2025.1.30 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

世界のインターネット投票 ~中米パナマの試みとそのシステム~

はじめに

デジタル化が進む現代社会で、選挙プロセスのオンライン化が注目を集めている。本誌ではこれまで、エストニアなど先進各国の事例を紹介してきた。今回は中米の新興国、パナマに焦点を当てたい。

1989年の民主化以降、パナマは選挙制度の近代化を進めてきた。2024年5月の大統領選挙では、在外居住者や国内の特定職務従事者を対象に、インターネットによる事前投票を実施している。この規模は限定的ながらも、実践的なモデルとして示唆に富んでいる。

同国憲法第129条は「選挙権は市民の権利かつ義務」と定め、日本と同様に選挙における自由、平等、普通、秘密、直接の五原則を掲げている。日本でも在外選挙人を対象としたインターネット投票の導入が検討される中、これらの原則をデジタル環境でいかに担保するか、特に改ざんや二重投票の防止、なりすまし対策、サイバー攻撃への対応などは共通の課題である。

そこで本稿では、パナマにおけるインターネット投票の背景と実現過程を振り返り、2024年の大統領選挙で運用されたシステムの特徴と課題を検証する。

パナマの政治体制と選挙制度の変革

パナマは三権分立を基盤とする大統領制の共和国家であり、5年ごとに統一選挙が実施される。この統一選挙には、大統領選挙、国民議会選挙、地方自治体選挙、中米議会選挙が含まれ、その運営は独立機関である選挙裁判所が担っている。インターネット投票は、これらのうち大統領選挙に限り運用されている。

1968年のクーデターにより軍事政権下に置かれていたパナマは、1989年の米国による軍事介入を契機に民主体制へと移行した。この民主化の過程で、2009年の大統領選挙から在外投票制度が導入され、郵便投票がその手段として採用された。当時、インターネットの活用は主に在外選挙人名簿「RERE(レレ)」への仮登録手続きにとどまっていたが、これが選挙制度デジタル化の第一歩となった。

2014年には、在外居住者向けにインターネットで完結する事前投票システムが導入され、選挙運営の効率化が進展した。2019年の大統領選挙では在外投票者向けの郵便投票が廃止され、インターネット投票が主要な投票手段として確立された。同時に、医療従事者や報道関係者など特定の職務に従事する国内有権者を対象とした「REVA(レヴァ)」制度が導入され、特定投票所での事前投票が可能となった。

そして、2024年の大統領選挙では、「REVA」の登録者もインターネット投票の利用対象に拡大された。この変更により、従来は在外居住者向けの「RERE」のみに限定されていたインターネット投票が、国内で選挙当日に投票所に行けない有権者にも適用されるようになった。

インターネット投票の有権者登録

2024年5月5日に実施されたパナマ大統領選挙では、2022年5月の政令に基づき、インターネット投票の基本原則が以下のとおり定義された。

  1. 有権者の身元確認の確実性:選挙裁判所が提供する生体認証技術を用いて、有権者の身元を厳格に確認する。
  2. 投票の秘密保持:システムは投票者と投票内容を関連付けることなく、秘密投票を確保する。
  3. 一人一票の原則:各有権者は一度だけ投票できる仕組みを徹底する。
  4. 有効性と正確性:投じられた票はすべて、選択された政党または候補者に正確に反映されることが保証される。
  5. アクセスの容易性:システムは簡単で使いやすく、有権者が迷うことなく投票を行える設計とする。
  6. 透明性と監査性:投票者数と投票数の一致を検証できる仕組みを整備する。

こうした原則のもと、インターネット投票の利用対象となったのが、前述のREREとREVAである。REREは在外居住者を対象としており、登録にはパナマにおける最終居住地、在外住所、携帯電話番号のほか、パナマ国内の連絡先となる人物の氏名と身分証番号、住所、電子メールアドレス、および携帯電話または固定電話番号などの提供が必要である。

一方、REVAは投票日に海外に滞在予定の者、軍、検察、司法機関、消防、国家民間保護システム(緊急事態・災害対応等にあたる専門機関)、パナマ赤十字社に所属する者、医師・看護師、報道関係者(記者・カメラマン)、選挙管理当局の職員、身体的・精神的障害を有する人々を対象としており、登録には各種証明書類の提出が求められた。

特徴的なのは、REREとREVAの登録手続きにおいて、オンライン面談を活用した厳格な本人確認が行われる点である。有権者は選挙裁判所が提供するオンラインプラットフォームで申請を行い、必要書類を添付した後、職員との面談を経て登録が完了する仕組みである。この面談は録画され、選挙裁判所がデータを確認したうえで最終登録が行われた。

この登録期間は、2022年10月3日から2023年12月15日までの長期間に設定されており、対象者が十分な時間を確保して登録手続きを進められるよう配慮された。また、オンライン登録が困難な場合には、選挙裁判所の事務所を訪問して直接手続きを行う方法も引き続き用意された。

