歴社会になりつつある。こうした将来への不安から、古くから教育熱心な中国では、超学歴社会で生き残っていくために、親が子供に良い教育を受けさせようとする姿が普遍的になった。政府は教育の機会を均等化し、社会格差を是正しながら将来の不安を和らげるために、大胆な教育改革や教育産業育成に注力している。このような背景の下で、中国ではEdTechに注力する企業が多く出現している。

その代表ともいえるのが猿輔導(Yuanfudao)だ。Yuanfudaoは、幼稚園から高校までの基礎教育の段階において、学校教育を補強する形で最先端の技術を駆使した教育サービスを提供している。2012年の設立以来、急成長を続けており、今では企業価値155億ドル[7]の世界で最も価値のあるEdTechユニコーン企業となっている。同社は中国全土に教育研究センターと支社を設立しているが、そのサービスの特徴は、人工知能(AI)とビッグデータ技術を活用しているところにある。同社は2014年にYuanfudao AI Research Institute を設立し、独自のAI研究所を始めとする一流の技術研究所を運営する最初のオンライン教育サービスプロバイダーとなった。この研究所には清華大学、北京大学、中国科学院、Microsoftなど、多くの一流の教育機関や企業から異動してきたメンバーがいる。これらの研究所により開発されたコア技術に支えられ、個々の学生の特性に合わせた、膨大なコンテンツを提供する同社のライブ家庭教師プラットフォームは中国の小中学校オンラインコースの主要ブランドとなり、完全なAIによる教育を可能にしたZebra AI classは中国で最大の就学前教育向けオンラインコースプラットフォームとなった。

【図4】猿輔導(Yuanfudao)のサービス概要

【図4】猿輔導(Yuanfudao)のサービス概要
(出典:公式HPの情報より引用)

こうした中国のEdTech企業の成長からは今後ますます目が離せなくなるだろう。

(2)高品質の教育資源で競争力を増すインド

世界2位の人口大国インドも近年では急速な経済成長を遂げており、社会競争の激化に伴い、格差社会化、学歴社会化が進んでいる。古くから数学に強いという伝統を持つインドは、IT産業の発展を国策とし、優秀なIT人材の輩出で、世界的に注目されてきた。しかし、独特な社会構造を持つインドでは、社会格差が大きく、いまだに教育資源の不足により教育を受けられない子供が大勢存在している。インド政府は社会構造改革を進めてきており、その中核ともいえる施策の一つが教育である。政府はありとあらゆる方法を使って良質な教育資源を増やし、できるだけ多くの人に質の高い教育を施すことで社会全体の発展を目指している。

このような背景から、インドではEdTechのスタートアップ企業が多く出現している。その代表例としてBYJU’S社を紹介したい。BYJU’Sは2011年にオンライン家庭教師会社として設立され、「2025年までに教育を十分受けることができない2億5千万人の子供に教育を届ける」ことをミッションに掲げ、今では企業価値120億ドル[8]の巨大企業に成長している。同社が最も力を入れているのが教育資源の開発だ。優秀な教師の大量育成と同時に、ビジュアル面を強化した学習に最適化された膨大な高品質学習コンテンツを開発しており、子供の個性にあった教育サービスを提供している。

【図5】BYJU’Sのサービス概要

【図5】BYJU’Sのサービス概要
(出典:公式HPの情報より引用)

 

また、4~18歳の学生を対象に、パーソナライズされたオンライン家庭教師プログラムや、いつでもどこでも学習できるパーソナライズされた自己学習アプリを提供し、学ぶことの楽しさを体験しながら効率的な学習をすることが可能な教育サービスの提供を実現した。さらに、世界に通用する様々な資格の取得や有名大学への入学試験対策も手掛けており、特に数学やサイエンスの科目を強みとしている。今では1,700を超える都市にサービスを展開しており、7,500万人を超えるユーザーが利用している[9]。また、BYJU’Sは事業拡大のために最近では企業買収を加速させており、Crunchbaseによると、2019年にはAIを活用した幼児向け学習用教育ツール開発のOsmoを買収し、2020年にはWhite Hat Jrというコーディングスキルを育成するスタートアップ企業を買収した。こうした取り組みがこれからのインド社会にどのような影響を与えるのか、興味は尽きない。

(3)斬新な理念で教育を根底から変えるシンガポール

シンガポールは近年、産業構造改革を進めており、政府は知識ベースの経済発展への方向転換を目標としている。このため、教育水準向上を目指し、大学や職業訓練などに多くの資源を投じるようになった。また、産業育成のために、起業が奨励され、世界中からスタートアップが集まり、大きな注目を集めている。

