世界各国におけるSNSの影響力と情報判断力
2024年は多くの国で「選挙の年」だった。SNSが世界各地における人々の社会行動に対して大きな影響を与えていることが報じられて久しい。日本ではこれまで、SNSが選挙結果を左右するほどの大きな影響があるとは見られていなかったようだが、今年の兵庫県知事選や名古屋市長選では、SNSで虚偽情報が広がるなどの問題が起き、東京都知事選ではSNSを活用した新人候補が躍進するといった現象が注目を集めた。
世界では、米国(2021年)、ブラジル(2023年)などの国が、SNSの呼びかけに応じた群衆の活動により、一時は社会の不安定化につながりかねない事態を経験したことは記憶に新しい。一部の国ではSNSが拡散するフェイクニュースへの規制を含む制度上の対応を行っている(表)。
しかし偽情報の規制は、表現の自由や政治活動への制約につながりかねないため、規制導入を巡っては「偽・誤情報」を標的にする法律という形をとることは難しい。SNSは人々のマインドにどのくらい影響を与えるのか? 投票行動を左右するほどの力を持つようになった理由は何なのか?
SNSの高い利用度
民間の公開する統計Data Reportal[1]によると、ネット接続時間に占めるSNS利用時間の割合は日本、韓国の2国では20%台前半と他国よりも比較的低いが、それより高い20%台後半には台湾、香港、豪州を含むアジアの国・地域の他、スウェーデン、オランダなど一部の欧州の国が含まれる。さらに30%から「世界平均」の35.9%までの区間には米国と、英独仏主要国を含む残り多くの欧州諸国が入る。世界平均を超える国々には東南アジアのインドネシア、フィリピンや、インド、中国、ブラジルを含む中南米諸国など人口大国が入っている。この統計にしたがえば、日本や韓国は世界的にはSNS利用度の低い国ということになる。
SNSの利用度高低の背景として、利用者の年齢、所得との関係性の他、教育水準などが考えられるだろう。また、ニュース情報の獲得におけるSNSの利用割合が多いほど、オールドメディア(新聞、TV、ラジオ)の利用が少ない、あるいは信頼度が低いのかも興味がわくところである。
OECDのTruth Quest調査
SNSからの情報は社会全体に対しても同じくプラス、マイナスに作用する可能性がある。ネット社会の定着初期は、ネット利用によって、オールドメディアからだけではない豊かな情報量の入手が可能になったといわれたものである。伝統的なメディアからSNSプラットフォームまで、社会がますます複数の情報源にさらされるようになるにつれ、個人はこの複雑な環境をナビゲートするためのツールとスキルを身につける必要がある。現在興味深いのは、SNS情報消費の高まりが、人々の情報真偽の判断に与える影響である。
OECDは、本人が自覚するオンライン上の虚偽コンテンツの識別能力と、実際の識別能力との間には相関がないとする報告書[2]を発表した。“Truth Quest Survey”というこの報告書によると、オンライン上で虚偽や誤解を招くようなコンテンツを識別する人々の能力は、調査で測定された能力と相関がない。すなわち、フェイクニュースを見た、あるいはフェイクニュースを見分ける自信がある——といった本人の回答は、見たものが実際にフェイクニュースだった、あるいは、回答者に見分ける能力があるといった事実を必ずしも表さないことになる。
OECD Truth Quest Surveyは、21カ国でオンライン上の虚偽および誤解を招くコンテンツを識別する能力を測定している。5大陸で合計40,765人がTruth Questの調査に参加した。回答者は、60%の確率で真実と虚偽のコンテンツを正しく識別することができた。以下に、同報告書で報じられている内容をいくつか紹介する。
ニュース情報の信頼度 消費パターン
ニュース情報源の一般的な傾向を見ると、世界的に平均してニュースメディア系のウェブサイト/アプリとTVが最も頻繁にニュース源として使われており、近接してSNSが後に続いている。回答者の70%がこれら3カテゴリから時々あるいは頻繁にニュースを得ていると答えた(図1)。しかし国別では大きな差もある。ラテンアメリカ諸国(コロンビア、メキシコ、ブラジル)では、85%以上の人々がSNSからニュースを頻繁に入手するか、時々入手している。ポルトガルと合わせると、これら4カ国では半数以上の回答者が頻繁にSNSからニュースを入手している。一方、ドイツ、日本、英国では、SNSからニュースを頻繁に入手する、または時々入手する人の割合は60%以下である。ニュースの情報源を理解することは、国レベルでのメディア・リテラシー戦略、プログラム、政策の的を絞る上で重要である。
