不動産デベロッパーが進めるスマートシティの導入
都市あるいは地域等が抱える社会的課題を解決するための手段としてICTを活用したスマートシティの導入が期待されている。日本では、スマートシティの導入に加え、内閣府が進めるスーパーシティの取り組みも開始されており、スマートシティについては、実証実験から実装へそのフェーズが移行している。スマートシティを推し進める主体には様々なプレイヤーが存在するが、近年不動産デベロッパーによるスマートシティの開発が注目を浴びるようになってきた。本稿では、不動産デベロッパーが進めるスマートシティに焦点を当て、注目される事例を紹介するとともに、スマートシティにおける今後の課題について検討する。
スマートシティの定義
まず、スマートシティの定義を定めておく。スマートシティは都市全般に関わる課題解決を狙った取り組みであるため、多様な課題を内包している。そのため、一義的には定義することは難しいと考えられるが、例えば国土交通省は「スマートシティとは、都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」(平成30年度8月国土交通省都市局スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】)というように定義している。
具体的な都市の課題とは何であろうか。上述のように国、地域、都市によって課題は異なるため、すべてを記すことは難しいが、日本であれば、少子高齢化や地方の高齢者の移動、インフラ老朽化と点検、子供の見守りといった課題を解決することが望まれている。また、特に新興国を中心とする海外の議論においては、地方から都市へ仕事などを求めて人口の流入が続くことが予想されており、この人口集中が引き起こすような課題(例えば、渋滞の増加、犯罪件数の増加、環境悪化など)の解決がスマートシティに求められるものといわれている。
スマートシティの分類
次にスマートシティの分類を「事業主体」と「エリア」という観点から行ってみよう。
まず事業主体で見ると、表1のとおり3つに分けることができる。この中で、政府・自治体型では政府や自治体が主体となって、その都市の課題解決に取り組んでいくということになる。民間型は、不動産事業者といった民間事業者が中心となって、スマートシティの各種ソリューションを導入することにより、不動産事業者が保有するエリアの価値向上や住民の質の向上を目指すというものになっている。最後に地域型では、政府や自治体、民間企業が主体であるが、住民がより積極的にスマートシティの計画に関与することになる。
次に「エリア型」での分類を見てみよう。エリア型は表2のとおり、2つに分けられるが、「グリーンフィールド型」は都市内部の未開発のエリアや、大学の移転や工場跡地などにおいて、新しいまちづくりをする際にスマートシティを導入するというものである。既存の地域にスマートシティを展開するのではないため、スマートシティの導入において自由度が比較的高いというのが特徴であろう。
「ブラウンフィールド型」は、既に住民が居住する都市やビルにICTを導入して、都市の課題解決を行うものである。既存の都市の課題を解決することが多いスマートシティであるので、この形のスマートシティが最も基本的なものであると考えられる。
スマートシティの国内政策動向
次に、国内のスマートシティに関する政策動向を簡単に紹介する。特に注目すべき点として日本の科学技術の基本的な枠組みに関する法律である「科学技術基本法」があるが、この法律に基づいた具体化のための計画に「科学技術基本計画」がある。2016年から2020年の第5期科学技術基本計画の重要なキーワードは「Society 5.0」であった。本稿の読者であれば多くが周知のことと思うが、内閣府が公表する資料によれば「Society 5.0」は「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と説明されている。スマートシティはこのSociety 5.0を社会実装するものとして期待されている。また、第6期科学技術基本計画(2021〜2025年)においても、「次世代に引き継ぐ基盤となる都市と地域作り(スマートシティの展開)」という記述があり、引き続き「Society 5.0」を実現するものとして注視されている。
また、次に日本の各省庁の動きであるが、スマートシティに関連する事業の名前と予算を表3に掲載している。これを見ると、各省庁の所掌分野に関するスマートシティ関連事業が行われていることが理解できる。また、各省庁の予算によって進むスマートシティの実証実験などについては国土交通省が公開する「官民連携プラットフォーム」のウェブサイト(https://www.mlit.go.jp/scpf/projects/index.html)で確認することが可能である。
不動産事業者が主体になるスマートシティ
近年のスマートシティの動向としては、注目すべきプロジェクトは複数存在するが、本稿ではスマートシティの分類で紹介した民間事業者主導によるスマートシティの動向に着目したい。筆者が注目しているのは特に不動産デベロッパーを中心とするスマートシティの動向だ。この動向に筆者が注目しているのは、不動産デベロッパーが保有するエリアをスマートシティを推進して活用することには、政府や自治体とは違った観点があると思うからだ。この動向は以前から始まったわけではなく、柏の葉スマートシティなど既に不動産デベロッパーを中心とする開発が行われた事例も存在する。
そうした状況を踏まえ、今回、ひとつの事例を紹介したい。紹介する取り組み事例は「大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業」だ。東京都千代田区の東京駅と皇居の間にある大手町・丸の内・有楽町(以下、大丸有地区)のエリアを再開発し、その際にスマートシティの機能を取り込んでいくというものだ。スマートシティの推進団体は1998年に設立された、千代田区、東京都、大丸有まちづくり協議会の3者で構成される「大手町・丸の内・有楽町まちづくり協議会」である。大丸有まちづくり協議会には不動産デベロッパーである三菱地所をはじめとして多様な分野の会員が参画している。
