2022.8.10 DX InfoCom T&S World Trend Report

DX化で進むスポーツベッティングの合法化について

Aidan Howe from Pixabay

公営ギャンブルのV字回復を支えたDX化

近年、新型コロナウイルス感染症対策として多くの人が集まるイベント等には自粛要請が出され、第3次産業に分類される多くの業界は集客数の激減により低迷を余儀なくされた。しかしこの時期に、そうした逆境をはねのけ活況となっているものの一つに「公営ギャンブル[1]」がある。

経済産業省が発表したサービス産業の活動の活発さを表す「第3次産業活動指数」のグラフを見ると、公営ギャンブルを含めたすべての産業の活動量は新型コロナウイルスの拡大が騒がれ始めた時期から低下しているが、公営ギャンブルはその後コロナ前の2019年の水準を超えるどころか、最高水準を大きく更新している(図1)。この動きは「ギャンブル」というくくりでは似た性質を持つと考えられるパチンコ市場とも、まったく違った動きとなっており、一層の注目を集めることとなった。

【図1】第3次産業活動指数と娯楽業の内訳6分類の動向

【図1】第3次産業活動指数と娯楽業の内訳6分類の動向
(出典:経済産業省 資料)

各公営ギャンブルの競技団体は、長らく休日には家族で楽しめるイベントを実施したり、またレースのない日には、市民や学生に競技体験ができる場所として、あるいは練習場所として競技場を開放したりするなど地道なファン獲得活動を続け人気の拡大を試みていた。しかし今回の市場拡大をけん引したのは早朝や夜間、深夜までレースを行い、老若男女が時間や場所にとらわれず気軽にインターネットで投票できる仕組みを整えたことといった、所謂DX化によるところが大きいと言われている(図2)。

【図2】公営ギャンブル売上におけるインターネット投票の割合(%)

【図2】公営ギャンブル売上におけるインターネット投票の割合(%)
(出典:ギャンブル等依存症対策推進関係者会議資料/内閣官房 から作成)

公営ギャンブルの売上の一部は、各団体の運営やチーム/競技環境などの強化に使われるだけでなく、社会保障費などの財源にも活用されるため、多くの人にとって歓迎される事象である。

そこで本稿では、今夏の参院選後、合法化を目指す動きが活発になるとの見方もあるスポーツベッティング(スポーツイベントの結果に対する賭け)の現状および今後についてまとめたい[2]

世界中で導入が進むスポーツベッティングとは?

日本では、前述の公営競技、およびスポーツ振興くじ「toto」の対象であるサッカー以外のスポーツへのギャンブルは刑法185条などにより不法行為(違法)とされている。しかし近年、海外では様々な国で幅広いスポーツ競技がギャンブルの対象となっており、その市場は拡大している。米国の調査会社レポートオーシャンが昨年公表したレポートによると、世界のスポーツベッティング市場は、2020年には既に約1,301億米ドルとなっており、その後2021年から2027年の期間に平均8.73%の成長率で拡大を続け、2027年までには1,627億3,000万米ドルに達すると予測されている。

各国別のスポーツベッティングの状況はというと、まずベッティング先進国の「英国(イギリス)」では、1960年代から政府公認のブックメーカーが存在し、スポーツに限らず天気や選挙結果などあらゆることが賭けの対象となっている。その他の欧州諸国(イタリア、フランス、ドイツ)でも、2000年代以降民間企業に向けたスポーツベッティング事業の開放が進んでおり、活況となっている。

また米国においても、当初ラスベガスがあるネバダ州等、いくつかの地域に限られていた合法的なスポーツベッティングだが、2018年に米国最高裁判所より「合法とするか否かは各州の決定に委ねる」という判決が出たことによって、合法化に踏み切る州が急激に増加し、33州(2022年4月時点)まで拡大している。その他、カナダでも2021年に合法化され、G7の中でスポーツベッティングが合法化されていないのは日本のみという状況である(図3)。

なお、日本では「=ギャンブル」としてネガティブなイメージを持つ人が少なくないスポーツベッティングだが、海外では「ゲーミフィケーション」のイメージが近く、所謂「大人のレジャーの一部」として市民権を得ていると言われている。

【図3】スポーツベッティングに関する各国の状況

【図3】スポーツベッティングに関する各国の状況
(出典:ABEMA NEWS等の情報から作成)

日本のスポーツベッティング市場はなんと7兆円!?

