人工知能の現状と今後の課題~身近にもあるユースケースからの考察
はじめに
我々の社会、経済に着々と人工知能(AI)を活用したサービスの普及が急速に進んでいる。AIという言葉を目にしない日はなく、本誌の読者であれば、多くの方が何らかの情報収集をされているのではないかと考えている。
AIの普及に関してはそのような感覚がある一方で、筆者はどこか現実感がないように感じている。その理由の一つは、メディアで取り上げられるのは先進的な事例を中心に語られることが多く、自分の仕事に導入されるのはまだ先であり、どこか他人事のように思えてしまうからかもしれない。
実際の現場ではどのような動きがあり、何が課題となっているのか。このような実情は外部からはうかがい知ることが難しいのが現状だ。そこで、筆者は、その活用の最前線で対応されている方からお話をうかがうことで、このギャップを埋めることを考えた。
ご存知のとおり、AIは広く社会を支える技術になりつつある。つまり、ICTと同様であると考えられる。そのため、すべての産業の方に話をうかがうことは難しい。したがって、インタビューにお答えいだいた企業の方に議論が限定されることを注意されたい。
エアロセンス株式会社:
AIとドローンで除染シートを確認
最初にお話をうかがうことができたのは、エアロセンスだ。エアロセンスは、ドローンによる撮影やセンシングを通じてデータ収集を行い、そのデータをクラウドを通じて処理している。同社のウェブサイトをご覧になると測量に関するソリューションを展開しているように思われるかもしれないが、インタビューにお答えいただいた、エアロセンスCOOの嶋田氏の話からは同社がより先進的かつ社会的に重要な役割を担っていることがわかった。
具体的に同社が取り組んでいるのは、福島県南相馬市の除染シートに関するプロジェクトだ。南相馬市では、2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う原子力発電所の事故による放射性物質に汚染された土壌等の除染作業が行われたが、同市にはその除染作業で発生した除去物を保管する場所が存在する。除去物は黒い保護シートで覆われているが、カラスなどの鳥がいたずらをして、そのシートに穴を開けてしまうことがあるそうだ。この課題に対応するために、ドローンによる撮影を行い、その画像をAIによって分析しているという(図1)。
以前は空撮した写真の確認を人手で行っていたが確認作業に多くの時間を取られていた。AIを導入した結果、60%の工数を削減することを可能にしたという。
この話を嶋田氏からうかがった際にはじめに考えたことは、このようにAIを活用したシステムの導入には、大変な苦労があったのではないか、という点だ。空撮写真を利用していたものの、その判別に人間ではなく、AIを活用するという点については、効率化が図れるという面があると思うが、新しい技術を前にして反対する人もいるのではないかと考えたからだ。
嶋田氏はこの点について「スムーズに進んだ」と話してくれた。その理由は「(ドローンとAI活用による)除染シートの監視は誰もやったことがない未知の領域であるから」だという。同氏によれば「既存の基準がある場合は、人工知能でできることよりも、できないことに目がいってしまい、人工知能導入の価値を理解してもらえないケースがある」とのことだ。
筆者がいうまでもなく、新しい何らかの技術を導入する際には、嶋田氏が指摘する観点は非常に重要だろう。AIの導入の場合、現在は、コスト削減効果を狙ったものが多いのではないかと思うが、その場合は既存の技術との比較が行われてしまい、導入が遅れることも想像できる。新しい技術を取り入れ、大きな効果を手にするためには前例がないところで挑戦するという観点も重要であると考えられる。
八千代エンジニヤリング株式会社:
AIを社会インフラ点検に活用
次にお話をうかがったのは、八千代エンジニヤリング株式会社だ。同社は社会インフラ整備に関する総合的な建設コンサルティングを行っている企業である。最近では、AIによる画像認識の仕組みを利用して、河川のコンクリート護岸のひび割れについて自動的に判定するシステム「GoganGo」を開発・提供している(図2)。今回は「GoganGo」の開発に携われた同社の技術創発研究所所長の天方氏にお話をうかがうことができた。
「GoganGo」についてもう少し説明する。河川のコンクリート護岸は定期的にひび割れといった劣化に関する点検・診断を行う必要がある。比較的短い河川であれば技術者が実際に現地で見回りながら確認することになるが、これが数kmに及び、また両岸を確認しなくてはならない場合はかなり大きな労力になることは想像に難くない。
