ICT雑感:すき焼きのはずが牛丼で
少し前の話になるが、去年のゴールデンウィークに帰省した際、急に思い立って、少し遠回りをして彦根に寄ってみることにした。筆者は特に城マニアというわけではないが、彦根のシンボルでもある彦根城と言えば全国で5つしかない国宝天守の一つで、まだ訪れたことがなかったので、ちょうど毎年この時期に隣の彦根城博物館で特別公開されている彦根屏風(国宝)とともに、一度観てこようと思った次第である。
今年は5月8日から新型コロナの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じになったこともあり、ゴールデンウィークにはかなり人の動きもあったようだが、去年のこの時期は感染者数は落ち着いていたとはいえ、まだ警戒感もあって新幹線もそこまで混んではいなかった。加えて、彦根に向かった当日は生憎の雨模様で、10時頃に彦根駅に降り立ってみるとあまりに閑散としていたので、思わず降りる駅を間違えたのかと思ってしまったくらいだ。駅前に立つひこにゃんも寂しそうに見えた。
城までは駅から歩いて10分少々なのだが、ほとんど人が歩いておらず本当に城が観られるのか心配になってきた。それでも入り口あたりまで来るとまばらだが人はいる。予定の都合で午後2時前には彦根を後にせねばならず、あまり時間がない。城と屏風のどちらを先に観ようか迷っていると、売り場の方が先に博物館に行った方がいいと勧めてくれたので、素直に従い博物館に入ることにした。
ここに来るにあたって、スマホに2つのアプリ「国宝彦根城」と「ポケット学芸員」をインストールしてきた。前者は、彦根城のスポット毎の解説を読んだり動画を観たりでき、さらに攻城ゲームの利用やARを使って井伊直政の兜をかぶることもできる。後者は、現時点で159カ所もの日本全国の美術館や博物館の展示物などの解説や関連情報を、テキストや音声、画像や動画で見ることができるアプリだ。本誌2022年3月号の「コロナ下で加速した地域文化のICT 化」でも書かれているが、こうした地域の文化財をICTを活用して広く紹介する便利なツールは、今後コロナ後のインバウンドが拡大すると一層需要も増えていくだろう。
15年以上前から、貴重な文化財を詳細なデジタルデータとして記録、保存し、発信していく取り組みの推進がうたわれてきたが、高精細画面のスマートフォンと高速の通信環境が広く普及し、さらにインバウンドが拡大した(コロナ禍の間は止まっていたが)ことで、こうしたデジタルデータへのニーズも強くなっているのは間違いないだろう。実際、筆者も旅行から帰ってきた後も、「ポケット学芸員」を使って日本全国の博物館や美術館に展示されている多くの資料を見て、次はここに行ってみようか、などと考えている(外国人旅行者向けに12言語対応となっているのも素晴らしい)。
その一方で、デジタルにはないアナログの魅力も見直されており、例えばアナログレコードは、レコード針で聴く音楽の良さから、ものによってはかなりの高値で取引されているようだ(筆者は学生時代に買い集めたかなりの数のレコードを、これからはデジタルの時代だと言って、すべて捨ててしまった愚か者であるが……)。永遠に残すことが難しい儚さを求める気持ちというのもあるのだろうか。
さて、彦根屏風はと言えば、期待通りに素晴らしく、400年前の日本にタイムスリップしたかのようにも思わせてくれる細やかさと力強さを感じるもので、しばし見入ってしまった。それ以外の展示品も素晴らしく、アプリの解説も開きながら時間をかけてゆっくり観て回った。そして、天守の中を上るにはせいぜい30分もあれば大丈夫だろうと城に向かったのだが、なんと雨に打たれながらの大行列で、入場まで30分待ちの看板が。
それでもここまで来て天守を観ないわけにはいかないと思い、傘を差して辛抱強く並んだ。そしてようやく入った天守の中は、まさに戦国時代を彷彿とさせる作りと仕掛けで、必見の価値があるものだった。しかしながら、折角スマホにインストールしておいた「国宝彦根城」アプリの攻城ゲームは、現地でしかできない仕様にもかかわらず、時間がなかった上に雨のなか傘を差して使う気にもなれず、試せずに終わってしまった。
彦根城を訪問した後、近江牛のすき焼きを食べ、彦根を満喫して帰るつもりだったのだが、結局時間がなくなってしまい、代わりに近江牛の牛丼を掻き込んで駅へと走った(これはこれで美味だったが)。やはり旅に出る時は余裕を持ったスケジュールを立てないといけないと、改めて思い知った一日だった。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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