2021年8月11日掲載 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

2度目の正直!? 普及の期待高まる学習者用 デジタル教科書



はじめに

GIGAスクール構想の進展により、多くの小中学校において、ひとり1台の学習者用情報端末が整備され、子供たちの手に届き始めている。児童生徒ひとりに1台の端末整備という悲願が達成され、教育ICTの世界は新たなフェーズに入ったといえよう。本稿では、ひとり1台端末時代において再び注目を集めているデジタル教科書について取り上げる。

デジタル教科書の現状

まずはデジタル教科書についての現状について簡単に整理してみる。

日本の学校教育で用いられているデジタル教科書は「指導者用デジタル教科書」と「学習者用デジタル教科書」に大別することができる。

(1)指導者用デジタル教科書

指導者用デジタル教科書は、その名のとおり、授業を行う教員向けに開発されたデジタル教科書である。電子黒板やプロジェクターなどを用いて拡大表示して利用する「情報提示」型での活用が中心となる。内容としては教科書の紙面はもちろんのこと、教科書には載っていない動画や写真、音声などの豊富なコンテンツが含まれている。また、コンテンツを自由に加工・編集して、教員が授業で提示する資料やワークシートなどを簡単に作成できる機能なども充実している。

2019年3月における指導者用デジタル教科書の整備率は公立学校全体で56.7%[1]となっており、普通教室の大型提示装置の普及などを背景に整備率は上昇している。

(2)学習者用デジタル教科書

学習者である児童生徒が利用するために開発されたデジタル教科書で、紙の教科書と同様に、児童生徒がひとり1台の個人端末を用いて利用することを前提としている。

2019年3月における学習用デジタル教科書の整備率は公立学校全体で7.9%[2]<_sup>となっており、指導者用デジタル教科書に比べて整備が遅れていることがわかる。

普及には至らなかった学習者用デジタル教科書の第一波

タイトルに“2回目の正直”と記したとおり、実は学習者用デジタル教科書が脚光を浴びたのは、今回が初めてではない。

前回、学習者用デジタル教科書導入の機運が高まったのは2010年頃である。光ファイバーの整備・普及を背景として、文部科学省が「学びのイノベーション事業」を、総務省が「フィーチャースクール推進事業」を展開し、学校教育におけるICTの普及・活用方策が模索されていた時代である。様々な実証事業やモデル事業において、学習者用デジタル教科書の活用方策が検討されていた。こうした流れを受け、2010年7月に設立されたのが、デジタル教科書・教材の普及推進を目指す産学連携組織「デジタル教科書教材協議会(DiTT)」である。設立時には70の民間企業が参画し、設立者のひとりとしてソフトバンクの孫正義代表取締役会長[3]が名を連ね、メディアでも大きく取り上げられた。

だが、この10年間において学習者向けのデジタル教科書の普及は限定的なものであった。その主たる要因としては、次のようなことがあげられよう。

  • ひとり1台の学習者用情報端末の整備が進まなかった
  • 学習者用デジタル教科書の開発・発行が一部の教科書会社や教科に限られていた
  • 学習者用デジタル教科書の教科書としての位置づけや法的整備があいまいであった

とはいえ、こうした活動や提言・働きかけが学習者用デジタル教科書に対する前向きな議論や環境整備の促進につながったのも事実である。学習者用デジタル教科書の普及に向けた地ならしとして、この10年間はけっして無駄ではなかったといえよう。

学習者用デジタル教科書を取り巻く環境の変化

では、先ほど指摘した普及の阻害要因は現状においてどのようになっているのかを検討してみよう。

(1)ひとり1台の学習者用情報端末の整備

これについてはGIGAスクール構想の推進によって、加速度的に実現されたといえるだろう。2021年5月に文部科学省が公表した「GIGAスクール構想の実現に向けたICT環境整備(端末)の進捗状況について(確定値)」によると、1,812自治体等のうち1,748自治体等(96.5%)が2020年度内に学習者用情報端末の納品を完了させており、ほとんどの公立小中学校において、ひとり1台の学習者用情報端末の整備が整ったことになる。

