ICT雑感:未来は予測するものにあらず、 創るものである
いつもの光景
この原稿が読まれるのは、お正月明けだろうか。年末から年始にかけて世の中では向こう1年の景気とか世相とかを予想する記事が新聞雑誌あるいはネットに多く出ているだろう。その内のいくつかには10年先、20年先を予想する記事もあるに違いない。将来見通し、未来予測の類の記事は読んでいてわくわくするし、ときにただただ不安になることもある。読者の皆さんは、新年早々、その記事で一喜一憂しながらリアルであるいはネット上で議論しているに違いない。
悲観することはない
環境問題、国際情勢という自分の手に余るようなものから、国内の経済社会の状況、新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)という身近な脅威まで世の中には悲観的な材料が満載だ。特に、2019年ごろからの国際情勢の不安定化と2020年からの新型コロナのパンデミックは、多くの人の将来に対して暗い影を落としているに違いない。一方、過去を振り返れば、何度も同じような悲観的な状況を人類は経験し乗り越えてきた。日本というアジアの片隅に位置する島国もいく度となく危機的な状況を経験してきている。そしてそのたびにわれわれは危機を乗り越え、あるいは危機から立ち直ってきたという事実もある。これまでの経験を考えれば、また、今自分たちの持つ可能性を考えれば、多くの脅威が待ち受けている将来に対しても悲観することはない。
自分、社会、国家、地球……どういう未来を目指すか
ただし、それは未来の自分をどう描くか常日頃から考えていればという前提条件付きだ。親鳥の帰りを巣で口を開けて待つひな鳥のように受け身では自分たちの将来を切り開くことは難しい。未来は与えられるものでなく、自分たちで作り上げていくものだ。自分の将来をどう描くか、それを達成するためには何をする必要があるか、自分がいる社会はどういう社会が望ましいのか、その社会を成立させるためには何をする必要があるかなど、目標とそれを実現するための課題を常日頃から持つ必要があろう。われわれは好きにしろ、嫌いにしろ、社会の中の一員として日々生活している。その社会の在りようがわれわれに影響し、われわれの生き方が社会を規定する。両者は相互に独立しているわけではなく、重なり合い、溶け込んでいる存在なのだ。それは範囲を広げても同じことだ。国家と個人、国際関係と個人、地球環境と個人、すべてのものは大なり小なり重なり合っていて影響し合っている。だから、身近なところから遠いところまで何を考えるにしても、出発点は個人=自己の在り方だ。
いかに技術を使いこなすか
今の時代、好むと好まざるとにかかわらず技術のお世話になっている。その技術は産業革命以来、われわれの生活水準を劇的に改善し、主に経済的な豊かさを実現してきた。しかし、それは一直線に発展してきたわけではない。技術を導入する側とそれに反対する側で社会的なコンフリクトが多数発生したし、多くの公害も発生している。カール・B・フレイ著『テクノロジーの世界経済史-ビル・ゲイツのパラドックス-』(日経BP、2020年)でも明らかにされているように、新しい技術が社会に受容されていく過程では、必ず社会的なコンフリクトが長期にわたって起こっている。それは避けて通れないことなのかもしれない。その過程を経て、社会も変わるし、技術も改良され続け、新しい社会が形作られることになる。これまでの歴史的な経験を踏まえれば、今のデジタルトランスフォーメーション(DX)を急速に進展させている日本社会でも、同じようなことが起こっているあるいはこれから起こることが容易に想像できる。
NTTグループのIOWN構想
さらに、DXの先にあるものとして、NTTグループが取り組んでいるIOWN構想[1]がある。この構想は、光通信や次世代のモバイル通信をインフラに、DXのさらにその先にあるこれまでとは異次元のデジタルサービスの社会実装を実現し、社会貢献しようとするものである。その究極がヒトのデジタルツインと言われるもので、サイバー空間上にもう一人の自分を再現し、そこでシミュレーションを行うことにより、社会課題等の解決に役立てようという構想である。このような革新的な技術は、社会実装されることでこれまでの通信サービスとは別次元のインパクトをもたらすことは想像に難くない。一方、社会へのインパクトは、アンビバレントな側面を持ち、負の側面を事前にどこまで小さくすることができるかが社会的なコンフリクトを防ぐポイントになると考えられる。
新しい自己観を身に着ける
