ビジネスフェーズへと向かうネットワークAPI ~日本の通信事業者はどのように取り組めるか~

1.はじめに
近年のモバイル通信業界は、「ネットワークAPI」と呼ばれる技術と、その普及を目指す「GSMA Open Gateway」をはじめとするイニシアチブに力を入れている。これらには、加入者数とARPU(Average Revenue Per User:1ユーザー当たりの平均売上額)をKPIとしてきたモバイル通信ビジネスに、新しい収益モデルを加えたいという業界の期待が込められている。
ネットワークAPIは、2025年3月にスペイン・バルセロナで開催されたモバイル業界のテクノロジーイベント「MWCバルセロナ2025(以下、「MWC25」)」でも注目トピックの一つだった。本稿では、同イベントでのネットワークAPIに関する展示や、関連事業者の動向を紹介するとともに、日本の通信事業者がネットワークAPIのビジネスにどのように取り組めるかを考えてみる。
なお、本稿は本誌2024年7月号(通巻423号)掲載の池田泰久「通信事業者の新たな収益源となるか ~ネットワークAPI開放の取り組みと今後~」[1]より後の動向を取り上げている。過去の動向については同レポートをぜひ参照されたい。
2.ネットワークAPIとは
ビジネス面の動きを取り上げる前に、ネットワークAPIと、それを推進するGSMA Open Gatewayの概要を改めて述べておきたい。
ネットワークAPIは、モバイルネットワークが具備する機能を、アプリケーションから参照可能なインターフェースを介して外部に公開するものである。例えば、既に商用提供されているAPIの一つである「SIM Swap」は、モバイル端末で利用しているSIMカードの変更を監視・検出して、最後に変更された際のタイムスタンプや、ある期間内での変更の有無をアプリケーションに提供する。同APIは、他人になりすまして電話番号を乗っ取る「SIMスワップ詐欺」を防止する仕組みとして活用できる。このように、アプリケーション開発者がモバイルネットワークの機能をAPI経由で活用することで、サービスの高度化やユーザーの利便性向上、さらにはイノベーションの創出につながることが期待されている。
そして、GSMA Open Gatewayは、世界の通信業界団体であるGSMAが主導する、ネットワークAPIの標準化を推進するイニシアチブである。通信事業者はこれまでもAPIを外部に提供してきたが、利用できる機能は限られ、キャリアによって仕組みが異なっていたことで、開発者は利用をスケールさせづらかった。GSMA Open Gatewayでは、世界各国のキャリアが共通のAPI仕様でネットワーク機能を公開することによって、開発者がアプリケーションを他国(他の通信事業者)に容易に展開できる環境を構築している。2023年2月に立ち上がったGSMA Open Gatewayに参画する通信事業者の数は、設立当初の21から増加し、本稿執筆時点で69(世界のモバイル接続の78%をカバー)[2]にまで拡大している。
3.MWC25にみるネットワークAPIの展示
MWC25では、複数のキャリアや設備ベンダーがネットワークAPIの活用事例を展示した。以下では、大手通信事業者であるTelefonicaとOrangeの展示を紹介する。
3-1.Telefonica
Telefonicaは、「Open Gateway 5G Drones」と題した、ネットワークAPIを活用した自律型ドローン向けソリューションのデモを展示した(冒頭図1)。ドローン運用者に対して、ドローンのリアルタイムの位置情報のほか、必要な通信品質やフライトプランの立案・変更といった運用管理を含む、ドローンの包括的な利用環境を提供する。従来、ドローン運用者は複数のシステムを使い分ける必要があり、作業が煩雑であったが、同ソリューションにはそうした煩雑さを解消する狙いがある。
このドローン向けソリューションでは、以下に示す3つのネットワークAPIが訴求されている。
- Dynamic Airspace Connectivity Data:特定の空域が、将来の日時において、4G/5Gネットワークによる接続性を有しているか情報を取得できる。
- Population Density Data:特定のエリアと時間における人口密度の情報を取得できる。ドローン飛行では、飛行ルートの潜在的なリスクを評価し、安全性を確保できるルートの選択を可能にする。
- Quality on Demand:アプリケーション向けに個別に設定された接続性(帯域幅、遅延)をモバイルネットワークに対して要求できる。
Telefonicaでは、2025年はドローンの利用において重要な年とみている。ドローンの飛行管理に関するコンセプトであるU-Space[3]の段階的な発効に伴って、欧州の空域で、ドローンのより高度で複雑な運用が可能になるからである。Telefonicaは、今回の展示を通して、自社がドローンの利用拡大に向けた準備ができていることを来場者に強調した。
3-2.Orange
Orangeは、Industry 4.0をテーマにしたデモ展示を行い、産業分野におけるネットワークAPIの活用可能性を示した(図2)。

【図2】Network APIs Powered Industry 4.0(Orange)
(出典:MWC25にて筆者撮影)
このデモンストレーションでは、複数のネットワークAPIを組み合わせて、工場など施設内の様々な機器やシステムを効率的に連携させた。簡単に述べると、施設内に設置されたセンサーが異常な温度を検出すると、アプリケーションはネットワーク API を使用してセンサーの位置とステータスを識別する。その後、近くに設置されたカメラとの高品質のビデオセッションが5Gネットワークを介して確立される。リモートの担当者は、映像から状況を迅速に評価して、次の対処に移ることができるというものだ。
展示自体は非常にシンプルだが、来場者はネットワークAPIの利用イメージをつかみやすかったと思われる。筆者が会期中に何度かOrangeのブース周辺を通った際、デモの前で説明を聞く人だかりを何度も目にした。
このデモでは、以下に挙げる4つのネットワークAPIを活用している。
- Device Reachability:デバイスの接続ステータスに関する情報(データ接続あり、SMS接続あり、未接続)を取得できる
- Device Location Retrieval:デバイスの地理的ロケーション(経度/緯度の数値と精度半径)の情報を取得できる
- Device Location Verification:デバイスが地理的なエリア内にあるかどうかを検証できる(検証範囲内にデバイスがある場合は true、そうでない場合は false)
- Quality on Demand:アプリケーション向けに個別に設定された接続性(帯域幅、遅延)をモバイルネットワークに対して要求できる
従来のGPSベースのシステムでは困難だった屋内での正確な位置把握が、キャリアのモバイルネットワークインフラを活用することで、より実現しやすくなる可能性がある。また、発展的な展開として、工場内のあらゆるモノの動きを可視化し、最適な動線設計や在庫管理にも寄与することが期待される。
なお、前述したネットワークAPIの機能は本稿執筆時点の情報である。ネットワークAPIの機能については継続的な議論と開発が行われているため、最新の情報はGSMAのWebサイト[4]や通信事業者の開発者向けWebサイト[5]、[6]などを参照されたい。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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4. ネットワークAPIはビジネスフェーズへと次第に進展
5.ネットワークAPIに日本の通信事業者はどのように取り組めるか
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 弊社レポート掲載のWebサイト(https://www.icr.co.jp/ newsletter/wtr423-20240627-ikeday.html)
[2] GSMA Open Gateway のWebサイト(https://www.gsma.com/solutions-and-impact/gsma-open-gateway/supporters/)
[3] 欧州における、無人飛行機と有人飛行機の空域の統合に向けて必要となる新サービスのインフラやサービス、手法を含めた飛行管理のためのコンセプト。2017年から研究開発が進められてきた。
[4] https://www.gsma.com/
[5] Telefonicaの開発者向けWebサイト(https://opengateway.telefonica.com/en)
[6] Orangeの開発者向けWebサイト(https://developer.orange.com/)
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