2021年9月14日掲載 InfoCom T&S World Trend Report

世界の街角から:ヒンドゥー教の聖地



コロナ禍で、海外に行く機会がほぼ無くなってしまって残念だと感じている旅行好きの方は多いと思う。最近は、ネット経由で希望の地を案内してもらえるオンラインツアーなるものも人気らしい。そこまでしなくても、インターネットでGoogle MapやGoogle Earthを開けば、瞬時に行きたいところに飛んで景色を見ることは簡単にできるのだが、やはり旅の醍醐味は、実際に現地で、現地の空気を感じ、現地の人と接し、現地の食べ物をいただき、ということではないだろうか。

ということで、今できるのは、昔行った旅行で撮った写真を眺めながら、あの時は楽しかったなぁ、と回想するか、コロナ禍が収束してまた海外に自由に行けるようになった時に、どこに行こうか、何をしようか、とあれこれ思いをはせること、ぐらいだろうか。とにかく早く忌まわしいウイルスには退散してもらいたいものだ。

筆者が3年前まで住んでいたマレーシアは、日本から6、7時間で行けてアクセスも良く、英語も通じて治安も比較的悪くないということもあり、観光で訪れる人も多かった。観光で回る場所やすることは、個々人の興味や関心によって変わってくるので一概には言えないが、観光地やリゾート地もそれなりにあって、いろんな楽しみ方ができる国だと思う。

せっかくなので、その中でもガイドブックにあまり出ていないが、個人的には興味深く何度か訪れた、ある場所をご紹介したいと思う。

<クアラルンプール郊外の寺院:Batu Caves>

【写真1】KLのシンボルツインタワー

【写真1】KLのシンボルツインタワー
(出典:文中掲載の写真はすべて筆者撮影)

クアラルンプール(KL)は、周囲の市郡部も含めると600万人ほどが住む大きなエリアだ。車社会なので、タクシーやGrab(米国のUberみたいなもの)で移動することが多いのだが、電車好きの人は、是非電車にも乗ってみて欲しい。KTM、LRT、MRT、Monorailといろいろな種類があり、その他にも空港までの路線で直通の特急が走っている。KTMというのは、Keretapi Tanah Melayuの略で、いわゆるマレー鉄道だ。シンガポールからタイまで南北に突き抜ける路線を運行しているのだが、クアラルンプール近郊では、通勤電車を走らせている。このKTMというのが、通勤電車の割に本数は少なく、乗りたがらない人は多いのだが、運賃は安い。そして、クアラルンプール郊外にある寺院、Batu Caves(バトゥ洞窟)は、このKTMの通勤電車の終点駅の目の前にある。クアラルンプール中央駅から30分もかからず、運賃も100円以下だ。

【写真2】Batu Caves入り口のムルガン神像

【写真2】Batu Caves入り口のムルガン神像

Batu Cavesは、ヒンドゥー教の聖地である。マレーシアはイスラム教国家だが、マレー系民族の他に、3割弱いる中華系民族には仏教徒やキリスト教徒が多く、1割弱いるインド系民族にはヒンドゥー教徒が多い。それぞれの民族がそれぞれの宗教や伝統を大切にし、お互いに尊重しあっている多民族国家だ。

Batu Cavesの駅から2、3分も歩けば、洞窟につながる階段に到着する。入り口には大きなムルガン神像が建っている。ムルガン神は、シヴァ神とパールヴァティー女神の息子で戦争の神だそうだ。確かに怖そうな顔をしている。洞窟に続く階段は272段あって、結構急でしんどい。暑いからと短パンや短いスカートで行くと、登らせてもらえないので、入り口で腰巻を借りて巻くことになる。階段は結構長いので、下を振り返るとちょっと怖いくらいだ。しかも、野生の猿が手すりに乗って、こちらをにらんでいたりする。気を付けないと、食べ物や水の入ったペットボトル、バッグやスマホをひったくられたりするらしい。2018年に、階段を塗りなおして随分とカラフルな色にしたそうだが、これが結構派手な色合いで、インスタ映えするという人もいれば、周囲の雰囲気に合わない、と言う人もいるようだ。

階段を登りきるとかなり天井が高く広い空間が広がっている。ちょっとしたお土産物屋があるので、喉を潤すこともできる。そしてその奥にはさらに階段と寺院があり、奥の方は洞窟の天井が吹き抜けのようになっていて苦労して登ってきてよかったと思える、荘厳な景色を望むことができる。

しばらして、階段を登って噴き出た汗がひいたところで、階段を下りてもう一つのお勧めスポットに向かう。個人的には、Batu Cavesの洞窟よりも気に入っている場所だ。

