2021.12.13 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

York University v. Access Copyrightカナダ最高裁判決の概要と検討: ~カナダ著作権法における「利用者の権利」

1.はじめに

日本を含めて世界的にみて、著作権の権利制限規定は著作権者の権利を一定の場合に制限する例外的なものであり、著作権者の主張に対する抗弁として著作物の利用者が主張するものと一般的には認識されている。一方、カナダの最高裁判所は、カナダ著作権法の権利制限規定の一つであるフェア・ディーリング規定は「利用者の権利(User's Right)」であると判示する判決を複数出している。2021年7月末にも、York University v. Access Copyright最高裁判決[1](以下、「York判決」という)において、フェア・ディーリングは「利用者の権利」であると明言された。York判決では過去の裁判例等を引用し、「利用者の権利」としてのフェア・ディーリングの解釈が判示されており、本判決を検討することで、カナダ著作権法における「利用者の権利」概念の明確化につながると考えられる。

本稿では、近時の最高裁判決であるYork判決の分析を通して、カナダ著作権法における「利用者の権利」の現状について検討する。

2.フェア・ディーリングの概要と「利用者の権利」を扱った過去の最高裁判例の概要

本節では、York判決を読み解く前提として、カナダ著作権法のフェア・ディーリング規定の概要と、フェア・ディーリングを「利用者の権利」として扱った3つの最高裁判例の概要をまとめる[2]

2.1 フェア・ディーリングの概要

カナダ著作権法[3](以下、条文番号のみを示す場合はカナダ著作権法の条文番号を表す)は、29条から32.2条まで(その間には枝番の条文が多数存在する)に権利制限規定を置いている。私的目的の複製(29.22条)、教育施設における利用(29.4条~30.04条)、図書館等における利用(30.1条~30.21条)など、日本の著作権法にもみられるような、いわゆる個別権利制限規定がみられる一方で、権利制限規定の冒頭の29条~29.2条には、抽象度の高い権利制限規定であるフェア・ディーリング規定が定められている。York判決において「利用者の権利」として言及されているのは29条であるため、ここでは29条のみ以下に条文を示す[4]

(研究、私的調査等)
第29条 研究、私的調査、教育、パロディ又は風刺を目的とした公正使用は、著作権侵害を構成しない。

29条は2012年に改正されており、その際にフェア・ディーリングの目的として、「教育、パロディ又は風刺」の部分が追加されている[5]

フェア・ディーリングの適用を判断するにあたっては、CCH判決[6]で示された手法が用いられている。CCH判決は、フェア・ディーリングを判断するにあたって、二段階のテストを採用した。第一のテストとして、条文に示された目的に該当する利用であること、第二のテストとして、取引が公正であることを証明する必要があることである。第二のテストについては、(1)取引の目的(第一のテストと区別するために、「取引の目標(goal of the dealing)」と呼ぶ慣行がある)、(2)取引の性質、(3)取引の量、(4)取引の代替性、(5)著作物の性質、⑥著作物の取引に与える影響の各要素を分析するものとされている[7]。York判決を含む一連の判決においても、CCH判決の基準が採用されている。

2.1.1 CCH判決

CCH判決(2004年)は、法律系図書館(Great Library)が利用者の求めに応じて文献を複写して郵送するサービスを行っていたことにフェア・ディーリングが認められるかが争われた事例である。29条の「研究」の解釈が争われ、最高裁は全員一致で本事案のサービスは「研究」に含まれ、フェア・ディーリングが適用されると判示した。McLachlin判事による法廷意見では、「利用者の権利」について、次のように述べられている。

……フェア・ディーリングの例外は、単なる抗弁というよりも、著作権法の不可欠な部分としてより適切に理解されるべきである。フェア・ディーリングの例外に該当する行為は、著作権の侵害にはならない。フェア・ディーリングの例外は、著作権法の他の例外と同様に、利用者の権利である。著作権者の権利と利用者の利益との間の適切なバランスを維持するためには、〔フェア・ディーリングは〕制限的に解釈されてはならない[8]。(下線強調および〔〕内筆者。以下同様。)

このような認識の下、29条の「研究」の解釈にあたっては、利用者の権利が過度に制約されることがないよう、拡大的、リベラルに解釈されなければならないとした[9]

