2022年3月30日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

DX時代のデジタルインクルージョン



インターネットが世の中に普及し始めた1990年代後半、その情報の宝庫にアクセスできる人とできない人との間で格差が生じるという懸念が先進国を中心に生じ、「世界中すべての人々が情報社会の利益に参加可能であるべきという原則」に対してコミットすべく、2001年の沖縄サミットでは「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」[1]が採択された。そこでは、“情報格差(デジタルデバイド)の解消は、極めて重要な課題。誰もが情報通信ネットワークにアクセス可能とすべき”とされた。

それから約20年が経過し、状況は大きく変わった。インターネットへのアクセスは、アナログ回線、ISDN回線、DSL、ケーブル、光ファイバーと大きく進化して10万倍以上のスピードとなり、やり取りされる情報もテキストから高精細動画へと大きく様変わりした。加えて、無線によるアクセス環境も激変し、4Gさらには5Gでスマートフォンを使ってアクセスすることがごく普通のこととなった。

令和3年版の情報通信白書によれば、過疎地域や離島などの地理的な条件が不利な地域では整備が遅れているものの、日本の光ファイバーの整備率(世帯カバー率)は、2020年3月末で99.1%に達している。インターネット個人利用率は83.4%となり、スマートフォンの保有者の割合も69.3%に達している。楽天を除く携帯電話事業者各社の4Gサービスの人口カバー率は99%を超えており、Availabilityという観点では、日本においては、ほぼすべての人々が情報社会の利益に参加する機会を提供されているといえるだろう。世界においてはいまだ十分にインターネットにアクセスできるインフラが整わずに情報格差が生じている国も多々ある。ITUの“Facts and Figures 2021”によると、世界ではネットにアクセスできていない人がまだ29億人もいるとされている。その理由としては、インフラだけではなく、経済格差による貧困問題や、デジタルリテラシーの問題も大きい。こうした貧困問題やデジタルリテラシーの問題は、先進国においても依然として解決せねばならない課題として存在している。

そして、デジタルデバイドの概念も当初から大きく変化してきた。当初は、インターネットと情報端末を用いて情報にアクセスすることを主眼としていたが、ほどなくしてコンテンツの創造と発信の観点で分断が生じているのではないかという議論が始まった。背景には個人特性や社会的不平等などが関係しているとの指摘がされていたが[2]、それ以降、TwitterやInstagram、YouTube、TikTokなど、容易に情報やコンテンツをインターネットで情報発信できるようになって、社会的不平等性よりもデジタルリテラシーの比重が高まってきたように見受けられる。さらに、DX時代が到来して様々なサービスそのものがデジタルで提供されるようになってきたことで、情報の取得や発信に加えて、サービスの利用そのものがデジタルへのアクセスによって大きく影響を受ける時代となったのである。

デジタルデバイドの解消に向けた取り組みはこれまで多く行われてきた。地域間格差をなくすためのインフラ整備は、世界各国で進められている。それ以外にも、例えば米国では貧困家庭向けのデジタル機器とインターネットアクセスへの経済的支援に力を入れている。FCCは、2021年12月31日に、予算142億ドルの“Affordable Connectivity Program”[3]を発表、これは対象となる世帯向けに、インターネット接続サービスへの毎月30ドル(一部のインディアン居留地では最大75ドル)の補助や、適用対象の事業者からPC・タブレットを購入する時に最大100ドルの補助をするものだ。日本でも所得格差が広がっているといわれており、こうした支援についても検討が必要になる可能性があるだろう。

総務省がデジタルデバイド解消に向けて力を入れているのが、デジタル活用支援推進事業(補助事業)だ。全国1,800カ所程度において、主に高齢者のデジタル活用を支援する「講習会」を開催するもので、2021年6月から開始されている。デジタル活用支援の実施計画[4]では、現状認識として、「行政手続のオンライン化など、社会全体のデジタル化が進められる中、デジタル技術を使いこなせる方々と、そうではない方々の『デジタル格差』の解消が重要な政策課題となっている。(中略)このような政策課題に対応し、誰もがデジタル化の恩恵を享受できる社会を実現することはきわめて重要であり、昨年12月に閣議決定された『デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針』においても、『誰ひとり取り残さない、人に優しいデジタル化』が掲げられている。」としている。DX化が進む中、デジタルデバイドは情報へのアクセスや情報発信に格差が生じることだけではなく、むしろ様々なサービスを享受することに格差が生じていることを指すようになってきたということだ。そして、こうした格差をなくすための“Digital Inclusion(デジタルインクルージョン:デジタル包摂)”が重要になってきている。

上記のようなデジタル機器を使いこなすための支援をすること自体は、十分に意義があると考えるが、実効性という観点からは、正直疑問を感じざるを得ない。そもそも、こうした講習会に参加しようという意欲のある人以外もたくさんいるはずであり、意欲のある人でもデジタルネイティブと同様に使いこなすのは無理だろう。実際、筆者の周りでも、OSやアプリがアップデートされて手順やアイコンが変わっただけで使えなくなってしまうお年寄りも多い。周りに気軽に聞ける人がいない一人暮らしの老人が、進化を続けるデジタル機器についていくためには相当なモチベーションが必要となる。

こうした問題を解決するためには、デジタル技術そのものの活用が不可欠だ。つまり、デジタルリテラシーが限定的な高齢者や弱者の人でも、容易にデジタル機器を活用できる仕組みやサービスを作り広めていくべきである。実際、スマートフォンを使ってキャッシュレス決済サービスを始めたり、マイナンバーカードで何らかの申請をしようとしたりする手続きは、スマートフォンを使いこなせない高齢者には相当ハードルが高い。UIのデザイン、プロセスの標準化や、AIで利用者を支援するアプリなども有効だろう。JR西日本は、2022年2月、切符券売機にAIによる自動応対機能を搭載し、画面に投影されるキャラクターとの対話を通じ、音声による操作で切符の購入が可能となる実証実験を始めた。米国や中国と比べると日本のスマートスピーカーの普及率はかなり低いが、音声によるインターフェースには可能性が十分にあると考える。スマートスピーカーも含め、こうしたデジタル機器の設置や設定が誰でも簡単にできるようになれば、デジタルインクルージョンの実現に一歩近づくのではないだろうか。さらには、現在身体の不自由な方を想定して開発されている脳波や脳の血流を検知して意思を読み取るBCI(Brain Computer Interface)が、将来一般的に使われるようになる日も来るだろう。デジタル格差解消のためにデジタルを活用することを真剣に考える時期に来ている。

[1] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/ko_2000/documents/pdfs/it1.pdf

[2] Eszter Hargittai & Gina Walejko. “The Participation Divide: Content Creation and Sharing in the Digital Age”. Information, Communication and Society Vol.11, No.2, March 2008, pp. 239-256

[3] Federal Communications Commission. “FCC LAUNCHES AFFORDABLE CONNECTIVITY PROGRAM”. December 31, 2021

[4] 総務省 「デジタル活用支援 令和3年度事業実施計画 等」 2021年5月18日

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