予測メンテナンス
IoT (Internet of Things) の進展が目覚ましい。GEは2011年にIIoT (Industrial IoT) の分野で先陣を切って数十億ドル規模の大型投資を行い、これに多数の企業が続いている。GEなどが取り組んでいるのは、エンジンやタービンなどの設備機械に各種センサーを取り付け、それらの稼働状況に関する様々なデータを収集し、アナリティクスを提供するというものだ。
設備機械が故障した場合、企業は生産力を失う上、復旧のために時間的・経済的コストを強いられることになる。設備機械がなくてはならない重工業分野やエネルギー分野などの産業では特に影響が大きく、設備機械の予期せぬ故障が最大のオペレーション・リスクとなる。
IoTによって生み出されるデータを活用するAI/機械学習モデルにより、設備機械自体やそれを構成する部品の故障時期やどのような故障が起きるかを事前に予測することができる。例えば、航空機エンジンの稼働状況やメンテナンス履歴、航路情報などのデータに基づき、適切な時期にメンテナンスの実施や部品の交換が行われている。これにより、機体が運航している最中にも必要なアクションが取れるため、欠航や遅延の可能性を軽減することに成功している。航空機の稼働効率の向上だけでなく、メンテナンス従事者の能率アップや人件費削減、スペア部品のストックの最適化にも寄与する。
このように、設備機械のメンテナンスにアナリティクスを活用して故障を予期し、事前に有効なアクションを取れるようにすることを予測メンテナンスと呼び、IIoTの重要なアプリケーションの一つとなっている。
予測メンテナンスの市場規模
海外の調査によれば、2016年における予測メンテナンス市場の規模は15億ドル程度だったが、2022年には約110億ドルになる見通しだという。これは世界全体の数値であるため、規模としてはそれほど大きなものではないが、急成長が期待できる市場だ。この6年間の年平均成長率は実に39.5%となる。
熟練技術者の「第六感」のデジタル化
予測メンテナンスという概念自体は新しいものではなく、IoT以前からあった。しかし、IoTによって、これまでできなかったことができるようになっている。例えば、タービンのメンテナンス。IoTを活用した予測メンテナンスでは、音センサーや振動センサーでタービンの回転音・振動をデータとして拾い、収集したデータを解析することで、回転音や振動パターンの微妙な違いから故障や部品交換の時期を予測する。
こうした作業はこれまで熟練技術者が担当することが多く、長年の経験によるノウハウや勘、いわゆる「第六感」に依存する部分が大きかった。近年では、日本国内だけでなく海外においても設備機械のメンテナンスに必要な人的リソースの不足が指摘されていることに加え、安全性要求の高まりを背景として、このような熟練技術者の「第六感」はIoTを活用した予測メンテナンスに置き換えられている。
大型の設備機械であるほど構造が複雑になりがちなため、センシング対象となる項目が1つであることは稀で、音、振動、圧力、温度、湿度、摩耗など複数のセンシングデータを総合的に処理することで予測メンテナンスを行う。項目が多岐にわたれば、故障や部品交換の時期を人力で正確に予測するのは困難になる。そこで、アナリティクスが大きな効果を発揮する。
新日鐵住金は製鉄所の生産設備に予測メンテナンスを導入し、大きな成果を上げている。単一製品を単一工程で製造している限りは熟練技術者による経験知と勘で十分な故障予測ができていたが、生産プロセスの多様化に伴って故障予測業務の難度が上がっていることが課題だった。予測メンテナンスを導入したところ、従来手法で確認できた4カ所の劣化に対し、新たに10カ所の劣化を発見でき、隠れた予兆を一気に検出できるようになったという。
予測メンテナンスは 新たなビジネスモデルへの転換を加速
予測メンテナンスがもたらすのは、設備機械の稼働効率アップやコスト削減に留まらない。IoTの本質はプロダクトをサービス化(XaaS化)するということにあり、ドイツのKaeser Kompressorenはこの点をフルに活かしてビジネスモデルの転換を果たしている。同社はコンプレッサ(気体圧縮機)業界の中では中堅の位置付けにあり、大手に対抗するための社内改革に取り組んでいた。その主たる要素が予測メンテナンスであり、同社は予測メンテナンスの導入を通じて新たなビジネスモデルの構築に成功した。