2.1.2 SOCAN判決

SOCAN判決[10](2012年)は、音楽ファイルをダウンロード販売するオンライン配信サイトにおいて、購入前に音楽ファイルの30秒から90秒の試聴を提供することにフェア・ディーリングが認められるか争われた事例である。CCH判決と同じく、29条の「研究」の解釈が争われ、最高裁は全員一致で本事案のサービスは「研究」に含まれ、フェア・ディーリングが適用されると判示した。

Abella判事による法廷意見では、最高裁は、Théberge判決[11]において、著作権には公共の利益を促進することと創作者が正当な利益を得ることのバランスが必要であると指摘し、この指摘は著作者や著作権者の独占的権利に焦点をあてた従来の著作者中心の枠組みからの脱却を反映しているとする。また、著作権が公共の利益を促進する上で果たす重要性に注目し、著作物の普及が文化的・知的パブリックドメインを発展させるにあたって中心的な役割を果たすことをThéberge判決は強調しているとした上で[12]、「利用者の権利」としてのフェア・ディーリングに関して、以下のように述べている。

CCH判決は、利用者の権利は、著作権法の公益目的を促進するために不可欠なものであることを確認している著作権法において保護とアクセスの適切なバランスを達成するために採用された手段の一つが、フェア・ディーリングの概念であり、これにより利用者は、著作権侵害となる可能性のある一部の活動に従事することができる。これらの利益の適切なバランスを維持するために、フェア・ディーリングの規定は「制限的に解釈されてはならない」(CCH判決)[13]

このような認識の下、29条の「研究」の解釈について、利用者又は消費者の視点から検討し、消費者は購入する音楽を特定するための「研究」を行う目的で試聴を使用したと判断した[14]

2.1.3 Alberta判決

Alberta判決[15](2012年)は、教員により作成された教科書等の短い抜粋の複製が、フェア・ディーリングの「研究又は私的調査」目的であったかが争われた事例である(Alberta判決は2012年の法改正前の事例であり、「教育」は29条に含まれていなかった)。最高裁は、5対4の僅差[16]で本事案にはフェア・ディーリングが適用されると判示した。利用者の権利について、以下のように述べている。

……フェア・ディーリングは「利用者の権利」であり、そのフェア・ディーリングがCCH判決の第一のテストで許容される目的のために取引が行われているかどうかを検討する際の関連する視点は、利用者の視点である。……しかし、これは、複製の目的が公正性のテストに無関係であることを意味するものではない。……複製者が、利用者が許容される目的という盾の後ろに隠れて、取引を不公正にする傾向がある別の目的に用いる場合には、その別の目的も公正性の分析に関連してくる[17]

このような認識の下、本事案では、教員に隠れた別の目的は存在せず、教員が複製物を提供する目的は、生徒が研究の目的のために必要な資料を手にできるようにすることであるとして、指導(教育)と「研究又は私的調査」とは、学校という文脈ではトートロジーであるとした[18]

3.York判決の概要

本節では、2021年7月に最高裁判決が出されたYork判決について、事案の概要をまとめた後、最高裁判決の概要をフェア・ディーリングに関する判示部分を中心にまとめる19

