2020.6.29 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

With/Afterコロナ~求められるデータ駆動型感染症対策の推進と個人情報保護との利益衡量

人類が、狩猟採集生活から古代文明を勃興し、野生動物の家畜化を通じて、その生活様式や世界システムの高度化を探求して以来、われわれ人類は、これまでに、スペイン風邪、ペスト、エイズ、エボラ出血熱、SARS、MERSなど様々な感染症の発生に遭遇し、その病原体との戦いや共生を繰り広げてきた(詳細は、山本太郎『感染症と文明』(岩波書店)を参照されたい)。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19。以下、新型コロナ)もその例に漏れず、2020年6月13日時点で、世界全体で、約765.3万人の感染者、約42.6万人の死者を記録する等、近代の世界社会経済システムに多大な影響を及ぼし、現時点において収束(終息)の見通しは立ってはいない。

その一方で、世界各国においては、、新型コロナ対応を目的として、様々な情報やデータと、AI等のICTを組み合わせつつ、データ駆動型の感染症対策が実施されているところである(表1)。

【表1】新型コロナ感染症再流行・重症化リスクの早期把握に向けた主な研究開発事例

【表1】新型コロナ感染症再流行・重症化リスクの早期把握に向けた
主な研究開発事例

(出典:各種公開情報を基に筆者整理)

今後の感染症対策には(景気循環論において①先行指標、②一致指数、③遅行指数といった各指標やデータを用い、将来的な景気予測や現状分析等が行われるように)潜在・顕在的な感染状況に対して、情報やデータを活用しつつ、いかに早期に探知するかと同時に、感染した場合の重症化リスクの事前判定、重症化予防対策の実施、及び医療・診療体制の整備計画の策定、さらにウイルスの遺伝子解析、ワクチン・治療の創薬等が重要なファクターとなる。

このように、With/Afterコロナを見据えた場合、様々な施策・取り組みが必要不可欠であるが、とりわけ、今後は、AI等のICTと情報・データとの有機的連携・結合によるデータ駆動型の感染症対策がより一層重要な局面となるであろう。

我が国において、AI等のICTと、個人情報・データを組み合わせつつ、コロナ感染症対策を実施していくにあたっては、当然、個人情報保護やプライバシー権との関係をどのように捉えていくかも重要な論点となる。

そこで、本稿では、新型コロナ対策等の公衆衛生の向上を推進する際の、現行の「個人情報の保護に関する法律」(平成15年法律第27号。以下、個人情報保護法)の制度的枠組み、及び「プライバシー権」との関係に関し、考察・論じたい。

新型コロナ対策と個人情報保護法

まず、新型コロナ感染症対策等の公衆衛生の推進時の個人情報保護法の制度的枠組みについて概説する。

個人情報保護法の制度趣旨・目的を定めた第1条(目的)では、「この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。」(下線部は筆者追記)と定められている。

本条は、個人情報保護法の立法目的を定めたものであるが、その趣旨は、高度情報通信社会の進展という状況下において、個人情報の適正な取扱いに関する施策の展開や、民間事業者による義務の遵守により、「個人情報の有用性に配慮」しつつ、「個人の権利利益」を保護することにあることを明文化したものと解されている。つまり、個人情報保護法の目的は、(「個人情報そのもの」を保護することではなく)個人情報を取り扱う際の“交通ルール”を定めるとともに、それによって個人情報の利活用を推進しつつ、「個人の権利利益」を侵害するおそれがある“事故”が発生するおそれを未然の段階で予防することにある。

このように個人情報保護法は、個人の権利利益の保護を第一義的な目的としているものの、当該利益が保護された上で、個人情報が利活用されることを禁じてはいない。

個人情報保護法の第4章[個人情報取扱事業者の義務]においては、個人情報取扱事業者が講じるべき義務等が規定されおり、その内容は多岐にわたるが、法令に基づく場合や、人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合、公衆衛生の向上に特に必要がある場合には、当該情報を取り扱う上でのいくつかの適用除外が設けられている。さらに、その他、「大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者 学術研究の用に供する目的」の場合には、適正な取扱いを確保するために必要な措置を自ら講じ、かつ当該措置の内容を公表する努力義務が課せられるものの、第4章のすべての規定が適用除外されている(第76条)。

以降では、「公衆衛生の向上の推進」に係る主要な適用除外を概観する(表2)。

【表2】個人情報保護法における主な適用除外規定(公衆衛生の向上事由の場合)

【表2】個人情報保護法における主な適用除外規定(公衆衛生の向上事由の場合)
出典:個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)、園部・藤原編『個人情報保護法の解説≪第二次改訂版≫』(ぎょうせい)等を基に筆者整理

公衆衛生の向上のための利用としては、例えば、新型コロナのような疾病予防・治療に関する疫学調査やその他の追跡調査等による個人情報の利活用が想定されているが、当該利用に際しては、まず第1に、「個人情報の目的外利用」(第16条第1項、2項)が認められている。

第2に、個人データ(個人情報データベース等を構成する個人情報)取得時の本人同意については、「要配慮個人情報(病歴等の機微な情報)を取得する際の本人同意」(第17条第2項)、「個人データの第三者提供時の本人同意」、(第23条第1項)、「個人データを外国にある第三者へ提供する際の本人同意」(第24条)の適用が除外されている。

