2022年1月11日掲載 InfoCom T&S World Trend Report

世界の街角から:魅惑のトルコ 後編 ~カッパドキアからパムッカレへ~



前回イスタンブールをご紹介したが、ここからが本当の弾丸ツアーの始まり。休みがほとんど取れない中、せっかくトルコに行くなら、カッパドキアとパムッカレにもどうしても行きたいと思い調べたところ、トルコの国土は日本の2倍と結構広く、3つの街はちょうど二等辺三角形のような位置関係で、イスタンブールからカッパドキアは約800km、カッパドキアからパムッカレのあるイズミルまで約850km、イズミルからイスタンブールが約500kmとなかなかの距離。これをいかに短時間で効率よく回るか、現地ツアーを色々探して見つけたのが飛行機と夜行バスを使ったツアーだった。

イスタンブール観光の翌朝、4時にホテルを出発。国内線で約1.5時間、ネヴシェヒル・カッパドキア空港へ。

カッパドキア

カッパドキアはトルコ内陸の山岳地帯に位置し、標高1,000mを超えるアナトリア高原にある、奇岩群が不思議な光景を作り出す台地。紀元前15~12世紀にはヒッタイト王国の中心でもあった。ユニークな形をした奇岩は、堆積した火山灰や溶岩が長い年月をかけて風雨による浸食と風化を繰り返し形成されたもの。「ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群」という名称で、文化的価値と自然的価値の両方を兼ね備えた複合遺産として1985年世界遺産に登録されている。

広大な台地で、移動手段も限られることから、ほとんどの観光客はツアーに参加しており、私も空港で合流した8名のグループで出発! 最初に訪れたのが、きのこ岩が一面に立ち並ぶ修道士の谷。きのこ岩は妖精の煙突とも呼ばれるが、軸の部分は色が白く、笠の部分は色が濃くなっているので、日本人はあのお菓子を想像し、キノコに見える人が多いのではないだろうか(写真1、2)。

【写真1、2】きのこ岩

【写真1、2】きのこ岩
(出典:文中掲載の写真は、一部記載のあるものを除きすべて筆者撮影)

他にもラクダに見えるラクダ岩や、3つの岩が寄り添って立つ三姉妹の岩などがあり、イマジネーションを働かせると色々なものに見えてくるのも楽しい。

【写真3】ギョレメ野外博物館

【写真3】ギョレメ野外博物館

次に向かったのが、ギョレメ野外博物館(Goreme Acik Have Muzesi)と呼ばれる、岩窟に作られた教会や修道院などがある場所(写真3)。

ギョレメとは「見てはならないもの」という意味で、イスラム教の台頭により、キリスト教徒が迫害を逃れるため岩を削って洞窟を作り、そこに教会や修道院を移し、隠れて信仰を続けていた跡が残されている。最盛期には360を超える教会等があったと言われているが、現存し公開されているものは30余り。代表的な教会には、エルマル・キリセ(りんご教会)やトカル・キリセ(ブローチ教会)、チャルクル・キリセ(サンダル教会)、カランルク・キリセ(暗闇教会)などユニークな名前がついており、中に入ると一面に色鮮やかなフレスコ画が描かれている。岩窟の内部にあり、光が通らなかったため、素晴らしい保存状態で現存している。灰白い岩肌の外観からは想像がつかない目を奪われる美しさである(写真4)。

【写真4】内部のフレスコ画

【写真4】内部のフレスコ画
(出典:Wikimedia Commons)

洞窟教会を巡ったところで、ギョレメ全体を見渡せるギョレメパノラマへ。岩窟が立ち並ぶ広大な大地は圧巻。これもまた目を奪われる光景だった(写真5)。この絶景を眺めながら、テラスでチャイを飲んでホッと一息。朝4時からの長い一日を振り返り、今夜のホテルへ。

