2021年4月15日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

欧州(EU)のネットワーク中立性規制 ~共通規則の導入から5年後の現状



1. はじめに

欧州連合(EU)で域内共通のネットワーク中立性規則(正式名称は「オープンインターネット規則」、以下、「EU規則」)が2015年10月に採択され、加盟各国で翌年の4月30日に施行が開始されてから、早いもので5年が経過しようとしている。当時、ネット中立性規制で先行する米国でFCC規則を巡る論争が続いており、民主党から共和党への政権交代が起きれば規則の大半が無効化されると予想されていた(トランプ政権の誕生で実際にそうなった)。それだけに、EU規則の制定に対しては「インターネットの自由を守る欧州の砦」という意見と、「米国を上回る過重な規制の付加」という意見が対立し、世界的にもその行方に大きな注目が集まった。その政治的ともいえる論争の過熱ぶりは、加盟国の通信規制機関トップから構成される団体のBEREC(Body of European Regulators for Electronic Communications)が2016年8月に発表したEU規則の施行ガイドライン(以下、BERECガイドライン)に関して、その草案段階の諮問に実に48万件を超える意見が寄せられたことが物語っている(注)。

(注)BERECはEUの通信規制全般に対するトップランクの諮問、アドバイザリー機関であり、施行ガイドラインの制定もEU規則の条文で規定されたものである。

ネット中立性規制の論争は、表現の自由やメディアの多様性の保護なども含んでおり、かなり広範な側面を持っている。その中で、ネットワーク事業者の日常の業務に最も関係するのは「トラフィック管理の公平性」という側面である。EU規則の多くの条文(主に第3条と第4条)がその問題を取り扱っており、加盟国が年1回発行する同規則の実施状況に関するモニタリング報告書の大半も、トラフィック管理上の問題の有無について記述している。ただし、大半のEU市民(インターネット利用者)にとって、恣意的で不公平なトラフィック管理が大規模に日常的に行われていると認識されることはなく、過去5年間を振り返っても、実際にそのような例は存在しなかった。そのため、現在の欧州ではネット中立性すなわちトラフィック管理の問題は、一般消費者が認識することの少ない規制テーマとなっている。

【図1】EUネット中立性規則の5年間

【図1】EUネット中立性規則の5年間
(出典:筆者作成)

そのような情勢を受けて、EUは2019年4月に規則の第1回目の定期見直し結果を発表したが、「規則は問題なく機能している」として、改訂を行わなかった。規則が改訂されなかったため、本来であればBERECガイドラインも据え置かれるところだが、より詳細で明確な指針を示すという理由で、加筆修正された改訂ガイドラインが2020年6月に発表されている。明確化の一例を示すと、文書タイトルが「ネット中立性規則に関するガイドライン」からEU規則の正式名に準拠した「オープンインターネット規則に関するガイドライン」に変更されている。ただし、トラフィック管理以外の論争を呼びそうなテーマ(メディアの多様性の侵害など)についても、2016年のEU規則の制定後に大きな違反行為がなかったこともあり、改訂ガイドライン草案の諮問に寄せられた意見の数は、上述の初版のガイドライン制定時の意見の0.01%(52件)であった。

このように安定した規制テーマとなっていることは、問題行為が少ないことの証であるが、EUの規制当局は「規則からの逸脱が起きていないか」を継続的に監視することが重要と考えており、BEREC及び加盟国の両者は、年に1度のペースでEU規則の実施状況のモニタリング結果を発表している。本稿では、その結果を分析することで、施行から5年を経過したEU規則の現状や課題を総括してみたい。

2. EUと加盟国は規則の詳細なモニタリングを継続中

EU規則が加盟国で発効して1年後の2017年以降、各国は同規則の実施状況を年次モニタリング報告書として発表してきた。さらに、彼らのお目付け役であるBERECは、EUを代表してそれらを総括した報告書を取りまとめている。2020年までの過去4回のBERECモニタリング報告書を総括すると、EU全体で以下のような特徴が浮き彫りになっている。

【図2】EU規則の実施状況に関する2020年次のモニタリング報告書(表紙) -加盟国(ドイツの例)(左)とBERECの報告書(右)

【図2】EU規則の実施状況に関する2020年次のモニタリング報告書(表紙)
-加盟国(ドイツの例)(左)とBERECの報告書(右)
(出典:BNetzA(2020.4)Net Neutrality in Germany Annual Report 2019/2020, BEREC)

