2025.9.11 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

フランスに見るブロードバンド政策の変遷とユニバーサルサービス理念(1)

Image by jacqueline macou from Pixabay

はじめに

現在、フランス政府が重点的に取り組んでいる通信政策のひとつは、10年以上前に掲げられた国家ブロードバンド計画の最終段階としての全国民を対象とした光ファイバーの「一般化」である。この「一般化」が具体的に何を指しているのかは本文で解説するとして、歴代政権の光ファイバー政策、すなわち、FTTH展開を重要な柱とする政策主導型のデジタル国家構想が奏功し、今日のフランスをEU加盟国でトップクラスの光ファイバー先進国に押し上げたことは間違いない。

一方、ユニバーサルサービス(以下、「ユニバ」と略する)政策については、2018年12月に発効されたEU共通の規制改革にしたがい、2021年にフランスの通信法(正式名称は「郵便・電子通信法典」)におけるユニバ規定が部分的に改正され、制度上は現行化されている。しかし、その後、現在に至るまで政府から公式にユニバ事業者に指名された通信事業者は存在せず、ユニバ基金も発動されていない。

今や、官民一体のブロードバンド政策が成功したと自負する政府は、電話サービスのみを対象としたユニバ時代からブロードバンド主体のユニバ時代を迎えた現在、来たるべきメタルネットワークの廃止を見据え、フランス独自のユニバ的な政策理念を実現しようと模索しているように見える。

本稿では、現在に至るまで引き継がれてきた歴代政権のブロードバンド政策を振り返るとともに、メタル廃止の経緯にも触れつつ、フランスの通信政策に関する私見を論じてみたい。

1. オランド大統領時代のブロードバンド政策

(1)「フランスの超高速ブロードバンド計画」の誕生

政府が「フランスの超高速ブロードバンド計画」(「Plan France Très Haut Débit」、以下、PFTHDとする)と言われる国家ブロードバンド戦略を策定したのは、社会党党首であるフランソワ・オランド氏が大統領に就任した2012年5月から約9カ月後の2013年2月のことである(表1)。

【表1】フランスの歴代大統領の氏名とその任期

【表1】フランスの歴代大統領の氏名とその任期
(出典:各種資料から作成)

現在の大統領は2017年5月の大統領選挙で勝利し、2022年5月に再選を果たしたエマニュエル・マクロン氏であるが(表1参照)、ブロードバンド政策は、オランド大統領時代の「PFTHD」で定められた戦略を基本的に踏襲しており、若干アレンジを加えつつ、現在に至っている。

このPFTHD誕生の経緯を見ると、オランド大統領の前任者であるニコラ・サルコジ大統領(在任期間:2007~2012年)が2011年に策定した「デジタル・フランス2020」計画がその原型となっている。この「デジタル・フランス2020」で目標に掲げられたのが、フランスをデジタル先進国にするため、2025年までに超高速ブロードバンド技術(EU定義で下り速度30Mbps超)で全世帯の100%をカバーすることであった。つまり、今年がまさに最終目標地点と言える。

この「デジタル・フランス2020」計画が策定された背景には、欧州委員会(EC)が2010年にEU加盟国に対して発出した「欧州デジタル・アジェンダ」(Digital Agenda for Europe)構想がある。これは、EU加盟国全体で2025年までに「ギガビット社会」[1]を実現し、デジタル単一市場を創出するという理念に基づいて立案されたものであった。理念の実現に向けては、社会的基盤構築のための不可欠な要素として、欧州域内の高速・超高速ブロードバンド市場における競争と投資の促進を図ることを主眼としていた。その背景として、2000年代に欧州諸国が抱えていた経済不況を克服するという意図も込められていた。

当時の通信市場を振り返ると、次世代ネットワーク技術として期待されていたFTTH/Bインフラのフランスでの展開状況については、既に光ファイバー市場が十分に成熟していた日本や韓国と比較すると、その他のEU主要国と同様に、かなり後れを取っていたのが実情である。

図1は、2011年6月時点のFTTH/B世帯カバレッジを比較したものであるが、韓国と日本が90%以上なのに対して、フランスは21%、ドイツや英国では2%足らずという状況にあった。その代わり、欧州諸国ではメタル回線を利用したADSLベースの高速ブロードバンドサービスの普及が進展していた。フランスの場合はADSL2+方式を推進したことからパフォーマンスも高く(下り最大速度は20Mbps超)、また技術改良によって、FTTH/B並みのパフォーマンスを可能にするVDSL2の商用化が開始された頃であり、依然としてxDSL方式がブロードバンド接続技術の主流を占めている状況であった。

