iPhone 12発売前夜:海外5Gサービスの現在地
はじめに
2020年10月14日(日本時間)、Apple社の新型iPhone(iPhone 12シリーズ)が発表された。iPhone 12シリーズの特徴は、従来より高速処理が可能なA14チップ、周辺物体までの距離を正確に計測するLiDARスキャナ[1]、そしてiPhoneシリーズ初の5G対応である(図1)。iPhone 12で初めて5G対応端末を手にするユーザーも多いことだろう。
スマートフォン向けモバイル5Gは、日本では2020年3月からサービス提供が開始されているが、韓国と米国ではその約1年前である2019年4月にサービス提供が開始されている。両国のモバイル5Gは現在どのようなサービスになっているのだろうか。本稿では、両国のモバイル5Gサービスの状況と今後の見通しについて紹介したい。
韓国のモバイル5Gサービスの状況
韓国の大手3キャリア(SK Telecom、KT、LG Uplus)は、2019年4月3日に揃ってモバイル5Gサービスを開始し、ユーザー獲得とサービスエリア拡大に取り組んできた。韓国の科学技術情報通信部(Ministry of Science and ICT、以下「MSIT」)の発表によると、5G契約数はモバイル5Gサービス開始後から順調に増加。2020年8月時点で865万に到達し、モバイル契約全体のおよそ12%を占めるまでになった[2]。サービスエリアは各キャリアとも都市部や幹線道路を中心に拡大。3キャリアが5Gサービスに用いる3.5GHz帯は、4Gサービスで用いる周波数帯よりも直進性が強いために面的なエリア構築には不向きではあるが、それでもソウル市の面積約605平方キロメートルのうち、森林部等を除く約425平方キロメートルをエリア化するに至っている[3]。また電波の届きづらい屋内についても、ショッピングモール、病院、図書館等でエリア化が進められてきている。MSITによると、複数都市における5G通信速度調査ではダウンロード(下り)平均でおよそ650 Mbpsを記録し、4Gの約4倍に達する結果になったという。各キャリアの5Gサービスの状況は以下のとおり(図2)。
3キャリアは、5Gサービス向けの料金プランを4Gサービス向けとは別に設定している。5G料金プランは3キャリアとも複数プランを用意しているが、なかでも標準的と思われるプランは月額75,000~80,000ウォン(約6,900~7,400円)で提供されている。これらのプランでは、月間で使用可能なデータ量は無制限か、150GBや200GBという大容量の設定がなされており、5Gの高速通信を活かして多くのコンテンツを楽しむことができるようになっている。
5G向けコンテンツに特に力を入れているのが、業界3番手のLG Uplusである。5Gサービスの開始に伴い、「U+ 5Gサービス 1.0」戦略として野球/ゴルフ中継やK-POPアーティストのARコンテンツ等を提供。その後、2.0戦略ではスマートフォンでも高性能PCゲームがプレイできるクラウドゲーミングサービス「GeForce NOW」をNVIDIAとの協業により提供するなど取組みを前進。さらに2019年11月に発表した3.0戦略では生活に密着したサービスを拡充する方針を示し、子どもが絵本や図鑑などを3D・ARで楽しむことができる「キッズ向け3D・ARライブラリ」サービス等を提供する(図3)。
韓国キャリアの今後の取組みにおいては、28GHz帯の活用とスタンドアローン(SA)方式[4]の導入がポイントになると思われる。28GHz帯は、現在5Gサービスに用いられる3.5GHz帯よりも広い周波数帯域を確保できるため、高速・大容量通信を実現しやすい。この周波数帯は、まずはビジネス向けの活用が見込まれている[5]。また、SA方式では5G単独での通信が可能となるため、4Gとの連動が必要な現在のノンスタンドアローン(NSA)方式よりも低遅延な通信が実現可能となる。各キャリアにおけるSA方式の導入に関しては新型コロナウイルス感染症流行の影響による計画の遅れが報じられているが、各キャリアはSA方式の導入に向けた取組みを着実に進めてきており[6],[7]、今後の進展が期待される。
米国のモバイル5Gサービスの状況
米国では、韓国3キャリアと同様、2019年4月に最大手Verizonがモバイル5Gサービスを開始。それに続いて他キャリアも5Gサービスを開始している。しかし、現在の5Gサービスの状況は韓国とは少し異なる。本節ではその違いに触れつつ米国の状況を紹介する。
