NWと端末を徒然なるままに思う
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1.昨今の端末の状況
先日、iPhone 16が発売された。数年前に携帯電話端末を新しいものに買い替えたとき、10万円ほどの端末価格に対して高くなったなぁと感じたが、今回のiPhone 16はそれをさらに上回り、20万円近くに高騰している。(経済成長率の低い日本では特に)簡単には買い替えられない域にまで、価格が上昇しているのではないか。また、携帯電話端末に加え、AR端末も同様である。本格的AR端末をGoogleが発売したが20万円前後の価格帯であり、やはり携帯電話と同様、便利ではあるが高額という印象である。それも普及が進まない理由のひとつではないかと考える。
一方で、携帯電話端末は、音声、データ送受信、カメラ、位置情報、決済、売買、SNS等、生活に必要な非常に幅広い機能を有しており、生活になくてはならないインフラ的な位置付けとなっている。高額とはいえ、携帯電話端末なしでの生活は考えにくいほど日々の活動に深く浸透しているのが現状である。例えば、携帯をどこかに置き忘れたときの不安感、携帯がつながりづらくなったときに感じる不満を想像するとお分かりになると思う。今後ますます、生活の中で重要な役割を果たしていくと想定されるが、現状の高価格、また今後さらに価格が上がっていくであろうことが、市場の成長、ひいてはユーザーにとっての利便性アップのボトルネックになるのではないだろうか。
2.昨今のキャリアの状況
ところで、端末を使うフィールドを提供しているNWキャリアの昨今の状況はどうか? AT&T、Verizon、T-Mobile、Orange、Deutsche Telekom、Telefonica、NTT等、かつての通信の担い手であったNWキャリアは、高速、大容量という観点では新しいサービスを矢継ぎ早にリリースし、10年おきに、キロ→メガ→ギガ→テラと進化させてきた。一方で、利用者数は、固定では飽和状態に、モバイルでも大きな拡大が見込みにくい状況にまで普及しており、今後、面的な拡大による収益増は期待できない状況になっている。また、通信回線自体のコモディティ化により、増速しても大きな収益増になりにくいマーケット構造になっている(逆に増速や設備増設により、収支を圧迫するような状況も見受けられる)。
こうした状況の中、ご存じのとおり、ソフトウェアの進化により、スイッチ、ルーター、基地局の内部をソフト制御できるようになり、通信キャリアでなくても、NWの提供がある程度可能となった。通信の領域に、GAFAM等が侵食し、提供価格に影響力を持ちうる状況になっている(保守等も考慮すると、GAFAMが広域で、自らNWサービスを提供するところまではいきついていないが)。先日のMWC(モバイルワールドコングレス)でも、NWの収益性、効率性を同時に達成するようなパラダイムシフトが必要とのコメントを出したキャリアもあり、NWキャリアは総じて、成長の道筋が見えておらず(成長が想定されても非常に限定的)、NWの上でビジネスを提供するIT企業の後塵を拝していると言える。
3.通信業界のこれまでのトレンド
通信の起源は、のろし、飛脚、手旗信号等ともいわれているが、機械化されてからは交換機による集中処理型(センター型)が初期の形態である。初期形態ではユーザー側の端末は音声の入力、出力のみの単純な機能であり、当該電話番号につなぐ処理は交換機側で一元的に実施してきた。そのあとデジタル化が進み、デジタル技術を利用することで、つなぎたい電話番号に、より効率的につなぐ処理を行えるようになり、ユーザーに正確で迅速なサービスを提供できるようになった。コンピューターの世界も初期段階では、ユーザー端末での基本的なデータの入力、出力のみを実現しており、それらに必要なデータの加工は、メインフレームで処理する仕組みをとっていた。そのため、電話もコンピューターも、センター側が全体をコントロールし、ユーザーの利便性向上を図ってきた。結果として、キャリアやメインフレームの事業者がマーケットをリードし、企業としても発展していたと考える。
一方、デジタル化の進展は端末側の処理能力を飛躍的に向上させ、その結果、個別のユーザーニーズに対し様々なサービスを、センター側の機能に依存することなく端末側の機能として実現できるようになった。また、電話とコンピューターはNW的にも端末的にも融合し、その区別がつかないようなサービスを提供できるまでに変容している。これまで力を持っていたのはセンター側の企業であったが、新しいサービスではMicrosoftのように端末側の企業がより力をもつようになってきた。携帯電話もAppleやGoogleなど端末側の企業が業界をリードする状態となっている。しかも、クラウド等の仕組みでも分かるとおり、端末だけでの処理に頼るのではなく、センター側とのコンビネーションにより、ユーザーにとって一層役立つサービスを提供している企業が増えているというのが現実だと言える。
まとめると、現在成長している企業はNWを提供するNWキャリアではなく、NWキャリアが提供するサービスを前提にデジタル技術の活用により端末側のサービスを強化し、かつサービスを利用するユーザーとの接点を持っているGAFAMに代表されるようなIT企業となった。新たなサービス、マーケットを作る企業の成長はセンター側から移行し、端末側の企業で起こっているのである。一方で、課題も見えてきている。既に価格のことには言及したが、今後新たなサービスの実現に向けては、端末での処理遅延、大容量化の限界等といったハードルが顕在化しつつある。
4.次のトレンドは?
現在、端末企業がマーケットをリードしているが、端末の高価格化によるユーザー負担の増加、端末の高機能化およびサービスの高度化によるNW遅延、大容量化の限界等を踏まえ、次世代サービスの実現に向けては先行きが見通せない状況となっている。また、前世代でマーケットをリードしてきたNWキャリアは、既述のとおり、回線速度のみの発展によりIT企業の後塵を拝し、成長のシナリオを描けていない。また、日本目線でいうと、端末市場は海外企業の提供する製品がシェアのほとんどを占めるため、貿易収支という観点から、そうした海外企業のこれまで以上の拡大やNWキャリアへの侵食は、現在の輸入をさらに促進することとなるだろう。そうなれば、技術、サービスの発展を海外企業に依存することになることも考えると、日本という目線で俯瞰すれば、国内企業が活躍してほしいのではないだろうか?
翻って、現在の端末の課題(価格高騰、高機能化によるNW負荷拡大)を解決するためには、大きく進化を遂げた端末側での更なる発展ではなく、NW側への機能具備に重点を置くというのはどうだろうか? 需要に応じたNW運用により、効率的な使い方を実現するネットワークスライシング技術は既に実用化されているが、今後はIOWNの光電融合チップで速度は100倍、電力消費は1/100に、遅延は1/200になる。また、セキュリティソフトのアップデート不具合というインシデントがあったが、これを防ぐための機能を端末だけではなく、NWにも具備させるという方策もある。この方策を進めることにより端末での処理の負荷は低減され、当然価格も抑えることが可能になる(NW側での利用料金にオンされると考えられるが、割り勘効果も働き端末の低価格化を相殺するほどは高くならないのではないか)。
日本目線でいうと、端末の価格が抑えられれば貿易収支的には輸入額の減少となる。さらには、NWキャリアとしてはサービス上のユーザーとの接点を得て、今度はセンター側からマーケットをリードしていくことになるため、次の成長のシナリオを描けるかもしれない。あるいは、AIの処理を行う端末側のスペックに適合するNWの必要性が各分野で話題に上っていることから、AI端末用のNWをNWキャリア自身がリードしてはどうかとも考える。そんなことに思いを馳せながら徒然なるままに筆をとらせてもらった次第である。
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