コンプレッサは製造業をはじめとして幅広い産業分野で稼働しているが、従来は基本的に売り切りで顧客企業の工場などに納入し、必要に応じてアフターサービスとしてメンテナンスを提供するという形だった。同社は現在、従来の売り切りビジネスよりもEaaS (Equipment as a Service) ベースのビジネスに注力している。すなわち、設備機械自体を提供するのではなく、設備機械から得られるアナリティクスによる予測メンテナンスを月額サービスとして提供する形態に転換した。同社はコンプレッサに速度センサー、温度センサー、圧力センサー、振動センサーなどを取り付け、これらから得られるデータと社内基幹業務システムのデータを組み合わせた予測メンテナンスを行うことにより、「オイル交換」などのアラートを出力する他、24時間以内の故障を予期可能としている。
同社のFalko Lameter CIOは「稼働時間の向上、ダウンタイムの短縮、オペレーション・リスクの軽減、イノベーション・サイクルの加速などの効果が出てきている。特に重要な効果として、当社の製品やサービスを顧客のニーズに合致した形でうまく組み合わせて提供できるようになったことが挙げられる。常にリアルタイムデータを参照することにより、健全な利益を得つつ、変化し続ける顧客ニーズに合致した形でサプライチェーンを調整できるようになった」とコメントしており、予測メンテナンスの効果に大きな手応えを感じている。また、EaaSベースの月額サービスというストックビジネスとすることで、財務的な安定度も増すと考えられる。
このようなプロダクトのサービス化自体も新しいものではなく、プリンターにセンサーを取り付けてインクの残量をモニタリングし、インクがなくなる前に自動注文できるようにしたHPなど、以前から事例は多数存在する。予測メンテナンスの意義は、プロダクトのサービス化に伴うビジネスモデルの転換をさらに加速することにあると言えそうだ。
予測メンテナンスは他分野にも広がるか?
予測メンテナンスの導入は、重工業分野やエネルギー分野が他の業界に比べて先行している。これは重厚長大型産業では投資対効果が大きく現れやすいため、当然と言えば当然だ。イタリア最大の鉄道会社Trenitaliaは、予測メンテナンス・システムの構築に約4,500万ユーロを投資しており、年間13億ユーロのメンテナンスコストを8~10%削減できるのに加え、さらに年間1,000~2,000万ユーロの諸費用を抑制できるとしている。これが事実なら、メンテナンスコストの削減だけでも5年で投資分を回収できる計算になる。
今後、予測メンテナンス市場の広がりは他の産業分野にどの程度導入されていくかにかかってくると思われる。大型の設備機械やインフラ構造物にセンサーを常設して稼働状態を連続モニタリングする技術は何年も前から多数実装されている。しかし、IoTによって、安価なプロダクトの稼働状態もモニタリングできるようになっている。例えば、P&Gは2014年にセンサーを取り付けた電動歯ブラシ「Oral-B」を発表している。Oral-Bは今のところ、毎日の歯磨きデータを記録・分析し、ユーザーに合った歯磨きをガイドしてくれるというプロダクトだが、センサーの種類やデータの活用方法によっては故障を予期し、ユーザーのリテンションを図るといったマーケティングの用途にも使えるだろう。
センシングデータを処理した後は、それに応じて自動的にアクションを起こす必要がある。サポートセンターからユーザーにアウトバウンドコールする、リモートでの診断/修理を行う旨を通知する、必要に応じてスペア部品を発送するといった一連のサプライチェーンをうまく調整するには、予測メンテナンス・システムと社内基幹業務システムが接続されている必要がある。また、より重要なのは、プロダクトが安価か高価かにかかわらず、プロダクトをユーザーに販売した単なる物体としてではなく、自社の基幹業務システムの延長あるいは一部と捉える考え方だろう。
まとめ
アナリティクスを活用した予測メンテナンスによって生じる価値は、設備機械やインフラ構造物のコストを大きく上回る。安価なプロダクトであっても、自社の基幹業務システムを構成する一つの端末だと認識することで、予測メンテナンスの効果が発揮できる余地は大いに生まれそうだ。
データは量というよりはむしろ、予測や判断、意思決定プロセスにこれまでになかった新しい情報を付与するということが重要だ。企業活動の中で生じるデータのうち、構造化データの割合は少なく、ほとんどが非構造化データ(テキストや音声、画像、映像など)だ。意味のある新しい情報は、このようなデータレイク(非構造化データのログ)の中に潜んでいることが多い。今後、AI/機械学習モデルにより、センシングデータなどの構造化データとそれ以外の非構造化データからどれくらい有益な情報を引き出せるかが予測メンテナンスの発展にとってのカギとなりそうだ。
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