日本発、「できる」を実現するテクノロジー ~テクノロジーで一人一人が活き活きと活動できる社会へ
「できる」を支援するテクノロジー
「AIやロボットが何れは人の仕事を奪う」という議論がされて久しい。その一方で、それらテクノロジーが人間の不足部分を補い、人間の可能性をさらに広げているという議論はあまり聞かれない。
今回は、こうしたテクノロジーによって、身体機能を回復させたりするなど、障がいを持ったことで、これまではできなかった活動を「できる」ようにした例を紹介していきたい。
ロボットスーツ
ロボットスーツは人が身体に装着することで、動作の補助や筋力を補うことを目的にしており、これらはパワードスーツとも呼ばれる。代表的なものに日本のCYBERDYNE(サイバーダイン)社のHAL (Hybrid Assistive Limb) がある。HALには医療用と介護用のそれぞれ2種類がある。
医療用下肢タイプのロボットスーツHALは2016年1月に保険適応となり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄(せきずい)性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、シャルコー・マリー・トゥース病、封入体筋炎、遠位型ミオパチー、筋ジストロフィー、先天性ミオパチーの8疾患がHALを使った進行抑制治療の対象となっている。
HALは外部からのオンオフで機械的に制御されるのではない。HALの仕組みは、装着者が体を動かそうとするときに脳から神経を通して筋肉に出される動作についての微弱な電気信号(生体電位信号)を、皮膚表面に取り付けたセンサーで検出し、装着者がどのような動作をしたいかを認識することで、その動作に合わせてパワーユニットをコントロールする。これにより、外部からではなく、装着者の意思に沿って体を動かすことが可能になる。
例えば、先に挙げた疾患でのHALを用いた歩行機能を回復する治療では、HALが歩く動作をアシストしたときの、「歩けた」という感覚が脳に送られる。これを繰り返し行うことで、脳が「歩く」ために必要な信号の出し方を学習していく。また、保険適応が認定されている8疾患の他、脳卒中や脊髄損傷への使用についても臨床研究が進んでいるという。
これら医療用HALはCYBERDYNE社から各医療機関に対してレンタルで提供されている。
HALは日本以外にドイツ、米国でも医療機器として認証を取得しており、日本発の医療機器として、今後の更なる普及が期待される。
腰痛抑止は離職抑止
ロボットスーツは医療用だけではなく、介護といった職業的に腰への負担が大きい分野での腰痛予防としても注目されている。
介護の現場では、要介護者(介護される側)の入浴や排便時には抱き起こす等の力作業が伴い、介護者(介護をする側)にとって、腰への負担が必然的に大きくなっている。アシストスーツ事業を行っているユーピーアール株式会社が2019年1月に行った調査によると、「介護現場で働くスタッフの46%が、腰痛を理由に離職を考えた経験がある」という。この統計結果から、慢性的な人手不足の状況にある介護現場でこうした腰痛による離職を未然に防ぐことは大きな意義がある。また、介護だけではなく、厚生労働省の「業務上疾病発生状況等調査結果」(2015年)によると、「4日以上の休業を必要とする職業病の割合」の第1位は「腰痛」で、全体の60.4%を占めている。
こうしたニーズに対してCYBERDYNE社はHALのLumber Type(腰タイプ)を提供している。これは前述した下肢タイプの機能を腰回りに限定したイメージとなる。
HAL使用感について
このHAL腰タイプを実際に装着する機会があり、試着させてもらったので使用感をお伝えしたい。なお、今回試したものは生体電位信号を捉えて動くものではなく、疑似的に操作するものとなっている。
手順としては、スタッフの方に手伝ってもらいつつ、腰、脚を固定する複数のベルトを締める等で3分以上はかかったと思われる。機器の重さは約3kg。手で持った段階ではそれなりの重量を感じるが、実際に装着し、しばらくすると不思議と重量はほぼ気にならなくなる。これは個人的な感覚として、スキーブーツをはいた直後は重たいが、しばらくするとその重さに慣れてしまうのと同じように受け取れた。
その後、スタッフの方から、体の動かし方について簡単な説明を受け、屈伸をするような形で脚と腰を動かしてみた。確かに、腰回りがしっかり固定されたまま、モーターの力で補助され動いているのを感じる。例えると、電動アシスト自転車のペダルをこぐときにモーターが動作するときと似た感覚だ。荷物の上げ下ろしの動作を何度か試しにやってみたが、確かに腰への直接の負担は感じない。一言で表現すると、腰回りが「電動アシスト付き外骨格」になったような感じだ。余談だが、年に1回は定期的にギックリ腰に見舞われる筆者にとっては、「これがあると助かるかも」と正直思った。スタッフの方から聞いた話では、よく勘違いされることとして、「これを装着することで、今まで以上に重たいものを持ち上げられるようになる」という誤解があるそうだ。このHAL腰タイプは、あくまで腰への負担を減らす製品だということを認識いただきたい。
