2024.11.29 イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

MWCラスベガス2024:速報レポート

MWCラスベガス会場入り口(出典:文中掲載の写真は、一部記載のあるものを除きすべて情総研撮影)

MWCラスベガス2024 概況

2024年10月8日から10日にかけて、米国ラスベガスで米国最大級のモバイル関連カンファレンス「MWCラスベガス2024」が開催された(写真1)。MWCラスベガスは、スペインで毎年2月末に開催されているMWCバルセロナとは違い、主に米国モバイル業界における最新戦略や業界トレンドが発表されるカンファレンスとなっている。規模に関しては、MWCバルセロナと比較して小さいが、最新のモバイル技術やサービスを展開する米国の現状やトレンドを理解する上では非常に重要なカンファレンスである。筆者は、約10年前からほぼ毎年参加しており、本カンファレンスを通じて米国市場の変化を見てきた。本稿では、MWCラスベガス2024の速報レポートとして、同カンファレンスでの注目すべき動向を報告する。なお、報告は概要までにとどめ、同カンファレンスの詳細は次号以降に紹介したい。

【写真1】MWCラスベガス会場入り口

【写真1】MWCラスベガス会場入り口

テーマは「キャリアのマネタイズ機会」

MWCラスベガスでは、毎年カンファレンスのテーマが設定されている。昨年2023年のテーマは「Velocity(加速)」であり、モバイル市場の成長促進やAIなどの最新技術の導入を加速させるという意味が込められていた。一方、今年のテーマは「5G for Enterprise IT(エンタープライズITのための5G)」とされ、昨年の「Velocity」のような躍動感あふれるテーマとは異なり、より具体的な方向性が示された。

このテーマ設定の背景には、コンシューマー市場におけるARPU(1契約当たりの平均収益)の減少がある。米国無線通信業協会(CTIA)のデータによれば、2012年から2022年にかけてデバイス収益を含まないARPUは29%減少しており、1GB当たりの収益も同期間で98%減少している(図1)。このような市場環境の中、本カンファレンスではキャリア各社が中心となり、法人市場での5G活用を通じた新たな収益機会の創出が主要な議題となった。

【図1】米国モバイル市場:年々減少するARPU

【図1】米国モバイル市場:年々減少するARPU
(出典:CTIA, “An Economic Analysis of Mobile Wireless Competition in the United States”, Dec.11, 2023)

国内外で開催されている他のカンファレンスと同様に、MWCラスベガスでも展示や各社のキーパーソンが発表・議論を行うセッションが提供されている。今年のテーマである「5G for Enterprise IT」に沿って、展示やセッションでは法人市場での5Gの活用に焦点が当てられており、最新技術やビジネスモデルが数多く紹介されていた。ここからは、本カンファレンスの展示会場の様子を報告したい。

展示会場の様子:存在感が増したT-Mobile

MWCラスベガス2024の展示会場は、MWCバルセロナと比較すると小規模だ。この規模は例年どおりで、歩いて見て回るだけなら1時間もあれば十分である。しかし、規模は小さいながらも、米国市場で活躍している企業の動向が一目で分かるのが特徴だ。

展示会場を見渡すと、昨年に続き大きな存在感を放っていたのがT-Mobileのブースだ(写真2)。2019年頃まで同カンファレンスでは、Verizonが展示会場の一等地にブースを構えていたが、昨年からはT-Mobileがその位置を占めている(写真3)。なお、2018年のT-Mobileブースはトラック1台だった(写真4)。

【写真2】T-Mobileが展示会場の一等地を確保

【写真2】T-Mobileが展示会場の一等地を確保

【写真3】2019年のVerizonの展示(左)、【(参考)写真4】2018年のT-Mobileの展示(右)

【写真3】2019年のVerizonの展示(上)、【(参考)写真4】2018年のT-Mobileの展示(下)

これは、米国市場においてT-MobileがVerizonやAT&Tと肩を並べるまでに成長したことを物語っていると言える。T-Mobileは過去10年で劇的な変革を遂げた企業だ。かつて市場シェア第4位だった同社は、2013年に開始した「Uncarrier戦略」と、2018年のSprintとの合併により急速にシェアを拡大してきた。特にUncarrier戦略では、2年契約の縛りを廃止するなど、従来のキャリアビジネスの常識を覆し、顧客中心のマーケティング戦略を展開して急成長の礎を築いた。近年の5G戦略においても、競合のVerizonがミリ波による5Gを展開する一方で、T-Mobileはミッドバンドを中心にカバレッジの確保を進め、「つながる5G」として市場での地位を確立している。また、つながるだけでなく高品質な5Gの提供を目指し、世界的にも早い段階で5G SA(スタンドアローン)の導入を実現した。MWCラスベガス2024では、この5G SAを活用した法人向けのネットワークスライシング・ソリューションが発表され、T-Mobileが法人市場に対しても新たな技術で挑戦している姿勢を印象付けた。