EdTechのスタートアップ企業として注目されているXSEED Educationについて紹介したい。同社は小学校から高校までの子供への教育を中心に、暗記教育から学習へ、「語り」から「教育」へと変革させることを目的に2008年に設立された。Crunchbaseのデータによると、現在75万人の子供が利用しており、高水準の教師と教育コンテンツを提供している。同社は独自の5段階の方法で、子供の思考スキルと問題解決スキルの構築に注力している。主に提供しているプログラムは、「XSEED School Learning Program」で、好奇心、自信、反省する能力、そして高次の思考スキルを子供に教えている。また、「XSEED Classroom Toolkit」には10,000を超えるStep-by-Stepの教育計画、アプリケーション志向の学生用学習資料、および個別のフィードバックを提供する、各人のスキルに焦点を当てた評価が含まれている。同社はテクノロジーを利用して、学習をパーソナライズしており、これらの教育方法は評価され、世界のトップ教育イノベーションの一つとして、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のレガタムセンターによるケーススタディに取り上げられた。

【図6】XSEEDのサービス概要

【図6】XSEEDのサービス概要
(出典:公式HPの情報より引用)

筆者も東南アジアの出身であり、暗記教育を受けてきた。XSEED Educationの教育方針はまさに東南アジアの教育方法に根底から変化をもたらすものであり、今後の展開に期待したい。

(4)教育資源の輸出入と最新技術活用で課題解決を図るベトナム

経済が成長し、日本企業も多く進出しているベトナムは、東南アジアの中でも教育に対して熱心に取り組んでいる国だ。近年オンライン学習が盛んとなりその需要が急速に高まっている。

Topica Education GroupはMicrosoftとベトナム政府のEラーニングインフラ開発プロジェクト(TOPIC64)の始動をきっかけに2008年に設立された。近年は急激に成長しており、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピンにも事業を拡大している。同社は、米国や、フィリピン、ベトナムのトップクラスの教育機関を含む16の大学と連携し、経済的・時間的に制約がある人たちを対象に学位を授与するプログラムを提供している。また、英語によるコミュニケーション力を訓練するための欧米のネイティブスピーカーによるオンライン講義や、世界的に評価の高い大学や専門家による、ビジネスマンやビジネスリーダー向けのプログラムを提供している。

【図7】TOPICAのサービス概要

【図7】TOPICAのサービス概要
(出典:公式HPより引用)

同社は2019年には、子供向けのオンライン英語学習プラットフォームの開発に350万ドルを追加投資している。また、スキルアップを目指している成人向けに、情報技術、マーケティングなど、生活からビジネスの場面まで、幅広い分野の科目から、自分に合った短期コースを選ぶことができるオンライン学習プラットフォームを2020年5月から提供している。さらに、FluentWorldと連携し、世界初のVRを利用した教育コンテンツも提供している。

教育をオンラインで実施することは、地理的、社会階層的な垣根を超えて、世界の高品質な教育資源を輸入して活用することを可能とした。これにより今後、東南アジアにおける深刻な教育資源不足という課題が解決されていくことが、大いに期待できよう。

4.まとめ

本稿ではEdTechに関するアジア諸国の取り組みを見てきた。それらに共通する特徴は、国の積極的な施策をバックボーンとし、世界から教育に必要なリソースや資源を集め、自国だけではなく海外の市場をも果敢に開拓するところだと筆者は考える。日本でもAIなどの最新技術の活用やそれらに合わせた教育理念の導入など、教育に関する様々な取り組みが進められているが、産業自体の規模感としてはまだまだ伸び悩み、ユニコーン企業も生まれていない。その背景には様々な要因があり、簡単に紐解くことはできないが、政府の注力度合いや産業界の思考転換が大きく関わっているのではないかと考える。これに関してはまた別途、詳細に調査、分析し考察していきたい。

[1] UNESCO(https://en.unesco.org/covid19/ educationresponse)を参照。

[2] 経済産業省 未来教室研究会 第1回「未来の教室」とEdTech研究会発表資料(2018年1月19日)を参照。

[3] 文部科学省「小学校プログラミング教育の趣旨と計画的な準備の必要性について」を参照。

[4] HoIon IQ(https://www.holoniq.com/edtech /10-charts-that-explain-the-global-education- technology-market/)を参照

[5] Holon IQ(https://www.holoniq.com/notes/ global-education-technology-market-to-reach-404b-by- 2025/)を参照

[6] 経済産業省 未来教室研究会 参考資料(平成30年1月19日)を参照

[7] HolonIQ(https://www.holoniq.com/edtech- unicorns/)掲載情報を参照

[8] HolonIQ(https://www.holoniq.com/edtech- unicorns/)掲載情報を参照

[9] 公式HP掲載情報を参照

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