韓国の5G、試行錯誤の旅の始まり
韓国の通信キャリア3社は、2019年4月3日午後11時(日本時間と同じ)、芸能人などを最初の加入者に迎え5Gの商用サービスを開始した。その後5日、SamsungのGalaxy S10 5G発売に合わせ、一般利用者の開通を始めた。米Verizonが5Gサービス開始日を前倒して4月4日と発表したことを受け、韓国政府とキャリア3社は4月5日に予定していた日程を2日繰り上げて、急遽サービスを開始した。「世界初」のタイトルを手にしてサービス開始に踏み切ったものの、想定を超える通信の不具合に対する消費者の不満が噴出し、キャリアは対応に追われている。
現在、3社合計の加入数は約40万人を突破している(5月13日時点)。キャリアは品質改善に取り組みつつ販促プロモーションを展開し、加入者獲得に向けて動き出した。本稿では、サービス開始から1カ月、サービス安定化と利用拡大に向け試行錯誤を重ねる韓国の5Gサービス市場を取り巻く現状をお伝えする。
不安定な通信品質
サービス開始直後に利用者の苦情が殺到したのは通信品質とカバレッジの問題だ。5G専用端末第1号のGalaxy S10 5Gは4G LTEと5Gネットワーク間のハンドオーバーが円滑に行われず、利用者は幾度となく端末を再起動せざるを得ないといった不便を強いられた。5Gから4Gへの切り替え時に通信が切れる現象はキャリア3社で同様に発生し、Samsungはソフトウェアのアップデートを2回行ったが、その後も5Gにつながりにくい、速度が遅いなどの苦情は続いた。
つながりにくさには5Gサービスのカバレッジが限定的であることも関係する。5G周波数の特性により直進性が強い高周波数帯域を使用することから、屋内でも通信が途切れる現象が頻発した。科学技術情報通信部(「部」は日本の「省」に該当)が提出した「5G基地局申告装置の現状」によると、4月3日現在、全国に設置された基地局数は約8万5,000局であり、4G(約87万局)の10%レベルにとどまっている。しかも利用可能な地域は大都市に集中し、約85%(7万2,000局)がソウルや首都圏、5大広域市に設置されている。サービス対象地域とされながらも地域によって利用できない場合もあり、キャリア各社は利用可能な地域を地図上で公開するカバレッジマップを作成し、対象地域を住所から照会できるようにする等、サービス提供状況の見える化を図っている(図1、表1)。
速度面でも不安定さが指摘されている。キャリア各社は5G商用化時に1Gbps以上の速度が出ることをアピールしたが、ソウル市内の繁華街10カ所で行われたダウンロード速度のテストでは、キャリア3社の平均速度は309.93Mbpsという結果だった。4G LTEの平均速度(150.68Mbps)の約2倍ではあるが、目標速度にはまだ遠く及ばない状況だ。同じ場所におけるキャリア間の速度差、同一キャリアの5Gであっても場所によって速度が桁違いに低下する現象が見られた。これについて、キャリアは基地局の拡充、ネットワークの最適化や安定化、基地局の性能向上等を進める計画を明らかにしている。
制限のある「無制限プラン」
キャリア3社(SK Telecom(以下、「SKT」)、KT、LG Uplus(以下、「LGU+」))の5G向け料金プランの構成はほぼ同じであり、低容量・低額プラン(5万ウォン台(約5,000円台))と大容量・高額プラン(10万ウォン前後)の2種類がある(表2)。3月末、SKTが申請した料金プランに低額プランがなかったため当局より申請が却下され、新たにプランを追加しことが背景にある。各社はサービス提供開始後、他社の動きを見ながらパケット上限や上限超過後の制限速度、上限なし期間等、プランや提供条件を複数回変更している。
現在、パケット上限を設定しない、完全な「使い放題(無制限)」プランを提供するのはKTのみで、SKTとLGU+は6月末までの加入者に限り24カ月間、無制限で利用可能としており、7月以降の加入者についての方針は明らかにしていない。今後の状況次第では、両社とも提供条件を変更する可能性がある。
端末多様化に期待、一方で違法行為の懸念も