  1. ブロッキング(アクセス遮断)やスロットリング(帯域削減)などの問題として、テザリング、Wi-Fiコーリングの禁止など、一部の事業者のトラフィック管理行為の違法性が指摘されたことがあるが、それらは例外的であり、多くは直ぐに是正s措置が取られている。
  2. ドイツなど一部の加盟国では、ゼロレーティング(カウントフリー)の規制上の扱いが大きな争点であり、複数の訴訟が起きている。ただし、サービスは存在するが規制論争の起きていない国も多い。
  3. スペシャライズドサービス(注)は、EU規則の定義が広範なため、解釈は加盟国により異なるが、現時点では問題視される行為はほとんど起きていない。

(注)QoSを保証したプレミアム帯域サービス。米国などでは「有料優先伝送」とも呼ばれる。EUはその例を「VoLTE、リアルタイム医療、M2M」などと説明している。

以下、1~3について詳述する。

3. ブロッキングやスロットリングなどの違法行為は例外的

EU規則に限らないが、世界のネット中立性規制の1丁目1番地は「不当なブロッキングやスロットリングの禁止」である。さすがに、最近では、その問題で大手事業者が長期的に違反行為を継続したという事例は存在しない。BERECの第1回目(2017年)のモニタリング報告書における結論も、「ブロッキングやトラフィック差別の扱いは、加盟国の規制機関で一貫した(正しい)対応が取られており、概ね問題は見当たらなかった」というものであった。その後のモニタリング報告書では、一部の国、一部の事業者がテザリングやWi-Fiコーリングを制限したため、規制機関から調査や是正命令を受けたという事案が掲載されている。ただし、それらの多くは当局の指示に従って是正措置が取られている。

最新の2020年版のBERECモニタリング報告書のブロッキング、スロットリングの項目で指摘されている事項のうち、EU2大国(独仏)の事例を紹介すると、ドイツではセキュリティや青少年保護の目的でネットワーク事業者が組み込んでいるフィルタリング機能がブロッキングに該当するかどうかという議論があった。規制当局の見解は、EU規則はそれらを一律に禁じてはおらず、一定の条件を満たせば提供可能というものであった。また、フランスでは、飛行機内や列車内からのネットアクセスに制限が課されている事例について調査が行われた。

ブロードバンドの世界、特に周波数資源に限りのあるモバイルブロードバンドにおいては、月間のデータ利用上限(いわゆるデータキャップ)の設定や、その上限を超えた後の速度低下など、広い意味での帯域制御が日常的に実施されている。これについて、EU規則はどう考えているのか。結論的には、それらは「周波数資源に制約がある」、「特定のユーザーやコンテンツなどを狙い撃ちした行為ではない」といった理由で、EU規則、BERECガイドラインともに容認している。それらを、ガイドラインの該当セクションから抜粋すると「(§34)特定のデータ量及び速度に関する料金で合意することは、エンドユーザー権利の行使の制限には当たらないだろう」、「(§35)許容可能な商慣行には(中略)データ上限に達した際に、エンドユーザーが追加データを購入するために、ISPの顧客サービスにアクセスすることを可能とする慣行が含まれる」という説明になっている。実際、加盟国の多くではデータキャップやそれを超えた場合の速度低下を含むブロードバンドメニューが提供されている。

4. 一部の国ではゼロレーティングで紛争が勃発

BERECのモニタリング報告書は、ゼロレーティング(カウントフリー)サービスの提供や審査状況に関する分析に多くのページを割いている。それは、同サービスがEU規則の発効当時(2016年)から、既に多くの国々で提供されており、一部の国では規制機関と提供事業者の間で紛争になっていたからである。規則発効から1年後に初めて発表されたモニタリング報告書(2017年版)によれば、調査対象の30カ国(EU加盟28カ国+ノルウェイ、アイスランド)のうち、ゼロレーティングが提供されていないのは4カ国(エストニア、フィンランド、スロバキア、スロベニア)だけであった。報告書は、提供中のゼロレーティングについて規制審査を実施した国は11カ国とした上で、そのうちの6カ国について審査の概況を紹介している。それをまとめたのが表1である。

【表1】2017年当時の主なゼロレーティング審査の状況

【表1】2017年当時の主なゼロレーティング審査の状況
(出典:BERECモニタリング報告書(2017年版)より筆者作成)