インターネット投票システムの全体像と運用

選挙裁判所は統一選挙の本番2カ月前となる2024年3月6日、インターネット投票システムの技術要件や運用基準を定めた政令を公布している。この政令により、REREおよびREVA登録有権者による事前投票期間は4月23日午前0時1分から5月2日午後11時59分までと定められ、投票データの取り出しを5月3日、開票を5月5日に実施することが規定された。

このシステムは、選挙管理の効率性と安全性を両立させる3つの主要モジュールで構成されている。

  • 管理モジュール:有権者名簿や候補者情報の登録、投票期間や通知設定などを行い、投票状況のレポート生成を担う。
  • 投票モジュール:有権者が生体認証で本人確認を行い、安全かつ透明な形で投票を完了できる仕組みを提供。投票後には任意のアンケート回答機能を備える。
  • 開票モジュール:投票データを復号化し有効性を確認。REREとREVAを別々に集計し、投票所ごとの結果報告書を作成する。

投票プロセスとセキュリティの実装

選挙裁判所が2024年3月に公布した前述の政令およびSNSで公開された投票手順によると、パナマのインターネット投票システムには、以下のとおり多層的なセキュリティ対策が施されていることが分かる。

  1. システムへのアクセス制御:各有権者には事前投票期間の開始時に個別のURLと6桁のPINコードがメールで送付される。このURLは完全に個別化されており、仮に第三者と共有されたとしても、認証情報が一致しない限りモジュールへのアクセスはできない仕組みとなっている。投票時には身分証明書番号と生年月日の入力、ロボット対策のためのキャプチャー認証、さらにカメラを通じた顔認証による本人確認が順次求められる。顔認証では、有権者登録時のデータを参照していると考えられるが、認証の正確性を確保するために帽子や眼鏡、マスク、サングラスの着用、また他人や影の写り込みが制限される。
  2. 投票の否認防止のためのデジタル署名:インターネットを通じて投じられるすべての投票にデジタル署名が付与されることで、有権者が投票を行った事実を後から否定できないようにする一方、投票内容の秘密は保持される。各有権者には暗号鍵のペア(公開鍵と秘密鍵)が生成され、投票の記録が確実に管理されることでシステム全体の信頼性を高めている。
  3. 投票データの完全性の保証:HSM(ハードウェア・セキュリティ・モジュール)と呼ばれる物理的なデバイスを使用する。別の暗号鍵ペアを生成・管理し、投票データは公開鍵で暗号化、復号化にはHSM内の秘密鍵が使用される仕組みとなっている。このHSMは、米国国立標準技術研究所(NIST)のFIPS 140-2レベル3規格に準拠し、秘密鍵の抜き出しや複製を防止する設計が厳格に施されている。また、完全なオフライン環境で運用されることで、高い安全性を維持している。

セキュリティ対策は投票プロセスの細部にまで及んでいる。情報入力や投票に5分以上かかると、セッションが自動的に終了し、最初からやり直す仕組みが採用されている。また、投票確定後には専用URLが直ちに無効化され、二重投票を完全に排除する仕組みが整えられている。つまり、一人一票の原則に則り、一度確定した投票は修正できない仕様となっている。この点は、同一IDでの複数回投票を許容し、最後の投票のみを有効とするエストニアのシステムと比較すると、柔軟性に制限をかけた設計といえる。

データ管理の透明性も重視されている。投票期間中は毎日午後5時にREREおよびREVAの投票状況を報告書にまとめ、関係者と共有することが定められた。投票終了後の5月3日午前0時15分には、選挙裁判所において投票データの取り出し作業が行われ、メインとバックアップの2つのUSBデバイスに保存する手順が規定された。これらのデバイスは厳重に施錠されたアクリル製容器に収められ、選挙裁判所施設内の一般公開スペースに設置されることで、物理的な安全性やプロセスの透明性が確保される仕組みとなっている(写真1)。

【写真1】インターネット投票のデータを保存したUSBを一般公開している様子

【写真1】インターネット投票のデータを保存したUSBを一般公開している様子
(出典:パナマ選挙裁判所の公式Instagram)

システム自体の信頼性確保にも細心の注意が払われた。3月18日までに最終的なソースコードとそのハッシュ値(データの改ざんを検知するための特殊な数値)を提出し、2つの外部セキュリティ企業とパナマ工科大学(UTP)による認証を受けることが定められた。3月21日には無所属候補者の代表者らに対してシステムのセキュリティ対策に関するデモンストレーションを実施し、さらに3月25日には投票シミュレーションを通じたプラットフォームの検証を行うことも規定された。このように、具体的な日程を含めた詳細な計画を事前に公開している点は、パナマの透明性重視のアプローチを特徴づけている。

