MWC Barcelona 2024で語られた「AI時代の通信ネットワーク」

2024年2月末にスペインのバルセロナで開催された、通信業界では世界最大規模の会議「MWC Barcelona 2024」では、世界のICT市場での事業展開を見据えて、世界中から様々な企業が参加した。その会議で語られた多くのトピックの中では、やはりAIへの注目度が最大であった。
国内メディアではごく一部しか報じられていないが、AIに関するブース展示も数多くあった。また現地講演セッションの大半で、AIに関する議論もされていたが、AIの扱いについては各社とも模索中である。本稿では主にAIの活用を見据えた通信ネットワークに関する展示や議論を紹介したい。
通信ネットワーク関連でのAI活用の展示
通信ネットワークへのAIの活用を分類してみると、①これまで人が管理・制御していた領域をAIが行う、②これまで人では管理・制御が難しかった領域をAIが行う、③通信ネットワークの新機能をAIを使って提供するの3点になるだろう。
①に関しては、従業員向けのチャットボットが典型例である(写真1)。現場作業員が、機器の操作のサポートセンターに問い合わせて判断を仰ぐ場面で、AIを活用したチャットボットが対応するなどだ。現場作業の支援では、作業員がARグラスを使って機器のマニュアルを参照できたり、サポートセンターから指示をもらったりというソリューションが過去のMWCにて展示されていたことがある。
②に該当するものとして、Ericssonのブースでは、基地局アンテナ設備が電波を吹く角度(チルト角)を自動調整するソリューションが展示されていた。基地局エリア内の利用者の混雑状況に応じて、複数のアンテナからの電波の吹き方を動的に調整することで、通信品質の向上が期待できるというものだ(写真2)。

【写真2】Ericsson社ブース展示より
(出典:筆者撮影)
また、SK Telecomは展示ブースの前面に「ネットワークAI」を据え、同社の取り組みを紹介していた。
NTTグループとの共同研究や、周回衛星によるエリアカバーのシミュレーターなど、様々な場面での活用を目指している(写真3、4)。

【写真3、4】SK Telecom社ブース展示より
(出典:筆者撮影)
前述にて紹介した①と②は、目の前の課題に対応したソリューションであり、通信事業者にとってはリソースの効率的運用に即効性が期待できる。こうしたソリューションは今後も日常的なオペレーションのあらゆるところに導入が進むのではないだろうか。
Qualcommが語った、通信ネットワークの将来
一方で、今後の通信ネットワークの在り方を考える上で主要な論点となるのは③であろう。今回のMWCの多くの講演セッションを見た限り、議論は始まったばかりの段階であり、AIを活用すること自体では意見は一致するものの、目的やスピード感は様々である。
そうした中、筆者が注目したのは米QualcommのCEOの発言である。Qualcommはこれまで長くMWCに出展・登壇してきたが、市場の先見性に長けている企業だと筆者は評価している。本稿では、通信事業者が中心のコミュニティであるGTI主催の通信ネットワークの今後の在り方についてのセッションに、Qualcomm CEOが登壇した際の発言内容の主要部分を紹介しつつ、補足を加えたい。
AIがクラウド、デバイスに通信事業者はAIのオペレーターに
「スマートフォンはこれまでで最もクラウドに接続されたデバイスですが、スマートフォンの接続性がなければそれほど有用なものではありません。私たちがコンピューティングの発展で見てきたことですが、コンピューティングはメインフレームの集中型コンピューティングで始まり、クラウドへ進み、分散コンピューティングに移行しました。私たちは1つの非常に大きなコンピューターを作りましたが、その中間にはネットワークがあります。AIがクラウドで発展を続けていますが、同時にエッジ側のコンピューティングデバイス、消費者のスマートフォンや他の機器においても発展しています。そして我々は、AIがハイブリッドになる未来を見ています」
Qualcommという企業が、スマートフォン向けのチップで市場を牽引し現在の地位を築いたことを考慮すると、ややポジショントーク感は否めないものの、クラウドのAIとデバイスのAIをつなぐ通信ネットワーク、という姿は容易に想像ができる。
「通信事業者が自分たちのネットワークの進化をどのように捉えているか、また、大規模言語モデルに関連する多くのユースケースについて現在議論されています。写真撮影や検索などいくつかのユースケースも出はじめており、チャンスは非常に広がっています。通信事業者もこうしたトランスフォーメーションの一部であり、実際にはAIのオペレーターというトランスフォーメーションの一部です。」
実際にHuawei(華為技術)の展示ブースでは、既存の絵画の画像から、生成AIがその周辺の画像を拡張して生成し、その中に個人を撮影した写真画像を埋め込むといったデモ展示を行っていた。Huaweiでは、こうした新しいコンテンツ作成が広がることで通信トラフィックが今後さらに大きく伸びるとの見方を披露している。
なお、図1はHuaweiブースにて筆者が体験したものだが、中央部分(全体面積の10%以下)がモネの『サン・タドレスのテラス』(図2参照)の絵画となっており、その周囲を生成AIが作画している。左側のベージュのスーツ姿の人の顔が、筆者を現地で撮影した写真からの取り込み画像だ。