5Gサービスは、SamsungのGalaxy S10 5Gの1機種のみでスタートした。当初4月発売予定のLG V50 ThinQはリリース延期の末5月10日に市場に登場した。消費者が、2番目の5Gスマホとして待ちわびていたV50は発売開始から2日間で約4~5万台の開通が完了した。Galaxy S10の開通は1日平均約1万台のペースで推移しており、これも追い風になり5G加入数が40万の大台を突破したと推測されている。
高額な5G端末の購入負担を軽減するため、キャリア各社は破格の公示支援金(端末補助金)を提示するほか、買い替えプラン、レンタルプラン等の選択肢を用意し、消費者の購入サポートを展開している。8月にはGalaxy Note 10が発売される予定で、端末の選択肢の広がりによる利用者ベースの拡大が期待される。
その一方で、早くも端末補助金の不正提供が確認されている。今後本格化する加入者獲得競争の過程で補助金ばらまきによる消費者市場の混乱が懸念され、規制当局も警戒している。
サービス
5G商用化以降、SKTは「5GX」、KTは「超能力」、LGU+は「U+」という5Gのサービスブランドを掲げ、付加サービスを提供している。商用化から間もないため、現在はまだ各社間のサービスに目立った差は見られない。大別すると、スポーツ中継(プロ野球、ゴルフ、eスポーツ等)、VR(映画、アニメ、ゲーム、コンサートライブ中継等)、超高画質の映像、音楽配信(ストリーミング)等が提供されている。
10人中9人が「サービス品質に不満」
政府傘下の韓国消費者院が運営する相談窓口「1372」が4月5日から26日までに受け付けた相談内容の分析結果によると、5G関連は131件であり89.3%(117件)がサービス品質に不満があることが明らかになった。具体的には、「ネットワークがつながりにくい」「接続してもすぐ切れる」「遅い」「生活圏で5G通信が利用できない」「5Gプランに加入したものの4Gにつながる」「商用化レベルではない」といった内容だ。これらはネットユーザーのコミュニティでも共通する不満になっている。苦情対象としてはKTが38.2%で最も高い割合を占める。調査を行った時期はKTの加入者数が最も多かったことと、KTの5G速度が4Gレベルまで低下したこと等が重なったことが要因になっているものと推測される。
新聞やテレビなど主要メディアの5Gサービスに対する評価も概ね厳しく、「『世界初』を目指した見切り発車が数々の問題の原因」とする論調が中心だ。通常であれば新しいサービスが始まると同時にキャリア間で加入者を巡る獲得競争が盛んになるが、今回は品質担保に優先的に取り組むべきということが共通の認識となっている。
まとめ
5Gは超高速、超低遅延、多数同時接続という特徴があり、従来の消費者を中心としたコンシューマー市場に加え、IoT、ビッグデータ、AI等で産業構造を大きく変える第4次産業革命を支える中心的なインフラとして注目されている。従来にない特徴を備える5Gは、自動運転、スマートシティなど、生活の安全や質を高める基盤インフラとしても注目されている。関連産業の振興や雇用創出など経済効果も期待されることから政府も積極的な後押しを表明している。
品質関連の消費者の不満を解消するため、政府は4月19日、通信キャリアや端末・ネットワーク設備の製造メーカーとともに「5Gサービス点検官民合同タスクフォース」を立ち上げた。同タスクフォースは利用者の不便を解消するため、カバレッジ拡大や接続の安定化に向けて技術的な問題に重点的に取り組んでいる。ほぼ毎週会議を開催し、進捗状況を確認するとともに問題解決に向けた具体的な措置も報道発表を通じて公表している。キャリアもカバレッジの拡大計画やカバレッジマップを公開するなど正確な情報公開に真摯に取り組む姿勢を持続的に示していく必要があるだろう。
通信品質が安定すると、利用者の関心はコンテンツに移っていくと予想される。3Gではビデオ通話やモバイルインターネットが一般化し、4Gでは動画ストリーミングが定着した。米国のほか、来年は日本や中国も5Gサービスを開始する。5Gは一般利用者市場だけでなく、B2B市場での活用期待も大きい。すそ野が広く多様なステークホルダーが関わってくることもあり、先行的にサービスを開始した韓国の試行錯誤が5Gサービスを準備する世界各国で共有され、新たな知見の源泉になることに期待したい。
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