表1の6ケースの審査で問題となったポイントは以下の3種類である。

  1. ネットワーク事業者は、すべての希望するストリーミング事業者に対して、ゼロレーティング・プラットフォームへの自由な参加を認めているか。
  2. ユーザーが月間データキャップを超えて速度低下などに直面する際に、ゼロレーティング対象コンテンツと非対象コンテンツの扱いを変えてはいないか。すなわち、対象コンテンツのみを速度低下から免除していないか。
  3. ネットワーク事業者は、ストリーミングを行う際に解像度を落とすなどの制限を課していないか。

表1からも明らかな通り、2017年当時から上記の3点を守らないと、そのゼロレーティングはEU規則違反と認定されることが多かった。それは現在でも変わっていない。しかし、違反と認定された一部のネットワーク事業者は、判定を不服として自国規制機関の決定を裁判に訴えた。最も知られているケースは、表にも記載されているドイツの「StreamOn(映像ストリーミング)」訴訟である。この事案では、サービス提供当事者のT-Mobile(Deutsche Telekom(DT)のモバイル事業部門)が独規制機関BNetzAの是正命令を2018年1月にケルン行政裁判所に訴えた。本稿執筆時点において、同訴訟はEUレベル(EU司法裁判所)に場を移して審理が継続している。その経緯を、以下でもう少し詳しく説明してみたい。

BNetzAは2017年12月15日、T-MobileのゼロレーティングStreamOnについて、EU規則の第3条(3)及び「Roam-Like-At-Home(RLAH)」 原則(注)に照らして、サービスの一部が規則に違反していると認定した。

(注)EU域内におけるモバイル国際ローミングの小売料金をEUが廃止する決定を下したことを受けて、加入者がEU域内の自国外でも自国同様の条件でゼロレーティングを利用できるようにすること。

ここで、BNetzAは以下の2点を2018年3月31日までに実施するようT-Mobileに求めた。

  1.  映像品質を高精細(HD)から標準精細(SD:480ピクセル)に落とすことで映像ストリーミングの速度上限を1.7Mbpsに制限しているが、それを取りやめること。
  2. RLAH原則を遵守し、ドイツ消費者が自国外(EU域内)においても、 移動先の当該国のStreamOnのパートナーを通じてゼロレーティングを利用できるようにすること(月間データ上限の範囲内で)。

T-Mobileは2018年1月、このBNetzA命令を不服としてケルン行政裁判所に提訴したが、同裁判所とノルトライン=ヴェストファーレン州上級行政裁判所は、BNetzA命令の即刻の執行について合法性を認めた。それを受けて、DTはSD(480p)への帯域削減(スロットリング)の中止を2019年8月9日に実行している。ただし、主要な争点である、顧客が合意した上での映像帯域の削減が、はたしてEU規則の第3条(3)に規定された公平性の原則に違反しているのか否かという点について、ケルン行政裁判所は判断をEU司法裁判所に委ねており、その判決が注目されている。

なお、BNetzAの最新(2020年)のモニタリング報告書によれば、DTが2019年6月からSNSのゼロレーティングとして提供しているStreamOn Social & Chatを調査した結果、EU規則の第3条(1)及び(2)に基づくエンドユーザー権利の重大な侵害は存在しなかったと結論している。その理由として、すべてのトラフィックを公平に扱うべきという第3条(3)の原則は維持されており、スロットリングも発生していなかったこと、また、このゼロレーティングに参加するパートナーに料金が課されることはなく、参加条件もオープン、透明、非差別的なものであったことを挙げている。その他にも、DTとドイツVodafoneがゲームアプリをゼロレーティング製品に追加したが、それらについても同様に、 EU規則の第3条(1)及び(2)に基づくエンドユーザー権利の重大な侵害は存在しなかったと書かれている。

他方、月間データ上限を超えた際のゼロレーティングコンテンツの優遇(速度低下の免除)に関しては、EU司法裁判所の先行的な判断が下されている。その訴訟は、ノルウェイの大手ネットワーク事業者であるTelenorの子会社(Telenor Hungary)が提供するMyChat及びMyMusicというゼロレーティングサービスが、対象サービスを速度低下から除外している事案である。ハンガリーの規制機関NMHHは、Telenorのトラフィック管理はEU規則の第3条(3)「公平で非差別的な取り扱い」に違反しているとして、サービスの停止を求めたが、それを不服とするTelenorはNMHH決定を提訴した。Telenorは、MyChatとMyMusicはユーザーとの合意に基づく契約に含まれているので、EU規則の第3条(2)のみが適用され、インターネットアクセス事業者による一方的なトラフィック管理のみを規制する第3条(3)は適用されないと主張していた。しかし、EU司法裁判所は2020年9月15日、NMHHを支持し、Telenorのゼロレーティング慣行は、EU規則の第3条(2)及び(3)違反であるとの判決を下している。