【図1】生成AIが拡張して描いた画像
(出典:Huaweiブースにて筆者が体験)

【図2】モネの『サン・タドレスのテラス』
(出典:ニューヨーク・メトロポリタン美術館のウェブサイトより
https://www.metmuseum.org/ja/art/collection/search/437133)
通信事業者のネットワークAPIは生成AIが活用する
「通信事業者(のネットワーク)に生成AIをどのように適用するかについても非常に興味深いことを考えています。通信事業者のネットワークで、複数の種類のデバイスとトラフィックを接続する非常に動的なネットワークについて考えてみてください。そして、このネットワークのデジタルツインを作成し、生成AIモデルを適用して、ネットワークの運用とディメンションについての考え方を再定義することを考えてみてください。我々はクラウドで開発した技術を活用していくつかのデモンストレーションを示してきました。ネットワークからのデータをデジタルツインで処理し、それに言語モデルを適用し、実際に画面上に表示するなどです。インタラクションの方法が全く変わります。あなたがネットワークに対して尋ねたり、ネットワークに対して行動を起こしたりすることができるようになります。ネットワークとの会話は、APIを使ったネットワークの開放と、そこに存在する機会に密接に結びついています。私は生成AIによって、通信事業者がビジネスを運営する方法を変える素晴らしい機会があると見ています」(写真5)

