2021.11.11 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

イスラエルにおけるスタートアップエコシステム ~なぜイスラエルイノベーションが世界から注目を集めるのか

この記事は、Kineret Muller(NTT Innovation Laboratory Israel, Director of Business Development )が執筆し、高阪 泉(日本電信電話株式会社 グローバルビジネス推進室 担当課長)が監修・翻訳しました。


イスラエル
スタートアップ国家からスケールアップ国家へ

イノベーション・エコシステム

イスラエルでは世界で最も先進的な技術が開発され、多くの成功した技術系スタートアップが誕生し、500社以上のグローバル企業の研究開発事業が拠点を構えている。スタートアップ企業の数は9,000社以上にのぼり、毎年1,000社を超える企業が新規に設立されることから、イスラエルは“スタートアップ国家”と広く呼ばれているが、ここ数年の実績は他のスタートアップの発展を後押しする“スケールアップ国家”やユニコーン企業を多く有する国と比較しても遜色がない。直近3年間に誕生した世界のユニコーン企業の約10%がイスラエルで設立されたことはその証左と言えよう。

イスラエル“秘伝のタレ”

イスラエルにおいて画期的な技術を生み出してきた“秘伝のタレ”として、政府、学界、産業界など多くの関係者からなる特徴的なイノベーション・ネットワークの存在があげられる。これら関係者間のネットワーク、コミュニティがイスラエルのスタートアップエコシステムをユニークな存在として際立たせている。スタートアップを育成し前進させる主要な技術アクセラレーター、イスラエルに研究開発拠点を開設した約90のアクティブなベンチャーキャピタル、約500の多国籍企業もエコシステム内では重要な役割を果たしている。エコシステム内の緊密性がイノベーションクラスターを生み出し、イスラエルエコシステムの発展に寄与している。“すべての人や物事は6ステップ以内でつながり友人の友人を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる”と考える“六次の隔たり(six degrees of separation)仮説”が存在するが、イスラエルでは異なる分野で活動する起業家、エンジニア、研究者間の個人的なつながりの近さを“一次の隔たり(one degree of separation)”と表現することにもエコシステム内の緊密性が表れている。

また、イスラエルは人口当たりのエンジニア数の割合が世界で最も高く、またGDPに占める研究開発への投資率では世界第2位であることも特徴としてあげられる。

最後にイスラエル文化がイノベーションエコシステムの発展に与える重要性も忘れてはならない。イスラエルの起業家精神は、“失敗を受け入れ、失敗から学び、リスクを取る”という考え方に深く根差している。厳格に定義された階層がないこと、妥協を許さない厳しいプロセスが存在しないことにより、誰もが迅速かつ柔軟な方法で新しい解決策を探求することが可能となり、結果として新たなアイデアを実現する新技術を数多く創造してきた。

「夢を見ることは生き残ること」

1994年にノーベル平和賞を受賞し、イスラエル・ハイテク産業創始者の一人としても有名な故シモン・ペレス大統領は、“夢を見ることは生き残ること”だと語った。イスラエルが長い歴史の中で生き残ることができたのは、未来を追い続け夢を見ることができたからだと理解できる。人間の創意工夫を追い求める大胆なイノベーター、新たな考え方により問題を解決する者を多く輩出してきたイスラエルにおいて、この言葉はスタートアップ国家としてのイスラエルを特長づける象徴的な言葉と考える。以下に、“スタートアップ国家”イスラエルにおける大型M&Aを示す(図1)。

【図1】イスラエルにおける大型M&A

【図1】イスラエルにおける大型M&A
(出典:各種公開資料より筆者作成)

ユニコーンクラブ

Crunchbase[1]によると2021年上半期末時点で、かつては珍しかったユニコーンが全世界で879社以上、時価総額で3兆ドル近くに達しており、そのうち約10%をイスラエル企業が占めている。近年のイスラエルにおけるユニコーン・ブームのきっかけは何だったのだろうか。その要因の一つとして、安定したイスラエル経済を背景に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応するため生まれたリモートワーク、遠隔医療サービス、Eコマース等の新たなニーズに対し、リモートおよびクラウドベースのサービス、ソリューションを即時に提供することでデジタル変革(DX)を実現したことがあげられる。

2021年第1四半期だけで、イスラエルで設立された10社が新規にユニコーンクラブ入りした。パンデミック期間において、イスラエル企業への注目が高まった理由は大きく2点あると考える。第1に“市場変化への迅速な対応”があげられる。パンデミック期間中は、市場の新しいニーズに迅速に製品を適合させる必要があったため、規模の小さいスタートアップ企業が有利だった。新しい現実に素早く適応するのに苦労した欧米系大企業と比較して、柔軟で機敏なビジネス活動が特徴であるイスラエル企業が存在価値をあげた。第2に、“リモートワークの浸透によるイスラエル企業の価値見直し”があげられる。イスラエルのスタートアップ企業が蓄積してきた膨大な経験にもかかわらず、これまでその価値は低く見積もられがちだった。グローバルでリモートワークが広く浸透するのに伴い、多くの海外企業、投資家と積極的な協業、提携を進める機会が増えたことで、イスラエル企業のイノベーティブな価値を正しく評価されることにつながったと考える。