(2)学習者用デジタル教科書の開発・発行

これについても、近年、大きな進展が見られた。文部科学省の資料[4]によると、小学校のデジタル教科書の発行率を見ると、2019年度は20%(64/319点)であったものが2020年度は94%(287/305点)と急伸している。中学校のデジタル教科書の発行率も同様に、2020年度の25%(40/159点)から2021年度は95%(138/145点)にまで上昇している。

(3)学習者用デジタル教科書の位置づけや法的整備

2018年の「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」において、学習者用デジタル教科書の要件として「紙の教科書の内容の全部をそのまま記録した磁気的記録であること」と定義づけられた。加えて、同年の「学校教育法等の一部を改正する法律」により、児童生徒の教育の充実を図るため必要があると認められる教育課程の一部において、「紙の教科書に代えて学習者用デジタル教科書を使用できる」とされ、学校教育において学習者用デジタル教科書の利用が正式に認められるようになった。

なお、当初は学習者用デジタル教科書の利用について、各教科等の授業時数の2分の1に満たないこととすることが文部科学省の告示で示されていた。その後、デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議において、デジタル教科書の活用の可能性を広げて児童生徒の学びの充実を図るために、当該基準を撤廃することが適当であるとの提言が出された[5]。これを踏まえ、文部科学省は、この基準を定めた「学校教育法第三十四条第二項に規定する教材の使用について定める件」を改正し、学習者の学習および健康状態に配慮する等の条件をつけた上で一律の利用制限を改め、2021年度より適用されることになった。

以上のように学習者用デジタル教科書を取り巻く現在の環境は、2010年代に比べて好転している。学習者用デジタル教科書の普及促進に必要となる環境整備の度合いが、前回と今回とでは大きく異なるのである。

学習者用デジタル教科書の推進に向けた政策動向

政策面においても、学習者用デジタル教科書への追い風が吹いている。

(1)学習者用デジタル教科書普及率のKPIを設定

内閣府の経済財政諮問会議が2020年12月に示した「新経済・財政再生計画改革工程表2020」[6]では、少子化の進展を踏まえた予算の効率化と教育の質の向上の取り組み策として「教育の情報化の加速」があげられている。そこでは、学習者用デジタル教科書の整備状況を2025年度に義務教育段階の学校において100%とすることを、取り組みの進捗状況を測定する指標(KPI第1階層)のひとつとして定めた。つまり、4年後には義務教育を行うすべての学校に学習者用デジタル教科書を整備することを目標として掲げたことになる。

(2)学習者用デジタル教科書の普及促進に向けた実証事業

文部科学省は学校現場へのデジタル教科書の導入を促進するため「学習者用デジタル教科書普及促進事業」を予算化した。その事業の一環として、希望する小中学校等に対して、学習者用デジタル教科書を無償で提供する実証事業を展開している。具体的には、小学校は5、6年生を対象に1教科、中学校は全学年を対象に2教科の学習者用デジタル教科書(付属教材も含む)の経費全額を国が負担し、提供するスキームとなっている(図1参照)。

特徴的なのは家庭学習など学校以外でも利用できるように「パブリッククラウド型」での提供が求められている点である。近年、文部科学省は教育委員会等に対して教育の情報化におけるクラウド化の必要性を強く訴えているが、この実証事業もクラウド化の促進を促す一助となるであろう。

【図1】学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業

【図1】学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業
(出所:文部科学省資料より一部抜粋 https://www.mext.go.jp/content/20201026-mxt_kyokasyo01-000010686_02.pdf)