こうした機器の普及により、医療機器としての使用で疾病者の歩行機能が回復することや、介護現場等で腰痛による離職が減少し、雇用が安定化することが大いに期待される。高齢化社会を迎え、労働者不足が叫ばれる日本においては本当に求められている技術であることは間違いないだろう。
分身ロボット
CYBERDYNE社のロボットスーツは装着することで身体の機能を回復、サポートするもので、人々の社会参画を後押しするものであるが、ロボットの在り方として、全く別のアプローチも存在する。
ロボットを「分身」として活用することで、色々な理由で自分が必要とされる場所に行くことができなかったり、コミュニケーションが取れなかったりすることへの代替手段となるソリューションを株式会社オリィ研究所が提供している。
その代表的な製品が分身ロボットOriHime(オリヒメ)だ。OriHime本体にはカメラ、マイク、スピーカーが搭載されており、インターネットを通して操作が可能となっている。参加したい場所にOriHimeを置くことで、周囲を見回したり、聞こえてくる会話にリアクションしたりするなど、まさにその人がその場にいるようなコミュニケーションを可能とする。
身体労働をテレワークで
最近では、同社はOriHime-D(オリヒメディー)という遠隔で接客やものを運ぶことを可能にする分身ロボットを開発。2018年11月には東京・港区で分身ロボットカフェを開催した。そこではこれら分身ロボットを重度障がい者の人達が自宅等から遠隔操作で操作することで接客、給仕が行われた。
このロボットカフェは10日間限定で、あくまで実験的なものであったが、これらの経験が後々の重度障がい者によるテレワークの推進に活かされていくことは間違いないだろう。
様々な入力方法でコミュニケーション
眼や指先しか動かせない重度肢体不自由者はPCでのキーボードによる操作や音声によるコミュニケーションが現実的には不可能となる。しかし、そうした方々が意思を伝える方法として、視線入力という方法がある。オリィ研究所はこの分野で、OriHime eye(オリヒメアイ)という、透明文字盤をデジタル化したシンプルな操作方法でPC操作をスムーズに行えるプロダクトで、重度肢体不自由者にコミュニケーションの手段を提供している。
重度障がい者自らがソフト開発
創発計画株式会社代表の高野元氏は2013年にALSを発症。現在は既に24時間介護が必要な最重度の障がい者で、2017年に気管切開も行い、通常の会話もできない。その一方、元々ソフトウェア開発に携わりITリテラシーが高い同氏は、視線入力を活かしてPC操作を行い、音声合成機能を使った会話ができる。さらに、プレゼンテーションソフトであるMicrosoftのパワーポイントの操作もやってみせる。しかし、彼の悩みは合成音声を利用してパワーポイントでプレゼンテーションを行うことができないことだった。
この課題の克服に向け、同氏は知人のソフトウェア開発者の協力のもとクラウドファンディングを利用し、重度障がい者向けのプレゼンテーションシステム「HeartyPresenter」を自ら作ってしまった。
現在はベータ版(β2)ではあるが、着実に機能が改良されてきている。筆者も実際にHeartyPresenterを利用した高野氏の講演を拝聴したが、AWSのAmazon Pollyといったディープラーニングを活用した音声変換技術を導入するなどにより、驚くほど自然に耳に入るプレゼンテーションを実現している。
テクノロジーで一人一人がより活き活きと
今回はロボットスーツ、分身ロボット、視線入力を活用したプレゼンテーション等、ロボット、AIといったテクノロジーを活用して、人々の身体活動だけでなく、表現までも含んだ様々な「できる」を支援するツールを紹介した。
今はどんな元気な人もそれ相当の年齢を迎えると、歩行困難を始め何らかの障がいを抱えながら生きていくようになることは、いくら目をそむけても必ず訪れる事実だ。
だからこそ、世界で最も高齢化が進んでいる日本で、こうした様々なツールが開発されている意義は大きいと考える。これらツールが日本だけでなく、世界に普及し、一人でも多くの方が活き活きと様々な活動に参加されていくことを心から願ってやまない。
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