これから社会実装される技術と社会との間のコンフリクトを最小にし、社会の豊かさを最大限実現させるためには今までと同じことをしていては限界があるということは誰しも気づくことであろう。ではその限界を超えるためにはどうすればよいのであろうか。その一つの糸口として考えられるのが、新しい自己観の体得である。この点は、IOWN構想の中でも出口康夫氏(京都大学)とNTTで共同研究されている[2]。年末に発売されたNTTの澤田社長自らの著書『パラコンシステント・ワールド-次世代通信IOWNと描く、生命とITの〈あいだ〉-』(NTT出版、2021年)にはその点についての澤田社長自身の考えが示されている。
新しい自己観を前提に未来を創る
現在、社会の豊かさを実現している一方で、負の側面としての社会課題をもたらしている多くの技術革新の背景には、西洋的なものの見方(西洋近代哲学)がある。つまり、社会課題を事前に解決するためには、豊かさを実現した西洋的なものの見方を保持したまま、社会課題をもたらす限界を包み込んでしまうようなものの見方が必要になる。そのようなものの見方のヒントになるのが出口氏の研究であり、出口氏も影響を受けている西田哲学だ。具体的には、西洋的な自己観に、「われわれ」を「わたし」として位置づける東洋的な自己観を取り入れることになる(詳しくは脚注にある書籍を読んでいただきたい)[3]。この東洋的な自己観は社会(われわれ)を前提にした自己(わたし)であり、より社会的インパクトの大きい技術の社会実装を具体化するためにはぜひとも必要なものの見方である。自分の行動や考えが自分だけでなく、周りに影響を与えている、あるいは周りから影響を受けている現実を考え、行動を起こす時はその影響の及ぶ範囲を自分ごととして踏まえ、行動できるかがポイントになる。つまり実態としての自分と意識の中の自分は等しい存在ではなくなる。実態としての自分が起こす行動が自分だけでなく、周りに影響を与える、さらに周りから影響を受けているとすれば、自分ごととしては実体としての自分だけでなく、影響の及ぶ周りをも自分ごととして考えることになり、意識の中の自分は実体としての自分よりはるかに大きい存在になる。そのような大きい自分を前提に考えたとき、公害や社会問題を引き起こすような技術の使い方をして未来を創ろうとは誰も考えないだろう。
2030年、2040年、さらにその先の日本社会をどう創っていくのか、そのために今何をすべきか・・・新しい自己観の下、自ら考え、自らの手で創り上げていく・・・新しい社会の創造に向けて成長していくための個人の行動が今必要とされている。
[1] IOWN構想については次のURLを参照。https://www.rd.ntt/iown/
IOWN構想を解説した書籍としては、以下の書籍を参照。
澤田純、井伊基之、川添雄彦著『IOWN構想 ―インターネットの先へ』(NTT出版、2019年)
川添雄彦監修、大森久美子著『IOWNで未来を描くNTTの研究者たち ―若さ×情熱×想像力』(NTT出版、2020年)
第三者による書籍としては以下を参照。
関口和一、MM総研編著『NTT 2030年世界戦略 「IOWN」で挑むゲームチェンジ』(日経BP 日本経済新聞出版本部、2021年)
[2] 国立大学法人 京都大学、日本電信電話株式会社「テクノロジーの進化と人が調和する、新たな世界観の構築に向けて~IOWN時代を支える生きがい・倫理・社会制度について、京大とNTTとの共創を開始~」(報道発表資料、2019年11月13日、https://group.ntt/jp/newsrelease/2019/11/13/210203a.html)
日本電信電話株式会社、株式会社情報通信総合研究所「ナチュラルな社会をめざすラボの発足~IOWN構想がもたらす新たな社会像の生活者目線での翻訳と発信~」(報道発表資料、2021年5月24日、https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/05/24/210524a.html)
ナチュラルな社会をめざすラボのWebページ。NATURAL SOCIETY LAB(https://group.ntt/jp/nsl/)
[3] 例えば、出口康夫「『わたし』としてではなく『われわれ』として生きていく」(NTT研究所発 触感コンテンツ専門誌ふるえ、2020年2月http://furue.ilab.ntt.co.jp/book/202002/contents1.html)を参照。
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