学習者用デジタル教科書の特徴

ここまでは学習者用デジタル教科書を取り巻く環境の変化、そして政策動向について論じてきた。

では、実際に提供されている学習者用デジタル教科書はどのようなものであろうか。ここでは、その主な特徴について整理してみる。

(1)紙の教科書と同一内容

今回の学習者用デジタル教科書の内容は、紙の教科書と同一内容であることが求められている。日本では学校教育において検定教科書を使うこととなっているが、検定済みである紙の教科書と構成・配列を同一とすることで、学習者用デジタル教科書自体の検定を不要としている。また、同一性を担保するため、紙の教科書の発行者が学習者用デジタル教科書を発行することになっている。

紙の教科書と全く同一というのは当たり前に感じるが、これはデジタル教科書のメリットを消し去ることでもある。同一性を保持するということは、紙の教科書に記載されている以外のことを載せてはならないことでもあるからだ。音声や動画、インターネット上の情報へのリンク、AIを活用したデジタルドリルの提供などデジタルコンテンツならではの機能を学習者用デジタル教科書に盛り込むことはできないのである。

このため、このような教科書+αのコンテンツや機能については「デジタル教材」として別途提供し併用することで、発行者は“デジタル教科書ならでは”のコンテンツや機能を実現させている(図2参照)。

【図2】デジタル教科書とデジタル教材

【図2】デジタル教科書とデジタル教材
(出所:文部科学省資料をもとに一部加筆 https://www.mext.go.jp/content/20200710-mxt_kyokasyo-000008653_03.pdf)

(2)クラウド対応

従来の学習者用デジタル教科書では端末にダウンロードして利用する“アプリ型”で提供されるものが多かった。オフラインでも利用できるため学校外でも使えるというメリットがある一方、膨大な学習者用情報端末に個別インストールする手間が必要だったり、端末のストレージ容量を圧迫したりするといったデメリットも指摘されていた。

今回の学習者用デジタル教科書の多くは、アプリ型に加えて、クラウド配信にも対応しているのが大きな特徴である[7]。クラウド配信では、インターネットを介し、webブラウザを使ってログインして学習者用デジタル教科書を利用する。このため、ネット環境があれば家庭など学校外からも利用でき、端末へのインストールの手間や端末のストレージ容量などを気にする必要もないというメリットがある。

(3)紙の教科書と同様にひとり1ライセンスの購入が必要

学習者用デジタル教科書は学習者がひとり1台の端末を使って利用することを前提としている。このため、学習者用デジタル教科書を導入するには、児童生徒ひとりにつき1ライセンスを用意する必要がある。ライセンスの使い回しや譲り渡しは禁止されており、紙の教科書と同様に“自分のデジタル教科書は自分だけのもの”という使い方となる。

学習者用デジタル教科書の主な機能

ここでは、学習者用デジタル教科書の主な機能と活用することのメリットについてみていくこととする。

まずは主な機能について整理してみた(表1参照)。

【表1】学習者用デジタル教科書の主な機能

【表1】学習者用デジタル教科書の主な機能
(出所:文部科学省「学習者用デジタル教科書実践事例集」(2019年3月)をもとに作成)

これらの機能を活用することでのメリットとして様々なものが考えられるが、基本機能から見た学習者用デジタル教科書の大きなメリットを2点指摘したい。

① 主体的な学びの支援

デジタルペンやキーボードを使って文字や図形、マーカーなどを気軽に書いたり、消したりできるというのは紙の教科書にはないデジタル教科書の大きな利点である。書き直しが容易なため、試行錯誤を行いながら自分の考えを深めることが可能となり、書き込むことで学習者の思考を明示化することができるようになる。また、自分の見たい部分を拡大したり、切り取ってまとめたり、音声を何度も繰り返して聞くなど、自分の興味関心や学習ペースに合わせた学びを行うことも可能となる。このように学習者がより主体的に学ぶための支援に資することが期待できる。

