povo2.0は、携帯料金プランの新たなモデルとして定着するか
KDDIと沖縄セルラーは2021年9月、新料金プラン「povo2.0」を発表、9月29日から提供を開始した。「君にピッタリの自由へ、一緒に。」をコンセプトとし、「auのオンライン専用ブランドpovoにおいて、月額基本料0円から開始し、お客さまのライフスタイルにあわせて10種類のトッピングを自由に選択できるオールトッピング『povo2.0』を提供」という説明である。あわせて、2021年3月より提供してきたpovoの名称を「povo1.0」に変更し、povo2.0開始にあわせ新規受付を終了している。
povo2.0は契約型のプリペイド
povoの市場投入にあたり、KDDIは報道発表の中で「お客さまがご自身のライフスタイルに合わせてカスタマイズできる、自由なプランが実現できました」としている。この「カスタマイズ」が従来の各社の料金プランの中で、できていなかったというよりは、正しくは「不十分だった」ということだと思われる。トッピングと同社が呼ぶ、サービスや機能の追加オプションは、従来のpovo(povo1.0)のセールスポイントであったが、これをさらに推し進めた形となっている。
利用者によるトップアップ(追加購入)は、交通系マネーと同種の運用形態である。データ利用であれば、残額が不足するたびに購入する形だ。ただし交通系マネーと違い、有効期限がある。これは期限付きのポイントと似ている。期限付きであるため、その期限までに使い切らないと捨てることになる(キャリーオーバーしない)。その意味では、提供側からすると「使い切らない分」も含め「販売時点で」収益確保できるメリットがある。
povo2.0の仕組みは、実は海外ではごく一般的なプリペイド携帯のプランと同様である。基本料金がなく、使いたい分の機能やデータ容量、通話かけ放題(海外では、通話分数などが一般的)を前払いする。国内では新しさを感じさせるが、世界的に見ると20年以上前からある、よくある形である。本人性の確認などが必要な契約型であるという点も、海外では特に珍しくはない。プリペイドというと、国内ではこれが犯罪の温床になるとの議論もあり、通信事業者は積極的な販売をしてこなかった。
海外ではプリペイドプランから携帯電話が普及
世界の携帯電話市場の過去を振り返ると、ほとんどの国で、プリペイドプランがその普及を支えてきた。与信の関係でクレジットカードを持てない顧客層が多い市場では、携帯電話を普及させるにはポストペイド契約のみではすぐに頭打ちになってしまうためである。
しかし、通信事業者の立場からは、契約数×ARPUをいかに増やすかが成長戦略の王道である。契約数が早期に頭打ちになった主要国では特に、プリペイドからポストペイドへ契約者を移行させる戦略を採る通信事業者が多く見られた。通信事業者にとって最もありがたい契約者は、「長期に」「高い支払い」をしてくれる顧客である。そのような顧客を多く抱えている通信事業者は、いかに顧客を逃がさないかが戦略の基本スタンスになるが、そうではない通信事業者の場合は、「短期で逃げてしまう」「支払いが安い」契約者でもいいからまずは数を増やし、その後彼らをいかに「上顧客」に育てていくか、を戦略の軸とするケースがよく見られた。
過去の例でいうと、例えば米Verizonはその高いブランド力を背景に上顧客の獲得・維持を優先させ、パケットシェアプランの導入で、同一アカウント内で複数回線を囲い込む戦略を採用し、「短期で乗り換える」「支払いが安い」利用者をそれほど追いかけなかった時期がある。一方で、ブランド力に劣る旧Sprintは、MVNOも活用しながら「短期で乗り換える」「支払いが安い」層に対してのアプローチも積極的に行っていた。
分離プラン時代ならでは
日本で何年も前から進められてきた消費者保護の取り組みの一部は、通信事業者による「契約者の長期囲い込み」が進みすぎており、複数の選択肢があるにもかかわらず自由な乗り換えが阻害されている、という考え方を背景としている。
