2018.11.27 DX InfoCom T&S World Trend Report

企業におけるデジタル・トランスフォーメーションの課題

デジタル・トランスフォーメーション(以下「DX」)という言葉は、エンタープライズ事業分野においては頻繁に目にするようになった。将来の成長や競争力を強化するために新たなデジタル技術を活用し、新しいビジネスモデルの創出や業務プロセスの柔軟な改変ができるようDXに取り組もうという意識が企業の側では高まっているようだ。しかしながら、その導入について頭を悩ませている企業は少なくない。本稿では、米国と日本の企業がDXを進める上で現在直面している課題を整理し考察する。

米企業のDX取り組みの現状

企業のDXに対する認識については様々な機関や企業が調査を行っている。米Gartnerの調査では、経営層(CEOとCFO)のうち3分の2は「今後数年のうちにデジタル化がビジネスモデルを変える」と捉えている。また、米マサチューセッツ工科大学(MIT)による調査では企業の90%が「何らかの形でデジタル化に取り組んでいる」と回答している。いずれも企業がデジタル化を意識し、自社の業務プロセスの見直しやビジネスモデルの転換に取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている様子を示している。

DXに二の足を踏む要因

毎年Gartnerは、企業のCIOやIT幹部を対象に「Gartner Symposium」を開催している。今年10月、米フロリダ州オーランドで開かれたシンポジウムでは、DXを進めていくためのデジタル戦略における情報や技術の役割、デジタル・ビジネス需要の高まりに呼応したリーダーシップや組織のあり方、DXの円滑な推進を支える情報とテクノロジーの理解等の観点でセッションが構成されていた。

DXへの理解が広がる一方で実際の導入には慎重になっている企業が多いことが、講演テーマや講演者の発言から垣間見えた。DXを前に企業が抱く主な懸念として、(1)人・組織の意識改革、(2)デジタル技術の選択と開発、(3)デジタル技術の導入の3点があるようだ。

(1)人・組織の改革

DX導入のバリア(障害)になるものとして、CIOの46%が「社内カルチャー」を挙げている。多くの講演で、「カルチャー」「マインドセット」という単語が聞かれたものの、「カルチャーは変えることができる」「社員はカルチャーの変化に順応できる」という主旨の発言が目立った。

新たな思考を取り入れ実践する一方、旧来のやり方を手放していく。しかし一気にすべてを変えることは不可能であり、日々の積み重ねというアナログ的な取り組みが必須となる。カルチャーを変革のチャンスに転換するため、まずCIO自らの意識改革、次に固定化した従来の慣習を見直していく試みを一つずつ行う。例えば、経過報告の打ち合わせの廃止、優れたアイデアを持つ社員へのプロジェクトの一任、フェイル・ファースト(早めに失敗し失敗から学ぶ、失敗を奨励する)等による、習慣化した日常業務や部下に対する認識、育成スタンスの見直しが推奨されていた。

(2)デジタル技術の選択と開発

巷にはAI、IoT、ビッグデータ、AR/VR等のデジタル技術や新たな概念を取り入れたサービスやソリューションがあふれている。社内のどの業務プロセスのどの部分に導入するのか、社内の導入計画の策定、社員教育、運用・保守体制の仕組み作り等、社内システムの一部の変更であっても考慮すべき対象は広範にわたる。陥りがちなのが技術先行思考だ。結果として何を得たいかという観点で技術の採用を検討する必要がある。多くのサービスがクラウドで提供されるようになり、エンドユーザーの要望への迅速な対応が求められる。技術とともにDevOpsなどを通じたアジャイル開発が可能な運用環境も整備する必要が出てくる。

(3)デジタル技術の導入

上記(2)とも関連するが、業務プロセスの変更で新たなシステムを導入するに当たり、試行実施であっても当初の想定を超える規模に膨れ上がり、実行が困難になる可能性がある。組織横断的に利用する社内システムの更改においても、まず限定的に実施し、検証・修正・反映を短期間で重ねることが多拠点への水平展開の布石となる。

DXで成功する企業は試行対象を絞ったスモールスタートで取り組んでいる。一例として、独Siemensのデジタル・ツインの例がある。デジタル・ツインはサイバー・フィジカル・システム(CPS)と呼ばれることもあり、実環境に適用する製品やサービスをサイバー空間で再現する。実環境のモニタリングやシミュレーションをサイバー空間で行い、将来の故障や変化を予測できるという点で注目されている。