3.1 事案の概要

本事案は、York大学と、著作権管理団体であるAccess Copyright20との間で、①カナダ著作権委員会(Copyright Board of Canada)に承認された料金表に基づく著作権利用料の支払いが強制的なものであるか否か、および、②York大学による複製がフェア・ディーリングに該当するかが争われたものである。最高裁判決で示された本事案の経緯を以下に示す。1994年から2010年まで、Access Copyright とYork大学は、York大学の教員がAccess Copyrightの管理下の著作物を複製するにあたってライセンス料の支払いを行うライセンス契約を結んでいた。しかし、2010年に行われたライセンス契約の更新交渉をきっかけに両者の関係は悪化した。Access Copyrightの主張では、York大学はライセンス料の支払い義務がある著作物を自由に利用し始め、誠実に交渉をしなかったとのことである。一方、York大学は、著作物を自由に利用した理由は、Access Copyright以外から利用権を取得したためであり、フェア・ディーリングによる法的権利をより完全に活用するという法的決定に基づいていると主張した21。2010年3月、Access Copyrightは著作権委員会に暫定的な料金表を提案した。Access Copyrightは、著作権委員会による料金表の承認は、Access CopyrightとYork大学(およびその他の大学)との間に強制的な法的関係を生み出すとして、York大学の同意にかかわらず、Access Copyrightの管理下の著作物の利用を行った時点で支払い義務が生じるとの見解を示した。2010年10月、Access Copyrightは、著作権委員会に対して、2011年1月1日から著作権委員会が最終的な料金表を承認するまでの間、既存のライセンス契約に概ね沿った暫定的な料金表を認定するよう申し立てた。2010年12月23日、委員会は従来のライセンス契約の使用料率に基づいて、Access Copyrightの暫定的な料金表を承認した22。暫定的な料金表が2011年1月に発効した後もYork大学は著作権利用料を支払っていたが、2011年7月の新学年度が始まる前にライセンスを継続しないことを通知した。York大学は、複製はフェア・ディーリングに該当するものであり、暫定的な料金表には強制力がないと主張した。なお、著作権委員会は2019年12月に最終的な料金表を承認したが、料金表がAccess Copyrightとライセンス契約を結んでいない大学との間に強制的な法的関係を生み出すかどうかについてはコメントしなかった23。Access Copyrightは、2011年9月1日から2013年12月31日までにYork大学とその教職員が行った複製に対する暫定的な料金表による徴収を目的として、連邦裁判所に訴訟を提起した。Access Copyrightは、Access Copyrightが管理する87作品の著作物に関する5人の教授による複製の事例を特定し、その複製はフェア・ディーリングにより免除されず、暫定的な料金表に基づく利用料を支払う義務があると主張した。対して、York大学は、料金表に拘束されることに同意していないため、York大学に対する強制力はないと主張した。また、York大学は、2012年11月13日に発行された「York大学教職員のためのフェア・ディーリング・ガイドライン」(以下、「ガイドライン」という)に従って行われた複製は、フェア・ディーリングであるという判決を求めて反訴した24。第一審の連邦裁判所は、Access Copyrightの暫定的な料金表は強制的なものであり、また、York大学のフェア・ディーリングの主張は認められないと判示した25。控訴審の連邦控訴裁判所は、料金表は強制的なものではないとして第一審を破棄したが、フェア・ディーリングの主張については、第一審と同じく認められないとした26

3.2 最高裁判決の概要

最高裁は、9名の判事の全員一致で、料金表はYork大学に対して強制力がないとする控訴審に同意するものの、第一審と控訴審によるフェア・ディーリングの分析は支持しないとする判決を下した27。Abella判事による法廷意見の概要を以下に示す。まず、料金表について、著作権委員会が承認したことにより、ライセンスに同意していない者にまで強制力があるという解釈(強制料金表理論)を採用することは、著作権委員会による価格設定の役割の目的(議会は、著作者と著作権者を保護するために集団的管理を拡大させた一方で、集団的社会の潜在的な支配力による不公正な行為から利用者を保護するために著作権委員会に価格設定の権限も同時に与えたのであり、料金表を承認することは規制的な価格設定の役割の一部であるということ28)と対立するものであるとする。そして、Access Copyrightの解釈は、料金表を反競争的なツールに変え、利用者に不利益をもたらす集団的社会の支配力を高めるものであるとして、著作権委員会が承認した料金表について、ライセンスに同意していない利用者に対して強制的に適用はできないと結論づけた29。さらに、Access Copyrightの不満の原因は、料金表の性質ではなく、Access Copyrightのメンバーのために侵害訴訟を提起できないという事実から生じているのではないかとして、この問題は料金表に関する規定の解釈とは関係がなく、訴えの範囲外であるとし、Access Copyrightの上訴を棄却した30。また、ガイドラインの公正性に関しては、Access Copyrightに原告適格がないために、本件は侵害訴訟ではなく、著作権者は本件の当事者ではないことから、正当な当事者間の紛争が存在しない場合にガイドラインの公正性を評価することとなると、特定の事例に関する分析ではなく、総合的・一般的な仮定に基づいて分析されることになるため、本件でガイドラインを考慮することは不適切であるとした31。そのため、最高裁もYork大学によるガイドラインの公正性の宣言の請求が承認されないことに同意するが、それはフェア・ディーリングの判断に関する第一審や控訴審の理由付けを支持するものではないとし、それらの下級審判決には複数の法解釈上の問題があるとして、その問題点を指摘している32。下級審による分析の主な問題として、組織的な観点からのみ公正性の分析にアプローチしていることを指摘し、複製の組織的な性質とYork大学の商業的目的の意図を分析の基礎に置くことによって、利用者の権利としてのフェア・ディーリングの性質が見落とされたとする33。現代的なフェア・ディーリングの理論は、より一般的な、「著作者と著作権者が自らの著作物が市場でどのように利用されるかをコントロールする排他的権利に焦点をあてた、従来の著作者中心の観点から脱却する」34ことを反映しているとする。また、「著作権法を著作権者の権利と利用者の権利のバランスをとるものとして解釈する先鞭をつけており」35、フェア・ディーリングについての理解も例外ではないとする。そして、フェア・ディーリングは「著作権法における保護とアクセスの間の正しいバランスを達成するために用いられるツールの一つである」36ことを確認し、公衆と著作物の関係は単なる「著作者と著作物の関係の結果」37ではないとして、著作権法の公共の利益は「私的権利付与の幸運な副産物」38以上のものであり、社会を豊かにし、利用者に自身の著作物を作るツールとインスピレーションを提供する芸術的な著作物や知的な著作物へのパブリックアクセスと普及を促進することが、著作権の第一の目標であると判示した39。一方、著作権者に対する正当な対価がインセンティブとなって著作物が安定的に創作されることを保証することも事実であり、適切なバランスにより創作者の権利は認められるとするが、そのコントロールが公共の利益よりも優先されることはないとした。そして、著作権者の権利と公共の利益は相反するものであってはならず、著作権法は「創作者が知識を生み出し、産業界がそれを普及させ、利用者がそれを得て、望ましくは、それを新たな知識に再形成することを促す統合されたシステム」40であり、創作者の権利と利用者の権利は著作権の目的を相互にサポートするものであるとした41。以上を踏まえて、フェア・ディーリングの第一のテストについて、York大学の教員がフェア・ディーリングにおいて許容される教育目的で学生のために複製をしていることは本件の共通認識であるが、第二のテストにおいて、下級審が教材を利用する学生の視点を省き、組織的な視点からのみ分析にアプローチした点については、両方の視点が考慮されるべきであるとする42。また、最高裁は、下級審判決はAlberta判決における著作権委員会の主張とほぼ同様の方法で誤っていると指摘し、Alberta判決の判示内容を取り上げる。Alberta判決では、教員により作成された教科書等の短い抜粋の複製が「研究又は私的調査」目的であったかが争点となった。著作権委員会は、第一テストでは、教科書等の短い抜粋の複製は研究又は私的調査の目的の複製としていたが、第二テストでは、その複製の主な目的は「指導」であり、研究又は私的調査ではないと主張していた。しかし、Alberta判決において最高裁は、フェア・ディーリングは「利用者の権利」であり、第一のテストで許容される目的のために取引が行われているかどうかを検討する際の関連する視点は利用者の視点であるとした上で、教員が複製物を提供する目的は、生徒が研究の目的のために必要な資料を手にできるようにすることであると判示している43。また、SOCAN事件においても、行為の目的を取り扱う際の「主な視点」は「試聴する最終的な利用者」44であると説明されている45。そして、教育の文脈において重要なのは組織的な観点のみではないとし、York大学の金銭的な目的が不公正性を示すとした控訴審の判断は間違いであり、フェア・ディーリングの権利を適正に行使することにより節約された資金は、教育という大学の中核的な目的に向かい、隠された商業的な目的に向かうのではないとした。また、教員が学生の使用のために行う複製の目的は、学生の教育のためであるが、取引の公正性を判断するためには、すべての関連する事実を考慮しなければならないとした46。さらに、1つの著作物の異なる部分が複数配布され、結果的に著作物全体が配布されるおそれがあるとしてガイドラインを批判した第一審の見解は、SOCAN判決が「フェア・ディーリングは『利用者の』権利であるため、『取引の量』の要素は、集合的な取引の量ではなく、個々の利用に基づいて評価されるべきである」47と判示していることとも矛盾すると指摘した。また、「大規模な組織的行為」は「本質的に不公正」なものではなく48、多数の複製物がインターネットを通じて容易に配布され得たSOCAN事件においては、行為の「集積的」量に焦点をあてることが「非デジタル著作物と比較してバランスを欠いた不公正性の認定につながる」可能性を警告した49と指摘した。さらに、大規模な大学が学生の代わりに行う利用行為は、小規模な大学と比べて不公正という認定につながりかねないが、これは利用者の権利としてのフェア・ディーリングの性質と一致しないと考えられることから、大学の文脈においては取引の性質の要素は注意深く適用されなくてはならないとした。そして、大学のフェア・ディーリングの運用が関係する事例では、教育目的で教材を受け取る学生の権利を著作権法における利用者の権利と創作者の権利との基本的なバランスに沿って、公正な方法で実現しているか否かが問題となると結論づけた50