まず、サービスエリアでは、韓国よりもキャリア間の差異が目立つ(図4)。Verizonが都市部の道路沿いを中心としたスポット的なエリア展開を進めてきた一方、T-Mobile USやAT&Tは全米規模でのエリア展開を行っている。この背景には、各キャリアが5Gサービスに用いている周波数帯の違いがある。Verizonは高速・大容量通信には適しているものの広範囲のエリア構築には不向きな、いわゆる“ミリ波”と呼ばれる「ハイバンド」で5Gサービスを提供する一方、T-Mobile USやAT&Tは高速・大容量通信には不向きだが広範囲をカバーしやすい「ローバンド」(低い周波数帯)でも5Gサービスを提供している。特にT-Mobile USは、自社で保有してきたハイバンドおよびローバンドに、2020年4月のSprint統合で獲得した2.5GHz帯の「ミッドバンド」(ローバンドとハイバンドの間にあたる周波数領域)を加え、3つの周波数帯域を組み合わせて5Gネットワークを構築する戦略をいよいよ本格的に実行する段階にきており、5Gサービスの周波数帯活用で他キャリアをリードする格好だ(図5)。
しかしながら、サービスエリアの広さとは対照的に、5Gの通信速度ではVerizonが頭ひとつ抜けているようだ。RootMetricsによると、ロサンゼルスにおける2020年上半期の5G通信速度の調査結果では、ダウンロード(下り)速度の中央値はT-Mobile USとAT&Tがそれぞれ24.3Mbps、37.5Mbpsだったのに対し、Verizonは254.7Mbpsだった[8]。T-Mobile USとAT&Tの結果は、現在の4Gと比べてもほとんど変わらない通信速度である(表1)[9]。特にAT&Tでは、複数都市において5Gが4Gよりも低速となる調査結果が各種ウェブメディア等で報告されている。
つまり、ユーザーにとって現在の選択肢は、5Gで接続されれば高速だがサービスエリアが極めて狭いVerizonか、サービスエリアはそれなりに広いが通信速度は4Gとほとんど変わらない(もしくは4Gよりも遅い)T-Mobile USやAT&Tか、という状況と言え、現時点で5Gのメリットを体感できるユーザーは多くないと思われる。
料金プランにおいても韓国との違いが見られる。米国キャリアは4Gと5Gとで料金プランを分けることはせずに、4Gでも契約可能なデータ無制限プランに5G接続オプションを含めている(ほとんどは追加料金不要)。標準的なプランでは月額60~80ドル(約6,300~8,400円)程度で提供されている。
注目される米国キャリアの今後の取組みについては、5Gサービスに用いられる周波数帯の行方がまず挙げられる。Verizonは、Apple社のiPhone 12シリーズ発表の場において、全米規模の5Gサービスの提供開始を発表した。低い周波数帯で4Gと5Gを動的に共存させるダイナミック・スペクトラム・シェアリング技術を用いて5Gサービスを提供する。最大手キャリアのサービスエリア拡大は今後の5G競争に大きく影響するとみられる。一方、対抗するT-Mobile USは、平均ダウンロード速度300Mbpsを期待するミッドバンド5Gのサービスエリアの拡大や[10]、ローバンド5Gとミッドバンド5Gのキャリアアグリゲーションによる速度向上に向けた取組み[11]を進めており、「サービスエリアはそれなりに広いが通信速度は4Gとほとんど変わらない」という現在の5Gサービスの状況を今後改善していくことだろう。
SA方式の導入も今後のポイントと思われるが、この点ではT-Mobile USが先行している。同社は、2020年8月にSA方式による全国規模の5Gネットワークの稼働を発表し、2020年10月上旬時点で既にSamsungやOnePlus製の5Gスマートフォン5機種がSA方式に対応している。同社が実施したテストでは、SA方式によって通信遅延を40%削減することができたという[12]。一方、VerizonやAT&Tにおいても2020年後半からのSA方式への移行が計画されている。
5G対応iPhone到来でユーザーが混乱しないために
米国の5Gユーザー数は明らかではないが、業界団体5G Americasによれば、北米全体の5Gコネクション数は2020年第1四半期末で118万コネクションであり、4Gの4億9,400万コネクションのわずか0.2%にとどまるという[13],[14]。言い換えると、米国のおける5G利用はまさにこれから、ということである。米国は世界の中でもiOSシェアが大きい(図6)ことから、5G対応iPhoneの登場は今後の5G利用拡大に大きく貢献すると思われる。
一方で、ここまで見てきたように米国のモバイル5Gサービスは、キャリアによって状況が異なるが「4Gよりも高速だがサービスエリアが狭い」もしくは「5Gと表示されるが通信速度は4Gと変わらない(もしくは4Gよりも遅い)」という場合がある。この状況は、iPhone 12から5Gを使い始めたいと思っていた一部のユーザーを落胆させるだろうし、iPhone 12をきっかけに5Gに関心をもったユーザーには5Gに対してネガティブな印象を与えかねない。米国キャリアは以前からウェブサイト等で5Gサービスについての説明を行っているが、iPhone 12をきっかけとするユーザーに対しても、理解が深まるような対応が引き続き必要だろう。