手始めにコンクリート護岸の写真を撮影する必要があるが、画像診断によってAIが劣化の可能性の高い場所だけを示してくれれば、点検に従事する技術者はすべての場所(データ)を確認する必要はなくなるため、点検作業の効率は格段に上昇すると考えられる。無論、写真を撮影する労力も見逃すことはできないが、天方氏によれば、写真の撮影も必ずしも専門家ではなく、アルバイトなどを活用して行うことも可能であり、また最終的にはカメラを搭載したドローンを利用して自動的に撮影することも今後の構想としてあるようだ。
「GoganGo」の強みは「技術者がいなくても点検が行えること」、「図面をデジタルで経年的に残せること」であると天方氏は語る。前者に関しては、AIの活用の賜物であるといえる。後者に関しては、AIというよりもデジタル化によって生じるメリットであると筆者は考える。デジタルデータであれば物理的な紙での保管、管理が必要でなくなり、参照したいデータの検索も可能になると予想されるからだ。社会インフラといった継続的な監視が必要なものの管理にとっては大きなアドバンテージとなるだろう。
ただし、このような社会インフラを支えることを目的としたAI活用にはまだ課題が残されているようだ。まず挙げられるのは正解(学習)データの問題だ。護岸のデータを集めることは比較的容易だったとしても、正解データを作ることには苦労したという。正解データの作成は当初は技術者が担当していたようであるが、その場合データ数が十分ではない場合があるので、非専門家やクラウドソーシングを試したこともあるという。ただ、正解データを作成する際にどれが亀裂であるかという判断の振れ幅が大きくなってしまったこともあったようだ。
土木の分野では目視による点検が多いため、深層学習による画像診断は今後も適用される分野が広がっていくと天方氏は語る。一方で、そのような分野の拡大を支える人材の確保はどうなっているのか聞いてみると「深層学習のツールは十分に揃っているように思うが、土木分野出身のICT技術者が少ないのは課題であり、ICT技術者が特定の企業に集結してしまうという点を変えていかないと、先行する海外の企業についていけないのではないか」とのコメントをいただいた。
国土交通省が公表した資料(例えば「インフラ長寿命化とデータ活用に向けた取組」)によれば、2018年以降、建設後50年以上経過する社会資本(道路橋、トンネル、河川管理施設等のいわゆる社会インフラ)の割合が加速度的に高くなり、またこれの維持管理を担う市町村の土木職員数の減少が進むという。これは注意して点検する必要がある社会インフラが拡大する傾向にある一方で、その維持管理、また点検等に携わる人員が減少するということを意味する。このような状況においては、維持管理や点検作業を効率化することは必要不可欠であると考えられる。そういった意味ではAIの技術が我々の社会を支える社会インフラに対してより積極的に活用されることが望まれるだろう。
株式会社NTTデータ数理システム:
説明可能なAI
最後にお話をうかがうことができたのは、株式会社NTTデータ数理システムだ。同社は機械学習やシミュレーション、数理計画等に強みを持ち、これらの内容に関連するソフトウェアやシステムを開発、提供している企業だ。
今回のインタビューには2名の方にご対応をいただいた。はじめに同社のシミュレーション&マイニング部部長である雪島氏からは具体的なサービスというよりもAIや機械学習の現状と今後の課題についてお話をうかがうことができた。
AIの最近の動向についてお話をうかがう中で最も印象的だったのは今後の課題だ。雪島氏は「これからはディープラーニングのモデルの説明責任、また分析された結果が公平であるかどうかということが問われるだろう」と指摘する。これはどういうことか。
前者については、例えば画像診断などで利用されるディープラーニングを手段に用いる場合、医療画像診断においてAIは人間を凌ぐ能力を見せているのは周知のとおりだ。一方で、高い正解率が得られるにしても、なぜその正解が導き出されたのかは不明な場合がある。その普及にともなって、このようなAIの「ブラックボックス化」は課題とされており、これを解消するような研究も進んでいる。
また、後者の「公平」というのは、AIによって導き出された答えが、公平であるかどうかという問題だ。最近、米Amazonが人材の採用にAIを活用したが、その判断過程に女性の採用に対して差別があることがわかり、同社は利用を取りやめたというニュースが話題となった。報道によれば、学習モデルを作成する際のデータに問題があったということが原因のようだが、何らかの答えは導き出せるとしても「公平」性を保つことは難しいことがこのニュースから読み取ることができる。
このような話題があるとAIやディープラーニングの利用に歯止めがかかるのではないかと思うが、雪島氏からは「ディープラーニングを活用した人工知能の精度は非常に高い。そのため、例えば説明ができないからといって、ディープラーニングの利用が滞るということはないだろう」との見解をいただいた。