【写真5】ギョレメパノラマ

【写真5】ギョレメパノラマ

カッパドキアには色々なタイプのホテルがあるが、せっかく行くならぜひ洞窟ホテルがおススメ。岩をくりぬいて作られたホテルはそれぞれ趣があり、貴重な体験となるはず。

夕食にはカッパドキア名物、壺ケバブを。素焼きの壺に羊肉や野菜とスープを入れて壺ごと火の中に入れ、焼いて調理する煮込み料理で、伝統的な店では壺の口を大きなナイフで割って提供される。私の泊まったホテルのレストランでも壺ケバブがあったが、壺を割るものは4人前だと言われ、1人だと普通にお皿に盛りつけて提供される。もちろん味は同じだが、やはり壺割ってもらいたいなぁと羨ましそうに見ていたら、帰り際に、明日ぜひホテルに戻って昼食を食べていけと言われた。いずれにしてもお昼はどこかで食べるのでと思い戻ってみると、なんと壺ケバブを作ってくれていた。この料理は炎の中で2時間以上焼かないといけないため、昨夜は用意できなかったので、今朝から小さめの壺を買いに行って作ってくれたのだと。せっかく来たのだから、自慢の料理を楽しんで欲しかったとの気遣いに感動! 温かい心遣いは、なにより大切な旅の思い出となった。

翌朝も早くから活動開始。まずはローズバレーのトレッキングへ。夕日で岩肌が薔薇色に染まることからローズバレーと呼ばれているくらいなので、夕方行く人が多いが、昼間のトレッキングにも最適なコース。広大な景色を眺めつつ、お花畑のような道を4km歩く。
快晴の空の下、ガイドさんとおしゃべりしながら心地よい朝の散歩となった(写真6)。

【写真6】ローズバレー

【写真6】ローズバレー

次に向かったのがオルタヒサル。中央の砦という意味で、ちょうどカッパドキアの観光スポットの真ん中に位置する。昔は要塞であり、中には小さな教会もある。現在は浸食がひどく危険なため登ることはできないが、当時はまだ頂上まで上がることができた。周辺の独特な街並みも美しい(写真7)。

【写真7】オルタヒサル

【写真7】オルタヒサル

そこから、アヴァノス(Avanos)というカッパドキアの中では大きな街へ。ここは古くから陶器の街として有名。街を流れるトルコ最長のクズルウルマク川の鉄分を含んだ赤土を使って陶器が作られている。中でも有名だと言われる工房を見学に。粘土をこね、ろくろで壺を作る工程は万国共通。その上に施される美しい色付けは繊細な作業で、トプカプ宮殿で見たような鮮やかなタイルも制作されており、すべて手書きのフリーハンドで次々と美しい文様が描かれていく。

ツアーということもあり、最後はギャラリーでのお買い物タイム。元々、陶器好きなので、興味を持って見ていたら、手ごろなサイズで気になるものを発見。じっと見ていると、師匠と呼ばれていたその工房で一番偉い先生が寄ってきて、これは僕が直々に描いたものなので是非と勧められる。ちょっと高めではあったが、モチーフが幸福の木という欧州では様々な絵画やタペストリー、クッションカバーにまで使われる人気の図柄で、一つは欲しいと考えていたものだったため思い切って買うことに。先生が直々に裏にサインをしてくれ、保証書まで付く。帰り際に「僕はもうすぐトルコの人間国宝になるはずだから、きっと価値が上がるよ!」とささやかれた。今も我が家のリビングに大切に飾っており、トルコを思い出すお気に入りの額なので、真偽は知らない方がいいのかも⁉(写真8)

【写真8】購入した陶器の幸福の木 保証書付き

【写真8】購入した陶器の幸福の木 保証書付き

名残惜しいがカッパドキアとはここでお別れし、次の目的地、パムッカレがあるデニズリへ移動。街外れのバスステーションで夜行バスを待つ。想像していたよりはちゃんとした大型のバスだったが、乗り込んでみると座席の間隔がとても狭い。これで8~10時間はなかなか大変だなぁと思っていたら、バスはアナウンスもなく突然出発。早めに乗り込んでおいてよかった。しばらくすると、皆、寝る体勢に入りリクライニングを倒し始める。全く遠慮なく、ギリギリまで倒されるので、私も同じ角度で倒さないと身体が挟まれてしまう感じ。全員がドミノのように斜めになっている状態と言えば伝わるだろうか。ちょうど隣が空いていたのでよかったが、途中トイレ休憩でバスが止まっても、座席から出るには斜めの状態のまま横に這うようにして出るしかなく、席に戻るのも前後にぶつからないように一苦労。ほとんど眠れないまま、8時間強のバス旅で無事、デニズリに到着。