2021年第1四半期にユニコーンの仲間入りをしたスタートアップ企業と提供するソリューションについて、表1に紹介する。

【表1】2021年第1四半期にユニコーンの仲間入りをしたスタートアップ企業と提供ソリューション

【表1】2021年第1四半期にユニコーンの仲間入りをしたスタートアップ企業と提供ソリューション
(出典:10 Israeli-Founded Companies Reach Unicorn Status in 1st Quarter Of 20213をもとに翻訳者加筆)

【図2】イスラエルハイテク産業への日本投資(2015-2021/H1)

【図2】イスラエルハイテク産業への日本投資(2015-2021/H1)
(出典:Harel-Hertz Investments House,“Japanese Investments in Israel 2021 H1 Report”)

日本のイスラエル投資

日本の産業界は、イスラエルを画期的な技術を開発するイノベーション・センターととらえ、イスラエルとの協力関係が真のシナジーを生み出すことを理解している。イスラエルと日本の能力は補完的であり、新たな価値を創造することが可能な関係性にある。日本企業には世界のリーダー企業が多くあり、技術力に基づく高品質な製品を生産している。一方イスラエル企業は、主にスタートアップ企業が中心であり、あらゆるビジネスを次のレベルへと推進する革新的なソリューション提供を得意としている。

日本企業がイスラエルにイノベーションを期待する傾向は、企業買収、イスラエルにおける法人設立、イスラエルと日本企業の合弁事業、イスラエルと日本政府による共同プラットフォームの設立等、対イスラエル投資の増加に反映されている。武田薬品、ソニー、損保ジャパン、日本電気、楽天、NTT等を含め、約90社の日本企業がイスラエルにイノベーションハブを設立している。

対イスラエル投資状況

COVID-19の感染拡大にもかかわらず、日本のイスラエルへの投資額は過去最高を更新した。Harel-Hertz Investments House[2]によると、2021年上半期の投資総額は9億8,700万ドルで、前年同期(4億3,200万ドルが投資された)に比べて128%増加した。

NTTイノベーションラボラトリーイスラエルの活動

NTTはイスラエルにおける最先端技術を自社グループ会社とその顧客に取り込み、新規ビジネスを創出することを目的として、2021年7月にNTTイノベーションラボラトリーイスラエル(以下、「NTTイスラエル」)を設立した。同社はイスラエルのエコシステムから生まれる画期的なイノベーション技術を早期に展開することで、付加価値を創出するNTTの戦略的資源となるべくビジネス活動に取り組んでいる。

NTTイスラエルは、NTTグループの取り組みと顧客ニーズ、そしてイスラエルのイノベーションエコシステムの双方に深く関わることで、最先端のソリューションを提供、顧客ビジネスの進化をサポートしている。イスラエルにはイノベーティブで先端的な技術が数多くあるが、同社はビジネス上競争優位性があるサイバーセキュリティ、デジタルヘルスケア、AIの3分野を主要分野と定義しビジネス活動を行っている。以下にこれら3分野におけるイスラエルの近況を記す。

サイバーセキュリティ

イスラエルでは、セキュリティニーズから開発されたサイバーセキュリティ技術が、現実世界でテストされ、商用化されている。企業活動は様々な政府プログラムによってサポートされ500社以上のセキュリティ企業が存在する。イスラエルは卓越した技術力から、サイバーセキュリティの世界的リーダーと考えられている。

デジタルヘルス

イスラエルは医療データを完全にデジタル化した最初の国であり(約98%のデータがデジタル化済み)、この分野には国家プログラムの支援を受けた550社が存在する。

AI

AI技術を開発している企業は1,600社あり、将来の国家プログラムとして焦点があてられている。

上記3分野以外にも、イスラエルのイノベーション・エコシステムは、毎年多くの分野で新たなスタートアップを生み出している。例えば430社もの企業が存在するFintech、1948年にモトローラが北米以外で初の支店をイスラエルに開設したことにより誕生した電気通信インフラ等、ビジネス価値を創出できる分野は多岐にわたる。

 

[1] “Global Venture Funding Hits All-Time High In First Half Of 2021, With $288B Invested” https://news.crunchbase.com/news/global-vc-funding-h1-2021-monthly-recap/

[2] “Japanese Investments in Israel 2021 H1 Report” https://israel-keizai.org/wp/wp-content/uploads/ 2021/07/Japanese-Investments-In-Israel-2021-H1-Final.pdf

[3] https://nocamels.com/2021/04/9-israeli- companies-unicorn-1b-q1-2021/

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

Kineret Mullerの記事

関連記事

InfoCom T&S World Trend Report 年月別レポート一覧

2024(27)
2023(91)
2022(84)
2021(82)
2020(65)
2019(70)
2018(58)
2017(32)
2016(26)
2015(26)

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード