2021.10.14 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

Society5.0時代における未来の学び (仮想と現実)

未来の教育はどうなっていくのか。今年で30年目を迎える小学校教師を主人公に、「Society 5.0」時代における近未来の教育現場を想像してみたい。

朝、6時に起床し、朝食を食べた後、いつものように学校へ向かう。変わらぬ日常だ。

学校へ着いた私はいつものように職員室のデスクに座り、授業の準備を始めた。その瞬間、違和感を覚えた。何かがいつもと違うのだ。まず、いつものデスクラックに出席薄がないことに気づいた。そもそもデスクラックがないのだ。それから、教科書や筆記用具もない。デスクにあるのは、タブレットとタッチペンのみだ。

一体、何が起きたのだろうか。昨日までの職員室とは何かが違う。いや違いすぎるのだ。

周りの教師たちは、何の変化も感じていないのだろうか。タブレットを片手に次々と教室に向かい始めた。

そういえば、数週間前に校長から、「今後の授業、学校運営はすべてデジタル化されます。皆さんもしっかりと準備をしておいてください」と言われていたことを思い出した。

そう、学校のすべてがデジタル化されているのだ。

私は、戸惑いを感じながらも、教室へと向かった。教室に着いた私は目を疑った、黒板がなくなり、その代わりに大スクリーンがあり、そこには、35人の子供たちが投影されているではないか。子供たちは学校へは登校しているが、好きな場所で授業を受けていいことになっていたのだ。残念ながら、私の授業を教室で受ける児童は一人もいなかった。

タブレット画面には、クラウド上に格納されているデジタル教科書と補助教材の一覧が示されている。IDと顔認証でアクセスする。子供たちはタブレット画面から授業を選択して、インターネット上で教室へ入室する仕組みだ。

こんな教育現場の世界は、すぐにやってくるのではないだろうか。

「Society 5.0」が提唱され、5年が経過し、その実現に向けて、官民が一体となった取り組みが展開されており、教育界においても、デジタル教科書の導入、GIGAスクール構想など、学習様態の変化を伴う取り組みが加速している。

日本の未来にとって必要となる教育とは何か。本稿では、「Society 5.0」の実現に向けた国の政策や科学技術の動向を踏まえ、教育の未来を考察していきたい。

「Society 5.0」の目指す社会とは

「Society 5.0」は、2016年に「第5期科学技術基本計画」[1]で提唱された。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合されたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、「人間中心の世界」で、我が国が目指すべき未来社会と位置付けられている。

2021年3月に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」[2]においても、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会として、引き続き、取り組んでいくことが明示されている。さらに、Society 4.0(情報社会)の限界の露呈、デジタル化への対応の遅れも指摘され、実現に向けた具体的な施策が提示されている。

また、「Society 5.0」の実現に向けては、プラットフォームの構築、データベースの整備、基盤技術(AI、IoT、ビッグデータ処理技術等)の強化の重要性が示されており、これらを支える技術として、5Gの普及・整備に対する期待は大きく、ローカル5Gを含めた実証が行われている。

教育界においても、2018年、文部科学省は、「Society 5.0に向けた人材育成~社会が変わる、学びが変わる~」[13]を取りまとめ、Society 5.0において求められる人材像、学びの在り方、取り組むべき施策等が示された。

教育界以外でも、関連施策として、デジタル・ガバメント実行計画、スーパーシティ・スマートシティ構想、都道府県官民データ活用推進計画、自治体デジタルトランスフォーメーション(DX)推進計画、産業界におけるDXなど、次々と施策が打ち出されている。

しかしながら、地方公共団体、一般企業等においては、何をどうしていいのか、何をすべきかなど、戸惑いや不安視する声も聞かれるといった現状がある。

【図1】Society5.0の社会

【図1】Society5.0の社会
(出典:内閣府HP)

また、「Society 5.0」の国民の認知度は低く、2019年時点において、知らないと答えた国民は87.1%との結果[4]もあり、今後、関連施策の実行と国民への浸透を図っていくことが求められる。

GIGAスクール構想とデジタル教科書、見えてきた課題

我が国の初等中等教育におけるコンピューター等の活用は1970年代にさかのぼることができるとされている[5]。それから50年が経過し、教育現場は大きく変わろうとしている。

デジタル改革の取り組みの一つとして、学校現場におけるデジタル教育の推進がある。教育スタイル、つまり授業形態が大きく変わるということである。

GIGAスクール構想により、小中学校では、PCが1人1台となり、プログラミング授業も始まり、また、2024年度にはデジタル教科書が本格導入され、デジタル教育が中心になることが確実となっている。

【図2】変わる授業スタイル

【図2】変わる授業スタイル
(出典:文部科学省作成資料をもとに筆者が作成)

GIGAスクール構想で導入された端末をメーカー別で見ると、Apple28.1%、Lenovo20.2%、NEC14.4%の順となっている。基本ソフト別に見ると、Google Chrome OSが最も多く全体の48.8%となっている[6]

こうした導入された端末の違いによっても、教育コンテンツや授業形態そのものに影響がでる可能性がある。

さらに、公立小学校の1クラス当たりの定員についても35人に引き下げ、2025年度には、すべての学年で「35人学級化」を実現[7]することになっている。2022年度からは、小学校高学年における教科担任制も導入[8]され、従来の学級担任制から大きく変わることになる。

特に、デジタル教科書の導入については、学校現場においては、慎重な意見も多く、健康面への影響を心配する声もある。また、「読解力」については、国内外で紙媒体の方が、文章の内容を理解するのに向いているとの研究結果もある。

2019年度から紙の教科書との併用が認められたデジタル教科書は、2020年3月時点の普及状況は、公立小中高校で約8%にとどまっている。

端末についても学びのツールとして教師、生徒ともに十分に使いこなせていない、通信環境の不安定さにより、オンライン授業がスムーズに行えない、といった声も聞かれる。このようにデジタル教育の定着には、多くの課題が存在している。

こうしたことから、文科省では、2021年7月にデジタル教科書の普及促進に向けた技術的な課題に関するワーキンググループを設置し、デジタル教科書の機能や操作性等に関する検討を開始している。

デジタル教育の普及において、日本における教育場面でのPC・タブレットの活用は、先進国と比べても低いといった結果がある。

2018年のOECDのレポートによると学校外での平日のデジタル機器の利用状況は、日本は、「ネットでチャットをする」がトップでOECD平均67.3%に対し、87.4%となっている。次に「1人用ゲームで遊ぶ」が47.7%(平均26.7%)、「学校の勉強のためにインターネットサイトを見る」は、OECD平均23.0%に対し、日本は、わずか6.0%となっている。

未来の教育、学校・家庭・地域はどう変わるのか。

文科省は、2016年7月に「教育の情報化加速化プラン」を策定[9]し、ICTを活用した「次世代の学校・地域」の創生を打ち出した。2019年6月には、「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」[10]において、新時代に求められる教育の在り方や、教育現場でICT環境を基盤とした先端技術や教育ビッグデータを活用する意義と課題、今後の取組方策を取りまとめている。

2021年1月には、中央教育審議会中等教育分科会答申[11]において、Society 5.0時代の到来、新型コロナウイルスの感染拡大など予測困難な時代を背景とした「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的充実によって2020年代を通じて実現すべき「令和の日本型学校教育」が示され、これを実現するためにはICTは不可欠と位置付けられている。

2021年6月には、教育再生実行会議第十二次提言[12]が出され、ニューノーマルにおける教育の姿が示され、他方、ICT機器を用いた授業視聴時間の増加に伴う健康面での影響、視聴覚障害者がメリットを受けづらいなどの指摘がなされている。

2021年7月には、中央教育審議会において、5歳児教育(幼児教育スタートプラン)に関する議論も開始[13]されている。

日本経済団体連合会も2020年3月に「EdTechを活用したSociety 5.0時代の学び」を提言[14]し、EdTechの活用、政府・学校に求められること、企業に求められることについて言及している。2021年3月には、「Society 5.0時代の学びⅡ」を提言[15]し、学びのDXに向けて各主体が果たすべき役割について述べている。

経産省においても、学びのイノベーションを生み出す「未来の教室」で、学びの最新動向の情報提供、国内外のEdTech企業・民間教育・学校・産業界・学界・芸術・スポーツ界・地域等のマッチングを行っている[16]

教材・教育コンテンツについては、出版界、学習塾、通信・IT業界、ベンチャーなどからドリル教材、プログラミング・STEAM教育[17]、eラーニング・動画配信など様々なコンテンツが提供されている。

学校現場においては、明治時代から変わらない一律・一方向の学びから、デジタル化による児童生徒の習熟度に応じた学習の提供・指導体制の確立が求められる。

家庭や地域においても、学びの自立化、個別最適化が進む中、新しい学習基盤に合わせた対応が必要となっている。

それは、ICTでつなぐ児童生徒・学校・家庭・地域と一体的連携(シームレス)の仕組みとも言えるのではないだろうか。

これを実現するためには、行政サイドにおける法律・規制等の整備とともに、民間企業によるインフラ整備、データの活用促進、通信網の整備などが必要となってくる。これらの整備によって、学校・家庭・地域が一体となった最適な学習空間・環境を作り出すことが未来の教育を支える礎になる。

