米国のブロードバンド市場の現状
本稿では米FCC(連邦通信委員会)が公表している最新の統計をもとに米国のブロードバンド市場の現状について解説する。
参照するのは2022年12月30日に公表された“2022 Communications Marketplace Report”[1]だ。通信業界と放送業界を管轄するFCCは、分野ごとにさまざまな統計データを公表しているが、数多あるレポートのなかでこれが最も包括的な文書である。2018年に成立した法律(RAY BAUM’S Act of 2018)により連邦議会がFCCにとりまとめを義務付け、2年ごとに公表されている。今回が第3次レポートで、次回は2024年末に公表の予定となっている。
1.「ブロードバンド」の定義
米国では「ブロードバンド」を定義する際の速度基準が大きく分けて3種類ある。
1つ目は「未提供地域を決定する際に用いられる速度基準」。ユニバーサルサービス基金で補助金を支給する際に、「どの程度の速度のサービスが提供されていない地域を補助金の対象とするか」という基準である。ブロードバンドを基金の補助対象にすることを決定した当初(2011~2012年頃)は下り768kbps/上り200kbpsという基準であったが、その後段階的に引き上げられ、2020年に実施された最新の競争入札[2]では下り25Mbps/上り3Mbpsという基準が採用されている。
2つ目は「補助金を受給するために提供すべきサービス速度基準」である。これは1つ目の基準と同じ場合もあるが異なるケースもある。例えば2015年に決定した補助プログラム[3]の場合は、下り3Mbps/上り768kbps基準で未提供地域を定義したが、補助金を受け取る事業者には下り10Mbps/上り1Mbps以上のサービス提供が義務付けられた。
最後が「統計データで使用される速度基準」だ。その統計で何を表現しようとするのかという意図によって異なる場合もあるが、通常は「少なくとも片方向が200kbpsを超える回線」の数値が採用されている。本稿で紹介する数値も特段明記しない場合にはこの基準に基づくものである。
2.提供されているブロードバンド・サービス
2021年末時点で米国の住宅用固定ブロードバンド回線数は1億1,554万で世帯普及率は約89%(表1)。第1次レポートが公表された2018年末時点と比較すると3年間で14.1%増加している。なお「下り100Mbps以上」を基準にした場合の加入数は8,290万回線であり18年末比24.8%増となっている。
技術別で最も多いのが「ケーブル」だ。Comcastを始めとする米国の大手ケーブルTV事業者は、1990年代のなかば頃からHFC(Hybrid Fiber-Coaxial)ネットワークの高度化に着手しインターネット接続サービスや電話サービスの提供に注力してきた。ケーブル網でデータを送信する規格(DOCSIS)は進化を続け現在の主流はDOCSIS3.1である。ギガビット級の高速サービスが提供可能になっており、多くの地域において、同じエリアの通信事業者を上回る加入者を獲得している。
次に多いのが「光ファイバー」だ。米国で通信事業者がアクセス網の光化を手掛け始めたのは2004年頃。ただし投資スタンスは事業者ごとにまちまちであり、大手通信事業者のなかで、いわゆる「FTTH(Fiber to the Home)[4]」投資に当初から注力したのは、Verizonのみであった。近年になってAT&TやCenturyLink(Lumen)も投資を本格化させてきているがカバレッジはまだ狭く、ブロードバンドの加入者獲得競争でケーブルTV事業者の後塵を拝している。
そして電話回線として利用されてきた「メタル[5]」が続く。大半はDSL(Digital Subscriber Line)であるが、一部その他の技術が含まれているようで、「DSLを含む」という表記になっている。DSLは、高速化が難しいことと伝送距離による減衰が大きいことから近年では基本的に積極販売はされておらず年々数を減らしている。しかし、光ファイバーが敷設されていない地域も多く、依然として利用者が残っている。
この他、数は少ないが、固定無線や衛星を利用したブロードバンド・サービスも提供されている。
3.ネットワーク・カバレッジ
次にネットワークのカバレッジを見てみよう。表2にブロードバンドネットワークの世帯カバー率を提供技術別に掲載した。
日本では光回線を利用可能な世帯の割合が99.7%に達しており、残りの0.3%をどうするのかという議論が行われているが、米国では様相がまったく異なる。
衛星サービスのカバー率は100%だが、それ以外の地上系ネットワークはいずれもカバー率が90%に達していない。光ファイバーに至っては2021年末時点で5割にも達していない[6]。