日本の状況も実は米国と近いところがある。日本は米国以上にiOSのシェアが大きい(前述図6)。また5Gのサービスエリアについては、これまで各キャリアが3.7GHz帯/4.5GHz帯(ミッドバンド)および28GHz帯(ハイバンド)を用いて都市部を中心にエリアを拡大してきているが、今後は4G向け周波数帯を5Gに転用することによる5Gサービスエリア拡大も検討されている(表2)。なお、4G向け周波数帯の5G転用については、米国キャリアのローバンド5Gと同様、5Gサービスエリア内で5Gスマートフォンを使っても体感速度が向上しないことが考えられるとして、「優良誤認の恐れがある」とNTTドコモは慎重な姿勢を示している。総務省による省令改正[15]により、今後は国内でも4G周波数帯における5G導入が進展すると思われる[16]。ユーザーに対しては「高速・大容量通信」が5Gの特徴としてこれまで訴求されてきているだけに、日本においてもiPhone 12をきっかけとする5G利用の増加を見据え、業界としてユーザーに5Gサービスの状況をわかりやすく伝えていく取組みが引き続き重要となるだろう[17]。
おわりに
本稿で見てきたように、世界に先駆けてスマートフォン向けモバイル5Gサービスを開始した韓国と米国だが、1年半後にあたる現在の状況には違いが見られる。今後、各国キャリアは、さらなるサービスエリア拡大や利用周波数帯拡大による高速化を図るとともに、5Gならではの低遅延通信を実現するSA方式への移行を進めるだろう。5G対応iPhoneの到来をひとつのターニングポイントとし、引き続き韓国・米国のキャリアの取組みと5Gサービスの行方に注目したい。
[1] LiDARスキャナはiPhone 12 ProおよびiPhone 12 Pro Maxに搭載。
[2] https://pulsenews.co.kr/view.php?year=2020& no=1020711# 他
[3] https://www.yna.co.kr/view/AKR20200805070 100017 他
[4] スタンドアローン(Standalone)方式は、5Gコアネットワーク設備で5G無線アクセスネットワークを運用する方式。一方、4Gコアネットワーク設備を用いて、4G無線アクセスネットワークと協調させながら5G無線アクセスネットワークを運用する方式はノンスタンドアローン(Non-Standalone)方式と呼ばれる。
[5] https://www.sedaily.com/NewsVIew/1Z7YUXRH PV 他
[6] SK Telecomは、2020年1月、マルチベンダーでの商用5GネットワークにおいてSA方式によるデータ伝送に世界で初めて成功したと発表。
[7] LG Uplusが2020年5月にSA方式の商用ネットワーク試験を完了したと韓国メディアBusiness Koreaが報道。
[8] 前述の韓国における調査とは実施方法が異なる可能性があり、速度調査結果の単純な比較はできないと思われる。
[9] https://rootmetrics.com/en-US/content/five-facts- about-mobile-performance-in-los-angeles
[10] https://www.t-mobile.com/news/network/super charged-midband-5g
[11] https://www.t-mobile.com/news/network/t- mobile-ericsson-lg-mediatek-5g-carrier-aggregation
[12] https://www.t-mobile.com/news/network/ standalone-5g-launch
[13] https://www.5gamericas.org/5g-continues- progress-despite-covid-19/
[14] 出典では「4G」ではなく「LTE」と記載されているが、本稿では簡略化のため「4G」と記載している。
[15] https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/ 01kiban14_02000454.html
[16] 総務省は、2020年10月9日、KDDIおよび沖縄セルラーに対し、4G等で使用される周波数帯に5Gを導入するための、3.9Gおよび4G向けの特定基地局の開設計画の変更を認定している
[17] 総務省は、変更認定の条件のひとつに、「第5世代移動通信システムに周波数を活用する場合には、通信速度等の性能について、利用者が誤認しないように、エリアマップ等の丁寧かつ分かりやすい方法で適切に周知すること」を挙げている
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。
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水上 貴博(転出済み)の記事
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