2021.11.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

EUタクソノミーとその影響

世界中で異常気象による災害が多発するようになり、地球温暖化に対する懸念がますます深刻になってきている。2020年10月に、日本政府は、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言し、さらに本年4月には米国主催の気候サミットにおいて、「2030年度において、温室効果ガスの2013年度からの46%削減を目指す」ことを宣言したのはご存知の方も多いだろう。しかし、一方で、2021年10月25日、世界気象機関が、昨年の大気中の温室効果ガスの濃度が史上最高を記録し、二酸化炭素は産業革命前の149%にまで上昇したと発表するなど、厳しい状況は続いている。10月末から始まったCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議、本稿執筆時点では開催中)では、パリ協定第6条で規定する市場メカニズムについて合意が期待されており、こうした枠組みが整うことで、グローバルベースでの温室効果ガス排出削減に向けた取り組みが加速していくと考えられる。

多国間の枠組みでは、先進国と発展途上国、そして各国のポジションによってグループが形成され、自国にとって有利、有益な方向に誘導するのは世の常ではあるのだが、こと環境問題においては、先進国の中でも特にEUの取り組みが先頭を走っていると言えるだろう。EUは2019年12月に欧州グリーンディールを発表し、環境に配慮しながら経済成長を図り、2050年までに気候中立(climate neutral:二酸化炭素だけでなく、メタンなどすべての温室効果ガスの排出と吸収を実質ゼロにする)を目指すとともに、2030年の温室効果ガスの削減目標を1990年と比較して最終的に55%削減するというかなりアグレッシブな目標を掲げている。

欧州グリーンディールの達成に向け、EUは様々な施策を打ち出している。気候中立のためには莫大なコストが必要となるわけだが、2020年1月には欧州グリーンディール投資計画を発表し、10年間で官民合わせて少なくとも1兆ユーロの投資誘導を目指すとした。実は、欧州グリーンディール発表前の2018年5月、欧州委員会は持続可能な投資促進のための枠組み構築に向けた規則を提案し、欧州グリーンディール発表の1週間後に、欧州議会とEU理事会が、持続可能な投資対象を判断するための類型基準を定めた規則案について合意したと発表した。この類型がEUタクソノミーと呼ばれるもので、タクソノミー規則として2020年7月に施行されている。一方、2018年7月に設置された技術専門家グループ(TEG)が、2019年6月にはTaxonomy Technical Report[1]を公表、2020年3月には最終報告書[2]を公表し、更なる議論を経て、2022年1月から適用となる最初のEUタクソノミー気候委任法(EU Taxonomy Climate Delegeted Act)にその内容が盛り込まれている。

EUタクソノミー規則は、6つの環境目標(1.気候変動の緩和、2.気候変動への適応、3.水と海洋資源の持続可能な利用と保護、4.サーキュラーエコノミーへの移行、5.公害防止と汚染管理、6.生物多様性と生態系の保護と回復)を掲げている。そして、環境的に持続可能な経済活動として定義される活動は、これらの環境目標の最低一つに実質的に貢献し、かつその他の環境目標に対して著しい害を及ぼさず、最低限の社会的セーフガードを遵守し、技術スクリーニング基準に従うことが求められる。すなわち、気候変動の緩和や適応にいくら貢献しても、他の環境目標に害を及ぼすのであればタクソノミー適格とはならないということが明言されている。EUタクソノミーは、前述のとおり持続可能な投資対象を判断するための類型基準であり、適用となるのは各国政府や金融市場の参加者、金融機関、EUの上場企業や一部の大企業などに限られてはいるが、検討が進んでいるサステナビリティ情報開示指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)が開始されると、適用対象が大幅に拡大され、多くの企業が売上高に占めるEUタクソノミーに準拠する活動による売上、投資、費用比率などについての情報開示を求められることになる。

最初のEUタクソノミー気候委任法では、6つの環境目標のうち、気候変動の緩和と気候変動への適応についての基準が示されており、気候変動の緩和に関しては、林業、製造業、エネルギー、水資源、運輸、建築、情報通信、専門科学技術が、気候変動への適応に関しては、それらに加えて、金融保険、教育、保健・社会福祉、芸術・エンターテインメントと幅広い分野がカバーされている。情報通信分野では、気候変動の緩和に関して(1)データ処理、ホスティングおよび関連業務、(2)温室効果ガス削減のためのデータ活用ソリューション、の2つが、気候変動への適応に関しては、(1)データ処理、ホスティングおよび関連業務、(2)コンピュータープログラミング、コンサルティングおよび関連業務、(3)番組製作および放送業務、の3つがリストに含まれている。例えば、気候変動の緩和の(1)データ処理、ホスティングおよび関連業務については、欧州エネルギー効率向上プラットフォーム(E3P:European Energy Efficiency Platform)が発表している最新版の「データセンターの省エネに関するEU行動規範」、もしくは欧州電気標準化委員会(CENELEC:European Committee for Electrotechnical Standardization)のデータセンター設備のエネルギー管理に関する規定に沿っており、少なくとも3年以内毎に独立した第三者の監査を受けることや、空調機で使用する冷媒の地球温暖化係数(GWP:Global Warming Potential)が675を超えないこと、などが細かく規定されている。

EUタクソノミーは、本来はEUでの気候中立を実現するためのリストで、中国など一部の国では同様のリストを作成するなどしているが、環境問題対策で先陣を切っているEUのリストが今後世界の標準として用いられていく可能性は十分にある。2016年12月に欧州委員会が設立し、官民からサステナブルファイナンスの専門家が参加したハイレベル専門家グループ(HLEG)は、その時点でEUタクソノミーの確立を提言していた。こうした、早い段階から民間を巻き込んでルール作りに動き、他国(地域)に先んじてルールを制定することによって、デファクトスタンダードにしていくという流れは、グローバル社会の中で覇権を握りリードしていくためには不可欠だ。フォン・ デア・ライエン欧州委員会委員長は、欧州グリーンディール発表時に、「最初にそして素早く動くことでEU経済をグローバルリーダーにする[3]」と言っている。これこそが、日本や日本企業が生き残るために目指すべき方向なのではないだろうか。

[1] Taxonomy Technical Report  (https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/190618-sustainable-finance-teg-report-taxonomy_en.pdf)

[2] Taxonomy:Final report of the Technical Expert Group on Sustainable Finance  (https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/200309-sustainable-finance-teg-final-report-taxonomy_en.pdf)

[3] “We will help our economy to be a global leader by moving first and moving fast.”

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