4.検討

本節では、York判決に対するカナダでの反応を概観し、York判決が「利用者の権利」概念に与える影響について検討する。

4.1 当事者の判決に対する声明

York判決に対して、当事者であるYork大学とAccess Copyrightは、いずれも判決当日に声明をウェブサイトに掲載している。York大学の声明では、料金表の強制力が認められなかったことを歓迎しており、フェア・ディーリングについては最高裁で判断されなかったものの、教育における利用者の権利を実現するためにフェア・ディーリングが重要であることを強固なものにしたとして、最高裁の判断を肯定的に捉えている。そして、York大学のガイドラインは、フェア・ディーリングが維持するものである著作権者の権利と利用者の権利とのバランスを反映したものであると主張している51。一方、Access Copyrightの声明では、ガイドラインにより生じた経済的利益は法廷で証明されており、最高裁はそれを覆してはおらず、また、ガイドラインを支持することも拒否しているとする。しかし、本判決は著作権委員会の役割を損なうものであり、料金表に強制力がないとしたことは、創作者が著作物を管理し、収益化することが厳しくなるとし、著作物への投資や創作を損ない、国民に不利益をもたらすものであるとして、教育機関は、創作者に対して正当な対価を払うことで、著作物を尊重するという模範を示すべきであると主張している52

4.2 カナダ法学者Michael GeistによるYork判決に対する見解

本稿では、オタワ大学の法学教授であり、York判決でもフェア・ディーリングの役割について説明する際にその論文が引用されている53ほか、フェア・ディーリングや「利用者の権利」に関する論文・書籍を多数執筆・編集しているMichael Geistが自身のウェブサイトで公開したYork判決に対する見解をカナダの法学者による本判決の受け止めの一例として紹介する。以下は、Geistのウェブサイトに掲載された記事の内容をまとめたものである54。Geistは、York判決によって、最高裁が利用者の権利を引き続き強く支持しているのかという疑問が払拭され、Access Copyrightから著作権の遵守を確保するための代替手段へ移行してきた長年の教育政策が正当化されたとする。また、フェア・ディーリングの判断については、最高裁が指摘したように、下級審の判断には複数の重要な誤りがあり、組織的観点から複製に関する分析をしたことはその中でも最も明白な誤りの一つであったと指摘する。あわせて、Access Copyrightの声明について、Access Copyrightは最高裁がガイドラインを支持することを拒否したと解釈しようとしているが、実際には著作権団体に壊滅的な敗北を与えたとし、CCH判決、Alberta判決に続き、York判決が、Access Copyrightの主張を事実上すべて覆す3部作を完成させたとする。さらに、本判決が全員一致のものであることの重要性も指摘されている。すなわち、CCH判決も全員一致であったが、CCH事件を担当した判事は誰も今回の判事の中にはおらず、Alberta判決に関わった判事も3人のみであったとし、最高裁のメンバーが入れ替わっているにもかかわらず、バランスのとれた著作権、利用者の権利、フェア・ディーリングの原則は変わっていないと指摘する。加えて、本判決では学者の論文が複数引用されており、最高裁が利用者の権利を継続的に支持していることには、カナダの知財アカデミーの活動によるところが大きいとの分析がなされている。

