2021.12.13 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ブロードバンド展開を支える米国ユニバーサルサービス基金の拠出ベースを巡る議論

米国では年間80億ドルを超える連邦ユニバーサルサービス基金が運営されており、主としてブロードバンドを展開する通信事業者等への補助金として使われている。本稿では基金を支える拠出側の議論を紹介してみたい。

1.米国の連邦ユニバーサルサービス基金[1]

米国の連邦ユニバーサルサービス基金は1997年に整備された。その前年に成立した「1996年電気通信法」において、通信市場を全面的に競争市場とする方針が決定しており、「暗黙の内部相互補助」を解消する必要が生じたことがきっかけである。

「暗黙の内部相互補助」とは、長距離通話料金や企業向けの通信サービスの料金を割高に設定し、低廉な水準に設定された住宅向けの電話の基本料金の赤字を補填するという仕組みである。敷設に高いコストがかかるルーラル地域においても電話サービスを安価に提供するため、こうした内部相互補助が採用されていた。

しかしながら、通信市場を競争に開放すると、割高な料金が設定されている市場には競争事業者が参入してくるため料金が値下がりする。そうなると、基本電話サービスの赤字を補填していた原資がなくなってしまう。そこで「暗黙の内部相互補助」を「明示的な補助」に置き換えようというのが、連邦ユニバーサルサービス基金の高コスト補助プログラムである。

このように、当初は電話サービスの補助として設立された同プログラムだが、通信サービスの主役が音声通話からインターネット利用に移り変わったことから、通信政策を司る連邦通信委員会(FCC)は、2010年に「高コスト補助をブロードバンド向けの補助に切り替える」という方針を打ち出している。高コスト補助の中には複数のプログラムが含まれていて、零細事業者向けの補助もあるため、移行はまだ完了はしていないが、現在の高コスト補助は、原則としてブロードバンド(+音声電話)の補助金として運用されている。

連邦ユニバーサルサービス基金にはこの他にも、所得の低い世帯が通信サービスを利用する際の割引プログラム(低所得補助)、教育機関の情報化を支援するプログラム(Eレート補助)、ルーラル地域の医療機関の情報化を支援するプログラム(ルーラル医療補助)といった補助もある。これらの補助の合計額は、年間80億ドルを超える巨大な規模になっている。

【図1】連邦ユニバーサルサービス基金の規模と内訳

【図1】連邦ユニバーサルサービス基金の規模と内訳
(出典:FCC Monitoring Report 2021年1月公表版より筆者作成)

2.拠出メカニズムと拠出係数の上昇

連邦ユニバーサルサービス基金は事業者が支払う拠出金で賄われている。米国市場でサービスを提供する通信事業者が、拠出ベース(州際および国際電気通信収入)に拠出係数と呼ばれる比率を乗じた金額を基金に拠出する。

拠出額 = 拠出ベース × 拠出係数

ここで「州際および国際」という条件が付いているのは、同基金が連邦の制度であるためだ。米国では「州内の問題は州政府の管轄」と位置付けられており、連邦政府の規制権限は原則として「州をまたがる事柄」に限定される。そのため、州内電気通信収入に課税することは、権限の逸脱になってしまうのである。

かつて通話料金が規制されていた時代には、料金規制も連邦と州で分かれていた。同一州内で完結する通話には州の規制がかかり、州境を超える通話には連邦規制がかかるのである。そのため通信事業者は、州内収入と州際収入を明確に分計しており、その州際収入の一部を連邦ユニバーサルサービス基金に拠出する[2]

【図2】拠出ベースと拠出係数の推移

【図2】拠出ベースと拠出係数の推移
(出典:FCC Monitoring Report 2021年1月公表版より筆者作成)
※拠出係数は四半期単位で変動する。上記グラフには各年度の四半期数値の平均値を表示した。

図2に示したのが、2011年度から2019年度にかけての拠出ベースと拠出係数の推移である。この間、基金の規模はあまり変わっていないが、拠出ベースが30%以上縮小したため、拠出係数が約10パーセントポイントも上昇している[3]

3.拠出ベース見直し議論

まだ統計が出ていないので図2には掲載していないが、直近(2021年度第4四半期)の拠出係数は実に29.1%に達している。つまり通信料金の約3割がユニバーサルサービス負担金になっているのだ。このまま拠出係数が上昇していくと、基金の維持が難しくなるとの問題意識から、見直しの必要性が指摘されている。そうした動きの一つとしてFCCは今年9月、EconOneというシンクタンクのエコノミストが実施した分析レポートをニュースリリースで紹介した[4]。同レポートは、ブロードバンド普及促進のためには現在の基金では不十分であり、年額175億ドル規模への拡大が必要だとしたうえで、それを賄うために必要な拠出メカニズムを検討している。ここで検討されたシナリオは、大きく分けて2つある。1つ目は、デジタル広告収入に課税してGoogleやFacebookなど、オンライン広告で巨額の利益を上げているテック企業に負担をしてもらおうという提案である。米国では2000年代半ば頃に「インターネットただ乗り論」が注目を集めたことがある。「インフラの敷設コストを負担していないテック企業が、インターネットの恩恵だけを享受しているのはけしからん」「インフラ敷設コストを負担するべきだ」という趣旨の議論である。本提案は、かつてのただ乗り論や、近年欧州で台頭している「デジタルタックス」議論を思い起こさせるような内容になっている。2つ目はブロードバンド事業者(固定ISP)に負担してもらう提案である。米国では2000年代初頭に設備投資を促すため、ブロードバンド・サービスを「情報サービス」と位置付けて規制緩和した。そのためブロードバンドの売上は現在、拠出ベースから除外されているのだが、伝統的な電気通信収入を拠出ベースにしたままでは、先細りは避けられない。そこでブロードバンド収入をベースにした補助メカニズムに移行しようというのである。

4.今後の見通し

このエコノミスト・レポートでは、第2案は消費者料金への転嫁を通じ、ブロードバンドの普及を妨げる可能性があることなどから、デジタル広告収入に課税する方法が、「最善の政策オプション」であると結論づけている。しかし、ユニバーサルサービス基金を監督するFCCに、そのような権限があるとは考えにくい。仮にデジタル広告収入でブロードバンド展開を支援するという方向性で進めるのであれば、立法措置が必要になり激しい議論が予想される。したがってどのような方向性で決着するのかは現時点で不透明ではあるが、一つはっきりしているのは、縮小傾向にある伝統的な電気通信収入をベースにした現在の仕組みのままでは、いずれ制度自体が行き詰まってしまう可能性が高いということである。世界に類を見ない巨額のユニバーサルサービス基金の運営方法が、今度どのように変わっていくのか、注目されるところである。

[1] 本稿で取り上げるのは連邦通信委員会(FCC)が管轄している連邦の基金。このほか、州によっては独自のユニバーサルサービス基金を設けている場合がある。

[2] 最近では、通話料金は全国一律が一般的であり、州内と州際の区別のないサービスが増えている。収入の分計がなされていない場合には、トラフィックデータや「セーフハーバー比率」と呼ばれる比率を用いて、州際収入額を計算する。

[3] 年間の基金規模を当該年度の拠出ベースの金額で除した数値と拠出係数の数値には乖離がある。その理由としては、拠出ベースにエンドユーザーから徴収しているユニバーサルサービス負担金が含まれていること、基金の運営管理にコストがかかること、その他各種調整項目の存在、などがある。


[4] FCC(2021) “New Economic Analysis Bolsters Carr's Call for Ending Big Tech's Free” (https://www.fcc.gov/document/new-economic-analysis-bolsters-carrs-call-ending-big-techs-free)

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