【図1】FTTH/B世帯カバレッジの国際比較(2011年6月時点)

【図1】FTTH/B世帯カバレッジの国際比較(2011年6月時点)
(出典:IDATE,“L’accès au très haut debit”, March, 2012)

ADSLは一般的に、交換局から加入者宅までの距離が比較的短い大都市圏ではパフォーマンスが良好であり、料金で比較すると高額なFTTHへの顧客の乗り換え志向は強くない。一方、ルーラルエリアにおいては、FTTHの展開コストは非常に高くなる。これらが、経済不況下の事業者の投資意欲の低下を招いたともされている[2]。

要するに、フランス国内の政策議論として、短期的にメタル依存のままブロードバンドサービスをより高速化するのか、あるいは、より長期的な視点から、今後の社会基盤インフラとなる光ファイバーに全面的に移行していくのかについての業界コンセンサスは、まだ確立されていない時代であった。

フランスのFTTH展開は歴代政権の政策主導によると冒頭で述べたが、このような政策に至った背景を理解する上で参考となる、他のEU諸国では見られない、フランス市場の特徴について言及しておく。

(2)競争事業者Freeの登場とその影響力

フランスではADSLベースの高速ブロードバンドサービスが全国的に普及していたが、それは、新規事業者であるFree(IliadグループのISP)の参入により生じた激しい価格競争によるところが大きい。Freeは、既存事業者であるFrance Telecom(Orangeの前身)の新たな競争事業者として2002年に参入した。同社は、格安のトリプルプレイサービス(インターネットアクセス、IP電話、IPTVサービスのセットプラン)を武器に市場に登場し、同時期にEU共通の規制環境下で導入されたメタル回線のアンバンドル規制を利用して、提供エリアを拡大しつつ市場シェアを急速に拡大した。それを追うように主要各社が料金値下げ競争を展開した結果、ADSLサービスの普及が加速した。さらには、このISP出身の新規参入者Freeが、モバイル市場に勢力を拡大したことが、更なる競争を加速させることになった。

Iliadグループが立ち上げたFree Mobileが第4のモバイル事業者(MNO)免許を取得して3G(2.1GHz帯)サービスを開始したのは、サルコジ大統領時代の2012年1月のことである。Iliadグループは、ブロードバンド市場で成功した格安料金プランの戦法をモバイル市場においても徹底して実践した。この戦略は、それまで3社体制(Orange、SFR、Bouygues Telecom)で比較的安定していた市場環境を激変させ、同時期に欧州を襲った経済不況にあえぐ事業者の経営状況をさらに悪化させた。これにより、Freeの参入からわずか数年後には、Freeを除く事業者同士のM&Aが進展し、政府がモバイル市場の活性化のために導入した4社体制が3社体制に戻る可能性すらあった。例えば、2014年にモバイル市場第2位のSFRは外資系CATV事業者Numericableと合併し、固定・モバイル総合事業者となった。2016年には、Orangeとモバイル市場第3位のBouygues Telecomとの合併案が浮上したが、結局は破談となった。

Freeがブロードバンド市場とモバイル市場の両方で仕掛けた「価格破壊」戦法によって、両分野における各社のマージン率は著しく低下した。その影響は、その後のフランス通信市場全体におよび、収益構造を変化させ縮小をもたらすほどであったことは、長期的に観測されたデータで確認されている。フランスの経済紙(Les Echos)は、Freeの影響力の大きさをセンセーショナルに示すものとして、2010年から2020年までの10年に電気通信収入全体の5分の1が消滅したと述べている(2010年の440億ユーロに対して、2020年には350億ユーロに減少)[3]。

実際、1年間の小売市場収入がマイナスからプラス成長に転じたのは、通信規制機関ARCEPの市場統計データによれば、Freeの登場から約10年後の2021年のことであった[4]。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
以下ご覧になりたい方は下のバナーをクリックしてください。

(2)競争事業者 Free の登場とその影響力

(3)Orange のメタル廃止実験

(4)2022 年までに超高速ブロードバンドで100%カバーする目標

(5) メタル廃止のシナリオ:「シャンソールレポート」の提言

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] すべてのEU市民に対し最低限の超高速ブロードバンドアクセスを提供できる社会のこと。

[2] ZDNet, 2012年9月2日記事

[3] Les Echos, 2022年1月17日記事。 https://www.lesechos.fr/tech-medias/hightech/ telecoms-la-hausse-historique-du-revenu-des-operateurs-1379752

[4] ARCEP市場統計、2022年5月24日。https://www.arcep.fr/actualites/les-communiques-de-presse/detail/n/marche-francais-des-telecoms-240522.html

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