日本や欧州とは違い、通信インフラ建設が最初から民間企業によって担われてきた米国では、地域ごとにさまざまな提供主体が存在[7]しており、ブロードバンド・インフラもその地域の通信事業者やケーブルTV事業者の経営戦略次第でまちまちになっている。
このような地域間格差を解消するために年間数十億ドル規模のユニバーサルサービス基金が運営されているわけだが、補助金を受ける際に提供技術の限定はない。所定のサービス仕様(提供速度や遅延)を満たすことが可能であれば、光ファイバーはもちろん、ケーブルや固定無線、衛星[8]でも構わない。
4.競争の構図
米国にはかつて、地域電話会社からアクセス回線を借りてブロードバンド・サービスを提供する事業者[9]が存在していたが、2000年代初頭のいわゆる「テレコムバブル」の崩壊に伴い、軒並み経営破綻してしまった。
その後FCCが「設備ベースの競争」を重視する政策に転換したこともあり、固定ブロードバンド市場では、自らアクセス・インフラを有するケーブルTV事業者と地域電話会社が競合するというかたちの競争が主となった。ケーブルTV事業者も地域電話会社も、通常、1つの地域には1社のみであるため、多くの場合、利用者の立場からすると選択肢は2社しかない。
しかしその状況が変わり始めている。そのきっかけは固定無線である。例えばVerizonは光ブロードバンド・サービスを、自社の地域通信事業のサービスエリア内のなかで採算が取れそうな地域のみで提供してきた。そのため同社の光ブロードバンドのカバレッジは米国東海岸の一部地域に限定されている(図1参照)。
ところが近年、同社は固定無線のネットワーク整備に注力しており、従来の固定通信事業の営業地域外でもブロードバンド・サービスの提供を行い始めている(図2)。
FCCによれば、2019年末時点でVerizonの固定ブロードバンド・サービスの人口カバー率は17%に過ぎなかったが、2021年末には41%へと大きく上昇している。
したがって例えば、これまではComcast(ケーブル)とAT&T(通信事業者)の二択で選ぶしかなかった消費者が、そられに加えてVerizonの固定無線を選べるようになるケースが出てくるということである。従来の固定無線は速度が数十Mbpsという水準であり、ケーブルや光ブロードバンドと比較すると見劣りしていたが、Verizonはミリ波の帯域を使用した5G無線の展開に注力しているため、理論上は下り最大1Gbps程度の高速固定無線サービスが利用できることになる[10]。また携帯電話会社であるT-Mobileも固定無線技術を使ったブロードバンド・サービスの提供に乗り出している。
固定ブロードバンド・サービスというと成熟市場という印象が強いが、5G固定無線の登場をきっかけに、新たな競争が始まることになるかもしれない。
[1] レポートのリンク(https://www.fcc.gov/document/2022-communications-marketplace-report)
[2] Rural Digital Opportunity Fund PhaseⅠオークションのこと。
[3] Connect America Fund PhaseⅡのこと。
[4] 米国では顧客宅まで張り巡らせた光ファイバー回線のことを「FTTP(Fiber to the Premises)」と呼称することが一般的であり、本稿で引用している「光ファイバー」もFCCレポート上はFTTPと表記されている。
[5] FCCレポートでは「copper」という表記だが、日本では「メタル」と呼称するケースが多いため、本稿ではそれに倣った。
[6] ちなみにこのカバー率はセンサスブロック単位での集計である。すなわち、当該センサスブロック内のどこかでブロードバンド・サービスが提供可能であれば、そのセンサスブロックに属する世帯はカバーされているとみなされる。したがって統計上カバーされている地域に住んでいたとしても、必ずしもサービスを受けることが可能とは限らない。
[7] FCC統計によれば2021年12月時点、住宅用固定ブロードバンド・サービスを提供する事業者数は全米で2,201社あるが大半は人口カバー率が1%に満たない小規模事業者。
[8] 実際2020年に実施された競争入札では衛星通信サービス事業者のSpaceX社がサービス提供事業者として名乗りを上げ、約64万拠点についてのサービス提供について約8.9億ドルの補助金を獲得して注目を集めた。もっともその後の本格審査において約束通りのサービス提供能力が欠如していると判断されたため、実際には補助金は受け取っていない。
[9] かつて「data CLEC(Competitive Local Exchange Carrier)」あるいは「DLE
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