そうした取り組みが契機となり導入された施策のいくつかが、端末代金と通信料金の分離であり、SIMロック解除の義務化であり、2021年10月からのSIMロック原則禁止である。「端末支払いの残債がある」かどうかと、「通信事業者との残りの契約期間がある」かどうかは切り離された。SIMロックがかかっていない端末なら、通信事業者を乗り換えても、端末を買い替えずに使い続けられる。そして、プリペイドSIMであれば、支払った分を使い切った後に同じ通信事業者で再度使うかどうかについての利用者のシバリ意識はより少ないだろう。
こうした背景からすると、契約型プリペイドをKDDIが投入したことは、同社が将来市場を「乗り換え自由」に近づくと見越しているとすれば、市場を先回りしたプラン投入だという見方もできそうだ。
しかし、通信事業者にとっては、コストに敏感ですぐに乗り換えたり、乗り換えの際の特典を頻繁に獲得したりするユーザーは、顧客獲得、顧客維持のコストに見合った利益確保が難しい。そのような通信事業者へのロイヤルティが高くない顧客は、経営効率の面からはそれほどありがたくない。それでも顧客に寄り添うという姿勢が、今回のpovo2.0の市場投入の背景にある。「契約してからお客にアプローチし続けるプランを、どうしてもやりたかった。お客との接し方を見つめ直した」(KDDI高橋社長)とのことだ。
楽天モバイルの対抗としてはどうか
基本料金が0円ということは、契約を維持するための費用は、なにも使わなければ0円である。ただし、これは「1GBまでは0円で利用可能」という楽天モバイルのプランとは実効的な性格が違うだろう。povo2.0ではトッピングがなければ180日間で解約となることがあるからだ。
またデータトッピングが無い状態では、データ通信速度は128kbpsに制限されることもトッピングを促される要因である。楽天では前回利用から180日のうち少しでも利用があれば0円でも速度制限なく回線契約を維持できる(ただし、「Rakuten UN-LIMIT VI」の月額0円適用は1
回線目のみ)。利用者から見れば楽天の方がトッピングの手間も速度制限もなく契約を維持できる点で、魅力的に見えるのではないか。普段使いではない回線向けなどでは、特にそうだろう。
一方で、プリペイドの良さは使いすぎ防止、すなわち「パケ死の予防」である。これは、通信費用をコントロールしたい利用者にとっては大きな選択肢となる。楽天が月額3,278円(税込)で使い放題であることから、これよりも月額を抑えたい利用者、またお金だけでなく時間の使いすぎを抑えたい保護者にとっては魅力的なプランとなるかもしれない。
プリペイドの持つ煩雑さはどうか
また、既存のオンライン専用プランであるpovoは、明らかにNTTドコモのahamo対抗であった。これを模様替えするということをシンプルに考えると、ahamo対抗はpovoではなくUQモバイルで、ということだろう。複数ブランドを持つKDDIとして、メニューの整理を行ったという見方もできる。UQモバイルはメインブランドではない、という主旨の大臣コメントに対する回答としてのpovo1.0は、役割をここで終えることになったといえよう。
要するにpovo2.0は1.0からの模様替えではあるが、プリペイドという料金プラン体系を本格的に市場投入するという試みであり、そのアピールポイントにおいて2.0は1.0の後継とはなっていない。それは、既存のpovo1.0ユーザーなら感じられることであろうし、KDDIとしてはpovo1.0の顧客を失ってでもpovo2.0で顧客に新たな価値を提供したい、という考えであろう。
利用者目線でいうと、有効期限も気にしなければならない、かつトップアップ(追加購入)が必要という「煩雑さ」が、従来の料金プランとの違いとなる。
かつて、国内で電子マネーを各社が普及させようとした時期に、多くのプレイヤー(Suica等)はプリペイドで対応したが、ドコモはiDをポストペイドで導入した。これには、ポストペイドでの利用に慣れたユーザーの中には、いずれその前払い手続きが面倒になり、ポストペイドに移行する層があるだろう、という見立てがあった。今回のpovo2.0は、ポストペイドに慣れた利用者がプリペイドをどう受容するか、という意味で注目の取り組みと言える。
新たな市場を開拓するか