「Society5.0」時代の「未来の教育」に向けた企業戦略

未来の教育(学び)を構築していくためには、先に指摘したような課題の存在、また、デジタル化においては、財政負担といった問題がある。4~5年後には、一斉にPC等の買い替えが控えており、GIGAスクール構想で整備された端末の買い替えが自治体負担ともなれば、教育格差が生じることも予想される。

また、社会全体のDXが加速する中で、児童生徒1人1台の端末の時代となり、1人1アカウント、教育用クラウドアプリの整備など、児童生徒が日常的にクラウドサービスにアクセスすることが当たり前になってきている。

このため、学校教育現場における個人情報を含む教育情報セキュリティ対策をしっかり講じることが必要である。こうしたことから、文科省においては、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を策定[18]し、学校における情報セキュリティポリシーの考え方や内容を示している。さらに2021年5月には、GIGAスクール構想に伴う課題に対応するため、第2回改訂を行っている。

いかに情報資産を脅威から守るのか、人的セキュリティ、物理的セキュリティ、技術的セキュリティの対策を総合的に行う必要があり、学校現場と事業者における適切な協力体制を構築することが求められている。

こうした多くの課題をどう克服していくのか、官のみではなく、民を含めた日本の知見・技術を結集していく必要がある。

特に、動画・VRを活用した授業など大容量のデータを使用する教育活動においては、5Gの整備・普及は大きな課題と言える。その期待は大きく、総務省において、教育分野における5G活用ガイドブック[19]が示されている。

また、導入された端末やOSの違いもあり、一人ひとりの子供に寄り添い学習進度に対応したアダプティブ・ラーニング等による最適化学習を提供できるかが大きな課題である。

未来の教育(学び)を実現するためには、学校だけではなく、民間企業に対しても、デジタル環境に応じたセキュリティの確立、情報通信技術の安定化、オンライン指導に対する支援体制の確立への貢献が、これまで以上に期待されている。

最後に、日本は、世界有数の教育先進国として、様々な課題を乗り越え、業種、業態の垣根を超えた官民一体となった日本型の魅力ある「未来の教育」を世界に発信することができると考えている。

[1] 第5期科学技術基本計画(平成28年1月22閣議決定:2016~2020年度)

[2] 第6期科学技術・イノベーション基本計画(令和3年3月26日閣議決定:2021~2025年度)

[3] Society 5.0に向けた人材育成(平成30年6月5日、Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会・新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース)

[4] 第6期科学技術・イノベーション基本計画主要指標・参考指標データ集(2021年3月、内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当))

[5] 東原義訓(2008)「我が国における学力向上を目指したICT活用の系譜」『日本教育工学会論文誌』32巻3号

[6] 株式会社MM総研調査(2020年11月~2021年1月に実施、対象1,514自治体)

[7] 「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律」2021年4月1日施行

[8] 中央教育審議会答申:「2022年度を目途に、小学校高学年からの教科担任制を本格的に導入する必要がある」(2021年1月26日)

[9] 教育情報化加速化プラン(平成28年7月29日文部科学大臣決定)

[10] 新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)(2019年6月25日、文部科学省)

[11]中央教育審議会中等教育分科会答申「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適化な学びと協働的な学びの実現~(答申)(2021年1月26日)

[12] 教育再生実行会議第十二次提言「ポストコロナ期における新たな学び方の在り方について」(2021年6月3日)

[13] 第131回中央教育審議会初等中等教育分科会(2021年7月8日)

[14] EdTechを活用したSociety5.0時代の学び~初等中等教育を中心に~(2020年3月17日、一般社団法人日本経済団体連合会)

[15] Society5.0時代の学びⅡ~EdTechを通じた自律的な学び~(2021年3月16日、一般社団法人日本経済団体連合会)

[16] 「未来の教室」(経産省)https://www.learning-innovation.go.jp/

[17] STEAM(Science, Technology, Engineering, Arts, and Mathematics):STEM(科学・技術・高額・数学)に芸術を加えたもの。STEMにArtsが加わることで多面的な見方が促され、新しい解決策を生み出せるとされる(D. A. Sousa, et al. 2013)

[18] 「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」2017年10月策定文部科学省、第1回改訂(令和元年12月版)、第2回改訂(令和3年5月(ハンドブック))

[19] 教育分野における5Gガイドブック(総務省:教育現場の課題解決に向けたローカル5Gの活用モデル構築事業)

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