世界のインターネット投票 ~中米パナマの試みとそのシステム~

はじめに
デジタル化が進む現代社会で、選挙プロセスのオンライン化が注目を集めている。本誌ではこれまで、エストニアなど先進各国の事例を紹介してきた。今回は中米の新興国、パナマに焦点を当てたい。
1989年の民主化以降、パナマは選挙制度の近代化を進めてきた。2024年5月の大統領選挙では、在外居住者や国内の特定職務従事者を対象に、インターネットによる事前投票を実施している。この規模は限定的ながらも、実践的なモデルとして示唆に富んでいる。
同国憲法第129条は「選挙権は市民の権利かつ義務」と定め、日本と同様に選挙における自由、平等、普通、秘密、直接の五原則を掲げている。日本でも在外選挙人を対象としたインターネット投票の導入が検討される中、これらの原則をデジタル環境でいかに担保するか、特に改ざんや二重投票の防止、なりすまし対策、サイバー攻撃への対応などは共通の課題である。
そこで本稿では、パナマにおけるインターネット投票の背景と実現過程を振り返り、2024年の大統領選挙で運用されたシステムの特徴と課題を検証する。
パナマの政治体制と選挙制度の変革
パナマは三権分立を基盤とする大統領制の共和国家であり、5年ごとに統一選挙が実施される。この統一選挙には、大統領選挙、国民議会選挙、地方自治体選挙、中米議会選挙が含まれ、その運営は独立機関である選挙裁判所が担っている。インターネット投票は、これらのうち大統領選挙に限り運用されている。
1968年のクーデターにより軍事政権下に置かれていたパナマは、1989年の米国による軍事介入を契機に民主体制へと移行した。この民主化の過程で、2009年の大統領選挙から在外投票制度が導入され、郵便投票がその手段として採用された。当時、インターネットの活用は主に在外選挙人名簿「RERE(レレ)」への仮登録手続きにとどまっていたが、これが選挙制度デジタル化の第一歩となった。
2014年には、在外居住者向けにインターネットで完結する事前投票システムが導入され、選挙運営の効率化が進展した。2019年の大統領選挙では在外投票者向けの郵便投票が廃止され、インターネット投票が主要な投票手段として確立された。同時に、医療従事者や報道関係者など特定の職務に従事する国内有権者を対象とした「REVA(レヴァ)」制度が導入され、特定投票所での事前投票が可能となった。
そして、2024年の大統領選挙では、「REVA」の登録者もインターネット投票の利用対象に拡大された。この変更により、従来は在外居住者向けの「RERE」のみに限定されていたインターネット投票が、国内で選挙当日に投票所に行けない有権者にも適用されるようになった。
インターネット投票の有権者登録
2024年5月5日に実施されたパナマ大統領選挙では、2022年5月の政令に基づき、インターネット投票の基本原則が以下のとおり定義された。
- 有権者の身元確認の確実性:選挙裁判所が提供する生体認証技術を用いて、有権者の身元を厳格に確認する。
- 投票の秘密保持:システムは投票者と投票内容を関連付けることなく、秘密投票を確保する。
- 一人一票の原則:各有権者は一度だけ投票できる仕組みを徹底する。
- 有効性と正確性:投じられた票はすべて、選択された政党または候補者に正確に反映されることが保証される。
- アクセスの容易性:システムは簡単で使いやすく、有権者が迷うことなく投票を行える設計とする。
- 透明性と監査性:投票者数と投票数の一致を検証できる仕組みを整備する。
こうした原則のもと、インターネット投票の利用対象となったのが、前述のREREとREVAである。REREは在外居住者を対象としており、登録にはパナマにおける最終居住地、在外住所、携帯電話番号のほか、パナマ国内の連絡先となる人物の氏名と身分証番号、住所、電子メールアドレス、および携帯電話または固定電話番号などの提供が必要である。
一方、REVAは投票日に海外に滞在予定の者、軍、検察、司法機関、消防、国家民間保護システム(緊急事態・災害対応等にあたる専門機関)、パナマ赤十字社に所属する者、医師・看護師、報道関係者(記者・カメラマン)、選挙管理当局の職員、身体的・精神的障害を有する人々を対象としており、登録には各種証明書類の提出が求められた。
特徴的なのは、REREとREVAの登録手続きにおいて、オンライン面談を活用した厳格な本人確認が行われる点である。有権者は選挙裁判所が提供するオンラインプラットフォームで申請を行い、必要書類を添付した後、職員との面談を経て登録が完了する仕組みである。この面談は録画され、選挙裁判所がデータを確認したうえで最終登録が行われた。
この登録期間は、2022年10月3日から2023年12月15日までの長期間に設定されており、対象者が十分な時間を確保して登録手続きを進められるよう配慮された。また、オンライン登録が困難な場合には、選挙裁判所の事務所を訪問して直接手続きを行う方法も引き続き用意された。
インターネット投票システムの全体像と運用
選挙裁判所は統一選挙の本番2カ月前となる2024年3月6日、インターネット投票システムの技術要件や運用基準を定めた政令を公布している。この政令により、REREおよびREVA登録有権者による事前投票期間は4月23日午前0時1分から5月2日午後11時59分までと定められ、投票データの取り出しを5月3日、開票を5月5日に実施することが規定された。
このシステムは、選挙管理の効率性と安全性を両立させる3つの主要モジュールで構成されている。
- 管理モジュール:有権者名簿や候補者情報の登録、投票期間や通知設定などを行い、投票状況のレポート生成を担う。
- 投票モジュール:有権者が生体認証で本人確認を行い、安全かつ透明な形で投票を完了できる仕組みを提供。投票後には任意のアンケート回答機能を備える。
- 開票モジュール:投票データを復号化し有効性を確認。REREとREVAを別々に集計し、投票所ごとの結果報告書を作成する。
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