ブラックボックス化の解消については、上述のように研究が進んでいると述べたが、現状はどのようになっているのか。これについては、大阪大学産業科学研究所の原聡氏がウェブに国内外の状況や研究動向を「ブックマーク」の形で示してくれている。特に国内の政府の動向に目を向ければ、内閣府が公表した「人工知能技術戦略実行計画(案)」、経済産業省が公表した「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」、また日本経済団体連合会が公表した「AI活用戦略」において、説明が可能なAI(Explainable AI)への言及が行われている。そういった意味では、今後は必ずしも技術的な観点のみならず、我々の社会にAIを組み入れていく中で、ブラックボックス化の解消は無視することができないトピックスになるだろう。飛行機がどのような原理に従って飛行するのか、ということを知らなくても航空サービスが提供できるように、誰しもが、説明可能なAIの原理原則について技術的な観点から理解をする必要があるとは思えないが、AIを活用する製品やサービスを提供する企業は、特にディープラーニングを活用する上でこのような問題があることを認識しておく必要があると考えられる。
最後にやや技術面から離れた話をうかがってみた。まず質問したのは、同社の取り組みとして興味深いこととして、自社で技術を提供するのではなく、部分的には他社のソリューションやソフトウェアを活用している点だ。具体的には、同社が提供するパッケージソフトウェアの一つにコールセンター等で利用されているテキストマイニングのソフトウェア「Text Mining Studio」があるが、同社は音声のテキスト化に関しては他社製品を活用している。
上述のように、NTTデータ数理システムは自社で機械学習等に関する製品を既に開発しており、自社開発を行ったほうがいいのではないかと思うが、この質問に関しては、データマイニング部グループリーダ主任研究員の古賀氏が次のように答えてくれた。このように他社と協力して提供する理由は「コールセンターでのテキストマイニングの重要性が増してきているため」であり「アドオンとしての提供を考えた」とのことだ。協力会社は音声認識で有名な、株式会社アドバンスト・メディアである(図3)。同社はAIを活用した音声認識の市場において大きなシェアを有している企業だ。
次に質問をしたのは、なぜ同社を選択したのか、という点だ。上述のように大きなシェアを有しているからだろう、と筆者は考えたのだが、その答えは意外なものであった。古賀氏によれば、同社の技術的な力(音声からの認識精度が高い等)もさることながら、協業する際の営業の方等の対応が柔軟で、質問等に早く対応してくれた点が大きかったという。AIのような先端的な技術の市場で、製品やサービスが選択される理由は、技術力や、市場シェアといったものを想像しがちであるが、製品を組み合わせてソリューションを展開していく場合には、単に技術力だけがあればよいのではなく、協業が上手くいくかどうかも重要であることが理解できた。
まとめ
本稿では、AIを活用して先端的な取り組みを行っている企業の方にお話をうかがうことを通じて、報道されていることと、実際の活用現場ではどのようなことが起こっているのかということの間にあるギャップについて考察した。
今回のインタビューを通じて、筆者が改めて認識したのは、既にAIは我々の生活を支えるものとして深く浸透してきているというものだ。それが感じられたのは、エアロセンスの除染シートの監視や、八千代エンジニヤリングが提供する護岸のひび割れ点検のソリューションだ。双方とも、AIが導入されることにより、大きな効率化が実現されるものであり、その導入が我々の社会に欠
かすことができないものになりつつあることがわかる。
一方で機械学習を使ったAIが社会に広く導入されるためには、まだ課題が残されていることも理解できた。NTTデータ数理システムのインタビューでお話をいただいた「ブラックボックス化の解消」と「公平性の確保」だ。前者については、技術的な解決を目指して、様々な研究が引き続き行われている。また、後者の「公平性の確保」についてもバイアスがかからないような取り組みが行われているといった記事を目にするが、これからは、機械学習を使ったAIの能力を十分に発揮させるためには、我々自身が、どういった状況が真の意味での「公平」なのかということを問われることが多くなるのではないか。そういった意味では、AIの導入は一部の企業にとっての課題ではなく、我々一人ひとりの課題にもなりうる。
<謝辞>
本記事の執筆、掲載は、インタビューにご対応をいただいたエアロセンス株式会社、八千代エンジニヤリング株式会社、株式会社NTTデータ数理システムの皆様のご協力がなければ実現しないものであった。本来ならば業務に費やすべき貴重な時間をインタビューのために割いていただき、筆者の人工知能に関する初歩的ともいえる疑問や質問に丁寧かつ真摯にお答えいただいた。改めて、ここに感謝したい。
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