OECDがウェブサイトで公開する図(Truth Quest Surveyの結果に基づく)が示すように、SNSをよく利用するラテンアメリカの国とポルトガルでは、そのニュースに対する信頼度も高く、利用度の低い英国や日本では信頼度が低い(図2)。いずれにおいても、SNSは若年層と高年齢層で寄せる信頼の間に開きがある。
SNSはよく利用されている一方、最も信頼されていないニュースソースでもある。平均57%の人がSNSをニュースソースとして、あまり信頼しない、あるいはまったく信頼していない。対照的に、ソーシャルメディア上のニュースを非常に信頼している人はわずか9%である。対象国全体を通じて、最も信頼されているニュースは公的なニュース源(TV、ラジオ)のもので、これにニュースメディアのウェブサイト/アプリが続いている。

【図2】ソーシャルメディアサイトやアプリからのニュースを信頼する成人の割合(年齢別)
(出典:OECD https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/disinformation-and-misinformation.html)
コンテンツの真偽判断力スコア(Truth Quest score)との比較
調査では被験者に対して、情報の真偽を判定する能力を計測するためのゲーム形式のテストを行った。被験者の下す正・誤の判断とファクトチェック済みデータベースの真偽値を突き合わせるものである。
- 各国間の平均では、SNSのニュースを大いに信用している人の真偽判断力スコア(54%)はあまり信頼していない、あるいはまったく信頼していない人のスコア(62%)に比べて低かった。
- 回答者は、60%の確率で真実と虚偽のコンテンツを正しく識別することができた。一方、コンテンツが真実であることを見抜くことは、コンテンツが虚偽であると判断することよりも、平均して困難であった。
調査のこの成果について報告書は以下のようにまとめている。
「興味深いことに、ネット上の虚偽やミスリーディングなコンテンツを見分ける能力に自信がないと答えた回答者も、自信がある回答者と同様に、そのようなコンテンツを見分ける能力は同じだった。この結果は、Truth Questが調査した21カ国すべてで同じであった。このことは、人がネット上で虚偽や誤解を招くようなコンテンツを見分ける能力とその人の自信とは関連性がないことを示唆しており、この分野における認知度調査の利用に疑問を投げかけるものである。さらに、虚偽やミスリーディングなコンテンツを見たことがあるかどうかを尋ねる認知度調査は、人々が気づかないうちに虚偽のコンテンツに遭遇する可能性があることを考えると、信頼性に欠ける可能性が高い。」
SNSへの情報依存度が高い社会の真偽判断力スコアの傾向はどうだろうか。調査結果では、ソーシャルメディアからニュースを入手する回答者の割合が高い国ほどスコアが低い(図3)。逆にスコアが最も高い国は、ソーシャルメディアからニュースを入手する人の割合が最も低い。

【図3】各国における 真偽判断力スコアとSNSから頻繁に情報を得る成人の割合
(出典:OECD(2024)、“The OECD Truth Quest Survey: Methodology and findings”)
虚偽情報を見分けられるとする自信度合いの傾向
ほぼすべての国で、半数を超える回答者が、ネット上の虚偽や誤解を招くようなコンテンツを見分ける能力に「とても自信がある」または「ある程度自信がある」と回答している。例外は日本で、「自信がある」とした回答者は半分に満たない(47%)。
他方、平均して自分の能力にあまり自信がない(24%)と答えた人の割合は、とても自信がある(16%)と答えた人を一定程度上回り、この傾向は調査対象国の半数以上で見られた。日本では、「あまり自信がない」と回答した人の方が、「とても自信がある」と回答した人の10倍も多かった。
以上は日本人がオンライン情報一般の真偽性に対し、他国と比較して慎重であることをうかがわせる(図4)。また、自己の判断力について相対的に控えめに評価する傾向があるといえる。