5. スペシャライズドサービスは定義が広範で規制も手探り

ネット中立性規制におけるスペシャライズドサービスとは、通常よりも高機能のブロードバンド性能を実現するために、高品質を保証する帯域を割り当てられたサービスを意味する。例えば、遠隔医療による診断や手術の際には、高精細で瞬断のない映像の高速伝送を保証しなければならない。EU規則はサービスに応じて最適なブロードバンド品質を割り当てられたサービスという意味で、スペシャライズドサービスを「最適化サービス(Optimized service)」と表現している。ただし、スペシャライズドサービスを無制限に認めるのは良いことばかりではない。特定サービスにより多くのリソース(周波数や帯域)を割り当てることが、他のサービスやユーザーに悪影響を及ぼすのではないかという懸念がある。また、何をもって、他とは区別すべき「スペシャライズド(特別)」なサービスと認定するのかという基準も難しい。

ネット中立性の擁護者の中には、スペシャライズドサービスを「優先レーン(特別扱いの高速路線)」と称して、特定サービスの不当な優遇であると批判する声もある。しかし、EU規則はより現実的であり、「インターネット・アクセス・サービスの提供者を含む公衆向け電子通信の提供者、及び、コンテンツ、アプリケーション、サービスの提供者は、コンテンツ、アプリケーション、サービスの特定の品質水準の要求を満たすために最適化が必要な場合、特定のコンテンツ、アプリケーション、サービス、あるいはそれらの組み合わせによって最適化された、インターネット・アクセス・サービス以外のサービスを自由に提供できなければならない」(第3条(5))と明記している。ただし、そのためには以下の条件が守られるべきだと続けている。

  • インターネット・アクセス・サービスに十分なネットワーク容量があること。
  • 最適化サービスをインターネット・アクセス・サービスの代替として利用しないこと。
  • エンドユーザーのインターネット・アクセス・サービスの利用可能性や一般的な品質を阻害しないこと。

このように、EUはスペシャライズドサービス(最適化サービス)の提供について柔軟な姿勢を維持しているが、具体的なサービスとして何を想定しているのだろうか。2020年6月にBERECが発表したEU規則の施行ガイドライン(改訂版)では、スペシャライズドサービスの例として「VoLTE、リニア放送のIPTV、リアルタイムの医療サービス(例:遠隔手術)、公共の利益に対応する一部のサービス、新たなM2M通信サービスの一部」の5種類を挙げている(注)。一見して感じるのは、この定義は広範であり、ある特定のサービスをスペシャライズドサービスとして認めるかどうかは、ケースバイケースで審査を実施しなければ判定できないだろうという点である。

(注)このうち、「公共の利益に対応する一部のサービス、新たなM2M通信サービスの一部」は、ガイドラインではなく最初からEU規則の前文16に記載されていた例である。

BERECの2020モニタリング報告書の該当部分を分析すると、この定義の広範さは、そのまま、加盟国間のスペシャライズドサービスに関する調査のバラツキに反映されている。例えば、ドイツについては、過去1年間にスペシャライズドサービスに関して何の調査や審査も行わなかったと書かれている。2017年までの過去の報告書を遡っても、同国では調査も含めて特に何らかの措置が取られたという記述は見当たらない。それに対して、チェコでは、IPTVの速度、精細度低下に関するISPの告知状況に市民から苦情が寄せられたので、規制当局が調査を実施したと書かれている(結果は問題なしと判定)。また、スロバキアの規制機関は、IPTV、オンデマンドビデオ(VOD)、VPN(仮想専用線)がスペシャライズドサービスに当たる可能性があるとして、その普及状況を市場調査で把握したとしている。以上のようなバラツキをEU規則の曖昧さのせいだと批判することも可能だが、EUとしては、新技術(M2Mなど)のイノベーションを阻害したくないという思いを込めて、高品質のインターネットサービスの芽を予め摘むことはせず、あえて広範(曖昧)な定義を貫いているように思われる。