法人市場強化:「キャリアのためのAI」から「キャリアによるAI提供」

基調講演や一般講演で、キャリアの新たな収益機会として大きな注目を集めたのが「法人向けAIソリューション」だった。昨年は、AIを活用したコールセンター業務の自動化や社内データの分析、ネットワーク運用・管理の効率化と自動化など、「キャリア自身のためのAI活用」が議論の中心だった。今年のセッションでも同様の議論が続けられた一方、昨年とは異なり、キャリアが本格的にAIソリューションを「顧客に提案」し始めた印象を受けた。

例えば、米国大手キャリアのAT&Tは、監視カメラとAIを活用したアセットマネジメント・ソリューション「IoT Video Intelligence 」を提案していた(写真5)。このソリューションは、従来のカメラ映像を利用した工場内の製品トラッキングに加え、映像内のすべてをAIによりリアルタイムで分析することが可能となり、多様なユースケースに対応できることを強調していた。また、ライバルのVerizonも、自社ネットワークで活用しているAI技術をセキュリティ商材として、ヘルスケアや金融業界に提案していることを明らかにした。AT&Tは、自社ネットワークを最新のサイバー攻撃などから守るために使用されているこのAI技術が、同様の重要インフラを持つヘルスケアや金融業界にとっても説得力のある提案となっていると主張した。

このように、今年は米国キャリアがAIを活用した新たな収益機会を目指し、取り組みをいよいよ本格化させている様子がうかがえた。

【写真5】AT&T、「IoT Video Intelligence」

【写真5】AT&T、「IoT Video Intelligence」

キャリアソリューションを求める国家安全保障関連機関

MWCラスベガス2024では、国防総省(DoD)や米軍(陸・海・空)など、国家安全保障関連の政府機関の通信担当者による基調講演や一般講演が数多く行われた。例年、米国政府からの参加は主に連邦通信委員会(FCC)や商務省の通信情報局(NTIA)といった通信関連機関による講演が中心で、国家安全保障関連機関による講演はほとんど見られなかった。こうした変化の背景には、近年の中国やロシアとの安全保障上の緊張の高まりがあると考えられる。

基調講演では、DoDがOpen RANに準拠したソフトウェアベースのネットワーク導入に向けた取り組みを発表した(写真6)。DoDを含む政府系ネットワークは依然としてハードウェアベースで構築されており、迅速なネットワーク制御が困難であるという課題が指摘された。DoDは、ソフトウェアベースのネットワークを導入することで、ネットワーク制御の柔軟性が向上すると同時に、最新のセキュリティ施策を迅速に反映できると主張している。その実現には、キャリアを含む民間企業との連携が不可欠であり、今後さらに連携を強化する方針が示された。

【写真6】基調講演:DoD、ネットワーク戦略を発表

【写真6】基調講演:DoD、ネットワーク戦略を発表
(出典: MWC Las Vegas 2024 https://www.mwclasvegas.com/agenda/sessions/4871-keynote-4-from-engagement-to-empowerment-a-network-of-resilience)

キャリアはこれまでも政府関連ネットワークに対してソリューションを提供してきたが、安全保障対応の強化に伴い、米国内ではキャリアによるネットワークソリューションへのニーズがさらに高まっている。今後、日本でも同様のニーズが高まることが予想され、キャリアにとって新たな収益機会が増える可能性がある。

MWCラスベガスは小規模だが有意義なカンファレンス

MWCラスベガスは、MWCバルセロナと比べて規模は小さいものの、米国の通信業界の動向を把握する上で欠かせない重要なカンファレンスである。今年のMWCラスベガスもその例外ではなかった。米国内のみならず、各国のキャリアにとって収益化が大きな課題となる中、本カンファレンスでは多様な産業向けのAIソリューション提案や、DoDなど安全保障関連機関によるネットワークソリューションへのニーズの高まりが示された。いずれも、キャリアの収益機会創出に向けた重要な示唆を提供していると言えるだろう。

 

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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