4.3 York判決が「利用者の権利」概念に与える影響

York判決が新たな判断を示したのは、著作権委員会が承認した料金表の強制力に関する解釈であり、「利用者の権利」としてのフェア・ディーリングについては、下級審の判断について、過去の最高裁判例や学説を取り上げて、その誤りを指摘したに過ぎない。そうした観点からすると、York判決からは、過去の最高裁判例で示された「利用者の権利」概念を超えた新たな知見を見出すことはできないと捉えることもできる。しかし、York判決の下級審判決でも過去の最高裁判例は参照されていたにもかかわらず、最高裁が指摘したように、過去の最高裁判例の誤った解釈がなされていた。これは、過去の最高裁判例が示した「利用者の権利」概念は過去の事案特有の事情が影響したものであるとして、フェア・ディーリングを狭く解釈しようとした結果と言えよう。今回、最高裁は、下級審が囚われていた「従来の著作者中心の観点」から脱却することを改めて確認するとともに、著作権法を「創作者と利用者の権利のバランスをとるもの」と解釈した上で、フェア・ディーリングは「利用者の権利」であり、「保護とアクセスの間の正しいバランスを達成するために用いられるツールの一つ」であることを確認した。そして、従来と同様に、フェア・ディーリングの解釈にあたって、広範で寛大な解釈を採用したのである。Geistも指摘するとおり、最高裁の判事が入れ替わってもフェア・ディーリングの「利用者の権利」としての考え方が維持されたことが、今後もカナダ著作権法の解釈において「利用者の権利」を念頭に置くことが必要であることを明確にしたと言える。以上から、York判決は、「利用者の権利」概念についての新たな解釈を与えるものではないものの、約10年前の最高裁による判断が現在でも当てはまることを明確にした点で意義があるものと言える。そして、「利用者の権利」概念は、カナダ著作権法において現在も考慮される重要な概念であることが、York判決で改めて明らかになったと言える。もっとも、「利用者の権利」概念を持ち出し、完全に自由な利用が可能となる権利制限の対象を拡大することが「創作者と利用者のバランス」を実現するものであるかについては議論の余地もある。前述したYork大学とAccess Copyrightのそれぞれの声明を比べると、著作権法を「権利者と利用者のバランスをとるもの」と捉える立場と、「著作者と著作権者が自らの著作物が市場でどのように利用されるかをコントロールする排他的権利に焦点をあてた、従来の著作者中心の観点」から捉える立場との対立であるようにも見える。しかし、Access Copyrightの主張は必ずしも「従来の著作者中心の観点」からのみというわけではなく、創作者に正当な対価が支払われるようにすることは、権利者と利用者のバランスをとる上でも重要なものであると考えられる。York判決も、本事案がフェア・ディーリングに該当するとは明言しておらず、SOCAN判決が「集合的な取引の量ではなく、個々の利用に基づいて評価されるべきである」55と判示していることを引用しており、個々の利用で評価した場合にフェア・ディーリングが否定される可能性は残されている。フェア・ディーリングのガイドラインがカナダの教育機関で採用されたことにより、巨額のライセンス収入が失われているという分析もあり56、教育機関でのすべての利用にフェア・ディーリングを認めて、無償での自由利用を可能とすることが「創作者と利用者のバランス」を実現するものであるのかについては疑問もある。日本の権利制限規定についても、権利制限規定に該当しない場合には、権利者は完全な排他権を持ち、利用者は全く自由な利用ができない一方で、権利制限規定に該当する場合には、利用者は完全に自由に利用ができ、権利者は報酬や利益分配を受けることができないという、「オール・オア・ナッシング」規定が多いとの批判がなされていた57。近年は、授業目的での公衆送信に関する制限規定58や、図書館資料のデジタル利用に関する制限規定59において補償金制度が採用されており、利用者と権利者のバランスに配慮した立法がなされている。「従来の著作者中心の観点」からのみ著作権法を解釈することを戒める上で「利用者の権利」概念は有用であろうが、完全に自由な利用を認めることが、「利用者の権利」概念が持ち出されたそもそもの理由である「創作者と利用者の権利のバランス」を実現するものであるかどうかについては、慎重な検討が必要であろう。

5.おわりに

「利用者の権利」は、権利者と利用者との適切なバランスを達成するためのツールとしてのフェア・ディーリングを説明する考え方であり、一般条項の導入を含めた日本の著作権の権利制限規定の議論にも何らかの示唆を与えるのではないかと考えられるものの、「利用者の権利」について扱う日本の研究はまだ少ない60。York判決が出されたことにより、「利用者の権利」概念の議論が今後充実することが望まれる。