時間は朝の4時。このツアーのいいところは、仮眠ホテルが用意されていたこと。予定では、すぐにホテルに入ってシャワーを浴びて仮眠が取れるというのが売りだったのだが、ホテルには着いたが、なんとフロントの人が寝てしまっており、いつまでたっても扉を開けてくれない。早朝の寒空の下、ほぼ徹夜の状態で待つのは辛かった。結局、1時間待たされやっと部屋に入ることができた。ベッドのありがたさを改めて感じた瞬間。一瞬で寝てしまったが、3時間後にはパムッカレに向かい出発!

パムッカレ

パムッカレとは「綿の城砦」という意味。この辺りは古くから綿の名産地であったこと、石灰で出来た白い棚田も綿のように白いことからパムッカレと呼ばれるようになったらしい。トルコも日本と同じく火山国であり、いたるところで温泉が湧いている。この棚田も炭酸カルシウムを含んだ温泉水が流れ落ち、長い年月をかけて石灰の棚を作り上げたもの。以前は水着を着て入浴もできたらしいが、今は環境保護のため制限されており、一部の棚の中に裸足で入ることはできる。日の光を浴び、空の色が写りこみブルーに輝く石灰棚のプールはとても美しい。ただ残念なことに、近年、温泉が枯れてきているそうで、100余りある棚すべてには水が行き届かず、一部に観光のため温泉を流しているとのこと。よく観光案内の写真で見かけるような一面に水をたたえた石灰棚という光景は今はもう見られない。これも環境破壊の影響と言われており、考えさせられる体験ともなった(写真9、10、11)。

【写真9、10】パムッカレの石灰棚

【写真9、10】パムッカレの石灰棚

【写真11】干上がった石灰棚

【写真11】干上がった石灰棚

石灰棚の上部に広がる古代ローマ遺跡であるヒエラポリスはもう一つの見どころ。石灰と豊かな温泉を求めて、紀元前2世紀頃ペルガモン大国の都市として建設された。その後、ローマ帝国に征服されたが、温泉保養地として人気を集め、テルマエ・ロマエに出てくるような古代ローマの浴場跡や円形劇場などが残っている。一角には水中に遺跡が沈んでいる温泉プールがあり、中で泳ぐこともできる。神殿の柱の上で泳ぐなんて経験はなかなかできない貴重なもの。クレオパトラもここで泳いだと言われているとか。ヒエラポリス・パムッカレも複合遺産として1988年世界遺産に登録されている(写真12、13)。

【写真12】ヒエラポリスの円形劇場

【写真13】ヒエラポリス遺跡

【写真13】ヒエラポリス遺跡

【写真13】ヒエラポリス遺跡

午前中には観光を終え、午後には再びイスタンブールへ。かなりの強行軍で睡眠時間を削っての旅となったが、たまにはこんな弾丸ツアーも楽しいもの。まだまだいける! と妙な達成感も味わえた。

旅の最後は、東洋と西洋をつなぐボスポラス海峡にかかる橋とモスクを見ながら時間を過ごした。

この橋は日本の円借款で建設されたもの。海峡にはこちらも日本の建設会社が建設に携わり2011年に開通した海底トンネルもある。トルコの人達がとても親切で親日なのは、昔からのこういった長い付き合いと交流のおかげなのだろう(写真14)。

【写真14】ボスポラス海峡とオルタキョイ・ジャーミー

【写真14】ボスポラス海峡とオルタキョイ・ジャーミー

現在のトルコは、長期にわたる集権的大統領制下におけるエルドアン大統領の権力独占により統治されているが、2023年の任期を前にポストエルドアンをにらんだ動きが活発化し、高いインフレ率や失業率にコロナ禍という社会情勢悪化の影響も受け、政情が不安定になることが懸念されている。

そのような状況にあっても、素晴らしい歴史と文化を持ち、人々は穏やかで親日国であるトルコが、西洋と東洋の架け橋として安定を保ち、世界中の人々が訪れる場所であり続けることを心から願っている。

私自身も再びトルコを訪れ、もっと広く、もっと深く、魅惑のトルコを知り感じる機会が早く持てますようにと願ってやまない。

 

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