「大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業」でキーワードの一つになるのは「エリアマネジメント」だ。「エリアマネジメント」の定義だが、国土交通省(2008。https://www.mlit.go.jp/common/001205669.pdf)によれば、「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」のことを指し、都市の資産価値や維持・拡大を主たる目的として導入される取り組みといえる。大手町・丸の内・有楽町まちづくり協議会では、このエリアでのスマートシティ導入に当たっては「データ活用型エリアマネジメント」を確立することを目的としており、デジタルと都市を高度に融合し、都市におけるデータをリアルタイムに収集することによって、データに基づいた意思決定を行うエリアマネジメントのデジタルトランスフォーメーションモデルを構築することを目標としている。それでは、具体的にこの概念をスマートシティに落とし込んでいくとどのようなものになるか。
大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業では、図1にあるような「リアル大丸有」と「デジタル大丸有」の2つの取り組みに分け、データをデジタルとリアルの世界でループ(フィードバック)させるということが中心になっており、最も特徴的な点だろう。「リアル大丸有」においては、大丸有エリアでのMobility as a Service(MaaS)やモビリティの導入、エリア内のビル内部において、警備、運送、清掃などを行うロボットの導入、災害情報のリアルタイム収集と街の中に設置されたサイネージやWebを通じた発信が中心となっている。一方、「デジタル大丸有」においては、大丸有エリアの就業者向けにMaaSアプリや防災情報を提供するアプリの提供、大丸有エリアのリアルタイムデータを活用したエリア状況の確認やシミュレーション、大丸有エリアから収集されたデータを提供することを目的としたデータライブラリの構築、また2D、3Dマップを通じたデジタルツインの構築というものが構想されている。
現在はスマートシティ構築に向けた段階にあるため、実現はまだ先のことと考えられるが、このように収集されたデータを活用することによって、リアルタイムでこのエリアの動向(人流など)を捕捉できるようになることは災害時の人流などを把握することに役立つだろう。また収集されたデータはリアルタイムで活用されるのみならず、シミュレーションにも活用されるとある。人流などのデータを分析することによって、このエリア内で必要とされるMaaSの最適経路や災害時の避難経路、また都市計画にも活用することができるだろう。最近、政策立案において目的を明確化し、きちんとしたエビデンスを活用する取り組みであるEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)に注目が集まりつつある。スマートシティにおけるまちづくりも、どのようなまちづくりを行っていくのか、目的の明確化はできても、しっかりとした根拠を示すために、分析が必要になると考えられる。そのような意味では、大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業で取り組みが行われているスマートシティでは、データの活用が積極的に行われていくものと考えられる。
最後に、今回紹介した大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業の課題は何であろうか。筆者が考える大きな課題としてはビジネスモデルの検討であると考えている。筆者が今回調査した限りにおいては、このエリアでのスマートシティに必要な財源については、街として得た収益、付加価値の向上分を勘案した税を充てることが検討されているようである。しかし、具体的なビジネスモデルについては現時点では公開されているものがなく、引き続き検討を重ねていくものと予想される。ただし、この課題は大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業に限ったことではなく、スマートシティ全体のビジネスに関わるものである。現時点では、国内外の多くのスマートシティの取り組みにおいては、政府などからの補助金が大きな役割を担っていると筆者は認識しており、すぐに答えが出るものでもないと考えている。
持続的なビジネスモデルとはいえないかもしれないが、現在の取り組みを通じて得ているスマートシティを中心とするまちづくりのノウハウ(ICTの効果的な導入方法、複数のステークホルダーを巻き込んだまちづくり等)を、今後人口が拡大し、新たな都市が生まれる新興国の支援に活用するということが検討できるのではないか。そのような際に不動産デベロッパーを中心とするまちづくりのノウハウ、人材は大きな意味を持つものと推察される。
まとめ
本稿では、スマートシティに関する定義、分類、国内の政策動向を簡単に解説したのち、国内で進むスマートシティプロジェクトのうち、不動産デベロッパーを中心とする取り組みに着目し、「大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業」の事例を紹介した。「大手町・丸の内・有楽町地区スマートシティ推進事業」は、取り組みが始まったばかりであり、現時点では構想段階の試みもあるが、街のデータを収集、シミュレーションなどを行うデジタルツインの取り組みが具体的に検討されているのは非常に興味深い。これまでまちづくりにデータが活用されてこなかったわけではないが、リアルタイムのデータが取得でき、さらにデジタルツイン上でシミュレーションをできることが、まちづくりに具体的にどのような影響を与えるのか、注視していきたい。
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