【写真5】Qualcomm登壇時資料
(出典:筆者撮影)
Qualcommは様々なデバイスがもたらすトラフィックパターンと生成AIを活用して、通信ネットワークの設計、更新を行うというユースケースを提案している。また、デバイスと通信ネットワークとの会話は、現在世界の通信事業者が推進しているAPIの開放により大きく変わるとしているが、これはデバイスにAIが搭載される前提で、AIが通信ネットワークの機能を活用するためにやりとりをする姿であると理解できる。
5Gを、来るべき6Gコンセプトのための準備と捉える
「(5G以降のイノベーションについての問いに)5Gの次に6Gが来ることは明らかです。(中略)5Gの導入初期には『5Gの話はしないでください。まだ4Gの展開と収益化に集中しています』と通信事業者は話していました。そして現在、『次のことを話さないでください』という会話になっています。ですが幸いなことに、6Gはすぐそこまで来ています。通常、新しい世代は10年ごとに登場します。2030年はそう遠くはないのです。グッドニュースは、それが5Gの基盤の上に築かれているということです。通信事業者が必死に投資した5G資本は6Gに引き継がれます。そして、6Gは全く新しいコンセプトになるでしょう」
Qualcommは通信事業者に対し、5Gへの更なる投資を促すスタンスであるが、その5Gは現在の市場ニーズではなく、今後6Gのコンセプトが構築され、5Gネットワークは6Gネットワークに引き継がれるため、ネットワーク投資を継続すべきとしている。通信事業者の5G投資へのスタンスは地域差が大きく、財務面で余力がなく、かつ規模の経済が効きにくい欧州では、投資回収で多くを見込めないとして5G投資に積極的な姿勢が見られないが、この発言はこうした姿勢へのコメントとして理解できる。
5GとAIが通信ネットワークのコンセプトを拡張する
「これまでに何が起こったかというと、ネットワークの役割は、異なるすべてのデバイス、最初は人を、次にすべてのものを接続することでした。(中略)そして今、通信ネットワークはセンシングの能力を持つことができ、ネットワークで何が起こっているかをリアルタイムで理解することができ、そしてAIが適用される。これがセンシング・コネクティビティ・ネットワークについての考え方の基礎だと思います。そして、それは5Gの上に構築され、5GとAIの変換(conversion)として現れる。5GとAIはエキサイティングな未来だと思います」
6Gに向けた通信方式の技術開発の中で、通信ネットワークはセンシング機能を持つというコンセプトが提示されている。移動通信ネットワークはデバイスの位置情報を随時把握する必要があるが、これをわずかな誤差で高精度に把握する機能がそれに該当する。位置以外の情報も通信ネットワークが検知できるようになれば、デバイスとその周囲で何が起こっているかを把握し、そこにはAIが適用されているという姿は、会話のためにつなぐ、という従来の通信ネットワークのコンセプトを拡張するものである。
通信事業者も、市場に合わせ自らが変化すべき
「通信事業者がネットワークを収益化(monetize)するための新しい機会を作り続けることは、どんなものであれ、できないのではないか、という指摘がありますが、(中略)それは通信事業者に限ったことではありません。すべての産業、またわが社でも、常に自己変革を遂げなければなりません。Qualcommにとって最も急成長しているビジネスの一つは、自動車という新しいコンピューティング領域です。中国の新しい自動車を見ると、それは完全にデジタル化された異なる製品です。自動車はconnectedであり、新しいコンピューティングスペースとなり、伝統的にデジタルではなかった企業がデジタル企業になっています。彼らは新しいスキルを学んでおり、多くの自動車会社がソフトウェアの専門家を雇用しています。これは通信事業者のコミュニティにも当てはまると思います」
今回のMWCでも、5Gのマネタイズをテーマとした講演セッションが開催されていた。それはすなわち、5Gのマネタイズが現在でも業界の課題となっていることの表れである。そうした中、Qualcommは新たな市場領域が広がっていること、それは通信ネットワーク起点ではなく他業種におけるデジタル化が起点となっていると指摘しており、市場の変化に自ら適応することの必要性を通信事業者に対して伝えている。
通信ネットワークによる新たな付加価値提供を目指す中国移動
「昨日の会議で非常に興味深い用語を聞きました。それは『コンピューティリティ(Computility)』と呼ばれるものでした。つまり、ネットワークはコネクティビティとセンシング機能に加えて、コンピューティング・エンジンにもなるというものです。私は通信事業者がAPIを備えたオープンネットワークのアイデアを推進し続け、生成AIを受け入れる必要があると思います。生成AIはデバイス上のユーザー体験やPCの使い方を変え、PCをさらにconnectedにするでしょう。それはあなたが自動車に話しかける方法を変え、産業を変え、ネットワークビジネスの運営方法を変えるでしょう。待つべきではありません」
Qualcommが引き合いに出した「Computility」は、China Mobile(中国移動)が提唱する通信ネットワークのコンセプトである。China MobileはCEO講演においてもこのコンセプトを説明しているが、そこでの発言はプレスリリースとして公開されており、その一部を以下に紹介する。
「将来的には、情報の生成と利用の主体が人間中心から『人間、機械、物』へと急速に拡大し、情報基盤設備も接続を支えるものから、情報の感知、伝送、保存、処理を一体化したものへと変化します。China Mobileは『データネットワークの統合』を推進し、(中略)データ、コンサルティング、ガバナンス、アプリケーションなどのワンストップソリューションを提供し、大量の多次元データのリアルタイムでの高効率かつ安全な相互作用を支援します」
「『算力ネットワークの統合』を進め、算力ネットワークの産業実践を深化させ、算力ルーターなどのキーテクノロジーを開発し、算力ネットワークの一体的なスケジューリング、オーケストレーション、最適化を強化し、各種の算力リソースを総合的に利用します」
「『智能ネットワークの統合』を推進し、5G Advancedおよび6Gの研究開発を体系的に展開し、新型ネットワークアーキテクチャー、感知算一体、等のテクノロジーを攻略し、没入型、知能化サービスシナリオを強力にサポートします」
China Mobileのコンセプトは、通信ネットワークに計算能力(算力)と知的能力(智能)を具備させることで、今後の高度な利用シーンを支える基盤を提供するというものである。China Mobileの展示ブースでも、このComputilityに関するスライドを掲示していた。それほど多くの参加者が集まっていた印象がないChina Mobileのブースであったが、細かく見てみるとその先進的な取り組みには注視すべきものが多かった(写真6、7、8)。

【写真8】Computing-aware Traffic Steering対応機器の発表模様
(出典:ZTE報道発表より https://www.zte.com.cn/global/about/news/
china-mobile-and-zte-launch-the-first-computing-aware-traffic-steering-cats-router.html)
通信ネットワークの機能をAPIを通じて開発者に開放し、ネットワークの外部から活用してもらうことで新たな付加価値を生み出そうという取り組みは、昨年のMWC Barcelona 2023以降このイベントで前面に出ている動きであるが、Qualcommの見解や他のセッションでの議論から、API開放の動きはAIの広がりによって後押しされるというシナリオも見えてくる。AIを活用する開発者がネットワークAPIを積極的に活用するようになれば、通信ネットワークに求められる機能がこれまでとはまた違ったものになる可能性があり、それは6Gのコンセプト作りと技術開発に影響を与えることになるだろう。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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