ICTが変える子供たちの将来 ~教育における新たな取り組み
ICTの発展は我々の生活の様々な分野において、大きな影響を与える。ここでは特に子供たちの将来への影響について考えてみたい。
将来の夢
皆さん、子供の頃の“将来の夢”は何でしたか?
誰しも必ず考え、聞かれてきた質問であるはず。統計機関によって、多少の差はあるが、長年、男子はスポーツ選手、女子は幼稚園の先生などが上位を占めていたが、近年のトップはユーチューバーにパティシエールと時代を反映し大きく変化している(表1)。
表1の統計の当時、1989年(平成元年)の日本において、学術機関が利用する研究用のJUNETやWIDE等のコンピュータネットワークが存在していたが、一般向けのものはまだなかった。1992年に日本企業として初めてインターネットイニシアティブ(IIJ)がインターネットサービスプロバイダー(ISP)としてサービスを開始したのを皮切りに、様々なISPが立ち上がり一般企業や家庭での利用が普及していく。また、多くの人が手軽にインターネットにアクセスできるようになったのは、1999年2月にNTTドコモが提供を始めたiモードの登場による影響が大きいとも言えるだろう。
YouTubeの誕生は2005年。そこから10数年の間に世界中で利用され、YouTuberが子供のあこがれの職業となるまで成長を遂げる。現代においては、YouTubeに限らず、様々なサービスがアプリケーションレベルで手軽に普及、実装することができるようになり、過去30年とは比べ物にならないスピードでサービスが立ち上がり推移している。そういう意味では、10年後の統計にYouTuberが存在するのは疑わしく、アンケート結果に連なる職業はその時点では存在していないものとなるかもしれない。
絶滅危惧職種
昨今、AI・人工知能やロボティクスの発達により、人が行っていた指示や動作をコンピュータが代わりに計算・判断し、代行する技術の実用化が進み、絶滅危惧職種というワードも話題となっている。既に製造現場ではかなりの作業がロボットに置き換わり、自動運転は一般車両にも一部の機能が実装されている。オフィスにおいてもRPAの導入により、定型的事務作業はコンピュータが処理できるようになった。適用できる領域は今後ますます広がることが想定され、ディープラーニングの進化により、大量のデータを多層的に分析することができるようになったことから、より高度な知識や判断を必要とされる業務も人からコンピュータに代わる可能性は高い。
夢の職業で常に上位に入る電車やバスの運転手は既に自動化がかなり進んでおり、近い将来無人化が想定される。先生と呼ばれる職業ももはや例外ではない。医学において、ロボット手術は日々進化、高度化しており、診断も世界中の症例を分析して判断するということにかけては人間よりコンピュータの方がすぐれている。弁護士の仕事は多くの場合、過去の判例に基づく判断となるため、これも世界中のデータを一瞬で分析・処理することができるコンピュータに分がある。教師の仕事も勉強を教えるということに限れば、授業が上手な先生の教え方をコンピュータがコピーし、一人一人の進度に合わせ、弱点を分析した上で最適な学習プランを組むことも可能だ。集合教育ではなく、個人ごとにカスタマイズが可能となり、好みの教え方の先生をその日の気分で選ぶことだってできる。
では残る職業、人間にしかできないことは何だろうか?ここは様々な考え方があると思うが、芸術性の高いものは一例となるだろう。しかし、これも決して例外ではなく、ある程度までは過去の作品の分析により、人々に好まれる絵、音楽などを創り出すことは既に可能になっているが、それを超えたもの、音で言えば微妙なゆらぎのような表現はまだ人間独特なものだと考えられている。職人と呼ばれる仕事も同様である。
あるいは、どの職業においても、トップの人材、高スキル者はコンピュータをコントロールし、業務を作り出す立場として生き残ることが想定される。
ただし、これらは既存の職業や文化を前提にした考え方で、これから変化する時代の中で最も有効な考え方は、どのような変化があっても柔軟に対応し、その中で自身に合った職や生き方を選択できる力を持つということではないか。教育はその力を付けるためのものでなくてはならない。
日本における新たな教育の形
2017年の3月に公示された小学校の新学習指導要領には、「情報活用能力の育成を図るため、各学校においてコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図ること」と示されている。この改定により、学校でのインターネットやパソコンの整備が加速された。また、学習指導要領改訂に向けた中央教育審議会の議論を受け、「コンピュータを受け身ではなく、積極的に活用する力」や「プログラミング的思考(論理的思考力)」が求められるとの指針が示され、2年の移行期間を踏まえ、小学校においては今年度からプログラミング教育が必須化となった(図1)。
また同時に、グローバル社会への対応として、外国語教育の小学校からの導入や、アクティブ・ラーニングと呼ばれる「主体的・対話的で深い学び」による授業改善を目指す指針も示されている。
アクティブ・ラーニングは、各教科の教科ごとの見方・考え方を学ぶだけでなく、様々な教科で学んだ見方・考え方を相互に関連付け、自分なりに問題を見いだし解答を導きだせるような学びになっているかという点を重要視する。子供たちが能動的(アクティブ)に学び、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」を考えさせることによって、学んだ一つ一つの知識がつながり、新しい発見や豊かな発想が生まれるよう子供たちの資質・能力を育んでいくことを目指す。