  1. York University v. Canadian Copyright Licensing Agency (Access Copyright), 2021 SCC 32.
  2.  以下で紹介するCCH判決およびSOCAN判決の概要を日本語で紹介するものとして、谷川和幸「カナダ著作権法における『利用者の権利』としての著作権制限規定」情報法制研究4号57-68頁(2018)。
  3. Copyright Act (R.S.C., 1985, c. C-42).
  4. カナダ著作権法の日本語訳は、財田寛子訳「外国著作権法:カナダ編」公益社団法人著作権情報センター(2017年3月)(https://www. cric.or.jp/db/world/canada. html, 2021年10月22日最終閲覧)を参照した。なお、2017年以降、カナダ著作権法は何度か改正が行われているが、本稿で扱うフェア・ディーリング規定についての改正は2012年以降行われていないため、本稿でカナダ著作権法を引用する場合は、当該日本語訳を用いた。
  5. 2012年改正前の29条は、「研究又は私的調査を目的とした公正使用は、著作権侵害を構成しない。」というものであった。
  6. CCH Canadian Ltd v. Law Society of Upper Canada, 2004 SCC 13, [2004] 1 S.C.R. 339 [CCH].
  7. CCH, paras 50-60.
  8. CCH, para 48.
  9. CCH, para 51.
  10. Society of Composers, Authors and Music Publishers of Canada v. Bell Canada, 2012 SCC 36, [2012] 2 S.C.R. 326 [SOCAN].
  11.  Théberge v. Galerie d’Art du Petit Champlain inc., 2002 SCC 34, [2002] 2 S.C.R. 336.
  12.  SOCAN, paras 8-10.
  13. SOCAN, para 11.
  14.  SOCAN, para 30.
  15. Alberta (Education) v. Canadian Copyright Licensing Agency (Access Copyright), 2012 SCC 37, [2012] 2 S.C.R. 345 [Alberta].
  16. ただし、反対意見は、複製の主な目的は生徒を指導・教育する過程で利用することであり、「研究又は私的調査」とは言えないという点に重点が置かれていると考えられる(See Alberta, paras 43, 49)。この点については、2012年の改正により29条の目的に「教育」が加わったことから、本件の反対意見は現行法にそのまま当てはまるものではないだろう。
  17. Alberta, para 22.
  18. Alberta, para 23.
  19. York判決の概要を日本語で紹介するものとして、国立国会図書館「カナダ最高裁、著作権使用料の支払いとフェア・ディーリングをめぐる訴訟に判決を下す:各団体が声明を発表」カレントアウェアネス・ポータル(2021年8月17日)(https://current.ndl.go.jp/node/44614, 2021年10月22日最終閲覧)。また、本判決のフェア・ディーリングに関する判示部分の日本語訳として、兎園「第444回:利用者のフェアディーリングの権利と著作者の権利の間のバランスを言うカナダ最高裁の判決」無名の一知財政策ウォッチャーの独言(2021年9月5日)(https://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2021/ 09/post-d9a3a5.html, 2021年10月22日最終閲覧)。
  20. Access Copyrightは、The Canadian Copyright Licensing Agencyのビジネス名称である(“Terms of Use” Access Copyright Website (https://www.accesscopyright.ca/about-us/ terms-of-use/, accessed 2021-10-22).)。
  21. 2021 SCC 32, paras 5-6.
  22. 2021 SCC 32, paras 7-10.
  23. 2021 SCC 32, paras 11-13.
  24. 2021 SCC 32, paras 14-15.
  25. Canadian Copyright Licensing Agency v. York University 2017 FC 669.
  26. York University v. Canadian Copyright
    Licensing Agency (Access Copyright) 2020 FCA 77.
  27. 2021 SCC 32, para 19.
  28. 2021 SCC 32, para 58.
  29. 2021 SCC 32, paras 71-72.
  30. 2021 SCC 32, paras 74-77.
    なお、集団的侵害訴訟を容易に利用できるようにすることが適切であると議会が判断する場合には、当然著作権法を改正できるが、現行法の下では承認された料金表は同意していない利用者を拘束しないと述べている(2021 SCC 32, para 76)。
  31. 2021 SCC 32, para 83.
    ただし、ガイドライン自体が教育機関において学生のためのフェア・ディーリングを実現するにあたって重要であり、役立つことには疑いがないと述べている(2021 SCC 32, para 85)。
  32. 2021 SCC 32, para 87.
    ただし、問題に関するコメントは、フェア・ディーリングの判断を決定づけるものではなく、フェア・ディーリングは事実に基づいてのみ決定されると前置きした上で、コメントする目的は最高裁が示した法理から逸脱している部分を修正することにあるとし、実際の分析にあたっては、コメントで取り上げられていない事実や要素を考慮する必要があるとする(2021 SCC 32, para 88)。
  33.  2021 SCC 32, para 89.
  34. SOCAN, para 9.
  35. Myra J Tawfik, ‘The Supreme Court of Canada and the “Fair Dealing Trilogy”: Elaborating a Doctrine of User Rights under Canadian Copyright Law’ (2013) 51 Alta. L. Rev. 191, 195.