② カスタマイズによる学習支援

表1の★印は特別な配慮を必要とする児童生徒にとって役立つ機能とされているが、ここでいう特別な配慮を必要とする児童生徒は多岐にわたる。視覚や色覚等において困りごとを抱えている児童生徒はもちろんだが、それだけではない。例えば学年相当の漢字まで学習が追いついていない児童生徒あるいは日本語を母国語としない児童生徒にとって、ルビ機能は心強い機能であろう。

自分にとって使いやすい教科書にカスタマイズすることにより、多様な学習者への学習支援につながることが期待できる。

普及の可能性と課題

様々な面から学習者用デジタル教科書についてみてみたが、今後の普及の可能性と普及に向けての課題について考察する。

前述のとおり、学習者用デジタル教科書を取り巻く環境や政策動向は非常に良好な状況にあることがうかがえる。

文部科学省によると、2021年5月時点で全1,788自治体の77%にあたる1,377自治体が「学びの保障・充実のための学習者用デジタル教科書実証事業」に参加しており、小学校段階で約7,900校、中学校段階で約4,300校のあわせて約12,200校で学習者用デジタル教科書の活用が始まっている[8]。この参加率の高さを見ても、学習者用デジタル教科書に対する自治体・学校の関心の強さがうかがえよう。

指導者も学習者も実際にデジタル教科書を利用することで利便性を感じることができれば、特別な道具から、当たり前の道具へと変容していくであろう。今回の実証事業をきっかけに学習者用デジタル教科書の普及が一気に進むことは十分に期待できるのではないだろうか。

一方で、普及に向けた主な課題を2点指摘したい。

① 次年度以降の予算の確保

今回の実証事業は一部の学年、一部の教科のみの提供にとどまっている。また、次年度以降に同様の事業が継続される保証もない。このため、自治体・教育委員会では次年度以降の学習者用デジタル教科書を整備するための費用をどのように調達するのか、学年や教科を広げるのかについて考えていく必要がある。

② デジタル教科書導入が教育ICTのゴールではない

学習者用デジタル教科書の活用は教育ICTのファーストステップではあっても、ゴールではない。学習者用デジタル教科書を使えばそれで良いという考えで学校や教育委員会等が足踏みしてしまったのでは本末転倒である。

紙とデジタル
「どちらか」ではなく「どちらも」の時代へ

デジタル教科書が話題になると「紙の教科書は不要なのか?」「紙とデジタルとどちらが良いのか?」といった紙とデジタルを対立軸にした話になることが多い。

しかし、現状の文部科学省の見解や活用ガイドラインを見る限りでは、紙の教科書とデジタル教科書は共存しながら、学びの質を高めていくという方向で議論が行われている。私たち大人がPDFと紙の資料を併用し、デジタルノートと紙のノートを使い分けるように、子供たちも学びの道具として紙とデジタルを使い分ければ良いのである。

現段階では、指導者が授業計画やクラスの状況を見ながらデジタル教科書の使いどころを見極めて利用する形になるであろう。しかし、将来的には紙の教科書を使うのかデジタル教科書を使うのかを、状況に応じて学習者である子供たち自らが判断できるようになることが21世紀を生き抜く力として必要になるのではないだろうか。

[1] 文部科学省「令和元年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)(令和2年3月現在)<確定値>」2020年12月

[2] 文部科学省「令和元年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)(令和2年3月現在)<確定値>」2020年12月

[3] 当時の役職は代表取締役社長

[4] 文部科学省「デジタル教科書に関する制度・現状について」(2020年7月)

[5] デジタル教科書の今後のあり方に関する検討会議「学習者用デジタル教科書の使用を各教科等の授業時数の2分の1に満たないこととする基準の見直しについて」(2020年12月)

[6] https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/ special/reform/report_201218_2.pdf

[7] このほか、校内や教育委員会等に設置されたサーバを利用したサーバ型配信もある

[8] https://www.mext.go.jp/content/20210526-mxt_ kyokasyo1-000015324_1.pdf

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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