調査結果データの詳細からは、社会階層ごとの自信についての洞察が得られる。自信は学歴や所得水準とともに高まる傾向がある。男女別では、どの国でも男性の方が女性より自信があり(+7ポイント)、4カ国ではその差が10ポイントを超えている(日本(15ポイント)、ドイツ(14ポイント)、スイス(14ポイント)、ポーランド(10ポイント))。年齢別では特に顕著であり、18~24歳と65歳以上では、平均して18ポイント以上の自信の差がある。言い換えれば、ネット上の虚偽や誤解を招くコンテンツを見分ける能力において、若年層は高年齢層よりも自信がある傾向がある。
虚偽/ミスリーディングなコンテンツのタイプ別スコア傾向
各国のスコアはコンテンツのタイプ別で大きく傾向が分かれている。OECDは虚偽/ミスリーディングな情報を、偽情報(欺く意図をもって作成された情報)、誤報(意図せずに拡散された誤り情報)、文脈の欺瞞(記事内容と合致しない見出し、本来の意図を捻じ曲げた語り口など)、プロパガンダ、風刺の5タイプに分類している。タイプ別のスコアについて報告書は以下の特徴を挙げている。
- 5種のコンテンツのうち風刺は簡単に見分けられるが、残りのタイプ別スコアには国ごとに開きがある
- 欺く意図で作成され、流布されたコンテンツ(偽情報)は、一般的には虚偽であると特定しやすい。
- 誤報、文脈の欺瞞、真のコンテンツは、回答者にとって平均して検出が難しいタイプのコンテンツである。
- 文脈欺瞞のスコアは、すべての国で総合スコアより低い。
- プロパガンダのスコアは、各国の総合スコアの上方、下方それぞれに散らばり、ブラジルではプロパガンダは虚偽とみなすのが最も難しいコンテンツタイプであった。
- 真実コンテンツのスコアは、国によるばらつきが最も小さく、上位は日本の51%から下位は米国の63%であった。日本とフィンランドでは、真のコンテンツを識別するためのスコアが、それぞれ総合スコアよりも低かった。(図5)

【図5】情報タイプ別真偽判断力スコア~ 真実、文脈欺瞞(contextual deception)、平均
(出典:OECD (2024), Ability of adults to identify the veracity of online news", OECD Going Digital Toolkit, based on the OECD Truth Quest Survey, 2024, https://goingdigital.oecd.org/indicator/80より編集)
上記から、調査対象全体について、欺く意図をもった情報は比較的容易に識別されるが、誤情報、文脈欺瞞は真実のコンテンツと見分けがつきにくいという傾向がある。また、プロパガンダの影響を受けやすいかどうかは各国ごとに異なり、調査時点における社会情勢との関連が、今後の考慮対象になるかもしれない。
日本の全般的スコアは、調査対象国の平均のやや上位につけている。傾向としては、情報の正誤判断における慎重さ、および自らの判断能力に対する慎重さ(自信のなさ)といえるようである。これは時に真実のコンテンツを否定する傾向につながりうる。しかし、日本は偽情報の見分けは比較的「得意」な社会でもある。
OECDは「誤報や偽情報に対抗する特効薬はないが、メディア、デジタル、市民リテラシーを通じて社会のレジリエンスを構築する長期的かつ体系的な取り組みは、個人が批判的思考力を養い、偽情報や誤解を招く情報の拡散を特定し、それに対抗できるようにすることを目指すべきである。」と述べている。事前規制が難しいこの分野では、スキルの育成には人と社会の教育と成熟が必要である。メディア教育に関しては、日本では自らファクトチェックを行い、情報の真偽を確かめる習慣を持つ人が少ないとする報告がある。先の選挙でSNS影響力の急成長があらわになった今、反省しきりの新聞メディアに対しても研鑽を期待したい。
[1] Data Reportal, October 2023 https://datareportal.com/reports/digital-2023-october-global-statshot
[2] OECD (2024), “The OECD Truth Quest Survey: Methodology and findings”, OECD Digital Economy Papers, No. 369, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/92a94c0f-en.
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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