  36. SOCAN, para 11.
  37. Carys J Craig, ‘Locke, Labour and Limiting the Author’s Right: A Warning against a Lockean Approach to Copyright Law’ (2002) 28 Queen’s L.J. 1, 6.
  38.  Craig (n 37) 14-15.
  39. 2021 SCC 32, paras 90-92.
  40. Myra Tawfik, ‘History in the Balance: Copyright and Access to Knowledge’ in Michael Geist (ed), From “Radical Extremism” to “Balanced Copyright”: Canadian Copyright and the Digital Agenda (Irwin Law 2010), 70.
  41.  2021 SCC 32, paras 93-94.
  42. 2021 SCC 32, paras 97-98.
    もっとも、大学の複製行為の組織的性質を完全に無視する必要はなく、取引の性質や著作物に取引が及ぼす影響などに必然的に関連するとも述べられている(2021 SCC 32, para 99)。
  43. Alberta, para 22.
  44. SOCAN, para 34.
  45. 2021 SCC 32, para 101.
  46. 2021 SCC 32, paras 102-103.
  47. SOCAN, para 41.
  48. SOCAN, para 43.
  49. SOCAN, para 43.
  50. 2021 SCC 32, paras 104-106.
    なお、最高裁は、York大学が提起したフェア・ディーリングに関する事実を決定していないため、本事案におけるこの問題に答える理由はないとし、York大学による行為がフェア・ディーリングに当たるか否かの判断は下していない。
  51. barbjoy. ‘York University Statement on the recent Supreme Court of Canada decision in Access Copyright v. York University’ (York Media Relations, 2021-07-30) (https://news.yorku.ca/ 2021/07/30/york-university-statement-on-the-recent-supreme-court-of-canada-decision-in-access-copyright-v-york-university/, accessed
    2021-10-22).
  52. Robert Gilbert, ‘Supreme Court of Canada refuses to legitimize uncompensated copying by the education sector’ (Access Copyright, 2021-07-30) (https://www.accesscopyright.ca/
    media/announcements/supreme-court-of-canada-refuses-to-legitimize-uncompensated-copying-by-the-education-sector/, accessed
    2021-10-22).
  53. 2021 SCC 32, para 95.
  54. Michael Geist, ‘Copyright Vindication:
    Supreme Court Confirms Access Copyright Tariff Not Mandatory, Lower Court Fair Dealing Analysis Was “Tainted”’ (Michael Geist, 2021-08-03) (https://www.michaelgeist.ca/2021/
    08/copyright-vindication-supreme-court-confirms-access-copyright-tariff-not-mandatory-lower-court-fair-dealing-analysis-was-tainted/, accessed 2021-10-22).
  55. SOCAN, para 41.
  56. See PwC, ‘Economic Impacts of the Canadian Educational Sector’s Fair Dealing Guidelines’ (June 2015) (https://www.accesscopyright.
    ca/media/1106/access_copyright_report.pdf, accessed 2021-10-22).
  57. 上野達弘「著作権法における権利の在り方:制度論のメニュー」コピライト55巻650号17頁(2015)。
  58.  2018年の法改正で、授業目的での著作物の利用について、権利制限の範囲が公衆送信にまで拡大され、拡大された範囲については補償金制度が導入された。詳細は、井上由里子「教育ICT化推進と著作権の権利制限:著作権法35条改正について」Law & Technology 81号1-8頁(2018)等を参照。
  59. 2021年の法改正で、図書館等が利用者に対して図書館資料の一部分を公衆送信することが可能となり、当該公衆送信にあたっては補償金を支払うこととされた。詳細は、村井麻衣子「図書館での著作物利用とデジタル教科書のゆくえ」法学セミナー66巻3号28-33頁(2021)等を参照。
  60. 谷川・前掲注2、山口いつ子「表現の自由と著作権:AI時代の『ユーザーライツ』概念とそのチェック機能」論究ジュリスト25号61-67頁(2018)、張睿暎「著作物ユーザに権利はあるか」渋谷達紀=竹中俊子=高林龍編『知財年報2009』294-306頁(商事法務、2009)。また、中山信弘『著作権法』17頁(有斐閣、第3版、2020)は、「著作権法は著作者の保護という観点からの法であり、著作物の利用者(ユーザ)の権利という側面からの規定は少ない。……しかしデジタル時代において『ユーザの権利』と呼ぶか否かは別として、ユーザ側からの視点も重要である」と指摘している。

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