2023.11.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

コロナ禍を経たテレワークの現在地 ~多様なサテライトオフィスへのシフトとハイブリッドワークの定着

1.パンデミックのもとでのテレワーク

(1)コロナ禍とともに社会に定着したテレワーク

「テレワーク」は、一般に「ICTを活用した時間や場所にとらわれない柔軟な働き方」と説明されることがあり、『在宅勤務』『モバイルワーク』『サテライトオフィス勤務』などが典型的な類型とされる(図1)[1][2]

【図1】主なテレワークの類型

【図1】主なテレワークの類型
(出典:小豆川裕子(2020)「外出自粛で在宅勤務!BCPとしてのテレワークを考える」)

わが国でも1980年代から徐々に普及してきた働き方ではあるが、数年前までは、子育て中の女性社員の働き方と決めつけられたり、ベンチャー企業の若手社員がおしゃれなカフェなどでノートパソコンを操作しているイメージが語られたり、どこか他人事のような存在でもあった。

実際、数年前の時点では、テレワークを導入している企業は全体の1~2割程度[3]、テレワークで仕事をしているワーカーも1~2割程度[4]、といった普及水準にあり、社会に定着した働き方とは言えなかった。ところが、2020年春から新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行(パンデミック)し、人と人との接触機会を極小化することが求められるようになると、わが国政府は、学校などを休校とし、企業などに対しては在宅勤務の実施を呼びかけた。これに伴い、2020年度以降、5割程度の企業がテレワークを導入し、3割弱のワーカーがテレワークで仕事をするようになったことで、テレワーク(特に在宅勤務)は、すっかり社会に定着した働き方となったと言えるだろう(図2)。

【図2】テレワークの普及状況の推移

【図2】テレワークの普及状況の推移
(出典:総務省「通信利用動向調査」(各年度)および
国土交通省「テレワーク人口実態調査」(各年度)に基づき筆者作成)

(2)テレワーク普及の頭打ち

新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類へ移行するなど、パンデミックと共存する社会に移行すると、テレワークの普及は頭打ちないし微減の傾向を示すようになってきた。

過去にさかのぼれば、2009年に新型インフルエンザが大流行した際、あるいは、原発事故に伴って電力需給が逼迫した2012~14年頃、一時的にテレワークの導入が進んだものの、短期間で元の水準に戻ってしまった。このことからも分かるように、「ペーパーレス、はんこレスなどの決裁の社内手続きの電子化」「コミュニケーションツールの導入・充実(Web会議システム、チャットツールなど)」が不十分な企業において、テレワークが定着しづらい[5]という現状を反映しているとも言える。

この状況をうけて、政府は今後、テレワーク普及率の高い都市圏(南関東・近畿・東海地方)での普及率の現状維持を図りつつ、普及率の低い地方圏での普及率を引き上げる目標を立て、日本全体としての普及率の底上げを企図している。[6]

2.近年のテレワークの特徴

このような状況のもと、企業側では、二つの大きな変化が生じ始めているようだ。

一つには、サテライトオフィスへのシフト、もう一つは、ハイブリッドワークの拡大である。

(1)多様化するサテライトオフィスへのシフト

実は、『在宅勤務』『モバイルワーク』『サテライトオフィス勤務』のテレワーク3類型のうち、わが国のテレワークの嚆矢はサテライトオフィスであり、1980年代から90年代においては、「テレワーク≒サテライトオフィス勤務」のイメージが強かった。その後、FTTHの推進等により在宅勤務が普及し、携帯電話やWi-Fiの拡大とともにモバイルワークが普及した経緯があるが、在宅勤務一色となったコロナ禍から脱却するトレンドの中で、サテライトオフィスへの需要が急速に高まりつつあり、デベロッパーの調査では、最近2年間で在宅勤務導入企業が減少傾向であるのに対し、サテライトオフィスの導入率が急伸している傾向を見ることができる(図3)。[7]

【図3】在宅勤務制度とサテライトオフィスの導入率の推移

【図3】在宅勤務制度とサテライトオフィスの導入率の推移
(出典:ザイマックス不動産総合研究所(2023)「大都市圏オフィス需要調査2023春」)

ただし、近年のサテライトオフィスは、かつてのサテライトオフィスのように、大企業が単独または共同で地価(賃料)の安価な郊外にオフィスを設け、そのオフィスの近隣に居住する従業員が勤務する、といった形態を採るものは少なく、その意味で、単純な「サテライトオフィス回帰」ではない。

「レンタルオフィス」や「サービスオフィス」と呼ばれるヘッドオフィスの機能を分担する形態は、旧来のサテライトオフィスに近い性格を持っているが、郊外ではなく、ビジネスエリアに立地するものが多い。また、「コワーキングスペース」と呼ばれるオープンなビジネス空間には、ベンチャー企業の従業員、兼業・副業のサラリーマンやフリーランサーなどが集まり、コミュニケーションが重視されている。コロナ禍を経て、急速に拡大しつつある形態は、「シェア型時間貸しオフィス」と呼ぶべき形態で、1人用から多人数用の様々な規格のブースが多数用意されており、登録したワーカーが、短時間から1日単位まで任意の時間帯に利用できるものである。ビジネスエリアから郊外まで、様々な場所に立地し、移動途中のワーカーが隙間時間に仕事をしたり、自宅やヘッドオフィスの近くでより働きやすい環境を求めたりする場合に活用されている。この極端な態様として、駅などに設置されている電話ボックスのような設備もあれば、カラオケボックスやビジネスホテルのオフィス利用も一般化してきた。長期休暇中にも旅先で仕事をすることができるワーケーション施設(貸別荘や観光ホテルなど)もサテライトオフィスの性格を備えていると言うことができる。

このように多種多様な性格を持つサテライトオフィスを、ヘッドオフィスや自宅に加えた第三のワークプレイスとして、ワーカーがワークスタイルやライフスタイルに合わせて活用できる環境が充実してきた現状は、わが国のテレワークの成熟を物語る一側面と見ることができよう。

(2)ハイブリッドワークの定着とその背景

パンデミックの初期、在宅勤務の導入が急速に進展していた頃に、ワーカーを対象としたアンケート調査を実施した。アフターコロナ環境において在宅勤務の実施の希望を問うたところ、「すべての業務を在宅勤務で行いたい」ワーカーが約1割、「在宅勤務をしたくない」ワーカーが約4割であり、何らかの比率で在宅勤務と出社を組み合わせたいとするワーカーがおよそ半数を占めていた(図4)。[8]

【図4】ワーカーによる働き方の意向(2020年春時点)

【図4】ワーカーによる働き方の意向(2020年春時点)
(出典:情報通信総合研究所(2020)「新型コロナウイルス感染拡大に伴う働き方の変化に関する調査」)

企業側の調査でも、数パーセント程度の「完全テレワーク」状態の企業があり、2割程度の「完全出社」状態の企業がある一方で、大多数の企業は、何らかの比率でのテレワークと出社の組み合わせという働き方をしており、また、そのような意向を持っている(図5)。[9]

【図5】企業による働き方(出社率)の意向と実態の推移

【図5】企業による働き方(出社率)の意向と実態の推移
(出典:ザイマックス不動産総合研究所(2023)「大都市圏オフィス需要調査2023春」)

かつて、在宅勤務をする従業員に対して、「出社か、さもなくば退社か」の二者択一を迫ったIT企業が話題になったことがあったが、このように、「何らかの比率でのテレワークと出社の組み合わせ」という『ハイブリッドワーク』が当たり前のように定着しつつある傾向も、最近の特徴と指摘することができよう。

では、なぜ、完全テレワークないし完全出社ではなく、ハイブリッドワークが志向されるのだろうか。国土交通省調査[10]によれば、テレワーカーがテレワークを継続する意向を削ぐ最大の理由は、「意思疎通がとりづらく、業務効率が低下するため」とされており(図6)、コミュニケーション問題に起因する仕事のやりづらさが阻害要因と考えられる。

【図6】テレワーカーがテレワークを継続したくない理由

【図6】テレワーカーがテレワークを継続したくない理由
(出典:国土交通省(2023)「令和4年度テレワーク人口実態調査」から抜粋して筆者作成)

そもそも、オフィスワーカーの業務は、上司・同僚・部下といった社内のメンバーや、社外の取引先などとの多岐にわたるコミュニケーションを土台として成り立っている側面が大きい。テレワーク環境では、対面での会議や打ち合わせを実施することが難しく、当然にコミュニケーションの確保に支障を来すことから、電子メールやWeb会議(ビデオ会議、オンライン会議)といったICTメディアによる代替が行われることが一般的である。ところが、私たちは、日頃の業務において、会議や打ち合わせといったフォーマルなコミュニケーションばかりでなく、何気ない会話や雑談などを重ねて、情報の伝達を行うことも少なくない。一見、仕事とは関係のなさそうなインフォーマルなコミュニケーションが確保されないことによって、人間関係が構築できなかったり、情報の共有が円滑に進まなかったり、ということも珍しくない。このようなインフォーマルコミュニケーションの確保のために、社内SNSやチャットといったICTメディアを活用する企業や、オンライン/オフラインのランチ会を開催する企業など、様々な取り組みが模索されている。しかしながら、インフォーマルコミュニケーションの中には、文字や言葉には表されないノンバーバルコミュニケーションの要素も含まれている。雰囲気、空気、上司の顔色、などといった、とてもICTメディアには乗りそうにない情報が重要視される職場環境では、どう考えてもテレワークはコミュニケーション問題に起因する仕事のやりづらさと無縁ではいられそうにない。

とは言え、オフィスワーカーの業務が、常にコミュニケーションを前提としているわけではない。業種・職種・役職などによる差異はあるものの、どのワーカーも、上司・同僚・部下などの社内メンバーや社外の取引先などと一緒に仕事を進めた方が効率的と言える「非自律的業務」と、自分一人で仕事を進めた方が効率的と言える「自律的業務」を、それぞれ何割かずつ抱えていることが一般的である。前者に適した出社/オフィス環境と、後者に適したテレワーク環境のハイブリッド形態が志向されるのは当然の帰結とさえ言えるのではないだろうか。

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(3)ナレッジマネジメントの観点から

3.まとめに代えて

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 特に類型を意識せず「ABW(Activity Based Working)」と称されることもある。

[2] 小豆川裕子(2020)「外出自粛で在宅勤務!BCPとしてのテレワークを考える」コニカミノルタいいじかん設計 https://www.konicaminolta.jp/business/ solution/ejikan/column/telework/bcp-pandemic/ index.html

[3] 総務省「通信利用動向調査」(各年度)

[4] 国土交通省「テレワーク人口実態調査」(各年度)

[5] 東京都(2023)「令和4年度多様な働き方に関する実態調査(テレワーク)」などによる。

[6] 閣議決定「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2023年6月9日)

[7] ザイマックス不動産総合研究所(2023)「大都市圏オフィス需要調査2023春」

[8] 情報通信総合研究所(2020)「新型コロナウイルス感染拡大に伴う働き方の変化に関する調査」

[9] ザイマックス不動産総合研究所 同前

[10] 国土交通省(2023)「令和4年度テレワーク人口実態調査」

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