このような取り組みが日本でも行われるようになることは非常に大きな変化であり、時代に対応できる能力を身につけるために重要な取り組みであるが、一番の課題は教える側の能力が今まで以上に問われるということである。教師自身のスキルをアップすることはもちろんだが、ICTの利活用が個人差を補完する鍵となる。担任教師だけでは足りない知識や技術をオンライン配信の活用等により、専門家から直接学ぶことができるようにしたり、学習データの正確な記録により、生徒の弱点に応じた個人別の教科書やドリルを作成したりすることも可能となる。
今回の新型コロナウイルス対策での学校一斉休校により、オンライン授業の実施の可否が話題となり、期せずして地域や学校によって設備や通信環境の整備状況に相当なばらつきがあることが一般にも明らかになった。1人1台のパソコンやタブレット端末、学校でも家庭でも自由にインターネットが使える通信環境整備は現代においては最低限の教育基盤として早期に解決が必要な課題である。
海外の事例
欧米ではアクティブ・ラーニングの手法は学校内での授業だけでなく、幅広く実践されている。美術館や博物館でよく見かける風景もその一例である。日本でも社会科見学として、美術館等に行くことはあるが、たいていの場合、有名な絵をピックアップして回り、先生や学芸員から、その解説を聞くというのがパターンである。欧米の美術館で見られるのは、適当な絵(特に有名な絵である必要はない)の前に子供たちが座り、先生は絵の解説をするのではなく、「この絵の中で気になるところは?」「何が想像できる?」などの問いかけをするだけで、子供たちが自由に感じたことを発言し、子供同士で絵の感想を議論している風景だ(写真1)。このように幼少期から、自分で考え、感じたことを表現し議論をするのは、まさに論理的に考え表現する力を養い、プログラミング教育同様、ロジカルシンキングの素養を育てるカリキュラムとしてもよい事例である。
また、オンライン教育の究極の形として注目されているのが、Minerva Schools at KGI(ミネルバ大学)である。
2014年9月に開校した全寮制の4年制総合大学で、2019年9月現在、約600人の学生が在籍している。この大学は特定のキャンパスを持たず、下記のように4年間で7つの国際都市にクラスメイトと居住しながら学習していく(図2)。
1年目:サンフランシスコ(米国)
2年目:ソウル(韓国)、ハイデラバード(インド)
3年目:ベルリン(ドイツ)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
4年目:ロンドン(英国)、台北(台湾)
すべての授業は20人以下の少人数のセミナー形式で、オンラインで実施される。また同時に、現地の企業NPO・行政機関、研究機関等との協働プロジェクトにより、実践的な知識と経験を身に着けることができるカリキュラムにもなっている。
ICTの活用により、キャンパスを持たないことで、多大な設備投資やその維持費を節約し、米国の主要大学と比べて約1/4の学費とすることができ、よりグローバルで様々なバックグラウンドを持つ学生に学びの場を提供している(2016年実績で78%が米国外の学生)。また、場所に拘束されることなく、世界の様々な特徴を持つ都市で実際に生活することで、その国の文化を知り、社会課題を実体験することができることもこれまでの大学にはない特徴である(図3)。
ミネルバ大学はこれらのユニークな取り組みとレベルの高い教育プログラムが評価され、現在、全米で最も入学が難しい大学とも言われており、卒業生には世界のトップ企業からリクルーティングのオファーが集まっている。このような形態は今後、全世界で増加することが想定される新しい理想的な学校教育のモデルではないだろうか。
今後の展望
日々進化するICTの活用は、教育の多様化をサポートする重要な要素であり、新たな取り組みが進んでいる。
ディープラーニングの活用により、発達障害を持つ子供のための、それぞれのレベルに合わせた支援プログラムに関する研究は多くの研究機関で取り組まれている。発達の差異や身体的ハンディキャップも一つの個性として捉え、その個人に合った学びや仕事ができるようにサポートしていくことが重要なテーマとなっている。
入試制度においても、一度の試験で計りきれない可能性を見極める手法として、子供の成長過程における勉強、スポーツ、読書、趣味、家族の情報等、その他あらゆる経験値に関する記録を精緻なデータベースとして蓄積することにより、大学側が求める素養と本人の適正をより正確にマッチングさせることで、より的確な選考をする研究が進んでいる。これにより、学生側は自身の可能性を幅広く、客観的に選択することができ、大学側も求める素養を備えた学生を確実に確保することができる。また膨大な手間とコストがかかる入試を簡略化することができ、その稼働を本来の学術研究に回すことができるというメリットもある。
将来的には人の精巧なデジタルツインを作ることができるようになり、ツインを使った子供の将来シミュレーションを行うことで、その子に合った習い事や、学校の選択、職業選択までを可能にすることも夢物語ではなくなってきている。
ICTの進化は子供たちの将来を大きく変える可能性を持つ。しかしながら、その運用にあたってはプライバシーや倫理の問題に配意し、慎重に検討しなければならない。データを見極め扱うのは人であり、大量のデータを集めて分析できることが、画一的な価値観で扱われ、センター値に入らない子供を排除するような運用がされないよう、データや情報を正しく扱える人を育てる教育が今こそ同時に求められている。
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