昨年、インターネットテレビ局「ABEMA(旧称AbemaTV)」、芸能人ブログ「アメブロ」でお馴染みの企業サイバーエージェントは「(英国をはじめとする欧州、米国などと同様に)日本においてスポーツベッティングが解禁された場合、投票権の総売り上げは最大7兆円に達する」という試算結果を発表している[3]。もちろんこの金額はあくまで試算ではあるが、競馬(約4兆円)、競輪(約1兆円)などの総売り上げと比べても非常に大きな数字であり、大きな話題として取り上げられた。

前述の海外主要先進国では、スポーツ産業を起点としたベッティングの収益を財源に、関連スポーツ団体への支援、および子どもの教育や貧困問題、雇用創出といった社会課題の解決に取り組む持続的な資金循環・エコシステムが形成されている。

実際、米国ではスポーツベッティング合法化に伴って4大プロスポーツリーグの収益が年間約 4,700億円増加。また福祉や教育にも充てられる税収は約300億円(2018年5月から2020年5月の2年間)に上ったとの報道もあった。

スポーツベッティングの課題はDXで解決可能!?

日本におけるスポーツベッティング導入の議論で課題として大きく取り上げられていることに「ギャンブル依存症問題」と「八百長対策」がある。これらはスポーツ振興くじ(toto)導入時にも懸念され、多くの時間が議論に費やされた。

しかし、「ギャンブル依存症問題」については、既に始まっている公営ジャンブルのネット投票時には必要となるマイナンバー登録を含め様々な個人情報を入力させる仕組みが実用化されており、当然各人の取引データの取得が可能となっている。AI監視による依存症防止のアラート設定や、本人や家族からの申請による利用停止処理を行うことは容易で、依存症対策として十分機能すると考えられる。

また「八百長対策」についても、スポーツのポジティブな面を損なわない状態(スポーツインテグリティ:日本語では「スポーツの誠実性」)に関する取り組みが既に始まっており、スポーツに様々な八百長が持ちこまれることを防止する活動が行われている。実際の活動は各競技団体によって様々だが、昨今ではベッティングのオフィシャルな事業者と協力し、八百長が起こりやすい試合やマッチカード、プレーヤー、審判、さらに選手のパフォーマンス映像の解析などにAI技術を導入するような試みも進んでおり、近年その技術は飛躍的に改善されていると言われている。

このように、最新のIT技術の活用により導入当初に懸念される事態を回避する目途は立っていると言えるのではないだろうか。

スポーツ業界だけでなくIT業界の発展のために

2021年夏「東京五輪」はほぼ無観客での実施ではあったが、大変な盛り上がりを見せた。しかし投入された税金の総額は1兆6,440億円(朝日新聞の報道)とも言われている。この他、大会後に多くの競技団体や選手のスポンサーの撤退が起きているという報道ともあいまって、こうしたスキームには限界が来ているとの指摘も多く、日本のスポーツ業界においても新しい改革が求められている。

今後スポーツベッティングの正式な導入までには、法改正を含め、様々な議論が必要となるが、こうして日本で合法化の議論をしている間にも海外では非常に大きな金額(一説には10兆円規模とも言われる)が日本のスポーツ競技を対象に賭けられており、国内への利益還流機会を逸してしまっているとも言える。

今後スポーツベッティング導入に関する議論が活発化し、国内正規市場が作られ、スポーツ産業、並びにその健全性を支えるIT産業がさらなる発展/向上に向かうことを期待したい。

 

[1] 法律によって,特殊法人や地方公共団体による施行が許可された賭け事で、競馬,競輪,競艇,オートレースの 4収益事業がそれにあたる

[2] 本稿ではスポーツべッティングの対象として、既に公営競技として解禁されているものを除いている。

[3] 同社による算出根拠は、「スポーツベッティングを採用している各国(アメリカ、イギリス、デンマーク、イタリア、スペイン、フランス)におけるスポーツベッティング売上、成人人口、GDP、税率から作成した推計式に、日本の人口及びGDP統計を当てはめて市場規模を推計」(サイバーエージェントプレスリリース、2020年10月7日 https://www. cyberagent.co.jp/news/detail/id=25267)

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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