2024.6.13 ITトレンド全般

英国がAI規制の立法を検討

英国は従来AI規制についてはハンズオフのスタンスを示してきた。革新的なビジネスの成長の芽を早期からの規制で摘むリスクを避けるためである。「当面は」という但し書きとともに、AI規制を目的とする立法は行わないことを明言していた。こうした抑制的な規制は日本も取ってきたアプローチである。しかし生成AIの登場により、状況が一変した。

英国政府の当初見解
~規制は非立法、自発的対応に

AIガバナンスを巡って英国政府は、2023年3月[1]の白書でAI規制に対するイノベーション促進アプローチを提示した上で、同年6月までコンサルテーションを行った。政府提案は非立法主義のもとで「すべてのAI技術に適用される煩雑な規則は設ける代わりに、規制措置がコンテクストと結果に適切に対応(proportionate)することを確実化」する方法を打ち出した。

政府は、既存の規制当局が既存の法律や規制に従って、その権限の範囲内でAIがもたらすリスクに対処するために、一連の原則(公平性、説明可能性、安全性)を適切に解釈・適用することを期待するとしていた。リスクベースのAI規制法を設けたEUとは異なる点を特徴としたものだ。また、域外適用も範囲に入れたEUと異なり、英国では「AIに関連する既存の法律の適用地域を変更することはない」としていた。

AI規制を非立法とする一方、業界側では信頼できるAIのためには、安全性確認技術、自発的ガイダンス、技術標準などの多様なツールを設けるべきであり、政府としてもツールの促進を促進することとした。国内におけるAI産業の育成に重点を置いたものといえる。

AIの発展が不確実性を孕み、展開によっては意図せざる結果を生む可能性に関しては、必要に応じて政府介入による規制を行う方針で、ChatCPTに代表される大規模言語モデルを含む基盤モデル(ファウンデーションモデル)に関しては「特定のアクションを取るには時期尚早」とする立場であった。

ファウンデーションモデル登場後、自発的対応に限界が

コンサルテーションを経た2024年2月、政府は改めて見解を示した[2]。ここで明らかになったのは前回の白書で示されたコンテクストに基づく自発的な規制枠組みは、高性能汎用AI(GPAI: highly capable general-purpose AI systems)[3]システムに関して課題があることを明確に認めたことである。ファウンデーションモデルの影響は特定セクターの枠内の規制では収まらず、既存の法律に依存する原案の枠組みだけで対処することにはリスクが伴う。

そこで政府は、GPAIシステムを開発する少数の事業体に対する対象を絞った拘束力のある要件を課すことが「イノベーション促進的」であるとして、改めて2024年末までにGPAIシステム向けの政府の立場を見直す計画を発表した。その間、省庁からの情報のほかコンサルテーションを含む複数の検討スケジュールが示されている。

競争当局CMAが懸念を提示

政府と並行してAIファウンデーションモデル(上記のGPAIシステムに相当)市場に関する調査を進めていた競争当局のCMAも2024年4月[4]、当初報告書(2023年10月発表)の更新版を発表した。CMAはファウンデーションモデルが市場に与える3つのリスクを指摘している。

  • ファウンデーションモデルを開発するために重要なインプットを支配している企業は、競争から自らを守るためにアクセスを制限する可能性がある。
  • 強力な既存企業が、消費者市場や企業向け市場でその立場を悪用し、ファウンデーションモデルのサービスの選択肢を歪め、サービス展開における競争を制限する可能性がある。
  • 主要プレーヤーが関与するパートナーシップは、バリューチェーンを通じて既存の市場支配力を肥大させる可能性がある。

報告書は、イノベーションを維持し、この市場が企業、消費者、広くは経済にプラス方向へ働くよう一連の原則を提案しており、引き続き2024年秋には再び更新版を発表する予定としている。

ファウンデーションモデル/GPAI開発の巨大な(かつ不確実な)インパクトと正負両面の影響力を制御することは、セクター規制では確かに手に余るものだろう。CEOのSarah Cardell氏は、今回の報告書では、怒涛のように拡大するAI関連の市場を背景に、