【写真3】階段上に広がる大きな洞窟

【写真3】階段上に広がる大きな洞窟

<古代インド叙事詩の世界:Ramayana Cave>

ムルガン神の横を通り、駅の方向に戻っていくと、駅からBatu Cavesに向かった時には気付かなかった大きな像が建っているのが見える。ハヌマーン神像だ。ハヌマーン神は、猿族の酋長であるケサリとアンジャナの間の息子で、風神ヴァーユの息子でもあると言われており、山を持って空を飛ぶほどの怪力の持ち主でもある。確かに、近くで見ると圧倒されるような感じだ。ヒンドゥー教の神像は、色彩が独特で鮮やかなので、仏像を見慣れた筆者にとっては表情が分かりやすく、なんとなく親近感も感じる。そして、アジアの歴史の奥深さのひとつの象徴のようにも思えるのだ。

【写真4】入り口近くのハヌマーン神像

【写真4】入り口近くのハヌマーン神像

ハヌマーン神像の横を抜け右手に行くと、お勧めの場所であるRamayana Caveが見えてくる。ここは、ガイドブックにはあまり出ておらず、日本人の知り合いでBatu Cavesに行った人に聞いても、何それ?というような感じで、あまり認識されていないのだが、個人的には、Batu Cavesそのものよりも強い印象を受けるし、見どころがあるように思う。実は、ネットにもあまり情報がなく筆者も最初はこの存在を知らなかったのだが、初めてBatu Cavesに行った際に、何かありそうだと覗き込んで初めて知った。Batu Cavesは、入場料もかからずに奥まで行けるのだが、Ramayana Caveは入り口手前に門があって、そこで入場料を支払う。入場料といっても確か5リンギット(約130円)なので高くはない。そのまま洞窟の入り口に向かうと、入り口の脇にはまた別の大きな神像が立っている。何の像か分からなかったので、ネットで調べてみると、クリシュナ神像と書かれている。クリシュナ神は、ヴィシュヌ神の8番目の化身で、人気のある神様らしい。しかし、さらにいろいろと調べてみると、クリシュナ神は、白い牛を引いて、フルートを持つ姿が定番で、人格神なので、手が四本あるというのは違うはずだ。ということで、確信はないのだが、この像はヴィシュヌ神ではないかと思うのだが、どなたか詳しい方がいたら教えて欲しい。

【写真5】Ramayana Cave入り口のヴィシュヌ神像(多分)

【写真5】Ramayana Cave入り口のヴィシュヌ神像(多分)

Ramayana Caveは、名前のとおり、ヒンドゥー教の聖典のひとつでもある古代インド叙事詩のラーマーヤナに書かれた内容を、像や壁画として並べている。筆者はラーマーヤナの内容を知っているわけではないので、並べられた像の意味をなぞっていくことはできなかったが、内部は綺麗にライトアップされており、数多くの像が見る者に何かを語りかけているようだ。洞窟そのものも神秘的な雰囲気でライトアップされており、ついつい足を止めて見入ってしまう。中を巡っていると、古代インドの雰囲気を十二分に味わえ、一瞬タイムトリップしたような感覚にさえなるのだ。

【写真6】Ramayana Cave内部

【写真6】Ramayana Cave内部

あまり知られていないせいか、Batu Cavesの人込みとは異なりほとんど人がいないのも、神秘さを増すように思えるから不思議だ。そして奥に進んでいき天井が高いエリアに出ると、階段があって上に登れるようになっている。結構急な階段で、手すりをつかんで慎重に登ると、並んだ像を上から見下ろすことができる。

じっくりと神々しい雰囲気に浸った後、洞窟の出口から外に出ると、マレーシアの灼熱の太陽に照らされて、一気に現実に引き戻される。

【写真7】見下ろしたRamayana Cave

【写真7】見下ろしたRamayana Cave

<ヒンドゥー教の祭り>

日本にいると、なかなかヒンドゥー教の文化に触れる機会はないのだが、マレーシアだけでなく、シンガポール、インドネシアなどでも寺院もあって結構身近だ。

マレーシアのヒンドゥー教徒は数の上では少数派だが、ヒンドゥー教の祭日も国民の祝日になっている(但し、一部の州では休みにはならない)。特に盛り上がるのは、10月から11月にある、光の祝祭とも呼ばれるDeepavali(Diwariとも言う)だ。この時期は、市内中心部にあるインド人街では特に活気にあふれるが、オフィスや商店、インド系の家庭でお米などをカラフルに染色し、それを使って床に絵を描く、コーラムと呼ばれるアートがあちこちで見られる。

そしてもう一つが、タミール暦10番目の月(タイ)の満月の日であるThaipusamだ。グレゴリオ暦では、1月か2月に行われる神に対する感謝祭なのだが、クアラルンプールにあるヒンドゥー教の寺院であるSri Mahamariamman寺院から、信者が裸足でBatu Cavesまで歩いていく。前日から断食や禁欲をして、Kavadiと呼ばれる、花やクジャクの羽で飾った重い荷物を背負い、さらには皮膚や頬、そして舌などに金串を刺したトランス状態の大集団が真夜中に出発する。見物客も多く大渋滞となり危険でもあるので、筆者は直に見たことはないのだが。

海外でこうした異文化に触れる機会が、近い将来には戻ってくることを願ってやまない。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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