今後、議論が高まる可能性があるのは5Gの扱いである。BERECガイドラインは初版(2016年)において、1カ所の脚注のみで5Gに言及していた。それは、本文(§101)で「ISPやコンテンツ・アプリケーション事業者は、EU規則の第3条(5)で規定されたスペシャライズドサービスの提供を条件付きで認められる」と説明した部分における、「5G網におけるネットワークスライシングはスペシャライズドサービスを提供するために利用されるかもしれない」という脚注である。しかし、この脚注は改訂版のガイドライン(2020年)では削除されており、「5G」という言葉はどこにも見当たらない。これは、仮想的にネットワークを分割(スライシング)して帯域に優先順位を付けることが、他のユーザーにどのような影響を与えるのか一律の判断が難しいこともあり、5Gをスペシャライズドサービスの文脈で説明することは控えるべきだとBERECが判断したためのようだ。他方で、EUは図3の通り、eHealthなどスペシャライズドサービスが必要な分野での5G利活用に大きな期待を寄せており、今後ネット中立性議論との関係がどのように展開していくのか注目される。

【図3】EUは広報サイトで5G のeHealthなどへの利活用をアピール

【図3】EUは広報サイトで5G のeHealthなどへの利活用をアピール
(出典:欧州委員会(EC)の5G広報サイト(“Towards 5G”))

6. 新型コロナ流行で脚光を浴びたネット中立性

最近の欧州では表舞台に出ることの少なくなっていたネット中立性規制だが、2020年初頭から全世界に猛威を振るい始めた新型コロナ感染症の流行で注目を集めることとなった。すなわち、ロックダウンによるインターネットトラフィックの激増やピーク時間の大きな変動(夜から昼への移動)を受けて、ネットワーク事業者の回線やサーバーの容量が限界を超え、長期・継続的に対象を選別したトラフィック制限を行わざるを得ないと予想されたからである。そのような懸念を背景にして、EUは図4の通り、2020年3月、例外的なトラフィック制御を容認するのみならず、積極的にその実施を事業者に働きかけた。その事実を筆者は本誌の昨年5月号(「COVID-19:突然のライフスタイル変化が情報通信産業に突き付けた課題」)で以下のように説明したので再掲しておきたい(一部は加筆修正)。

「欧州委員会(EC)は2020年3月19日、域内市場担当委員であり、情報通信も監督するThierry Breton氏(2002~2005年にFrance Telecom(現Orange)のCEOであった)が、ストリーミング事業者、通信事業者、エンドユーザーにネットワーク混雑を避けるように要請した。それを受けて、Netflixの会長兼CEOのReed Hastings 氏はBreton氏と会談を行い、30日間の期限でEU域内と英国のビデオ配信の品質(ビットレート)を高精細(HD)ではなく標準精細(SD)に引き下げることで合意している。3月24日のWIRED誌によれば、欧州ではNetflixの他にも、YouTube、Amazon Prime、Disney+などもストリーミング品質を低下させている。同誌はYouTubeのビデオ品質は通常は利用するネットワーク速度に応じてHDとSDに自動的に振り分けられているが、コロナ感染が流行している期間は一律SDに引き下げられ、その後はHDで見ることも可能だが、手動で精細度の変更を行わなければならないと報じている。そして、親会社であるGoogleのスポークスパーソンによれば、YouTubeは3月16日の週からEU内で上記の対応を取ってきたが、3月24日からはその変更を世界的に拡大しているとも付け加えている」

【図4】ストリーミングサービス、通信事業者、ユーザーにネットワーク混雑回避を訴えたと伝えるECのニュースリリース(2020年3月19日)

【図4】ストリーミングサービス、通信事業者、ユーザーにネットワーク混雑回避を訴えたと伝えるECのニュースリリース(2020年3月19日)
(出典:欧州委員会(EC)(2020.3.19)ニュースリリース“Commission and European regulators calls on streaming services, operators and users to prevent network congestion”)

上記のBreton委員の要請の同日、ECとBERECは連名で、EUのネット中立性規則にそった非常時の例外的なトラフィック管理を認める声明を発表した。そして、BERECは加盟国の新型コロナ流行に対応したトラフィック管理対策を取りまとめ、モニタリング報告書として継続的に発表することを約束した。このようなECのいわばお墨付きを受けて、一部の加盟国の規制機関も同様の措置を取った。以下にドイツの例を紹介する。

ドイツの規制機関BNetzAは2020年3月25日、「ネットワーク事業者は、ネットワークの運用を可能な限り維持するために、あらゆる予防措置を講じている。過負荷が発生した場合、ネット中立性規則で許可されたトラフィック管理措置を取ることが可能である」との発表を行った。そして、電気通信分野のガイドラインを作成し、以下のような解決策と措置を提示した。