第3に、個人データの第三者提供時の記録の作成・保存義務に関しては、「個人データの第三者提供を行う場合の記録の作成及び保存義務」(第25条)の適用も除外される。

上述のとおり、公衆衛生の向上を目的とする場合に限定しても、個人情報・データを取り扱う際の様々な義務の適用が除外されているが、今後の新型コロナ対策に対しては、とりわけ、――個別具体的な事例に則して、提供するデータの項目及びその利用目的、安全管理措置等を考慮して対応するべきことは言うまでもないが――個人データの第三者提供といった個人情報・データの利活用推進によるデータ駆動型イノベーションの創出(例えば、個人情報・データ×AI等を活用した感染拡大の事前察知・流行予測、治療薬・ワクチン等の創薬、画像診断等による重症化の事前予測ソリューションの開発、研究開発の推進など)がより一層求められるのではないだろうか(この点については、個人情報保護委員会「新型コロナウイルス感染症の拡大防止を目的とした個人データの取扱いについて」(令和2年4月2日)も参照されたい)。

世界的な潮流に比べ、AI等のデジタル技術を活用した新型コロナ対策が遅れをとっていると指摘される我が国においては、「個人の権利利益」の保護に極度に偏ることなく、With/Afterコロナ時代を見越した適切な法適用・執行、及びそれによる官・民・学一体でのデータ駆動型イノベーションの創出にこそ相対的な重点の軸足を移していくことが必要である。

新型コロナ対策とプライバシー権

ここまで、公衆衛生の推進に対する個人情報保護法の適用について論じてきたが、最後に、個人情報とプライバシー権との関係について整理しておきたい。

直近では、(我が国でも導入が予定されている)新型コロナ接触検知・追跡アプリとプライバシー権との関係が議論の遡上にあがっているが、その運用形態は、大まかには①接触履歴のみ収集するか、GPS位置情報も収集するかという収集情報・データの内容面の相違、及び②政府にデータを集めるか否かといった、データ集約の有無に分類されるが、各国の運用方法は様々である(図1)。

【図1】新型コロナ対策の接触検知・追跡アプリ

【図1】新型コロナ対策の接触検知・追跡アプリ
(出典:各種公開情報を基に筆者整理)

我が国においては、①については接触履歴のみを収集し、②については政府にデータを集めないという方法での運用が見込まれている。なお、我が国においては、追跡アプリで収集・活用するデータは、個人情報ではなく「統計情報」として扱われ、個人情報保護法上の規制の対象外とされる見込みである。それでもなお、我が国が、接触履歴のみ、かつ政府へのデータ集約は非実施という運用方法を採用するのは、接触・追跡アプリを導入・活用する際、仮に、個人情報保護法の観点からは是認されるものだとしても、(日本国憲法13条[幸福追求権]に付随する憲法上の権利として判例・通説において認められている)「プライバシー権」を侵害するのではないかという問題がその背景にあるように思われる。

プライバシー権については、従来の判例において、①私事性(公開された内容が、私生活の事実または事実らしく受けとられるおそれのある事柄である)、②匿名性(一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められるものである)、③非公然性(一般の人に未だ知られていない事柄である)の3要件が提起され、私生活をみだりに公開されない自由権的な法的保障・権利として解されてきた。その後の高度情報社会への対応を念頭に、プライバシー権は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示または公表されない自由(自己情報コントロール権/情報プライバシー権)として自由権のみならず作為請求権までをも含む権利として、その外延が拡大されつつある。

他方、個人情報は、上記の3要件(①私事性、②匿名性、③非公然性)を満たす必要がないことから、一般的には、プライバシー権よりも広い概念として解されている(図2)。したがって、新型コロナ接触検知・追跡アプリの導入・運用にあたっては、個人情報保護の観点(公衆衛生を推進する際の適用除外)からは許容されるが、プライバシー権の観点からは禁欲的であるべきということになり得る。

【図2】プライバシー情報と個人情報との関係性

【図2】プライバシー情報と個人情報との関係性
(出典:岡村久道『個人情報保護法の知識<第4版>』(日本経済新聞出版社)、芦部信喜『憲法(第7版)』、
安西・巻・宍戸『憲法学読本』(有斐閣)等を基に筆者整理)

このように、新型コロナ接触検知・追跡アプリに関しては、プライバシー権の観点からは、個人情報保護法よりも強い要請が求められるものの、憲法13条[幸福追求権]においては「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする」(下線部、筆者追記)と定められており、≪人格的利益説≫(幸福追求権の保護範囲は、「人格的生存に必要不可欠な利益」、すなわち個人の自律に不可欠な利益に限定されるという説)の立場に立脚すれば、自己情報コントロール権/情報プライバシー権が憲法上の権利として無制限に保障されるものではない。

そうだとすると、プライバシー権/情報プライバシー権に過剰に反応するのではなく、「人権」と「公共の福祉」との適度なバランスを踏まえつつ、新型コロナ接触検知・追跡アプリの導入・運用に萎縮することなく、情報・データ活用による社会的便益をより拡大させていくべきものと筆者は考える。

結語

本稿では、With/Afterコロナ時代の個人情報保護法の制度内容について、同法の立法趣旨を踏まえつつみてきたが、個人情報・データ、プライバシー権の過剰な保護により、今後の新型コロナ感染症対策にとっての重要かつ効果的な情報・データの利活用が過剰に抑制され、データ駆動型イノベーション、感染症対策が出遅れることのないことを望む次第である。

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