英国におけるメディア視聴習慣の変化とデジタルインフラ展開の取り組み
ロックダウン期間中のメディア視聴時間および通信トラフィックの増加
英国では、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2020年3月23日にロックダウン(都市封鎖)が開始され、約100日間継続した。英国Ofcom(通信・放送規制機関)が実施した国のメディア習慣の調査(Media Nations 2020 UK report)によると、ロックダウン期間中、英国の成人は起きている時間の40%をテレビやオンラインビデオサービス(SVoD*[1])の視聴に費やしたという。2020年の4月中は、英国中の人々が家にとどまっていたため、毎日平均6時間25分、週に45時間近くテレビやオンラインビデオを視聴し、情報を得て娯楽を楽しんだとのことだ。これは前年平均より1日当たり1.5時間(31%)の増加である(図1)。
英国BTのレポートによると、2020年4月は、固定・モバイルネットワークの両方で需要が大幅に増加し、同社のコアネットワークで過去最大のデータ量(103.3ペタバイト/日)を記録したという。新型コロナウイルス対応を踏まえて、英国では都市部・地方部を問わず、インターネット上の高品質かつ安定的な通信を支えるデジタルインフラの充実を求める声が高まっている。本稿では、英国におけるロックダウンを契機としたメディア視聴習慣の変化およびデジタルインフラ展開の取り組みを概観する。
ロックダウンを契機としたメディア視聴習慣の変化と通信状況
英国におけるロックダウン期間中のメディア視聴時間増加の最大の要因は、Netflix、Amazon Prime Video、Disney+などのオンラインビデオサービスの視聴時間が前年より倍増したことで、2020年4月の平均は1時間11分/日であった。この傾向は、毎日平均2時間ストリーミング視聴していた若年層(16~34歳)で、より顕著であった。また、推定1,200万人の英国の成人がロックダウン期間中に新たなオンラインビデオサービスに登録しており、そのうち約300万人はこれまでに加入したことがなかったという。さらに、一般的に、若年層よりテレビ視聴時間が多い中高年層においても、ロックダウン前よりオンラインビデオサービスの利用率が増加している(55~64歳:25%→32%、65歳以上:12%→15%)。
テレビも、ロックダウン前後に、信頼できる情報源としてニュースを中心に視聴時間が大きく増加したが、2020年5月末の制限緩和後はいったん前年並みに戻り、2020年6月末時点では前年比11%増にとどまっている。それに対して、オンラインビデオサービスは充実したコンテンツやオンデマンドの利便性から視聴習慣が定着し、2020年6月末時点で前年比71%増の視聴時間を維持している。今後も、時間的な制約および視聴制限のないオンラインビデオサービスの利用が拡大するとみられる(図2)。
Ofcomによると、英国の平均ブロードバンド速度は、在宅勤務、在宅学習、オンラインビデオサービスへの需要が急増したにもかかわらず、ロックダウン期間中、ほぼ安定した状態を保持していたという。これは、通信トラフィックの抑制に向けて、プラットフォーム事業者がストリーミング画質低下等の自主規制に取り組んだことが一因とみられる。一方、英国における地方部のブロードバンドの速度は、依然として都市部の速度に後れを取っており、地方部平均の39 Mbit/秒に対して、都市部のピーク時速度は75 Mbit/秒に達し、ほぼ2倍であった。ロックダウンを契機としたインターネット利用習慣の変化および今後の更なるデータ需要増を見据え、地方部を含めた通信インフラの強化が求められる。また、英国EEのレポートによると、同社のユーザーは4Gより高速・低遅延である5Gのネットワークで、より多くのオンラインビデオサービスを視聴しており、今後、より高品質な5Gサービスの需要が高まると予想される。
英国政府のデジタルインフラ展開取り組み
英国では、超高速ブロードバンド(ダウンロード速度30 Mbit/秒以上)を95%の世帯で利用可能となっているが、フルファイバーのブロードバンド接続世帯数は14%にとどまっている(2020年5月時点※[2])。スペインなどの主要国に比べて低水準であるため、英国政府は、フルファイバーの全国展開をめざし、地方部への展開に向けた補助金(50億ポンド、約6,848億円※[3])の支出や規制緩和に取り組んでいる。また、2020年3月に、すべての世帯・事業所がダウンロード速度10 Mbit/秒以上のブロードバンド接続を要求できるブロードバンドユニバーサルサービス制度を開始した。
一方、移動通信事業者(MNO)4社(BT/EE、O2、Three、Vodafone)の4Gサービスの人口カバー率は97%に達しているものの、地理的カバー率は67%にとどまっており、未カバー地域も9%存在する(2020年5月時点※2)。そこで、英国政府とMNO4社は、2020年3月に、モバイルの地理的カバー率改善に共同で取り組む「ルーラル共有ネットワーク(Shared Rural Network:SRN)」構築(合計10億ポンド、約1,370億円※3)に合意した。これは、2025年までに、英国全土の95%で4Gサービスを利用可能にするという法的拘束力のあるコミットメントである。
英国における5Gサービスは2019年5月に開始され、地理的カバー率はロンドンで10.76%※[4]という現状であるが、英国政府は、「5Gにおける世界的なリーダーになる」と標榜し、2027年までに国の大部分に導入することをめざしている。5Gの新たなユースケース創出に向けて、「5Gテストベッド・トライアルプログラム」(2億ポンド、約274億円※3)を通じて需要を喚起するとともに、規制緩和により事業者のインフラ展開の迅速化を図っている(表1)。
英国通信事業者のデジタルインフラ展開
取り組み
BTは、2020年5月、今後2,000万世帯にフルファイバーブロードバンド接続を提供するため、120億ポンド(約1.64兆円※3)を投資すると発表し、配当金の支払いを当面見合わせることを決定した。Vodafone UKは、2020年6月に、SRNにおける最初の4G基地局をO2(Telefonica)と共同でウェールズに設置するとともに、2020年8月には、英国初の商用4G Open RAN(オープン仕様の無線アクセスネットワーク)の地方部での運用を開始した。いずれも、モバイルカバレッジの展開コスト効率化に向けた取り組みである。
英国では、MNO各社が順次5Gサービスのカバレッジ拡大を進めるとともに、5G接続による大規模IoTを通じた自動化に向けて、工場などで、5Gプライベートネットワーク(ローカル5G)のトライアルを開始している。2020年6月には、Vodafone UKがFordの電気自動車バッテリー施設で、2020年7月には、BTがWorcester Bosch(英国給湯製品メーカー)と協力して、5Gスマート工場の運用を開始した。いずれも、先に述べた英国政府が支援する「5Gテストベッド・トライアルプログラム」の一環で実施されており、BTによる5Gスマート工場では生産性が2%向上したという。
デジタルサービスの需要の高まりを受け、企業は規模の大小を問わず、サービスのオンライン化への対応を迫られている。BT他の調査によると、今後、英国の中小企業の37%が対面での接触を減らすことを計画し、4分の1程度は在宅勤務を継続するという。英国政府は、「デジタルインフラは英国経済の将来にとって中心的な存在」と位置付けている。通信事業者はその担い手として、コストとセキュリティに配慮しつつ、地域を問わず、高品質で信頼性の高いデジタルインフラを展開していくことが要請される。
[1] サブスクリプション・ビデオ・オンデマンド・サービス
[2] Ofcom,“Connected Nations Update Summer 2020”
[3] 1ポンド=136.97円で換算
[4] UK 5G,“Audit Report 5G Coverage in UK, 2020”
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清水 郁雄 (Ikuo Shimizu)の記事
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