BNetzAが示した解決策の例

  • 一般的なインターネットアクセス・サービスよりも、電話サービス及び他の高性能サービスを優先することが可能である。
  • 大量データを扱うサービスのトラフィックの負荷軽減(特にビデオストリーミングなど)が望まれる。
  • インターネットアクセス全体に影響を及ぼす措置も認められる(最大データ転送速度や他の品質パラメータの制限など)。
  • 他に考えられる選択肢としては、ゼロレーティングのオファーを一時停止し、(通信)容量を制限することが挙げられる。

BNetzAが示した措置の例

  • コンテンツプロバイダー(特にNetflixのようなビデオストリーミング)は、超高精細(UHD)から標準/高精細(SD/HD)に切り替えるなどして、アプリケーションやコンテンツの品質を自主的に低下させ、サービスに必要なビットレートを下げることができる。
  • インターネットアクセス事業者は、ネットワークに過負荷がかかっている間、トラフィック管理基準(スロットルなど)を特定のカテゴリのデータトラフィック (例:ビデオストリーミング)に適用できる。
  • トラフィックを抑制する場合は、個々のコンテンツプロバイダーではなく、データトラフィック・カテゴリ全体を均等に抑制する必要がある。動画ストリーミングをスロットリングすることで、テレビ会議サービスに優先順位を付けることができるかもしれない。

ここで、BNetzAが一時停止の例としてゼロレーティングを挙げたのは、ドイツでは娯楽系のコンテンツがゼロレーティングの主な対象のため、緊急時には不急のサービスと見なしたからであろう。逆に、他のEU加盟国の中には、この時期に新型コロナ対策の情報や重要な公共サービスへのアクセスを、暫定的にゼロレーティングした事例も見られる。

結果的に、欧州では懸念されたような深刻なトラフィック混雑の問題は発生せず、ネット中立性の問題が継続的な関心を引く事態にはならなかった。

7. まとめ

本稿では、EUのネット中立性規則が加盟国で発効して6年目を迎えるタイミングで、EU規則はもちろんのこと、公式資料であるBERECのEU規則の施行ガイドライン、そして、加盟国及びBERECの規則実施状況に関するモニタリング報告書を過去に遡って俯瞰することで、EUのネット中立性規制の現在の姿を明らかにしてきた。

過去5年間にネットワーク事業者とプラットフォーム事業者の関係は大きく変わった。2010年代の前半まで、ネットワーク事業者のブロードバンドサービスはプラットフォームにアクセスするためのボトルネックであり、非差別的なアクセス義務(すなわち中立性の義務)を課すことが欠かせないと考えられてきた。しかし、それ以降、特にGAFAなどの大手プラットフォーマーが自らのプラットフォームへのアクセス権をコントロールする力が急速に増大した。例えば、ゼロレーティングでは参加を希望するすべてのストリーミング事業者に門戸を開くことがネットワーク事業者の義務として確立しつつあるが、それは、どのネットワーク事業者のゼロレーティングも同じ内容に収斂していく可能性があることを意味している。ネットワーク事業者がマーケティングツールとしてのゼロレーティングで特色を出すことが難しくなっていく一方で、豊富なコンテンツを持つストリーミング事業者(プラットフォーム)には参加の選択権があるため、彼らがゼロレーティングサービスの魅力を左右することも可能な状況である。

EUでネットワーク中立性の規則が確立し、安定的な運用が行われている現状に鑑みると、次なる課題はプラットフォームにおける中立性の確立に移ったと言えるだろう。その点に関して、EUは十分な認識を持っており、ここ数年、様々なプラットフォームサービス関連の法規制の整備を進めている。とりわけ、2020年12月に欧州委員会(EC)が採択した「デジタル市場法(DMA)」と「デジタルサービス法(DSA)」という2つの法案は、プラットフォーム事業者に利用者や競争相手に対する公平、公正で非差別的な取り扱いを義務付けようとしており、まさにプラットフォームの中立性を目指しているのである。

EUがネットワーク事業者とプラットフォーム事業者の中立性規制に関してどのようなバランスを取っていくのか、今後の動向に引き続き注目していきたい。

(注)BERECはEUの通信規制全般に対するトップランクの諮問、アドバイザリー機関であり、施行ガイドラインの制定もEU規則の条文で規定されたものである。

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