「今日、最も重要なデジタル市場の多くで既に市場支配力を握っている少数の既存テクノロジー企業が、基盤モデルのバリューチェーン全体で存在感を高めている。その存在は公正で開かれた効果的な競争を損なう形でこれら新市場を広範に形成してしまう可能性があり、最終的には、選択肢の縮小、品質の低下、価格上昇の形で企業と消費者に対して損害を与えることになる。」

と述べている[5]。

他方、公正な競争を実現することでこそイノベーション促進と社会の利益がもたらされるとして、

「(公正な)市場環境こそが、独立系スタートアップやチャレンジャー企業が破壊的イノベーションをもたらし、今日の大手デジタル企業と同等の強固な市場地位を獲得し、それを覆す可能性をもたらすのである。」

というように、適切な規制は大手デジタル企業に対峙しうる新興企業の育成を可能にするという見方にも言及している。

ファウンデーションモデルのバリューチェーンにおける少数の既存テクノロジー企業については図1、ファウンデーションモデルの開発者の提携関係については図2を参照。

【図1】ファウンデーションモデルのバリューチェーンにおけるGAMMA(Google, Apple, Microsoft, Meta, Amazon)のプレゼンス

【図1】ファウンデーションモデルのバリューチェーンにおけるGAMMA(Google, Apple, Microsoft, Meta, Amazon)のプレゼンス
(出典:GOV.UK, “Opening remarks at the American Bar Association (ABA)
Chair’s Showcase on AI Foundation Model,” April 11, 2024)

【図2】ファウンデーションモデル開発大手の<br />
GAMMAN(Google, Apple, Microsoft, Meta, Amazon, Nvidia)間における提携関係

【図2】ファウンデーションモデル開発大手の
GAMMAN(Google, Apple, Microsoft, Meta, Amazon, Nvidia)間における提携関係
(出典:GOV.UK, “Opening remarks at the American Bar Association (ABA)
Chair’s Showcase on AI Foundation Model,” April 11, 2024)

CMAは現時点でこの懸念に関する独禁法調査は表明していないが、関連する以下の調査が続行中で、今後のAIファウンデーションモデル市場に関する調査さらには政府規制の立案でも参考にされると考えられる。

  • クラウド市場調査:大手クラウドサービスプロバイダーのポジションとファウンデーションモデルの潜在的なインパクトの将来的な影響について
  • MicrosoftとOpenAIの提携によるエコシステム内多方面における競争への影響
  • AIアクセラレーターチップにおける競争状況がファウンデーションモデルのバリューチェーンに与える影響

英国と似通ったアプローチ(共通原則+非拘束的ガイドライン)を取ってきた日本でも、現在、生成AI関連の法律案が政府内で本格的に検討される見通しと報じられている[6]。

生成AIを含むデジタル経済分野では、独禁当局の影響力拡大の潮流が見られる。先端技術市場では、瞬く間に既存企業の「勝者総取り」となってしまうことを競争当局は学習した。米国では、この経験が独禁当局FTCを予防的な規制に動かすこととなった。Cardell氏はファウンデーションモデル市場における競争への悪影響リスクは「現実のものだ」と明言している。

英国では今後、ファウンデーションモデルのバリューチェーン内における大手企業に的を絞る独禁当局の対応が明らかになり、これを踏まえ今後の法制化の有効性を評価の上、法制化の内容が明らかにされるだろう。並行して関係者との意思疎通をはかるなど、規制に不安をもつ業界、特にスタートアップ企業への影響に注意を払う必要もあると考えられる。

[1] https://www.gov.uk/government/publications/ai-regulation-a-pro-innovation-approach/white-paper#annex-a-implementation-of-the-principles-by-regulators

[2] https://www.gov.uk/government/consultations/ai-regulation-a-pro-innovation-approach-policy-proposals/outcome/a-pro-innovation-approach-to-ai-regulation-government-response#executive-summary

[3] ファウンデーションモデル(さまざまなタスクをこなし、現在のAIの最新モデルに匹敵するか、それ以上の能力を持つ基礎モデル)を集合的に指す。

[4] https://www.gov.uk/government/news/cma-outlines-growing-concerns-in-markets-for-ai-foundation-models

[5] https://www.gov.uk/government/speeches/opening-remarks-at-the-american-bar-association-aba-chairs-showcase-on-ai-foundation-models以下のコメント、図についても同じ出典より引用。

[6] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17CEA0X10C24A4000000/

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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