インターネット投票の結果

2024年5月に実施されたパナマ大統領選挙では、全体の投票率が77.7%と1994年以降で最も高い水準を記録した。その中で、特に注目されるのはREREの動向である。登録者数は前回2019年の7,725人から3,788人へと減少し、全有権者に占める割合も0.28%から0.13%に低下した一方、投票率は17.8%から94.9%へと大幅に上昇した(表1)。この変化について、選挙裁判所は明確な見解を示していないものの、厳格な有権者登録プロセスの導入や、同裁判所による精力的なSNS発信などが、投票意欲の高い有権者を積極的に引き付けた可能性が考えられる。

【表1】(左)パナマ大統領選挙におけるREREの投票傾向推移、【表2】(右)2024年5月の大統領選挙におけるREREとREVAの日ごとの投票推移。初日と最終日に投票が多くなる傾向が分かる

【表1】(左)パナマ大統領選挙におけるREREの投票傾向推移、【表2】(右)2024年5月の大統領選挙におけるREREとREVAの日ごとの投票推移。初日と最終日に投票が多くなる傾向が分かる
(出典:パナマ選挙裁判所の各種発表をもとに筆者作成)

一方、REVAについては、2024年大統領選挙において、670人の登録者のうち523人(78%)の投票にとどまったものの、全体の投票率とほぼ同水準の参加がみられた(前ページ表2)。パナマ国内でのインターネット投票は今回の選挙が初めてであったため、次回以降の選挙の傾向を確認する必要もあるが、この結果は、インターネット投票が従来の投票所での投票と同等以上の市民参加が見込まれることを示唆しているといえる。

なお、現地報道によると、2019年時点のRERE登録者の約7割は米国からの申請であり、次いでコスタリカ、スペインと続いたという。2024年においてもこの傾向が維持された可能性は高いと考えられる。

システム運用におけるトラブルとその対応

こうした成果が見られる一方で、システム運用の過程で想定外の問題も明らかになった。投票初日の4月23日、有権者がSNSで投稿した内容をきっかけに、投票画面上で候補者表示に誤りがあることが判明した。

具体的には、候補者番号「6」と「7」に登録されていたホセ・ラウル・ムリーノ候補(複数政党から公認、現大統領)の表示位置が、実際の投票用紙の構成とは異なっていた。「6」の隣には「8」の候補者が表示され、番号「7」の枠は画面左下の「9」の場所に配置されているという事象が確認された(図1)。

【図1】本来の大統領候補者の掲載順序。今回、インターネット投票の画面では、この7の枠が9の場所に配置され、7のところには8の候補者が掲載される事象が発生した<br />
(出典:パナマ選挙裁判所発表資料)

【図1】本来の大統領候補者の掲載順序。今回、インターネット投票の画面では、この7の枠が9の場所に配置され、7のところには8の候補者が掲載される事象が発生した
(出典:パナマ選挙裁判所発表資料)

この問題を受け、選挙裁判所は同日早朝、インターネット投票を一時停止し、既に投じられた票を無効にする方針を急きょ発表した。これに対し、ムリーノ候補は「選挙プロセスの信頼性が損なわれた」と述べ、公認政党も選挙裁判所による「許されない不正行為が起きた」と非難した。その声明では「透明性、公正な運営、すべての候補者に公平な条件を保証する必要がある」と強調され、一時的に混乱が広がった。

その後、同日午後、選挙裁判所は関係機関との協議の結果、「候補者番号は正確であり、物理的な順序の違いは投票記録に影響を与えない」として、既存の投票を有効とする方針を決定した(注:実際には投票システム自体は停止されなかった模様)。さらに、パナマ工科大学に依頼したシステム検証により、翌日までにソースコードの完全性およびセキュリティに問題がないことが確認された。

選挙裁判所の責任者はこの問題について、現地メディアに対し、詳細は不明ながらも「投票用紙データをシステムに読み込む際の設定ミスが起きた」と説明した。また、2024年3月に公布された政令で「システム設定完了後はいかなる変更も許可しない」と規定されていたため、期間中の修正は行われなかったとみられる。

まとめ

パナマの大統領選挙におけるインターネット投票は、全有権者の0.1%ほどの限定的な試みながら、示唆に富む実践的なモデルを提供している。特に、憲法が掲げる五つの基本原則を担保するため、多層的なセキュリティ対策と厳格な認証プロセスを実装し、その仕組みを政令として明文化して公開するなど、透明性の確保に注力している点は特筆に値する。これは、長期の軍事政権を経て民主化を進めてきたパナマの歴史的背景とも深く結びついていると考えられる。

今回、システム運用では投票画面の表示順序に誤りが生じたが、迅速な状況説明や第三者機関による検証、経緯の詳細な公表を通じて対応した点は、パナマの透明性を重視した姿勢を示している。一方で、この事案は、どれほど高度なシステムであっても実運用では予期しない問題が発生し得ることを示唆している。

パナマの取り組みは、2009年の郵便投票導入から段階的にデジタル化を進め、各選挙の経験をもとに制度を改良してきた柔軟かつ着実なアプローチが特徴である。この流れは、2029年の次回大統領選挙に向けて更なる改善が図られる可能性を示している。中米の新興国が取り組むこの挑戦に引き続き注目したい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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