Siemensは、受注から出荷・請求・回収の販売管理プロセスでプロセスマイニングを使い、ドイツ国内の1つの都市に限定してデジタル・ツインを導入した。運用を通じてプロセスの最適化につなげ、最終的に世界90カ国で展開した。この事例はデジタル・ツインのスモールスタートの成功事例のほか、カルチャー転換の成功事例にもなった。ソーシャルプラットフォームを通じ世界の社員がデジタル・ツインの知識を共有し、オペレーションの可視化・改善につながるコラボレーションも実現した。これにより社員のモチベーション向上にもつながったという。

日本企業のDXに対する認識、「ゲームチェンジが起こる」

日本企業はDXに取り組む上でどのような課題感を持っているだろうか。

今年5月に経産省が発足させた「デジタル・トランスフォーメーションに向けた研究会」が、
9月に「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」という報告書を発表した。その冒頭で、「新たなデジタル技術を使って新規参入する企業が登場することによってゲームチェンジが起こる」と見通している。同報告書は、企業が競争力を維持・強化するために迅速にDXを進めていくことの必要性を踏まえ、現在企業が直面する課題を指摘している。

 日本企業の課題感

報告書では、日本でDXを展開する上で課題となる主なものとして、(1)既存システムの複雑性、(2)ユーザー企業とベンダー企業の関係、(3)ユーザー企業における経営層・部門・人材を挙げている。

(1)既存システムの複雑性

DX導入の足かせとして指摘されるのがシステムの老朽化、複雑化、ブラックボックス化だ。過去には部署ごとのITシステムがあり、修正やアップデートも部署単位で行われてきた。組織再編や業務の整理・統合等の変化がありながら、都度部分的に最適化が図られてきたために、システムは複雑化の一途を辿ってきた。DXでビジネスを変えていく上で最も重要とされるのがデータの活用であり、新しいデジタル技術を採用してもデータの活用や連携の効果も限定的なものになることが懸念される。

(2)ユーザー企業とベンダー企業の関係

上述(1)に関連するが、日本ではユーザー企業よりもベンダー企業にITエンジニアが多く存在するという特徴がある。そのため、業務フローやプロセスの変更に伴うシステム変更が続き、かつ各社の担当者の異動や退職が重なると、現行システムまでの変遷で不明点が露呈するといったブラックボックス化につながっている。ユーザー側のシステムでありながらノウハウはベンダー側に蓄積され、システム更改時もベンダー側が要件定義を行いユーザー側は手が出せない。多くのサービスがクラウドで提供されるようになっている昨今、迅速な開発が必要になってもベンダーに依存した構造になっているため、ユーザー企業にはスピード感を持って対応することが困難という認識がある。

(3)ユーザー企業における経営層・部門・人材

DXを実行しようとするユーザー企業の中で、新たなビジネスモデルの創出や柔軟な改変を可能とするDXができるように既存システムを刷新するという判断を行う企業はまだ少ない。その背景には経営幹部の危機意識とコミットメントが十分でないという実態がある。システムの刷新より既存システムを改修するという措置がふさわしいと判断されることが多い。当初から個別に構築し改修を重ねてきたシステムが部署ごとに個別最適化されており、部署横断的な見直しには運用・管理を担う各IT担当や現場の利用者サイドからの抵抗も強く、いかに実行するかが大きな課題となっている。

DXは終わらない

日米の現在のDXを巡る課題を比較すると、新たなデジタル技術の導入、変化を受容するためのIT幹部の意識や社内カルチャーの転換といった点で共通する課題も多い。内容や人的・物理的な影響範囲はそれぞれの課題で区々ではあるが、DXではシステムや機器のハード面のみならず思考や行動様式など人や組織の変革が求められている。

昨年のGartnerのシンポジウムでの中心的なメッセージは、「DXをスケールさせる」というものだった。AIやブロックチェーンの技術を活用しDXを拡大させていこうという、発射台に載ったロケットさながらDXを打ち上げるような期待の高まりがあった。しかし1年経った今回は壮大なビジョンは提示されず、むしろ変革に終わりはないことが繰り返し示された。

企業での実際の取り組みを通じて課題が浮き彫りになり、DXはバズワードからより現実味を帯びた言葉になってきた。DXは目的ではなく、企業が環境やビジネスモデルが変化する過程において、都度直面する課題を解決しながら変革を続けていくことであることがより明確になってきたと言える。

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