契約型プリペイドは、国内市場では「空地」であった。ここに未開拓のマーケットが眠っているのかどうかが、povo2.0が今後の料金プラン体系の主流になるかどうかの決め手となるだろう。ただし、海外でプリペイドが普及したのは、与信というハードルがあったからだ。楽天カードが、事前審査のハードルを下げて加入数を伸ばせるような日本で、プリペイドが普及するには、海外とは違った条件が市場に必要なはずだ。
また、povo2.0の利用者が増えたとすると、その利用者特性や使い方などには注目したい。「オンライン専用」かつ「支払った分だけ使える」という特徴は、ICTリテラシーが一定以上でかつコストに敏感な層がターゲットになる。楽天対抗としての面も兼ね備えると考えれば、1台目需要だけでなく、月額0円運用が可能なハードルの低さから、2台目需要の開拓という面にも注目できる。
しかし、その本質は「2台目需要とは何なのか」ということではないか。多くの場合、2台目とはスマホの2台目だと理解される。しかし、新たな利用シーンを開拓するのはスマホではないかもしれない。例えば、新たな利用シーンとして期待されてきたXRについては、スマホカメラを使ったARアプリなどもあるが、既存のスマホではいかにも限界がある。没入感を演出できるHMD、眼鏡型のスマートグラスなどが市場投入されているが、今後市場に登場する新デバイスが利用シーンを開拓する可能性は常に意識しておくべきだろう。
「#ギガ活」は、ポイント戦略の変形
povo2.0において、もう一つの新しさとして「#ギガ活」がある。データトッピングの新しい方法として盛り込まれており、利用者が日常生活の中でギガをもらえる仕組みである。データ容量をもらう仕組みとしては、①対象店舗や対象サービスについて、au PAYで支払いをする②対象店舗での購入が一定の条件を満たす、の2つのパターンがある。
特に②については、大手小売チェーンとの提携によるものが目立つ。500円(税込)以上の購入をすると、3日間有効な300MBをもらえる、というものが多い。
日常生活の中でギガがもらえる、という仕組みは、利用者にどのようにバリューを提供するかという観点では新しく、パートナー企業とのマーケティングでの提携を広げて、povoのロイヤルティ維持・向上を図る戦略だと理解できる。
ただ、通信事業者がパートナー企業との提携の中でライフスタイルに入り込むという取り組みは、直近ではQRコード支払いやポイント戦略が、最前線で担ってきた領域である。「d払い」「PayPay」「楽天ペイ」「dポイント」「Tポイント」「楽天ポイント」がKDDIの競合であるが、同社はいずれの領域でも上位の存在感を示せていない。その意味では、この「#ギガ活」をKDDIとしての新たな突破口にしたいところであろう。現時点ではpovo2.0の枠組みであるため対象となる利用者の基盤は限定的であるが、いずれこれをKDDI契約者全体に広げるシナリオを描いているのかもしれない。
ただし、これも今後の5G市場動向次第という面がある。5Gの普及が進む中で、利用者の使うデータ容量が今後急増する局面になると、データ需要が高まる一方で、データ使い放題プランに利用者がシフトする可能性もありそうだ。データ使い放題プランの利用者にとって、「#ギガ活」は不要である。5G市場の今後の見通しは難しいが、「#ギガ活」の価値は市場動向により大きく左右されるだろう。
SIMフリー端末が今後広く行きわたると、利用者は端末を買い替えることなく、通信事業者を乗り換えることがしやすくなる。通信事業者としては、料金値下げによる消耗戦は、投資余力に影響することから避けたい。したがって、今後は以前にもまして、市場はユーザーの利用動向をふまえた新たな提案競争にならざるをえないだろう。その意味では「オンライン専用プラン」としてのahamo登場の衝撃は、発表から1年たっても続いており、今回のpovo2.0は古くて新しい「プリペイドプラン」の提案となった。今後各社は引き続き、知恵を絞りながら様々な提案を市場に投げかける必要に迫られるのではないか。
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